その日・・・と言うより、ここのところ、ヤンは一日中暇そうだった。
 戦いの“きな臭さ”がプンプンと漂ってくれば出てくれば、それなりにヤンの出番はある。
 だが、その気配すらない時は・・・暇で暇で退屈なのだ。
 それでも勤勉な軍人なら身体を鍛えたり、射撃をしたり、要塞内の視察をしたりするのだろうが、ヤンはあっさりとそれを放棄した。
 元来・・・そういったものは大嫌いなのだ。
 やりたくない事は・・・やりたくない。
 根が生えたように動かないのだ。


 「面倒くさい。それに射撃は苦手だからね・・・」


 そんな訳で、いつもの公園でのんびりとお昼寝中である。


 「寝過ぎたら・・・顔が腫れますよ」


 さすがに呆れてユリアンが言ったが、ヤンは「何か起こったら呼んで」とだけ言って、ベンチでさっさと高いびき。


 ところが・・・。
 そんな暇そうなヤンとは対照的に副官のフレデリカは、書類を整理したり、朝からバタバタと走り回っている。
 司令官が休んでいる分、その穴埋めを副官の細腕で・・・切り盛りしているのだ。


 暇そうな司令官と対照的に忙しそうな副官。
 アッテンボローが、「忙しそうですね」と声を掛けると、フレデリカは書類を整理する手を休めずに笑顔で答えた。


 「忙しいけれど、書類の整理をやりだしたら止まらなくなっちゃって」
 「無理しないで下さいよ。先輩はどこに行っているんですか?まさか・・・またあそこで昼寝?」
 「多分・・・そうだと思うわ。何かあったら呼びにはいくけど、少しは休ませてあげないと」
 「少し・・・って。このところ寝てばかりいるような気がしますがね」
 「そうかしら・・・まぁ、ヤン提督はこういうデスクワークは苦手ですものね。・・・私が何とかしなくちゃ。たまにはこういうのも楽しいわよ」


 彼女はヤンの為になっているからなのか、嫌がる様子も見せずに書類整理に精を出す。
 アッテンボローは邪魔しては悪い・・・と、その場を後にした。




 「副官があまりにも優秀なのも考えものかもしれないなぁ・・・そうは思わないか、ユリアン」
 「何ですか・・・急に」
 「甲斐甲斐しく・・・書類整理。朝からいじらしいというか・・・。そして、先輩は昼寝・・・なんだかなぁ・・・ってね」
 「でも、今に始まったことじゃないですし」
 「そりゃそうだが。・・・昼寝ばっかり・・・」
 「まぁ、いいんじゃないですか?」
 「だけど、ここのところ、司令室にちょこっと顔を出したと思ったら寝てばかりだろう?さすがにね・・・」


 確かにアッテンボローの言うとおりだったが、それをとやかく言うのはムライぐらいで、キャゼルヌですら、見て見ぬ振りをしていたのだ。
 ヤンがいても、デスクワークにヤンが全く役に立たないと分かっているからだ。


 「いくら、先輩の為とは言え、あそこまで一生懸命だと・・・」
 「もしかして同情を超えて・・・なんて事はないですよね?」
 「ない、ない。それはない」
 「・・・ヤン提督が見た時に分かりやすいように整理するんだそうですよ。それに楽しいっておっしゃっていたのでしょう?」
 「まぁな。それにしても過保護と言うか・・・」


 アッテンボローはコーヒーを啜りながら、急に昔、父親から聞いた話を思い出した。


 「・・・そういや、昔親父から聞いたんだけど、『髪結の亭主』の話・・・」
 「なんですか、それ・・・」
 「結婚した奥さんが美容院か何かでバリバリ働いていて、凄く稼ぎがいいんだって。それで、旦那の方が働かずに昼間から遊んで飲んでばっかり・・・っての。

昔の古典か何かで読んだのを教えてくれたんだけどさ・・・」
 「そう言えば、お昼寝の前にブランデー入りの紅茶飲んでましたね・・・」


 ユリアンは紅茶を啜って頷いた。


 「・・・あの2人・・・。まだ結婚して無いけど、何となく、あの話を思い出してさ・・・」


 アッテンボローは、紙のコーヒーカップを握り潰した。

 そして、ダストシュートに勢い良く投げ込む。


 「へえ・・・。そういう古典があるんですか。でも・・・提督は働かないわけじゃないんですよ?」
 「まぁな。きな臭くなれば・・・眠りモードから覚めるだろうけどな・・・。まぁ、昼寝をしてる方がいいかもね」
 「え?」
 「その方が先輩らしいよ、やっぱり」


 アッテンボローは、昼寝をするヤンを見る事が、イゼルローンでは自然なのだと最近思うようになっていた。
 目を丸くするユリアンに、「な?」と目を瞑って見せた。




 THE END




 100のお題より、「髪結の亭主」です。

 
 戦闘の無い時のお昼寝ヤン。
 寝てばかりいます・・・。
 
 『髪結の亭主』は、古典落語で語られていますね。


 髪結いを生業としている女房に対して、昼間から飲んで遊ぶ、まるでヒモのような亭主・・・。
 昔は髪結いは女性の仕事でした。
 ダンナの方は、女房の稼ぎで飲んだり贅沢が出来て・・・ハイ、ヒモです。


 タイトルは、「厩火事」で、ここに「髪結いの亭主」が出てきますが、まぁ、とんでもないヒモです。

 内容をかいつまんで書いておきます。


 留守中に厩(馬小屋・・・ってか、馬を飼う所ですね)が火事になり、偉い人が大切にしていた名馬が焼け死んでしまいます。
 その偉い人は、本当に偉い人で、馬の管理をしていた家臣達を心配して、「お前達、怪我はないか」って。
 名馬よりも家臣達を心配してくれたのですから、そりゃぁ、家臣達は感動します・・・。
 まぁ、そりゃそうだ。
 怒られると思っていたのに、心配されたんだから。
 この話を、長屋の大家さんから聞いた、住民の1人の髪結いさん。
 亭主が自分の事を本当に愛しているのかどうか試そうかと思い立ち、亭主が大切にしている瀬戸物をわざと割ってしまいます。
 この亭主は、遊び人で髪結いさんの稼いだ金で・・・飲んだり遊んだりの、それはそれは遊び人なのです。
 どうしようもないヒモですよ。
 さて・・・。
 大事にしている瀬戸物が割れた事を知った亭主は慌てて帰って来てきます。
 そして、自分の女房に怪我がないか心配します。
 亭主が心配してくれたので髪結いさんは喜ぶのですが・・・。
 亭主は、「お前が怪我でもしたら、遊んだり酒が飲めないから」って・・・それがオチです。


 やっぱりどうしようもない男ですよね・・・亭主。


 ヤンは、ただ単に不精なだけで、「髪結いの亭主」ではありませんが。
 ヤンがそういう人物でなくて良かったです・・・。
 もし、そんな男だったら・・・銀河英雄伝説のファンじゃないかもしれませんね、私。
 遊び人でも何でもいいけど、女に働かせるのを何とも思わないヤン・・・やっぱりイヤだ。


 しかし、書きにくい題材でした。


 因みに、1990年のフランス映画に「髪結いの亭主」ってのがあって、セザール賞にノミネートされた作品です。


 髪結いに憧れ、美容師のマチルダと結婚したアントワーヌ。
 10年間、殆ど喧嘩もせずに、彼女とサロンを大切にしていてたいたアントワーヌ。
 だけど、ある雷雨の日、買い物に行って来ると言って出掛けたマチルダは増水した川に身を投げてしまいます。
 そんなサロンに、常連客がやって来ます。
 マチルダのいないサロンでクロスワードパズルをするアントワーヌは、「妻はもうじき帰って来ます」と言って客を待たせて、クロスワードを続ける・・・。

 こういう内容だとか。


 うーん・・・どっちの話も救いようがない内容だわ・・・。


 だけど、クロスワードパズルってのが・・・何とも。←ちょっとツボ。←え??