昼食後・・・。
 近道の為に公園を横切ったビッテンフェルトとオイゲン。
 その2人の耳に子供達の大歓声が響き渡った。


 「そっちに行ったぞ!」
 「こっちにパスしろよ!!」
 「そこでシュートだ!」
 「早く蹴れよ!!」


 季節は夏・・・真っ盛りだ。
 真昼間となれば、公園には蝉の鳴き声がひっきりなしである。
 これが、子供の歓声に負けじと鳴いているのだ。
 この蝉の凄まじい合唱は、暑さを助長しているような気さえする。


 「今年は・・・蝉の声が凄いな」
 「ニュースでやっていましたが、大発生だとか・・・凄いですね」 
 「それにしても・・・子供が多いな、オイゲン」
 「きっと・・・夏休みだからですよ」


 オイゲンの答えに「あぁ、そうか!」と頷くビッテンフェルト。
 大人になると、つい、子供時分の「夏休み」の事など忘れてしまう。


 確かに・・・夏休みは長かったし、楽しかったっけ・・・。


 親が軍人だったので、家族みんなで何処かへ旅行とかに行った記憶はない。
 だが、仲の良い友達の家に泊まりに行ったり、その友達の家族旅行に混ぜてもらったり・・・色々楽しんだ。
 本当に朝から晩まで泥だらけになって遊び回って、洗濯をする母親を困らせもした。


 「夏休みなんて・・・家事が増えるだけだわ」


 母親のぼやきを聞いて困惑したのも夏休み。
 近くの池で大きな鮒を釣ったりしたのも夏休み。
 友達数人とで、自分の家の庭に大きな穴を掘って・・・秘密基地を作ろうとしたのも夏休み。


 「お前は何を考えているんだ!すぐに埋め戻せ!!」


 秘密基地は穴だけ掘ったところで・・・母親と祖父にこっぴどく叱られた。
 家で飼っていた猫が誤って穴に落ちて・・・足の骨を折ったのだ。
 母親の猫だったから、謝っても許してもらえず、母親にお尻を散々叩かれた挙句に、納屋に閉じ込められた。
 丸一日納屋にいて・・・。
 明け方近くになって、やっと祖父がブロートとミルクを持って来てくれて・・・開けてくれたのを思い出した。
 
 (あれも夏休みだったな・・・色々やったよなぁ・・・)


 そして、この夏休みが終わると1年進級し、新しい学年になるのだ。
 夏休みが終わると、学年が新たになるので・・・何だか大人になったような気がしたものだ。
 なんであんなに大人になりたかったんだろう?と思うぐらい、大人の世界に憧れたものだった。


 歓声を上げながらボールを追いかける子供達の姿を、ビッテンフェルトは眩しそうに見た。
 フットボールに興じる子供以外にも虫取り網を持った子供達や、夏休みの課題なのか、写生をやっている子供などもいた。
 いつの時代も・・・子供の遊びは変わらない。
 皆、日に焼けて真っ黒で・・・実に楽しそうだ。

 

 「子供の頃の夏休みは楽しかったな。なぁ、卿はどうだった?」


 ビッテンフェルトから聞かれて、オイゲンが「そうですね。確かに楽し・・・」と言いかけた瞬間。

 

 子供達の大歓声が響いた・・・。

 歓声というよりは悲鳴にも似た叫び声も混じっている。

 その声に呼応した2人が目にした、あまりにも残酷な光景・・・。
 オイゲンは顔を顰<しか>めて、言葉を飲み込んでその場に立ちつくした。
 ビッテンフェルトさえも、表情を曇らせてしまったその光景・・・。 


 それは、蝉の腹に小さな爆竹を仕掛けて空中に飛ばす少年達の姿だったのだ・・・。


 人間の手を離れて、解放されたと喜び勇んでバタつきながら飛んだ蝉の身体は・・・。
 ある程度の高さで・・・大きな音とともに無残にも空中で四散した。


 「あ!!」
 思わず声を漏らすビッテンフェルト。
 「なんて残酷な・・・」
 オイゲンは震えていた・・・こういう事が大嫌いなのだ。
 そのあまりの光景に、さすがのビッテンフェルトも声を失って溜め息を付く。
 そして・・・。


 「・・・やっぱり気持ちいいもんじゃないな」
 「ええ、酷すぎますよ・・・」
 「ああ、だけどな、オイゲン。俺も子供の頃におんなじ事をやったんだ・・・」


 ボソッと呟くビッテンフェルト。
 その言葉に驚くオイゲン。


 「閣下・・・」


 抗議の目を向ける副参謀長にビッテンフェルトは苦笑して頭を掻く。


 「あれは・・・俺が10歳になるかならないかの頃でな・・・。庭で羽化寸前の蝉のさなぎを見つけたんだ。確か・・・3匹くらいいたかな」
 ビッテンフェルトはそこまで言うと、歩きながら石を蹴り上げた。
 「まさか、その羽化寸前のさなぎに爆竹を・・・ですか?」
 「いや・・・自分で羽化させようとしたんだ」


 昔を懐かしむ遠い目をするビッテンフェルトの横顔を、オイゲンは黙って見ていた。
 
 「蝉の殻は良く見かけるが・・・。アレって、フライビーンズみたいな色だろ・・・」
 「フライビーンズ・・・ですか!?」
 「うん、・・・で、ちょっと硬いだろ?」
 「あ・・・殻は硬いですね」
 「それで・・・さなぎの時はどうなんだ?って、俺は後先考えずに・・・強く押してみた」
 「・・・普通は押したりしませんよ・・・」
 「まぁな。・・・これが柔らかいんだよ。でも、そのせいで羽化する前に死んだんだ」
 「・・・はぁ・・・」
 「人間の力で押したんで潰れた訳だ。幾ら子供の力でも、人間と蝉では・・・な」
 「考えたら痛そうですね・・・」とオイゲンは顔をしかめた。
 「・・・3匹中、2匹も潰してしまったのだから残酷な話だよな。・・・で、残りの1匹はちゃんと羽化したんだ・・・」
 「羽化したんですか!それは良かったですね」
 「最初は真っ白かった蝉も・・・時間が経つにつれてハッキリした色になっていく。そして・・・殻も茶色になるんだ。神秘的な光景だった」
 「そうでしょうね。そういう光景を1度は見てみたいですね。良い話じゃないですか」
 「それが・・・な。この後が始末に悪い。俺は、この蝉に対して残酷な事をしたんだ。その当時も・・・爆竹を仕掛るのが子供に流行っててさ」
 「ま・・・まさか・・・」
 「せっかく羽化したってのにやっちゃたんだよなぁ・・・残酷な事に」
 
 ビッテンフェルトは、ふう・・・と大きく息を吐いた。


 「結果はさっきと同じだった。その話を夕食の時に大いばりで話したらさ、母親が凄い剣幕で怒るんだ」
 
 ビッテンフェルトはまた石を蹴り上げる。
 そして・・・子供の頃のあの光景を思い出す。
 
 「『一生懸命に生きているんだ。そう易々と殺すんじゃない』って。長い間だ土の中にいた蝉は羽化して、たったの7日間しか生きられないって事を知ったの
はその時だったな」
 ビッテンフェルトは微かに笑った。

 「俺の家は・・・代々軍人で、言わば、殺しが職業だ。それが殺すなだって?なんて思って、つい口ごたえをしたんだ。『自分が飼っているのだから、それをどうしようと俺の勝手だろ?』ってね。そうしたら、今度は祖父さんに思いっきり殴られた。その時・・・親父は軍務があって家にいなくて・・・」


 無意識に、昔殴られた右頬に手を当てる。
 あの時の痛みは・・・今でも覚えている。
 多分、死ぬまで忘れられないかもしれない痛みだった。
   
 「祖父さんはあまり手を上げる人じゃなかったから、殴られた事に俺はかなり驚いた。祖父さんは俺の口ごたえの理由に怒ったんだ。それに、『意味なく殺す
な』って事を言いたかったんだな・・・ってあとになって気付いた。人間、殴られて分かる事もあるからな」
 「閣下・・・」
 「この話を他人にしたのは・・・初めてだな」
 「・・・まるで懺悔のように聞こえましたよ、閣下・・・」
 「懺悔か・・・そうかもしれん。酷い事をしたと後悔したが・・・今になっても忘れられないからな。殴られた痛みも・・・忘れる事が出来ない。だから・・・あの子達に
も・・・」


 ビッテンフェルトは頭を何度も掻いた。
 そして、子供達の方をじっと見つめた。


 「・・・自分の行いが間違っているって事に早く気付いて欲しいものだな・・・」
 「・・・そうですね」


 蝉の声がひっきりなしに聞こえる・・・。


 「子供達が自分の行いを悔いるといいですね」


 オイゲンの言葉に負いかぶさるように子供達の大歓声が響き渡る・・・。
 また爆竹か!?と思って同時に振り返る2人。


 だが、今度の歓声は、サッカーに興ずる少年達の声だった・・・。





Das Ende





 100のお題から「軟らかい殻」です。


 最初にタイトルを見た時に、「なにこれ??これで何をやればいいんだ??」と思いました。

 そして思い出したのが、子供の頃の苦い思い出。


 大昔・・・爆竹仕掛けて・・・をやって、父に殴られてました、うちの弟が。
 何で止めなかったんだ!!と、私も凄く怒られて泣きましたですね。<とんだとばっちりです!

 7日間しか生きられないモノを、何でそれより早く殺すんだ!って・・・。
 私達は、泣きながら・・・遺体はないけど、庭に蝉のお墓を作りました・・・。

 悲しい思い出です。


 因みに私は虫嫌いです・・・だから、蝉触れないし、爆竹仕掛けるなんて出来ないんですけどね・・・。


 触れるのはカブトムシとクワガタくらいです・・・。<アレは・・・硬いからかなぁ。
 ・・・ってか、カナブンとかも何とか平気なので、どうやら、甲虫が唯一触れる種類なのかも。


 それにしても書きにくいお題だった・・・。

 あ・・・今は、ハエやハチもアブも嫌いなんですが、昔、唯一大丈夫な虫がいました。


 花アブとか言う、アブの仲間らしいのだけど針を持たないのが、昔、庭木の花が咲く頃に・・・蜜を吸いにやって来てました。
 それを捕まえては、おなかに木綿糸を括りつけて、飛ばしていました。
 糸の先端を持って、一方の糸の先端に花アブちゃん。
 気分的に、「わらしべ長者」です。


 でも、何か他の物と交換も出来なければ、花アブもすぐに死んでしまって・・・これも考えようによっては残酷な遊びです。


 そう言えば、4年ほど前に旅先で(長野)でクワガタを捕まえて、箱に入れて持ち帰って飼っていました。
 うちのダンナは、ゴキブリが出ただけで卒倒しかけたり、蝶を見て逃げ回る私を知っているので、私が虫が全部嫌いなのだと思っていたようで、せっせと餌を
やる私を見て「・・・うーん・・・信じられない」って。
 クワガタが死んじゃった時は庭に埋めました。


 うちのダンナは・・・かたつむりが大嫌いで、見ただけで半泣きになります・・・。
 そして、私の父は、蜘蛛が駄目です。


 父の田舎には巨大な蜘蛛がいて(毒はない)、足から足まで測ると、多分、10㎝から15㎝はあるかもしれない蜘蛛がウヨウヨいます。
 そんなのが洗面所の壁にいたりするのです。


 前に祖父の家で、その蜘蛛を見たうちのダンナが「洗面所にでっかいのがいて、お義父さんに『蜘蛛がいました』って言うのを忘れていてたら、急に『ぐはぁ!!』って声が聞こえて、慌てて洗面所に行ったら、お義父さんが走って逃げて行くところだった」って。


 うちの田舎・・・。
 蜘蛛もそうですが、蝉も蜂も蛾も・・・埼玉にいるのより大きいです。
 あそこは遊びに行くのは良いけど・・・住みたくない。