台所での仕事を終えて寝室に行ってみたら、寝ていたはずの義母がいなくなっていた。


「あら!やだ・・・お義母様が・・・また外に!?」


 30分ほど前に見た時には寝ていたから・・・この僅かの間にベッドを出た事になる。
 慌てて居間に向かう。
 ここには2人の娘がいて、針仕事をしているのだ。


 「ねえ、お義母様を知らない?」


 居間で、依頼された洋服の仕立てをしていた2人の娘達は、私の言葉に手を休める。
 顔を上げて、不安そうな表情を覗かせる。


 「やだ・・・。お祖母様・・・またいなくなったの?」
 長女が不安げな声を出す。
 「やだ・・・本当に?」
 次女も顔を顰<しか>めた。


 2人とも作業をやめて立ち上がった。


 義母はこのところ、目を離すと・・・とんでもない所に行っていたりする。
 一週間前などは、雨の降る中・・・川の土手に座り込んでいたのを憲兵が連れて来てくれて、入院を勧められていた。
 今日もどこかへ・・・不安を頭をよぎる。
 
 「そうなのよ。・・・さっきまで寝ていたのに・・・」
 「庭は見た?とりあえず・・・外に出て見て・・・」
 「窓を開けてみましょうよ」




 次女が窓を開けようと言うので、慌ててカーテンを開けて外を見る。
 すると、義母は今にも雨か雪が降り出しそうな曇り空の中、庭に立っていた。
 寝巻でスリッパのまま・・・寒空の中に立っていた。


 「あら、やだ・・・庭にいるわ。・・・あのままだと風邪を引いてしまうわ」
 「私・・・ベッドを温めて来るから、お母様・・・お祖母様を・・・」
 「そうね、すぐにやりましょう」
 「私はホットミルクを作るわ」


 長女は義母の寝室に向かい、次女はキッチンへ急いだ。
 慌てて庭に出た私は、義母に優しく声をかける。
 義母は・・・耳は聞こえるのだが、最近・・・様子が本当におかしかった。


 「お義母様・・・外は寒いわ。中に入りましょう、ね?」
 「ねぇ・・・あの子は、ウィリバルトは何で戻って来ないのかしら」
 「お義母様・・・」
 「変よねぇ・・・今まではきちんと帰って来たのに・・・」
 
 私は言葉を失い、義母を見つめる事しか出来なかった。
 義母の言う、『あの子』とは、私の夫の事だ。

 戦死したのか行方不明になったのか・・・。
 夫は戦地から戻って来なかった。
 ハッキリと戦死した決まった訳でもなかったので、遺族年金も下りなかった。
 軍部は「行方不明」としか説明してくれなかった。




 内戦の後、私と2人の娘、そして義母は、内戦が始まってすぐに私の田舎に越した。
 田舎にある私の実家は・・・結婚後は、別荘のように使っていた。
 私は平民出身なので、この家は・・・ハッキリって手狭だが、今の私達には住める場所があるだけ幸せだった。


 幸いにして、私達には夫の残してくれた蓄えがあった。
 そして、私は昔から手先が器用であった。
 裁縫が得意だった事もあって、2人の娘達と細々ながら仕立ての仕事で生計を立てる事が出来たのである。
 それでも、急に生活が変ってしまい、年のわりに気丈だった義母は一気に老け込んで、ここ最近ではボケて来たようにも思える。
 きっと、生活環境が変わった為に・・・義母の痴呆症が悪化したのだ。


 義母は内戦の始まった年に90歳になっていた。 
 急に外に彷徨い出て、雀にエサをやるのだとパン屑を撒いてみたり、急に息子が帰って来ないのは私が浮気をしているからだとか言って、一日中泣き喚く日があったり・・・もう、手が付けられなくなってきた。
 そして・・・急に徘徊したりする。
 娘達は施設に入れたらどうかと私に言ったが、私はそうしなかった。
 それだけの余裕が、今、我が家にはないのと、あの人の母親だと思うからであった。
 一週間前に憲兵にも勧められたが・・・私は踏ん切りがつかなかった。




 出征前に夫はいつになく厳しい表情をしていた。


 「2度と戻って来ないと思ってくれ。お前達に必要な財はお前と娘達の名義で銀行へ入れてある。・・・母を頼む」


 その言葉があったからこそ私達家族は腹を括ったし、私が辛抱強く義母の面倒を見ていたのは夫の言葉の為でもあったが、何故か義母が夫の形見のような気がしたからだ。


 「冬の雀はね、エサが無くて大変なの。パン屑を持って来ようかね・・・」


 義母はそう言って、家の中に入った。


 「お義母様・・・今日は雨が降りそうですから、雀の為のパンは明日にしましょうよ」
 私が言うと、義母は、「・・・そうだね、なら、そうしよう」とにっこり微笑んだ。
 「ちょっと疲れたから寝ようかね・・・」
 「ええ、ベッドは温めてありますから、すぐに眠れますよ」
 今日は・・・ちゃんと会話になっている。
 私は何とも言えない気分で、義母を伴って家に入った。



 私は、義母を1階の奥の部屋に連れて行った。
 足腰が弱ってきた義母は、既に2階へは上がれなかったからだ。
 長女がベッドを温めておいれくれたし、テーブルの上には、温かなミルクが置いてあった。
 義母はミルクを飲んで、「美味しい」と言ってくれたので私はホッとした。



 「お母様・・・お祖母様は?」


 居間に戻った私に、仕立物の手を休めて2人の娘が同時に聞いてきた。
 「眠ったわ・・・」と私は答えて溜息を付いた。


 私はチェストの上の写真立てを手に取った。
 家族5人・・・夫以外は笑顔の写真。
 出征前の夫が撮ろうと言い出した写真で・・・こういう家族写真は珍しかった。
 夫が笑顔だったらなおいいのだけれど、夫の写真には笑顔の物は皆無だった。



 本当に・・・あの人はどこへ行ってしまったのだろう・・・。
 元気で生きていればいいけれど。
 夫の無事を願う・・・。

 あの人の事を考えると、後から後から涙が溢れて止まらなかった。





Das Ende





 100のお題より、「冬の雀」です。

 ウィリバルト・・・でピンと来た人は鋭い。


 ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ。


 そう・・・メルカッツ提督のご家族を描いてみました。


 提督の享年から、逆算していくと、娘とか自分と同年代か?なんて思いました。
 奥さんは私の親と同じくらいで・・・それなら母親が生きていたらこのぐらいだろう・・・とか計算して、こんな感じになりました。


 父がメルカッツと同年になった時、祖母は90歳でした。
 それなら、メルカッツの母親も同じくらいだよね・・・って。
 うちの祖父母や曾祖父、曾祖母達は皆長生きで、80代、90代で亡くなった人が殆ど。


 ・・・だけど、ボケた人がいなかったのが凄い。
 皆、大往生でした・・・私もそうなりたいです。  


 少しでも、長く生きて・・・オタクなお婆さんになりたい。←え??