ファーレンハイトの実家はかなり貧乏だった。
貴族と言えども、爵位もない名のみの貴族・・・本当に「貧乏貴族」であった。


 それでも、彼の昇給に伴って、多少なりとも余裕が出てきた家族は、オーディン郊外の景勝地へ2泊3日で出かける事になった。

 それに先だって、末の妹のアデライードからヴィジホンがかかって来たのだった。


 『あのね、だから・・・帰るまで、この子の事を預かって欲しいの』


 アデライードに頼まれたのは、彼女が飼っている猫の世話だった。


 『なんで・・・だ?』
 『だって、今回行くホテルは・・・ペット連れて行けない所なんだもの。それにこの子、アーダルベルト兄様には慣れているでしょ・・・』
 『まぁ、そうだが・・・預かってくれそうな人は他にいなかったのかい?』
 『ええ。猫を預かってくれる人を探したの。でも、みんな・・・断られてしまって。それで、ペットホテルとかを調べたてみたらとっても高くて・・・。それでお母様が、そんなところに預けたら余計な出費だから、私に猫と一緒に屋敷に残りなさいって言うんですもの。・・・私だって家族旅行に行きたいの・・・』


 妹が俯く・・・。
 そして、いじらしく縋るような目。
こんな目で見られたら・・・。
 ついにファーレンハイトは根負けした。
 どうも・・・末の妹のアデライードには弱いのだ。


 『分かった・・・どうせ3日間だけだしな。責任もって預かるよ』
 『本当?アーダルベルト兄様・・・ありがとう!』


 こうして、妹から猫を預かる事になったファーレンハイト。


 一週間後、彼はアデライードから猫の入ったバスケットを受け取った。
 母、姉や妹達、そして弟達・・・全員で出かける為、一旦、ファーレンハイトの官舎に立ち寄り、猫を預けて行ったのだった。
 因みにファーレンハイトは12人兄弟で、彼の上に姉が2人、そして彼。
 その下に7人の妹と、2人の弟がいる。
 弟2人は一卵性の双子で、まだ15歳で学生。
 社会人として働ける年齢ではないので、結局、ファーレンハイトが大黒柱なのだった。
 末の妹のアデライードは、ファーレンハイトとはかなり年が離れていて、現在13歳である。
 ファーレンハイトの姉は彼とは2歳違いで・・・二卵性の双子である。
 

 アデライードの飼い猫である、毛足の長い赤味がかったオレンジ色のこの猫は気難しくて気性が荒かった。
 人が来れば毛をを逆立てて物凄い声で唸るし、人によっては噛みつかれたり、鋭い爪で引っ掻かれたり。
 声もゴロゴロしたダミ声なので、とにかく・・・ハッキリ言って可愛くない。
 だが、何故か、ファーレンハイトの事は家族と認めているのか、ニャゴニャゴ言いながらすり寄って来る。


 ・・・ファーレンハイトは、実家へ行く度にネコ缶を持っていく。
 しかも、この猫が滅多に口に出来ない結構いいヤツを持って行くのを、乱暴者の猫も覚えているらしいのだ。


 『猫は面倒みるから・・・旅行を楽しんでおいで』


 猫の入ったバスケットを下に置いてファーレンハイトが言うと、アデライードはホッとしたのか、にこにこと笑顔を見せた。


 『アーダルベルト兄様・・・大好きよ!』


 そう言って彼に抱きついた。
 可愛がっている妹に抱きつかれてまんざらでもないファーレンハイトは彼女の頭を優しく撫でて、乱暴者の猫の世話をする事に対して腹を括ったのだった。




 猫が来た日、ファーレンハイトはいつものケチを返上した。
 いつものディスカウントストアではあったが、店でも最高級の缶詰を幾つかと、高級な猫用ミルクまで買い込んだ。


 『アーダルベルト兄様に預けたら猫の毛づやが悪くなった』
 
 可愛い妹にそんな事を言われたくない。
 だから、お財布握り締めて腹を括る・・・。
 そして、レジの近くでビッテンフェルトとバッタリ出くわした。
 ビッテンフェルトは不躾にも、ファーレンハイトのカゴを覗き込んだ。
 
 「何だぁ・・・おい、珍しいな。ネコ缶なんか買うのか?しかもこれはかなり高級そうな・・・。まさか、卿が食う訳じゃなかろうな?」

 不思議そうな顔で彼とネコ缶とを交互に見つめるビッテンフェルト。
 頭痛がするが、「・・・当たり前だ。実は妹から猫を預かってな」と答えるファーレンハイト。
 「ほう?猫ねぇ・・・」
 「なんなら見に来るか?物凄いオレンジ色の猫でな。愛想がなくて、かなりブサイクな乱暴者だが・・・そういや、あの猫と卿の髪の毛の色と似ているな」
 「・・・ふん、猫と一緒にするな!」

 でもビッテンフェルトは暇だったのだろう。
 「猫か・・・俺は犬は好かんが、猫は結構好きだから見てみたい」と言って、自分で買った缶ビールを持参してファーレンハイトの官舎へ一緒に赴いた。
 今日はオイゲンもいないし、1人で飲んでもつまらなかったからだ。


 豪快なビッテンフェルトに・・・何故か猫は大喜びだった。
 いつもは本当に愛想が無いくせに、撫でられてゴロゴロと喉まで鳴らしてじゃれ付いている。


 「・・・こいつがここまでじゃれ付くとは・・・珍しい」
 「俺は猫は好きだからな。猫にも分かるんじゃないか?」
 「なるほど」
 やがて、猫はネコ缶を持ったファーレンハイトにまとわりついて、早くくれとでも言うようにジャンプした。


 「・・・現金なんだけど、こういうところは可愛いかも・・・」


 軍服から私服に着替えるのも困難なくらい、猫がスリスリとまとわりついてきて、ファーレンハイトは苦笑した。
 彼がソファーに腰掛けると、何と背中にまで乗って来た。


 「おい・・・早くエサをやったらどうだ?そいつ・・・偉い大量にヨダレ出してるぞ~!」
 「う・・・ヨダレだと!?うわ・・・なんてヤツだ!」


 猫のヨダレが背中にべったり・・・泣くに泣けないとはこの状況だ。

 ファーレンハイトの情けない顔を拝めたビッテンフェルトは、ビールを手に大爆笑していた。




 翌日・・・。


 「閣下・・・昨日はどなたか女性と一緒だったのですか?」


 珍しく遅刻ギリギリで出勤して来たファーレンハイト。
 急にザンデルスに訳の分からない事を聞かれて、思わず、「はぁ・・・女ぁ!?」と、副官を振り返った。


 「何でそんな事を聞く?」
 「あ・・・いえ別に・・・」


 いつもよりも硬い声音の上官に、ザンデルスは冷汗をかいて、慌てて言葉を濁した・・・。


 (だって、あんなに閣下のとは全く違う毛が軍服に付いているとですね・・・小官は・・・)


 「・・・卿は何か勘違いしてないか?昨夜<ゆうべ>一緒にいたのはビッテンフェルトだ。俺のところで飲んでな。挙句に酔いつぶれて蹴っても起きないし、結局・・・そのままズルズルと泊まって行ったんだ」 
 「え・・・そうだったんですか。一緒にいらしたのはビッテンフェルト提督だったんですか」
 「あぁ・・・もう、疲れた・・・」
 「え・・・疲れた??」
 「あぁ・・・あいつの買って来たビールを飲んだりして盛り上がったのは良いのだが、それが、あいつ・・・酔っ払って、カーペットとかに派手にビールをぶっかけてしまって・・・。朝早く業者にクリーニング頼まなきゃならないし、もう、最悪でな・・・。それを考えるだけでグッタリしてしまう・・・それで遅刻スレスレという訳だ」


 (・・・本当にそれだけだったんですか??)


 ザンデルスは、ファーレンハイトの肩や背中の至る所に付いた、派手なオレンジ色の数本の毛に頭痛を覚えた。
 おまけに手の甲に大きな絆創膏が張ってある。 

 プラチナブロンドの上官とは明らかに異なる派手な色目の毛。
 そして、何だか痛々しげな絆創膏。


 何故だか怖ろしい想像をしてクラクラしてしまったが、まさか、敬愛する上官にそんな趣味が・・・などとはとても聞けず、腹に力を入れて、グっとこらえていたザンデルス。


 想像力逞しく、飛躍的な考えをする傾向にある彼は・・・何やらおかしな事を考えていた。



 「よう!!」


 お昼近くになって、ファーレンハイトのところを尋ねて来たのはビッテンフェルトだった。
 手にした白いビニール袋には、固形の猫のエサが幾つも入っている。


 「・・・実はな、うちのオイゲンも猫を飼っているらしいんだが、このエサ、凄くイイらしいんだ。・・・と言う訳で、昨日の詫びも兼ねて差し入れだ」

 そう言って、ファーレンハイトに押し付けるように差し出す。

 「・・・詫びがこれか?缶詰だけで俺を釣るつもりではなかろうな?」
 「おい、そう言うなよ。本当に美味いらしいぞ?オイゲンが、『猫まっしぐら』と太鼓判を押していたからな」
 「・・・まぁ、受け取っておくか」
 「全く・・・昨日は大人げなく、酔った勢いで、猫にもカーペットにもドバっとビールぶっかけちまったし、卿には散々迷惑を掛けたからな・・・。その上、寝込んでしまったし。俺だって卿には迷惑をかけたと思っているんだ。このとおりだ」
 殊勝に頭を下げるビッテンフェルト。
 彼は自分に明らかに非がある時は、誰にでも素直に頭を下げる・・・これは美徳であった。
 頭を下げられれば悪い気はしない。
 ファーレンハイトも強くは出られなかった。


 「・・・なるほど。多少は悪いと思っていた訳か、卿も。全く・・・カーペットに出来たシミを抜くの大変なんだからな。クリーニング代も馬鹿にならない。こっちとしては余計な出費で・・・」
 「まぁ、まぁ・・・。・・・で、あの猫はどうした?」
 「あぁ・・・明後日には妹が取りに来る。これであの猫から解放されると思うと気が楽になる」


 「猫・・・?」


 近くで書類整理をしていたザンデルスが呟くと、ビッテンフェルトが聞き逃さずに豪快に笑う。


 「何だ、卿は副官なのに知らんのか?妹から預かったっていう猫がこいつの官舎にいるんだが、これがとんでもなくぶっさいくな顔でな。・・・オマケに凄い乱暴者で、室内を走り回って爪をといだり、まぁ、凄かったな。・・・で、こいつの毛が見事なオレンジ色だったんだ!何と、俺のこの髪の毛の色と似ているときている。で、昨日、猫をからかって遊んでだな・・・」
 ビッテンフェルトは、ザンデルスの呟きを聞いて説明してやった。
 「おい!!あれは遊んでいたと言うのか~!?俺には単に酔っ払って、猫に絡んでいたようにしか見えなかったぞ・・・」
 「絡むって・・・おれはちゃんと遊んでたぞ?猫は喜んでいたではないか。猫はああいうのが好きだからな。俺は犬はどうも好かんが、猫は本当にいい。気まぐれなくせに時々可愛い仕草もするだろうが?」
 「好きだからって・・・ものには限度があるだろうが。卿のせいでビールをかぶった猫がビール臭くなっちまって、朝、洗うの・・・メチャクチャ大変だったんだからな~!水嫌いでバタバタ大暴れするし、そのせいで手を引っかかれるし!クリーニング会社に電話したりで、今日は遅刻はスレスレになるし、本当に余計な出費だし・・・全く卿という男は・・・」
 「まぁ、そう言うなって・・・ブハハハッハハ・・・」
 
 豪快なビッテンフェルトの笑い声と、金がかかる事が気に食わずに怒鳴り散らすファーレンハイト。
 ザンデルスは書類を持ったまま呆然としていた。


 (あぁ、閣下・・・スミマセン!!とてつもなく変な事を考えていた小官をどうかお許し下さい・・・!!)


 ザンデルスは書類を抱えたまま、自分の想像力にちょっと嫌気がさしたのだった・・・。




Das Ende




 100のお題より、「オレンジ色の猫」です。


 本当は、ラインハルトの前では借りて来た猫みたいになってしまう、ビッテンフェルトの事を書く予定でした。
 でも、それってありがちなんだよな・・・と思い、ビッテンフェルトの髪色と似た、オレンジ色の猫を書く事にしました。
 けれど、ビッテンフェルトが主人公ではありません・・・あくまでも、主人公はファーレンハイトです。


 その為・・・彼の妹が登場します。
 名前はアデライード・・・物凄く年の離れた、可愛い妹・・・ファーレンハイトはシスコンではないと思いますが、妹の方がブラコンかも?
 まぁ、これだけ兄がカッコ良ければね~・・・って感じ。


 オレンジ色の毛色で毛足が長くて・・・という設定にしたので、イメージ的には、「スコティッシュフォールドで色はレッドタビー」って感じでしょうか。
 スコティッシュなら毛足長いし、レッドタビーなら、朝やかなオレンジ色ですから★


 ビッテンフェルトが犬よりも猫が好きだとしたのには、深い意味はありません。
 ただ、オーベルシュタインが犬を拾った話をミュラーが高級士官クラブの「海鷲<ゼー・アドラー>」で披露した時に、凄く嫌そうに「犬同士気が合うのだろう」と言ったのが凄く印象に残っていて、もしかして犬は好きじゃないのかな?と。
 その程度の事で猫好きにしてしまいました。 

 それで、ファーレンハイトの話にしてしまった訳です。
 
 ザンデルス君・・・キミは一体何を想像したんだぁ~!ってツッコミを入れたくなりました。
 本当に飛躍する考えの人だ・・・想像力逞しい。


 ただ、猫で書くと決まった時、すんなりとファーレンハイトでとした訳でもありません。
 オレンジ色の猫なので、最初、『元帥』でもアリかな・・・?なんて思ったのですが、結局、こういう話になりました。


 因みに『元帥』ってのは、ヤンがOVAで飼っていた猫です<そういう名前なんです!
 そう言えば、動物と言えば、ヤン家って小鳥を飼っていた事があるんですよね。
 エサをやり忘れたユリアンとそれを叱るヤン。
 そのエピソードは「ユリアンのイゼルローン日記」に載っていたのですが、あれって映像化してくれないのかなぁ・・・。


 第3期外伝・・・激しく求む!(笑)
 不景気で無理でも・・・激しく求む!(笑)