※この小説では、便宜上、帝国マルクを円換算してありますので、ご了承く下さいませ。
「ふむ、明日から休暇だな・・・」
デスクに山のように積まれた書類を前に閣下が呟かれる。
「そうですね。たったの1日とは言え、たまの休みと言うのは嬉しいものですね。ですから、この仕事・・・大急ぎでやってしまいましょう、閣下」
私はそう答えたのだが、閣下はあまり嬉しそうな顔をなさらなかった。
一瞬、休みの前に片付けなければならない、この膨大な決済書類の山に嫌気がさされたのかと思った。
「なぁ、ザンデルス・・・卿は休みが好きか?」
閣下に問われて、私は一瞬言葉に詰まってしまった。
「まぁ、一般的に休みというものは嬉しいものだと思いますが・・・」
そう答えた私であったが、書類整理の手は休めなかった。
「なるほど・・・普通はそうなのだろうな」
閣下はそう呟かれると、おもむろにデスクの上の書類に流暢な筆致でサインを始められ、その会話はそこで終ったのであった。
翌日、私は思いっきり朝寝坊をした。
昨日、閣下とともにオフィスを後にしたのは午後11時半を過ぎていた。
地上車<ランド・カー>で閣下を官舎に送り届けてから、自分の官舎に戻った時には日付は変わり、午前0時半だった。
夜遅くまで書類の山と格闘したのであるから、多少の寝坊も許されるだろう。
それに、今日は休暇なのだし、誰からも文句は言われる筋合いではない。
普段、軍務がある時は早朝5時半カッキリに起床し、地上車<ランド・カー>で閣下を迎えに行ってからオフィスに向かう生活をしている私だが、今日はそういった事から開放されている訳だ。
だからゆっくりと、9時半を過ぎてから起床したのであった。
多少寝過ぎた為かボーっとしていたが、顔を洗うとそれなりにシャッキリして気持ちが良かった。
ただ、冷蔵庫には腹の足しになりそうなモノが殆ど物が無い。
私は裕福ではないし、元々、無駄な金を使わない方だ。
だからこういう時は、「参ったな・・・」と呟く事しか出来ない。
午前8時半をちょっと過ぎた時刻では、商店はまだ閉まっている時刻だし・・・。
しかたなく、水道の蛇口ひねってコップ一杯分の水だけを飲んで、立体テレビ<ソリビジョン>をつける。
だが、平日のこの時間は女性向けの情報番組か、クラシック音楽の番組、古いドラマの再放送ぐらいしかやっていなかった。
仕方無しに電子新聞を見るが、これまた面白くもない。
そう言えば、この休暇を、閣下は何をして過ごしておられるのだろうか・・・私は、そんな事を考えた。
「連絡してみるかな・・・」
副官が上官に、しかも休暇中に連絡を入れるなど、本来ならばありえない話だ。
だが、閣下と私は『貧乏』繋がりでかなり気が合う。
プライベートでは、上官だの部下だのを通り越して結構仲良くさせて頂いていた。
尤も、閣下は上官であるから、私自身はそれなりに気を使っているが・・・。
『あ~何だ、ザンデルスか・・・』
「お休みのところ申し訳ありません。何だか暇で、暇で・・・。閣下は何をしておいでですか?」
『何って・・・卿も面白い事を言うな。・・・今はテレビを見ているが。ドラマの再放送だ。それぐらいしか面白いのが無いからな。別にやる事はないし・・・。一体どうしたんだ?』
「ほら、昨日閣下は休みがお好きじゃない・・・みたいな言い方を話されていたじゃないですか。実はあれが気になっていまして・・・」
『あぁ、あれか・・・。考えてもみろ。休暇と言ってもだな・・・何もしない、いや、出来ないんだ。金を使うのはイヤだしな。かと言って、家にこもっているとなると、テレビ見るくらいしかないだろう?だから休みが苦手なんだ』
「・・・そういう事だったのですか」
『それに、外に行くとなると、それなりの格好もしないと不味いし・・・。休みの日まで軍服と言うのもあれだろう?とにかく、極力金を使わずに済むようにしている訳だ。・・・で、卿も暇なのか?』
「はぁ・・・」
『あぁ、そうだ。いい事を思いついたぞ、ザンデルス。卿は今から俺の官舎へ来い。いいか、ジャージを着て来い』
「・・・え、ジャージですか!?」
予想外の展開に私の声は完全にひっくり返ってしまった。
何故・・・ジャージ!!?
『ほら・・・つい最近、将官用のフィットネスクラブがオープンしただろう?あそこならタダで利用出来るし、ジャージで行っても全然おかしくない。スポーツをする訳だからな・・・』
「あの・・・将官は佐官ですが、閣下・・・」
『大丈夫だ。将官の同伴者は1人までは入れるそうだ。・・・だから、卿は運が良いぞ。佐官だけでは入れない所に行けるんだから』
閣下はヴィジホンの向こうで、自分の思いつきに至極満足されたようで、こっちの意思など省みもせずに一方的に決めてしまわれた。
・・・何ゆえに、休みの日にまで身体を鍛えに行かなくてはならないのだろう・・・。
佐官の私だけではに入れない場所であっても、直言って私はあまり嬉しくはなかった・・・。
フィットネスクラブには先客がいた。
黒色槍騎兵<シュワルツ・ランツェンレイター>艦隊の猛将ビッテンフェルト大将閣下と、その部下のオイゲン大佐だった。
だが、既に帰るところであったらしく、閣下はいつもはオールバックに決めている長めのオレンジ色の髪を無造作にタオルでガシガシと拭かれながら、正面のドアから談笑しながら出て来られた。
「おう!何だ、ファーレンハイト。察するに卿も休暇だったのか?」
閣下は、「まあな・・・」と言われて、にっこりと極上の笑みをもらす。
この辺りの閣下の表情や仕草は、相手を魅了する。
とにかく、着ている物がどうあれ、実に絵になるのだ、うちの閣下は。
「実は、このジムは初めてでね。卿は何で?」
「あぁ・・・暇だったたからな。・・・んで、オイゲンも来た事が無いから一緒に・・・な?」
そう言って、オイゲン大佐を顧みられるビッテンフェルト閣下。
オイゲン大佐はほんの少し苦笑した後で、「あ、閣下・・・ほら、急ぎませんと・・・。予約をなさったのですから・・・」と、ビッテンフェルト閣下に進言する。
「・・・おい、何だ。・・・これからまたどこかに行くのか?」
「あぁ・・・実は大型のゲームセンターがあってな。前にはどこかの貴族の個人所有の物だったらしいが、リップシュタット戦役後に軍に接収されて、軍と取引のある民間会社の運営に切り替わったんだ。これが結構面白いと評判になっていてな。特に特に射撃関係のアトラクションが凄いと盛んにルッツが言うから、ちょっと行ってみようと思ってな」
「ルッツ・・・ね。なるほど、あいつは昔から射撃の腕は凄いからな。同期の中じゃ、あいつに敵う者がいなかったな。・・・で、そこは料金かかるのか?」
「料金?あぁ、ちょっとな。建物の維持費の関係で、料金はちょっと高い。・・・でも、他のアトラクションなんかも楽しいという話だぞ?卿も・・・まぁ、金が出来たら行ってみるといいかもな!!」
うちの閣下がお金を使うのを好まないのを知っているビッテンフェルト閣下は、苦笑混じりにそう言われると、オイゲン大佐と共に、慌しくフィットネスクラブを後にされた。
「楽しくても・・・金がかかるのだけはごめんだな」
ビッテンフェルト閣下の後姿を見ながら閣下が呟かれる。
私は何とも言えなかったが、「さぁ、ザンデルス、我々もさっさと受付を済まそう」と閣下に言われて、慌てて受付に向かった。
結局、フィットネスクラブには3、4時間はいただろうか。
さすがに将官専用のクラブだけあって、置いてあるマシンも高級だった。
「高そうな器具ばかりですね・・・」
私なんかが使ってもいいのか・・・と思ったが、閣下は「遠慮するな。どうせタダなんだし。・・・使わなきゃ損じゃないか」と、片っ端からマシンを試されていた。
クラブの内部には食堂や休憩室も有り、サンドイッチ程度の軽食なら自由に食べる事が出来たので、私と閣下はそれで昼食を済ませた。
休憩室には何故かタンクベッドもあって、短時間の睡眠でリフレッシュ出来る為か、利用者が多いようだった。
「・・・うわ・・・タンクベッド・・・結構混んでいますねぇ、閣下・・・。それにしても、これがこんなに人気があるなんて・・・」
私からすると、タンクベッド=前線という図式が出来上がるので、人気があるのが理解出来なかった。
「あのな・・・地上でタンクベッドを楽しく利用する人間の殆どは後方勤務らしいぞ。・・・要は物珍しいんだろう。ほら、こいつは戦艦や駆逐艦などにしかないからな・・・」
閣下が私にそっと囁いてくれたので、私は謎が解けた。
そして、改めてここの盛況振りに目を丸くしたのであった。
・・・それにしても、タンクベッド自体が物珍しいなんて。
前線勤務の者からすると、何だか馬鹿にされているみたいで嫌な感じがするのだが・・・。
「まぁ、どうせ暇だし・・・。短時間で疲れが取れるの確かだしな・・・。マッサージを頼んでも、こればかりは別料金だそうだから、俺はこれで一眠りする」
閣下がそう言われてタンクベッドの人になってしまったので、「それでは小官も・・・」と、大して眠くは無いが、私もタンクベッドで眠る事にしたのだった。
1時間後、身も心もリフレッシュした我々が次に向かったのは、閣下の行きつけのディスカウント・ショップであった。
我々2人とも、エンジ色のジャージ姿で、首にはスポーツタオルといういでたちだ。
だが、一応は、フィットネスクラブからの帰りだから、人から馬鹿にされるような、何らおかしい格好をしている訳ではないのだが、私は何となく気恥ずかしかった・・・。
閣下の話では、今日は、午後2時半からのタイムセールでブルストが投売りされるらしい。
何と、1個3円で売られるそうなので、100個買ってもたったの300円だ。
「冷凍しておけば相当もつしな。絶対に100個は買うぞ~!そんじょそこらの主婦に負けてたまるか!!よっしゃ~!!」
何だか鬼気迫る感じで、私は一瞬引きそうになってしまう。
・・・あぁ、何だか他人のフリをしたくなって来た・・・。
「・・・そうだ。俺がブルストを袋に詰め込んでいる間、卿はあっちで卵を買ってきてくれ。2パック頼むぞ。必ず14:00<ヒトヨンマルマル>~14:05<ヒトヨンマルゴ>の間に買ってくれ。頼んだぞ!」
そう言って500円玉を取り出して私に握らせると、閣下はブルスト売り場に弾丸の如く走り出してしまわれた。
私も遅れてなるものか!!と、慌てて卵売り場に走って行った・・・。
閣下の頼みでなかったら行きたくないが、こればかりは乗りかかった船・・・仕方がない。
やがて、レジを済ませて、閣下の元へ。
ブルストを100個買う事に成功した閣下は上機嫌だった。
私は閣下に卵の入ったビニール袋とレシートと、お釣りの184円を手渡した瞬間、閣下の顔色が変わり、身体が小刻みに震えたのだった。
「なんだ・・・この小銭は?」
その様子に私は驚いて、「・・・あ、あの何か不都合でも・・・」と切り出した。
「今日はタイムセールで、14:00<ヒトヨンマルマル>からの5分間は10個入りの卵が158円から60円に安くなるんだ。ほら、あそこに張り紙もしてあるだろう?2パックまでは買えるから120円にしかならないのに・・・。何で卿は疑問も感じないで316円もの大金を払ったのだ?・・・いや、これは卿が悪い訳じゃないな。ほら、これを見てみろ。レシートの刻印の時間は14:02<ヒトヨンマルニ>になっている。これはれっきとした証拠になるな。安くしなくてはならないのに、安くしないとは何事だ!!全く・・・社員の教育がなっていないな・・・。おい、ザンデルス!どこのレジだったんだ?文句を言ってくる!貧乏人からぼったくりやがって・・・」
とても貴族の将官とは思えないような暴言。
閣下はそう矢継ぎ早にまくし立てて、私が怖々と示した3番レジに向かって突進して行かれた。
レジの若い女性に猛烈に噛み付いて、彼女に380円を返金させていた。
その勢いを見た時、私は、閣下の同僚で、『猪』とか『猪突猛進男』とか呼ばれている、あのオレンジ色の髪のビッテンフェルト閣下を思い出した。
「あ~凄い。結構、閣下もあの人と似た所があるんだよなぁ・・・」
私はクラクラしながら小さく呟いた。
暫くして、閣下は380円以外に、店の名前と店のキャラクターのウサギのイラストがデカデカと入ったポケット・ティッシュを50個ほど抱えて戻って来られた。
「どうしたんですか、それ・・・」
「俺が文句を言っていたら、たまたま店長が通りかかってな。お詫びをしたいって言われてしまった。名前を聞かれたんだが、さすがにちょっと名乗れないじゃないか?それで、拒んだら、これを渡されて。まぁ金も返してもらったしいいかな・・・って。それにな、知っているか?ここの店のこのキャラクターって大人気なんだぞ。・・・企業モノは結構価値が高くて・・・オークションにでも出そうかな・・・」
それを聞いた瞬間、私は益々目眩を覚えた。
でも、閣下が名乗らなくて、本当に良かった・・・と思う。
誇り高き帝国軍大将ともあろう者が、オバサン達に混じってブルストのタイムセールで凄まじい戦いを繰り広げて、更には卵の値段を巡ってレジ打ちの若い女性店員とやりあって、最後には手に入れたティッシュを売り飛ばそうと考えているなど、とても恥ずかしい話だった。
「まぁ、やっぱりみっともなかったな・・・」
閣下がそう呟かれたところを見ると、自分の肩書きを思い出されたのかもしれない・・・。
「・・・あ、でも、閣下は正しい事をされた訳ですし・・・」
思わずフォローしてしまう私。
「それにしても、本当に安いですね、卵もブルストも・・・」
「あぁ・・・。あ!卿は俺に付き合っているばかりで、結局何も買わなかった訳か・・・」
閣下はやや大きめの声を出された。
「はぁ・・・まぁ・・・」
私が曖昧に呟くと、「それでは、詫びと言ってもなんだが、俺の得意な卵料理を食わせてやるぞ」と言い出された。
「あの・・・また閣下が作られるので??」
「ああ・・・俺が得意なのは知っているだろう?これから早速作るから卿も手伝え」
「それはまぁ・・・お手伝いさせて頂きますが・・・」
こうなったら、トコトン閣下にお付き合いするしかないようだった。
「まぁ・・・今日は酒は無いけど。卵料理、ついでにブルスト。それと水道水。おい、それだけでいいよな??」
え、ちょっと待って・・・水道水って・・・。
私は目眩がした。
・・・もしかして、閣下の官舎には浄水器がないのか!?
「・・・浄水器は、閣下・・・」
「ん?あぁ、浄水器ね。・・・それくらいは付いてるぞ、官舎だから」
「・・・ですよねぇ・・・」
私は心底ホッとした・・・。
うちの水道も、浄水器を通して水が出るので、同じなのを知ってホッとした。
こうして私は閣下の官舎で、閣下のお手伝いなどをして、ゆで卵とスクランブルエッグ、目玉焼き、そして、茹でたてのブルストを、カルキ臭い水道水でなく、浄水器を通した水道水で、たらふく食べたのであった。
それなりに楽しい休暇だったが、これが帝国軍大将と、その副官の休暇とは・・・。
やはり、「極貧主従」だな・・・と思わずにはいられない私であった・・・。
Das Ende
ファーレンハイトの貧乏お買い物に巻き込まれ、そして、楽しく休暇を過ごすザンデルス・・・。
だけど、本当に楽しかったのか?
レジの女性は焦ったでしょうね。
ちょっと見カッコイイ人が、「380円を返せ!!泥棒野郎!!」と怒鳴り込んで来たら、半泣きしてしまいますよ・・・。
因みに私も、サッカー台で、袋に詰める前にレシ-ト調べておかしかったら、即文句を言いますね・・・。
レジでの割引がされていないの、そういうの結構あるんですよ、特にアルバイトがね。
こういう行為を『オバサン』クサイって思う人はいるだろうけど、主婦は日々の生活をやりくりするのだから大変なのですよ・・・。
この間も、1パック59円の見切り品の餃子に69円と打たれて、すぐさま文句の嵐を・・・。
さすがに、怒鳴りはしませんけど。
「値段下がっているはずなんだけど・・・」
「え???」
「え?とか言う前に見に行ってきたら売り場を・・・」
一応やんわりと、だけど毅然とした態度で臨む。
レジのお姉さんは慌ててレジから飛び出し、すぐに戻って来て、「た、大変失礼しました~!」と、チーン!とレジを開け、『10円』を返してくれました・・・。
↑この光景を見て、『いやぁね、オバサンって・・・』と思っていた人も、いつかこうなるって断言します。(爆)
家計を預かる主婦はね、強いのよ。
そして・・・こういう事を恥ずかしい!!って思わなくなるのです・・・アハハハハハ!←だから、それがオバサンなのだよ。
それにしても、卵料理ばっかり食べて大丈夫なのか・・・コレステロール値。
ブルストも・・・大量に食べたら、かなりの度合いで太りそうなんだけど。