※この小説は、便宜上、帝国マルクを円換算してあります。ご了解下さいませ。



 行きつけのディスカウントストア。
 ここに立ち寄る度にファーレンハイトは、思わず顔が緩むのを覚える。
 とにかく、何もかもが安い。
 見ているだけで嬉しくなってくる。
 陳列されている商品を端から見て行くだけで心が温かくなってくるのは何故なのだろう?


フェザーンに首都が遷都されてから・・・。
 ファーレンハイトの生活はかなり向上されていた。
 とにかく・・・物が安い。
 物価が安いと言う事は、小金が貯まると言う事に直結しており、家族へ仕送りしても・・・手元に残るのは、オーディン時代よりもはるかに多い多い。
 給与に変化はないのに生活が楽になる・・・これが喜ばずにいられようか!
 因みに、オーディン時代は食費などの生活費以外に、月に自由に使える金額を2000円と決めていた。
 だが、物価安で食費にかかる金額が減った為、今はその倍の金額を自由に使えるようになっていた。


 今日も、ディスカウントショップの食料品コーナーを覗いてみたら・・・。
 賞味期限があと1週間で切れる発泡酒が、破格の32円で売られていたのだ。
 このショップには、「エコ・コーナー」と言うのがあって、賞味期限が10日以内の商品が・・・ワゴンにわんさか乗せられている。
 そこには、こう書かれているのだ。


 『ここにある商品は、全て賞味期限が来たら、捨てられてしまいます。だけど待って!まだまだ食べられる、まだまだ飲めるのに捨ててしまうなんて実に勿体無い。なので、心ある方は買ってあげて下さい。商品もその方が喜ぶと思います。だから、このコーナーでは半値以下や9割引きなんてのも当たり前!お得にお安く出血大サービスさせて頂きます!今日の晩御飯のおかずに!明日のお弁当に!今日の晩酌に!活用して頂けたら私共も嬉しいです』


 ここのコーナーの商品は、お一人様3本限りとか、良くありがちな制限がまったく無いのがいい。
 豪快に5本をカゴに入れた後で、急に財布を取り出して中の小銭を確認し、更にもう1本カゴに入れた。


 ここには野菜などの生鮮食料品や果物を乗せたワゴンもある。
 昨日、生鮮食料品をここで調達したのだが、大きめのカボチャ半個が80円であった。
 たまたま100円しか持ち合わせが無かったのだが、このカボチャを購入したのである。
 今日は熟れすぎたトマト4個が25円でパックに入って売られていた。
 2パックほどあった。


 「ナマで食べるのは無理でも、こういうのは冷凍して、パスタのソースに使ったり、スープとかの煮込み料理に使うとコクが出るんだよな。それにしてもここは本当に安いな・・・」


 小さく呟いて、2パックともカゴに入れる。
 それから、もう1度、ワゴンを物色する。

 すると、ローストチキン風味のスナック菓子が幾つか入っていた。
 フェザーン製のその菓子は、昔からの定番だったが、ファーレンハイトは子供の頃・・・全く買ってもらえなかった。
 これまた、賞味期限があと1週間という事で、1袋で158円ぐらいもする物が2袋で42円という安さで売られていた。


 「子供の頃・・・これを食べたくてねだった事があったな。・・・結局買ってもらえなかったが・・・」と小さく呟く。


 そして、2袋カゴに入れた。
 あの頃を思い出し、苦笑して・・・。
 この歳になって、あの頃食べられなかった菓子を食べる機会が来ようとは。
 しかも、見切り品の形で・・・実に愉快だった。


 「あぁ、今日も有意義だったな・・・」と小さく呟く。
 
 たった300円しか無くても、発泡酒が6本も買えて、トマトが8個、そして、スナック菓子が2袋。
 尚且つ16円のお釣り。
 ・・・たった16円でも残るなんて、本当にありがたい話だった。
 頭の中でチャカチャカチーン!!と計算しながら、ファーレンハイトは買い物を楽しんでいた。
 貧乏人には実にありがたい・・・楽しい空間。
 心がウキウキして来るから不思議だ。


 ファーレンハイトは安売りは好きだが、今まで「安物買いの銭失い」をした事は1度もない。
 良い物を安く買う・・・良い物を見る目は人よりはあるので、安い物を買って損をした事が無いのだ。
 だから、安い服でも、ちょっと洗っただけで縮んで型が崩れただとか、色が落ちてしまったとか、すぐ毛玉になるとか・・・そう言うのは買っていない。
 効率良く、安くて良い物に巡り合う・・・ある意味、強運の持ち主なのだった。



 カゴを持って、惣菜コーナーを通過してレジに向かおうと思っていたら、この惣菜コーナーで、良く知っている人物を見かけた。
 軍服姿のまま、何やら惣菜を買っている。
 避けようとしたものの、相手の方が一瞬早く、ファーレンハイトに気付いてしまった。


 「あ・・・ファーレンハイト提督!閣下もお買い物ですか?」


 惣菜コーナーにいたのは、ファーレンハイト艦隊の参謀長のブクステフーデ。
 こんな所で参謀長に会うとは・・・と、ファーレンハイトは冷汗をかいた。

 一本反対側にある、冷凍食品コーナーを通過するべきだった・・・と後悔したが、時既に遅し・・・である。


 一旦官舎に帰ってから私服に着替えて来ていたものの、今日の恰好は実にラフ・・・ラフすぎていたからだ。
 つい最近、1枚100円で買ったライト・グリーン色のTシャツに、1本1000円のブルージーンズ、500円で買ったスニーカーといういでたちだったからだ・・・凡そ、将官がする格好ではない。
 まるで学生風のファッションだった・・・。
 尤も、副官のザンデルスが言うには、『閣下が着ると、安い物でも・・・何と言うか、高級感が出ますよねぇ・・・。何ででしょう?』って言っていたから、そんなにビクビクする必要はないのだが・・・。
 実際、無駄な肉が無い引きしまったファーレンハイトの体型や若々しく見える顔に、このシャツとジーンズのファッションは凄く似合っていた。


 (うん、そうだな・・・俺だって腐っても将官・・・やっぱりここは堂々としている事にしよう)


 腹を括ってブクステフーデに笑みを向ける。
 それにしても、カゴに入れたのが、安いが名前の通った会社の発泡酒で良かった・・・と胸を撫で下ろした。
 缶をじっくり見ないと日付なんか分からない。
 まぁ、安い事を示す「お値打ち品」と書かれたシールは貼ってあるが、この店はその手のシールを張った商品が多いのだ。


 (いかにも安物にしか見えない合成ワインなんかだと、さすがに貴族や将官が飲む酒ではないし、平民でもあまり飲まないからな。・・・ああ、それにしてもなんで、参謀長に会わねばならないのだろう・・・ふう)


 ブクステフーデは、何とはなしにファーレンハイトのカゴを見て、「おや、懐かしいですね。そのお菓子・・・昔良く食べましたよ」と微笑んだ。
 平民であるブクステフーデさえ良く食べたと言う菓子を、ファーレンハイトは食べられなかったのだ。
 何だか気恥ずかしくなるが、気を取り直して参謀長に声を掛ける。


 「卿はどうしてここに?」


 参謀長は妻帯者で、惣菜コーナーにいる事が珍しく思えたのだ。
 ファーレンハイトに問われて、ブクステフーデはにっこり笑った。


 「ザンデルス中尉から聞いたのです。安くて色々種類があると・・・」
 「あぁ、なるほど・・・」
 「本当に安くて・・・目移りしてしまって。あれもこれも買いたくなってしまいますね」


 見れば、少量パックの惣菜を幾つかカゴに入れている。
 ミルクやブロート、ファーレンハイトがたまにしか飲まない、名前の通った会社のフル・ボトルのワイン等も入っている。
 このワイン・・・結構いい値段する。
 だから、ファーレンハイトは、無造作にカゴに入れているブクステフーデを一瞬、羨ましく思った。


 「実は、今日は・・・妻子が旅行に出ておりまして・・・。小官の給料の管理は妻がしていまして、小官は小遣い制なのです。外食だとお金もかなりかかりますし、1人で外食は気が滅入ってしまいますので、惣菜でも買って家で食べた方が安上がりで気兼ねが要らないと思ったんです・・・。それで、ついでに明日の朝ごはんも一緒に買おうと思いまして・・・」


 ブクステフーデの話に、ファーレンハイトは「なるほど。確かにな。家で食べれば気兼ねしなくていいだろうな」と同調して見せた。
 しかし、心の中ではそう思っていなかった。


 「食材買って、自炊の方がもっと安上がりだと思うのだが・・・」


 そう言いたいのを、必至に我慢していたのである。
 ファーレンハイトは、地上にいる間は、極力、自炊をしている。
 料理が得意な事もあったが、安上がりだからだ。
 だが、そう思っていても口にはしない・・・大人は、そう言う事を言わぬもの・・・。
 
 安上がりだのと、そんな話をしても笑われるだけか、変に同情されるだけで、恥ずかしいだけだった。
 それに、ブクステフーデは料理が苦手なのかもしれないし。
 とにかく、貧乏くさい話を臆面もなく出来るのは、公私共に付き合いの深い副官のザンデルスだけで、ファーレンハイトにはそれだけで十分であった。


 ファーレンハイトは今日は帰ってから、前日に半個80円で買ったカボチャで、サラダ、スープ、フリッター・・・カボチャ尽くしの晩ご飯を作る予定である。
 安上がりの食材を駆使するが、出来上がってみれば見た目は豪華になるに違いない。
 他の食材や調味料などを考慮しても、全ての料理が100円ちょっとで出来上がるはずである。
 節約しながら、自分好みの味付けで豪華な夕食を満喫する・・・ある意味、究極の贅沢であろう。
 それに、生活の知恵・・・。
 カボチャはナマを煮るよりも、一旦切ってから、ビニールに入れて冷凍しておいた方が、繊維が崩れやすく早く煮える。
 勿論、フリッターの際も、早く揚げる事が出来るのだ。
 
 それらの食材を食しながら、今日買った安い発泡酒で食事。
 その後に、やっと買う事が出来た何十年越しのスナック菓子を食して・・・。
 考えれば考えるほどワクワクして来る。
 
 (急いで帰って・・・料理をしなくては!)


 ブクステフーデは朝ご飯用にブロートやミルクまで買っていたが、ファーレンハイトは朝はそれほど食欲が無い。
 だから、起きてすぐに『オーディンの名水100選』に入っている沢の水をタンクに汲んで来たモノを・・・毎日、300cc程飲む。
 『奇跡の泉』とかいう、怪我や病気にも効くらしいご利益ありそうな水だが、味もすこぶる良いのだ。
 朝は・・・これで終わりである。
 これは、ザンデルスと一緒に汲んで来た水だった。
 元手はタダだが、少し遠いので、心にゆとりが無いと出来ない事だし、これはある意味、『贅沢』かもしれない。



 ブクステフーデは、カゴに沢山の食べ物や水を入れて、「では、小官は失礼致します」と、レジの方へ向かって歩き出した。


 去って行く、参謀長の背中を見ながら、ファーレンハイトは小さく息を吐いた。


 「カボチャ料理の夕べに・・・誘ってやれば良かったかな・・・」


 でも慌てて首を振る。


 「ザンデルスなら気を使わなくてもいいが、さすがに参謀長にはな・・・」


 多分彼の小遣いよりも、自分が1ヶ月・・・自由の使えるお金の方が遥かに少ないだろう・・・。
 それをあえて見せる必要はない。


 「部下よりも慎ましい生活をする上官・・・我ながら涙ぐましいじゃないか」と苦笑し、ファーレンハイトもレジに向かって歩き始めた。


 「ホント・・・俺だって、惣菜を買って食える生活になりたいんだけどね・・・」


 誰にも聞こえない程の小さな声で呟く。
 そして、会計を済ませると、官舎への道を急いだのだった。






Das Ende





 100のお題より、「デリカテッセン」です。


 因みに、英語もドイツ語も、洋風総菜は「デリカテッセン」なのですが、スペルが1つ違うだけなんです。
 英語が「Delicatessen」でドイツ語が「Delikatessen」で、ハムやチーズ、サラダやサンドイッチなんかの持ち帰り用の西洋風惣菜を売る店を指すのですが、そうです元々は、ドイツ語で「美味しいもの」を意味するデリカテッセ「Delikatesse」の複数形から派生した言葉のようです。
 惣菜を売る店として「デリカテッセン」なんですね。
 ただ単に「デリ」と略される事もありますし。


 近所にも、甘辛の鶏のから揚げを置いてある専門店があって、それを買ってきてちょっと包丁で刻んで・・・ホットドッグ用のパンに詰めて食べたりしてます。


 それにしても、今回は・・・。
 いつもの、ファーレンハイトとザンデルスではなく、ファーレンハイトとブクステフーデ!!
 やっぱり、絡ませる相手が違うと・・・難しいですね。


 ファーレンハイトの方が、軍での地位は高いですが、きっと、参謀長の方がお金を自由に使っているかも・・・って、生み出した話です。
 年も参謀長の方が上だと勝手に認識しているし。

 年上の部下なんて、逆転現象なんだから、やっぱり気を使うでしょ・・・それなりに。


 そんな訳で、ファーレンハイトは自炊派のようです。
 外食→惣菜のテイクアウト。
 参謀長は小遣いを浮かせる為、夕食や朝食を惣菜で済ますつもりだったようですが、ちょっと甘い!
 ファーレンハイトは普段から自炊ですから!!
 それにね、料理の腕前はイイと、ザンデルスが保証していますし・・・。


 もし、ファーレンハイトがブクステフーデを自宅に招待していたらどうなっているのかな・・・。
 きっと驚くんじゃないかな・・・参謀長^^@


作中に登場した『奇跡の泉』ですが、『白鷺』に登場した泉です。
 あそこの水・・・美味しいんですね。
 『白鷺』では、手に怪我をしながら病の重いラインハルトの為に、エミール君が水を汲んで来てました。(メックリンガーも汲んで来てましたね)
 ファーレンハイトも飲んでいたのか、あの水・・・。
 
 他の作品にリンクさせる話が出来ると自分でもちょっと嬉しかったりします・・・アハハハ。