たまには贅沢をしたい。
ファーレンハイトはそんな事を考えていた。
給料が出る度に家族へ仕送りをし、自分が自由に使える金額など殆ど無いに等しいのだが、贅沢をしたかった理由は。
オークションでちょっとした儲けが出た為だった。
最初は、その儲けすら、貯蓄に回すか、臨時ボーナスだと言って家族への仕送りにするか・・・相当悩んだ。
休暇を取って、日帰り旅行はどうだろうか?という事も考えた。
だが、1人で行っても面白かろうはずはない。
さて・・・どうするか?
それで悩んだ末に、ザンデルスの事を思い出したのだった。
「おい、卿は近い内に休暇を取りたいとか言っていなかったか?」
「・・・考えていましたが、休暇を取ってもどこかへ行く事もないですし・・・思っただけで終わりそうです」
「お互い、貧乏症という訳だな。俺も休みを取ろうかと考えていたのだが、卿と同じ理由でな・・・」
「はぁ・・・」
「どうだ?来週でも休みを取って、一緒に飲まないか?」
「え?飲み会ですか?」
「あぁ。たまには贅沢をしたくてな」
「贅沢!?どうしたのですか、急に」
ザンデルスは不思議そうな顔をしていた。
ファーレンハイトの口から、『贅沢』という語句が出て来ようとは思ってもみなかったからだ。
「オークションで儲けが出たのだ。だが、どうも貧乏症で・・・どこかへ飲みに行く気も起きない。悩んだ末に思い浮かべたのは、海鷲<ゼー・アドラー>なんだが、他の同僚とはち合わせるのも嫌だし・・・」
「・・・確かに。ビッテンフェルト提督やミュラー提督がいそうですね」
殊勝な副官はそう言って頷いた。
いつだったか、「海鷲<ゼー・アドラー>」に連れて行ってもらったザンデルス。
ところが、せっかく2人で飲みに行ったのに、「珍しい。ファーレンハイトが副官を連れて来たぞ」と、ビッテンフェルト提督とミュラー提督ににつかまってしまった。
予定外の出費となり、ろくな目に会わなかったのを・・・思い出したのだ。
「ミュラーはともかく、ビッテンフェルトはあそこへは良く行っているからな。つかまると厄介だ。まぁ、金が無い時は・・・ビッテンフェルトを上手く持ち上げて奢らす事もあるにはあるが、とにかく、2人でゆっくり飲みたい時には・・・ビッテンフェルトのがさつさは・・・目に余る時があるのだ。俺1人の時はそれでもいいが、卿は・・・苦手だったろう、ビッテンフェルトが」
「まぁ・・・豪快ですから、あの方は・・・」
「豪快・・・か。あぁ。だから・・・どうだろう?うちで飲まないか?ただ、今回は・・・少しは良い酒を買って贅沢に宴会だ」
「2人で・・・贅沢に宴会ですか?」
「あぁ。・・・2人の方が気が楽でいい。変に気を使う事もないし」
確かに、その通りだと思ったのだろう。
ザンデルスは、「それでは、休暇を取って閣下の所にお邪魔します」と嬉しそうに笑った。
そして、翌週、2人は1日だけ休みを取って、ささやかな飲み会となったのだ。
ファーレンハイトの官舎の居間に通されたザンデルスは、ソファーに何枚も置かれた、手作りらしいマットと数本のハタキを目にして首を傾げた。
冷蔵庫から4缶の黒ビールを取り出したファーレンハイトは1缶をザンデルスに手渡した。
いつも、合成酒や、安いリキュール系のビールのファーレンハイトにしては珍しく、ちゃんとしたビールだった。
「なぁ、ビールとか・・・賞味期限が切れると捨ててしまう奴がいるが、卿はどのぐらいまでだったら飲むか?」
(まさか、これ、賞味期限切れなのだろうか?)
そう思ったザンデルスは、缶を開ける前に缶の裏側を確認する。
(大丈夫・・・半年以上も賞味期限があるな・・・)
ホッとしたらしいザンデルスの様子にファーレンハイトは苦笑した。
「大丈夫だ。これは昨日買って来たヤツだ。ガンガン・・・遠慮せずに飲め」
「ス・・・スミマセン・・・」
「いや、いいよ。最近、銀行の待合室で見た雑誌に、1日でも賞味期限が切れたら捨てる主婦ってのが載っていたのだ」
「たった1日で・・・ですか?ビールなら、多少の古さなら小官は構いません。切れてから3ヶ月程度なら・・・まぁ、気にしません」
「そうだろう?・・・半年を過ぎるとさすがに不味いから俺も飲まないが、2週間程度なら大した事はない。だけど、衛生面で問題があるとか言って、大抵捨てられてしまうんだ・・・実に勿体ない話だ」
「ところで・・・閣下。さっきから気になっているんですが、このマットとハタキは一体なんですか・・・?」
「あぁ、これか?うちの妹達が作った物なんだが・・・。沢山出来たから売りたいらしくてな」
「え・・・売るんですか??」
「こういうのはさ、バザーやフリーマートットに出してもそんなに値が付くものじゃないからな。それで何とかならないかと頼まれたんだ。・・・俺が妹達の代わりにオークションで売る事にしたんだ。尤もIDは妹達のだけどな」
「・・・これって手作りですよね。・・・素材は何ですか?」
「妹達の話では、主な材料は伝線したストッキングらしい」
そう言って、ファーレンハイトはハタキをつまみ上げた。
「ストッキングがハタキに・・・物凄く変われば変わる物ですね」
「そうだな・・・。だが、本当に元はストッキングだったらしいぞ?」
「はぁ・・いわゆる、再利用というものですか?」
「あぁ。その通り。再利用なのだ。妹達の話では、穴が空いたから即捨てるのでは芸が無い・・・という事らしい。少しでも利用出来るうちに徹底的に利用するんだそうだ」
「なるほど・・・」
“利用できるうちに徹底的に利用する”なんて考えを妹達が持つに至ったのは、節約・倹約をモットーにし、更にオークション好きな、ファーレンハイトの影響が色濃く出ていた。
「知っているか?ストッキングと言うのは伝線しやすく作ってあるらしい」
「え、伝線しやすく・・・ですか?」
「あぁ、穴がすぐにあくのが伝線というヤツだ。中には穿いた早々に穴があく粗悪品もあるらしくて、すぐに新しい物が買えるように・・・なっているらしい。穴が開きやすい点は、一流メーカーの物でも、ダメな時はダメらしい。とにかく、穴があくそうだ」
「ストッキングとは、そういう物なのですか・・・」
「妹達は、『男性には分からない苦労が女性のファッションにはあるのよ』と言っていた。だが、使い方によっては伝線しにくくなるそうだ。俺も最初聞いた時は驚いたのだがな」
「伝線しにくくなるって、どう使うんです?」
「新品のストッキングをパッケージのまま冷凍するらしいぞ。・・・で、一晩置いて自然解凍すると、これが不思議な事に、冷やされた事で、繊維の強度が増して、温まる時に発生する水分が潤滑油の役目をして伝線しにくくなるそうだ。ストッキングの化学と言うか・・・」
「冷凍!!凄い裏技ですね・・・」
ザンデルスは目を丸くした。
「やはり驚くだろう?」
「ええ。冷凍とは。最初にそれを発見した人は凄いですね」
「まぁ、それでも伝線はする。そこで賢く再利用する訳だ」
ファーレンハイトは、妹達手作りのハタキとマットを再度持ち上げた。
「それにしても・・・。これ、マットに作り変えるにしても・・・凄い手間かかっていますよね」
「確かにな。でも、捨てるとそこでお終いになる物が、金になるんだ。手間なんて惜しんでいられない」
「そういうものですか?・・・でも、どうやって儲けるんですか?」
「これを・・・抱き合わせて売るんだ」
そう言ってファーレンハイトが封筒から取り出した物。
ザンデルスは間を見開いた。
目を瞬かせて、本当に驚いているようだった。
「こ・・・これを売るんですか!?」
ザンデルスは引きつった声を出した。
「あぁ・・・オークションのIDはちゃんと妹のだし、結婚しているから姓も違うしな。ちゃんと説明文を付ければ問題はなかろう。一応チャリティって事で売るつもりだし・・・」
「うーん、それにしても大胆な・・・」
「そうか?俺がいいと思っているのだから、大胆でもなんでもないぞ?」
「いえ、そういう話ではなく・・・」
ザンデルスは、手の中の写真を眺めて、大きく息を吐いた。
「この分では・・・良く・・・されているのですか?」
「何が?」
「だから・・・こういうのを付ける行為です」
「あぁ、たまに」
「そうなんですか・・・」
「でも、誰か他の人間のでやろうとは思った事は無いぞ?例えば、皇帝陛下とか・・・」
「・・・!!?それはやめておいた方が・・・」
「だろう?だから、他の人間ではやらない訳だ」
ザンデルスはもう1度、手の中の物を眺めた。
さっき飲んだ、ビールの心地良い酔いなど、当に吹っ飛んでしまっていた。
「どういうコピーでオークションに出されるのです?これを使って・・・」
「帝国軍のファーレンハイト提督のファンクラブ主催のチャリティー企画で手作りマットとハタキを作りました。商品1つに付き、オマケをお付けします。マットには2枚、ハタキには1枚、この企画にご賛同頂いた方に『ファーレンハイト提督の生写真をお付けします』ので宜しくお願いします。数量限定ですので、ご興味のある方はお早めにどうぞ」
「そう書かれるおつもりなんですね?」
「あぁ。マットは全部で10枚で、ハタキは全部で5本。マット1個に付き写真は2枚、ハタキの方には1枚付けるとして・・・」
ファーレンハイトは電卓片手にピポパ!と金額をはじき出した。
「うーん・・・まぁ、このくらいにはなるかな。マット1枚、最初はこの値段からスタートさせて・・・」
怪しげな笑みを浮かべて、電卓の画面をザンデルスに向ける。
そこそこの金額が提示されている。
「もっと行く可能性があるが、最低でもこのくらいにはなってほしい訳だ」
「なるほど・・・考えてみたら、マット1枚の値段としては高いかもしれませんね」
「バザーやフリーマーケットだとこの半分にも満たないからな。手間を考えても、それだと割に合わない。妹達の苦労を考えるともう少し色を付けてやりたいと思う訳だ、兄として」
「それで・・・ご自分で写真付きで売られるとは・・・恐れ入りました!」
ザンデルスは大きく頭を下げた。
感服しているようだった。
「実はな・・・。以前・・・ブクステフーデが言っていたんだ。誰が出したのか知らないけど、俺の写真・・・売られていたらしいんだ、昔、オークションで」
急に、艦隊の参謀長の名前が出て、ザンデルスは頭を上げた。
「え・・・そうなんですか!?」
「それが結構な高値になっていたらしい。『このような事が起こるとは世も末ですな。訴えた方が宜しいのでは?』とか言っていた」
「それで?」
「・・・使えるな!と思ったので、ブクステフーデには、『そんな事でいちいち目くじら立てるな。放っておけ。大した被害はないのだから』と言っておいた。ヤツは、『閣下は寛大ですな』って感心したように言っていた」
そう言って、ファーレンハイトは面白そうに笑った。
写真が売られていた事を訴えるのではなくて、自ら売ろうという図々しい精神。
(参謀長閣下も、閣下の意図など・・・お気付きになられなかったのだ・・・。やはりただ者ではない・・・おさすがでございます、閣下・・・)
ザンデルスは伝線したストッキングから作られたマットレスとハタキをじっと眺める。
ファーレンハイトの生写真に少しは興味を覚える。
部下として自分も入札に参加するかな・・・と考えてみる。
だが・・・その前に、自分も貧乏だった事を思い出しす。
懐具合がさみしい。
先立つ物がないな・・・と、大きく息を吐いた。
「閣下・・・売れるといいですね」
「あぁ・・・頑張って全部売れば妹達も潤うからな・・・」
結局、自分の為の儲けというよリは、家族の為に骨を折っているのだ。
ファーレンハイトはザンデルスにとびきりの笑顔を向ける。
ザンデルスはその笑顔の中に、家族思いのファーレンハイトの優しさを感じた。
(こういう人だから・・・付いて行きたくなるのだな)
ザンデルスは感動を覚え、ファーレンハイトから差し出された2缶目の発泡酒を一気に飲み干した。
Das Ende
100のお題より、「でんせん」でした。
タイトルの『でんせん』は変換可能でしたので、『電線』でも、『伝染』でも良かったのですが、私はあえて『伝線』で書く事にしました。
実は、最初は『伝染』にしようかな・・・と思ったのですが。
風邪が蔓延して困る・・・みたいな話はどうかな?とか考えたのですが、あえて、『伝線』です。
男性はストッキングなど穿きませんが、アレは本当にすぐにダメになります。
良い値段の物なら破れにくい・・・という事もありません。
いい物を穿いた途端に、ピーっと破れた時には、「金返せ~!!」って思ったりします。
しかも、急いでいる時とかに、この伝線は起こるので、「もう、イヤ~!!」って言いながら、新しい物を出したりします。
昔はナイロンのテロンテロンのユルユルのパンストしかなかったので、肌にキレイに密着しないでサイアクでしたが、サポートストッキングが出始めてから、強度が増して、ピッタリするようになりました。
昔のはちょっとでも引っかけると、上から下までビリビリ・・・に破れたりしましたが、伝線しにくくなって助かってます。
ただ、それでも伝線はするのですよ。
それも突然に・・・。
そういったストッキングは私なんかは捨ててしまいますが、ワイヤーとストッキングを使って薔薇なんかの花を造ったりしている人もいるし、ハタキやマット等を作ったり、廃品利用している人もいます。
今回はそんなのを絡めて、話を書いた訳です。
それにしても、『伝線』だと、女性がメインに来そうなのにファーレンハイトとは!
まぁ、これはコメディですから・・・勿論。
どうもね。
私の書くファーレンハイトにはシリアスは似合いません。
と言うか・・・シリアスで書きたくないんですよ。
原作の8巻であんな壮絶な戦死をされてしまうと、ギャグで行くしかないと・・・。
ただし、コメディで書くと言っても、彼を生き返らせたり、死後の世界での話とかを書くつもりは全くありません。
コメディにしろ、舞台となるのは、全てオーディンまたはフェザーンにいる時。
だから、彼に関しては、原作終了後とかの話はありません。
原作終了後の世界で、ビッテンフェルトなんかが、「そう言えば昔、ファーレンハイトがさぁ・・・」みたいな、回想で出て来るのはアリかもしれませんけど、今のところ、そういうのは無いです。
それにしても、提督のご姉妹方もおさすがでございます。
さて、実際にストッキングを冷凍するのは裏技なんだそうです。
伝線しやすい!とお困りの方、試されては如何でしょうか?(私はやった事がありませんけど・・・笑)
ただ、何故、冷凍がいいのか分かりませんが。
ファーレンハイトでオークションのネタ。
一体どんな写真を売ったんでしょう?
にっこりと優しげな笑みを浮かべるファーレンハイト、ワインなぞを飲んでいる憂い顔のプライベートのファーレンハイト・・・。
お金を数えながら歌を歌っているファーレンハイト、節約料理を作っている最中のファーレンハイト・・・。
もしくは、旗艦の「アースグリム」で指揮を執っている時の精悍な表情のファーレンハイト・・・。
うわ・・・そういう写真なら・・・これは絶対に欲しいです!!(爆)
特に、あり得ないシチュエーションのだったら・・・レアですよね~ん♪