「閣下・・・ナンバリングの調子が悪いので、出来れば新しい物を支給して欲しいと事務方からの依頼がありまして・・・」
そう言って執務室に入って来たのは副官のザンデルス。
それを聞いた途端にファーレンハイトは眉根を引き上げた。
「調子が悪いだと?・・・壊れたのか?」
明らかに不機嫌そうに聞き返した。
「はぁ。どうやら壊れてしまったらしいです。さすがに事務方でも、もう限界だとの事で・・・」
「限界・・・」
「はい。直し直し使っていたようですが、部品が磨耗してしまって、すぐに緩んで印字が掠れるそうです」
「そうか・・・もう限界なのか」
「はい。小官も実際に見てみましたが、50回くらいナンバリングすると、もう・・・ダメなようです」
その時、執務室でファーレンハイトと一緒に書類に目を通していた、参謀長のブクステフーデが顔を顰<しか>めた。
「壊れたのでしたら、早急に取り替えた方がいいです、閣下、事務方に購入するように許可を出してやって下さい」
参謀長の問い掛けに、ファーレンハイトも頷いた。
「そうだな。ザンデルス、悪いが事務方に行ってくれ。・・・それにしてもどうするかな・・・」
「はい?どうするかとは・・・?」
「いや・・・ナンバリングの事だ。その、壊れたナンバリングは元々中古で買った物だったしな」
「そうですよ。節約と倹約を掲げて中古を買ったのですが、やはり中古は中古。壊れるのも早かったですね」
「あぁ。節約と倹約は良い事なのだが、限度があるからな。今回は思い切って新品にしよう」
「え、新品ですか」
驚いたようなザンデルス。
殆どの備品が・・・消耗品以外は、ファーレンハイト艦隊では中古で賄われているのだ。
「・・・閣下、小官もその方が宜しいかと思います。事務方の事は事務方に任せるべきかと」とブクステフーデも同意する。
「だがな、この艦隊には無駄金はない。締めるところは徹底的に合理化を進める。とりあえず、これからも節約と倹約は敢行すると事務方には伝えるように。・・・ザンデルス、では頼んだぞ」
「了解しました。早速、事務方に出向いて参ります」
そう言って、ザンデルスが執務室から出て行こうとした途端、ファーレンハイトが「あ・・・ちょっと待った!」と呼びとめる。
「はい、閣下、何か?」
怪訝そうな顔のザンデルスが振り返る。
「・・・で、使えなくなったナンバリングなんだが・・・。どこにある?」
「は・・・?使えないのでは・・・廃棄するしかないのではありませんか?事務方にあると思いますので、処分なら小官が致しますが・・・」
ザンデルスは、ファーレンハイトの言っている意味が分からず、思わず首を捻った。
「・・・確かにナンバリングとしての機能は果たさなくても・・・使えるうちは使う。まだ捨ててないのだろう?」
「多分・・・まだあると思いますが」
ファーレンハイトの性格を、事務方も分かっているから、壊れたからと言って簡単には捨てていないはずだった。
ザンデルスの応答にファーレンハイトは笑みを浮かべた。
「まだあるのならそれで良い。悪いが、事務方からそいつを貰って来てくれ」
そう命令されし、ザンデルスは「諾<ヤー>」と答えて、仕方なく執務室を後にした。
「シュワルツカッツェ中尉、先程連絡のあったナンバリングの件だが・・・」
「あ、ザンデルス大尉!どうなりましたか?」
「あぁ・・・明日、新しいのが届く事になったから」
「え・・・明日に、もう入れて頂けるのですか!」
艦隊の事務官のシュワルツカッツェ中尉は目を見張った。
新しい物が欲しいと打診したが、すぐに新しい物が支給されるとは思っていなかったようだった。
「さすがに・・・壊れた物を使い続ける訳にはいかないからな。おい、古いのはどれだ?」
「あ・・・こちらです」
「そうか。この古いのはもらって行くからな」
「・・・え、これを持って行くんですか?こんなの使い物にならないですよ。処分ならこちらで・・・」
事務方のシュワルツカッツェ中尉が驚いたようにザンデルスを見る。
「閣下が持って来るようにとの事でな。・・・まぁ、ついでだからこっちで処分をする」
「はぁ・・・」
シュワルツカッツェ中尉は怪訝そうな顔をしていた。
「あの・・・本当に壊れているかどうか、閣下、ご自身で吟味なさるおつもりなんでしょうか?それでもし、まだ耐えられると判断されたら、新しい物が支給されなくなるとか・・・その・・・」
「それはない。閣下は本当に備品購入を認められたのだ。ただ、小官は貰って来るように言われているだけでな」
ザンデルスは未だに腑に落ちない顔をしている中尉から、ネジの緩んだ古いナンバリングを貰い受けた。
「それで・・・今度の新しいナンバリングも・・・きっと中古ですよね・・・」
「・・・いや、今回は新品だ。さっきこっちから業者へ依頼を出したから・・・。明日の朝には届くはずだ」
ザンデルスの言葉に、事務所内が俄かに活気づき、中尉は目を丸くしている。
ファーレンハイトが珍しく新品購入を許可したのを、皆、手放しで歓迎しているのだ。
ボールペンや紙等の消耗品は、全軍で一括購入し、それぞれの艦隊の事務方に支給されるのだが、デスクやコピー機、印刷機など、すぐには壊れない物の事務用品は、大抵は艦隊ごとの予算内で賄う。
壊れない物の中には、ハサミやホッチキス、ナンバリング等も含まれ、ファーレンハイト艦隊では司令官の手腕(?)で中古業者から安い値段で仕入れていたのだった。
経費を少しでも浮かして、合理化に努める。
ローエングラム王朝になってから、帝国軍は合理化に努めているが、その中で先陣切って質素、倹約に励んでいるのがファーレンハイト艦隊なのだった。
そして、他の艦隊にも倹約を奨めているのがファーレンハイト艦隊だのだった。
インクがまだ半分以上もあるのに書けなくなったボールペンは、お湯につけて温めてて使うように指示が出されていたし、倹約は徹底されていた。
今回のナンバリングは、軍の関係の会社から買うのだが、『新品』だから、今まで以上に喜びは大きい。
ファーレンハイトが全くの新品の購入を許可するとは思えなかったのだ。
「大事に・・・大事に使いますから!!」
「小官も大事に使わせて頂きます!!!」
ザンデルスでさえも引いてしまうぐらい、事務担当の士官達は、嬉しさにうち震えている者さえいた。
全員、満面の笑みを浮かべ、ザンデルスは複雑な気持ちに陥った。
だが、古い物で耐えて来た彼等の気持ちが痛いほど分かる。
ザンデルスは「それじゃぁ・・・」と言うと、古いナンバリングを片手にそそくさとその場を離れた。
ザンデルスがファーレンハイトの執務室に戻ると参謀長はいなかった。
「閣下、ナンバリングです」
ザンデルスは、ファーレンハイトに壊れかかったナンバリングを差し出した。
「悪いな」
ファーレンハイトはにこやかな顔でナンバリングを受け取った。
それから約2週間後・・・。
ファーレンハイトは何やら・・・歌を歌っていた。
「♪よぉ~く考えよぉ~♪お金は大事だよぉ~♪う~う♪う~う♪ううう~♪」
いつもの「コガネムシは金持ちだ~♪金蔵建てた、蔵建てた~♪」とは明らかに違う、やや哀愁漂う歌を朝から上機嫌で歌っていたのである。
ファーレンハイトは声は凄く良いのだが、音程が微妙にずれていて、歌に関しては、人にはちょっと聞かせられなかった・・・。
「・・・閣下、何か良い事でもあったのですか?初めて聞く歌ですね、その歌・・・」
「良い事?まぁな。それからな、この歌は、フェザーン・ファミリー生命のCMソングだそうだ。金は本当に大事だから気に入っている。あ・・・ところで、卿は今日は暇か?」
「・・・暇と言えば暇ですね、仕事が終われば・・・ですが」
「奢ってやるぞ」
「・・・は?」
「は?じゃない。・・・奢ってやると言ったんだ」
「聞き違いじゃないんですよね。・・・急に驕るだなんてどうされたんですか、一体・・・。あ、もしかして、またオークションで・・・ですか?」
「当たりだ。例のナンバリングな・・・」
「ナンバリングって、あの壊れて使い物にならない・・・?」
「そう、アレを売ったのだ」
「・・・売ったって、え、本当にアレをオークションで・・・?」
「あぁ、察しがいいな」
「・・・閣下。あんな物を買う人なんているんですか・・・。第一、印字が出来ないぐらい壊れているのに」
「・・・いるんだ、これが。実は結婚している姉のIDを借りて売ってな。『非常にレアな商品です。以前、人を介して、ファーレンハイト艦隊で使用されていたナンバリングを手に入れて持っていたのですが、お金が入用になった為、泣く泣く手放す事になりました。商品は元々壊れていましたが、艦隊で使っていた事を示す認識番号がちゃんと入ったホンモノです。コレクションしていたファーレンハイト提督の生写真も3枚、一緒にお付けします。このようなレアな物は滅多に無いのでコレクションに如何ですか?』って書き込んで出した」
ファーレンハイトから経緯を聞いたザンデルスはあんぐりと口を開けた。
呆れて暫く物が言えなかったが、漸く声を出した。
「・・・・・・・・・まぁ、閣下は人気がありますからね。・・・それで、売れたんですか」
「あぁ・・・写真は以前に撮ったヤツが幾枚かあるから。・・・凄い数の入札があって、かなりの高値になった」
「・・・凄いですね、毎度の事ながら・・・」
「まぁな。・・・で、姉に報酬払ってもしっかり残った。・・・ささやかだけど、飲みに行く分ぐらいは残った訳だ。・・・どうだ?海鷲<ゼー・アドラー>にでも行くか?」
「え・・・いいんですか!?」
閣下の官舎ではなく、高級士官クラブの「海鷲<ゼー・アドラー>」に行けるとは。
あそこは将官以上の者しか行けない。
佐官クラスや尉官クラスの者が行こうとしたら、将官のお伴をして行く以外に無いのだ。
ここ最近、飲むのは専らファーレンハイトの官舎ときまっていたザンデルスには、「海鷲<ゼー・アドラー>」は憧れの場所なのだった。
他の将官達の副官連中は、良く上官に連れられて行ったという話を聞くので・・・本当に密かに憧れていたのだ。
「たまに・・・だからな。それに、卿もあそこの雰囲気を味わってもいいだろうし。それから、ナンバリングの件は、卿にしか知らせてないんだから、誰にも言うなよ」
「・・・諾<ヤー>」
極貧主従・・・久々の贅沢でありました・・・。
Das Ende
100のお題より、「ナンバリング」です。
ファーレンハイト・・・極貧街道まっしぐら!!
壊れた物で高く売れる事がありますし、一見、くだらないような物でも、ファンには垂涎の品だったりするのがオークション。
実は、私もくだらない物を出品した事があります。
価値が無いように見えた物が意外に高値になりまして、実はコレクターにはレアな物だった・・・という経験が何度かあります。
テレビ局で番組観覧の時に貰ったメモ帳。
500円で出したら、5000円になったんですよ・・・もう、ビックリ!
あとで分かったのは、そのメモ帳は、某女優さんが主演したドラマの非売品で、出演者の名前が刻印されているんですね。
ファンが3人で競り合っていました・・・。
これには驚きましたね~・・・捨てる神あれば拾う神ありって思いました・・・。
そんな経験から生まれたのが、このお話なんです・・・。
因みにナンバリングとは、事務をした事がある人なら馴染みがあるかな。
書類に通し番号を入れる時等に使ったりします。
ガシャン、ガシャン、ガシャン・・・と音が結構煩かったりします。
銀の時代にレトロなこのナンバリングが生きているかどうか不明ですが、案外懐古主義じゃないけど、古い物が見直されて使われているって事もあるだろうと。
それから、書けなくなったボールペンですが、お湯に漬けるって言うのは、本当に効果があるんですよ。
お湯でじっくり温めてあげると、スラスラと書けるようになります。
これ・・・私が勤めていた会社の本社の総務部で実際にやっておりました。
当時、ショムニにいたのですが、(本当にショムニでした・・・ドラマほどではなかったけど^^)ものすっごくケチケチしていたので、バブル以降、同業他社が大赤字で倒産していくのを尻目に、黒字を出してましたよ・・・。
他の会社がパソコンを導入する中、パソコンには手を出さ無かった会社。
表計算はエクセルではなく、ロータス123を使用し、ワープロはワードではなく、旧式の富士通オアシスを使ってて。
フロッピィはあの黒くて大きなペラペラのを使ってました。
今じゃ、フロッピィは遺物でしょうけど、1999年頃でも、遺物っぽかったです。
PCのOSのwin98がもてはやされていた時代に、やっとPCを導入したのに、最新機種を導入する事無く、他社の払い下げ中古のwin3.0を導入。
・・・何故、95でもないの~!!?と、誰もが驚きましたね・・・。
徹底的なコストダウンを図っていた為、生き残ったんですな・・・うちの会社。
因みに、私はショムニからリストラされて支店の営業に回されたのですが、営業の方が良かったみたいで・・・。
いつの間にか支店の稼ぎ頭になってました・・・。
その結果、営業コンペなんかでで勝ち残ったりして、商品券を貰ったり、表彰されたり、香港旅行のご褒美なんかも頂きました・・・。
因みに何の営業かというと・・・金融関係です。
一応、上場企業でした・・・。
あ・・・でも、生保や損保ではないです。
銀行でもノンバンクでもありません。
穀物等の先物取引でもありません。
そうすると残りはおのずと分かるかも?
バブルがはじける前に入ったのだけど、良い時代と悪い時代を・・・体験してしまいました。
笑ったのは、学校の成績では歴史の成績は凄いのに、政治やら経済はサッパリで赤点スレスレだった事かな。
なので、私が大学卒業後、経済バリバリの会社に入って、日経新聞片手に走り回っている姿を高校時代の担任は想像出来なかったようです。(3年間同じ担任だった・・・社会の教師)
まぁね~・・・人間、切羽詰まると何だか分からないエネルギー出して頑張るもんですよ。
私だって、良く採用されたなぁ・・・って思いますもん。
まぁ、バブリーな時代だったし、今じゃ考えられないけど、新入社員だけで450人もいたもんなぁ・・・入社式が帝国ホテルだったし。
飲み会も・・・帝国ホテル・・・信じられないですよね。
そんな時代にケチケチケチケチ・・・危機管理がシッカリしてたのかもしれません・・・。
物語に出て来たシュワルツカッツェ中尉ってのは私のオリジナルです<エンクロとかで探さないでね~!(笑)
あと書いていてふと思ったのですが、「他の艦隊にも倹約を奨めているのがファーレンハイト艦隊」って書いた時にね。
勧めるでもいいのだけど、奨めるにしたんですよ、わざと。
アハハハハハハ・・・ファーレンハイトの声優さんの速水さんは、「速水奨」さんですからね、これ以上の漢字はないよ!!って。
「勧める」と「奨める」は同じ意味ですから。
艦隊を前面に出して動かすのは「進める」ですね。
「全速前進!!」なんて命令を下しちゃう!!
ファーレンハイトは華麗に命令下しそう★
因みに人を推薦する時のすすめるは、「薦める」・・・になるんですよね・・・以上、漢字のお勉強の時間でした。←え?、そうなの!!?