「おい、キスリング!」


 背後から大きな声を掛けられた瞬間に、皇帝ラインハルトの親衛隊長のキスリング准将は誰にも聞こえないほどの舌打ちをした。
 それから、ゆっくりと後ろを振り返る。
 本当は無視したいのだが、相手は自分よりも階級が上・・・無視など出来るはずもなかった。
 キスリングは、声を掛け来た相手をじろりと睨んだ。
 勿論、相手の階級の方が遥かに上なので、不遜にならない程度に・・・だ。


 「・・・何でしょうか、ファーレンハイト提督」


 感情を押し殺した声。
 他の親衛隊の隊員達は複雑な表情で2人を見やる。
 その様子に気付いたキスリングが「先に行っていてくれ」と促すと、全員、ファーレンハイトに挨拶をしてその場を立ち去った。


 「キスリング。何だか機嫌が悪そうだな」
 「機嫌が悪いように見えますか?」
 「あぁ、見える。あ~・・・ちょっとな・・・」


 最悪な相手に捕まった事を悟って、表情を強張らせるキスリング。
 それとは対照的に、明るい笑顔と爽やかな声音のファーレンハイト。
 足取りも軽く・・・。
 急に近寄って来て、キスリングの肩を馴れ馴れしくポンポンと叩く。
 一瞬、悪寒が走るキスリング。
 何か良くない事が起こりそうな、そんな気配がする。
 覚悟を決めて腹に力を
入れ、ファーレンハイトを睨んだ。


 「何かご用かと申し上げたのですが・・・まさか、肩を叩くのがご用だったのでしょうか?」
 
 軽い嫌味を言って、冷たい視線をファーレンハイトに向ける。
 この人はまた何か企んでいるのではないか・・・と、キスリングは身構えた。
 早くこの場から立ち去りたかった。


 「なんだ、なんだ・・・。声に棘があるなぁ」
 「そうでしょうか?」
 「ほら、その口調。棘があるとしか思えない」
 「そんな事はありませんが?」
 「なぁ・・・もしかしたら、この間のビデオの件で怒っているとか?」


 そう言われた途端に、身体がピキーンと硬直する。
 単刀直入過ぎて一瞬、言葉を失うが、すぐに大勢を立て直す。


 「いえ・・・そちらの方は、それなりにして頂きましたし。もう、怒ってはおりません」

 そう答えると、ファーレンハイトは頷いた。

 「まぁ、そうだろうな、それなりには・・・したよな。それに・・・卿は肝が小さい男じゃないしな」
 「・・・それで、今日はどんなご用なのでしょうか?小官は今、手が離せないほど忙しいのですが」


 押さえた声で、相手の出方を窺うキスリング。
 さりげなく、小脇に抱えた書類の入ったブリーフケースを掲げる。
 親衛隊にだってデスクワークはあるのだ。
 実際に、猫の手も借りたいほど忙しいのだ。
 下らぬ事に付き合っている暇はない。


 (全く・・・ファーレンハイト提督と仕事以外で関わるとろくな事が無い・・・)


 余計な事に巻き込まれたくは無かった。
 早く解放されたくい。
 そればかりを願ってキスリングは忙しい素振りを見せる。
 だが、当のファーレンハイトは分かっているのか、いないのか・・・どこ吹く風だった。


 「・・・そう、怖い顔をするな。ちょっとこれを見てくれないか。・・・卿の意見を聞きたくてね」


 目の前にずいっと差し出された大判のクラフト封筒。
 キスリングは、笑顔を浮かべるファーレンハイトを不審に思いながらも受け取った。
 そして、中を開けて取り出しかけて・・・慌てて中身を封筒の中に戻す。
 心なしか身体が小刻みに震えている。


 「な・・・何なんですか、これは!」
 「・・・ったく。大声出しちゃ駄目だろう」
 「・・・しかし・・・」
 「大声出すなって・・・普段足音も立てない男が、大声を出したら・・・な?意味なくないか?」
 「そ・・・それとこれとは別です!一体、どこからこんな物を・・・」


 声が上ずるキスリング。
 あまりの衝撃に・・・いつもの冷静さやら、慎重さなど・・・とうに宇宙の彼方にまで飛んでしまっていた。


 「なぁ、これ。卿は欲しくないか?」
 「は・・・?一体・・・どういう意味で・・・」


 声を潜めてキスリングはファーレンハイトを睨み付けた。
 意図が全く分からない。
 本当に関わりたくないのに・・・。
 どうしてこの人は、こういう行動に出るのだろう?
 こちらの感情を逆撫でして・・・何が面白いのだろうか?


 「なに、深い意味は無い」
 「そうですか・・・それでは小官にも・・・関係・・・」
 「関係ないと言うつもりなのか?いいか?俺はただ、これが欲しいか、欲しくないか・・・を聞いているつもりなんだが」


 ごくりと唾を飲むキスリング。
 やや震えながら、「小官にはおっしゃる意味が・・・」と言葉を濁す。
 だが、ファーレンハイトは、「・・・そうは言ってもだな、卿は欲しいのではないか?違うか?」と、どこまでも、爽やかに微笑む。
 その爽やかな笑顔が憎たらしい。


 「とにかく、もう1度見てくれないか?」


 そう言って、ファーレンハイトは付き返されたクラフト封筒をもう1度キスリングに押し付ける。

 ファーレンハイトから再度差し出された封筒。
 キスリングは、もう1度開けて中を出し、彼の手の中の物に視線を落とす。
 中に入っていたのは3枚の大きめの写真。
 ファーレンハイトの言う通り、確かに喉から手が出るほど欲しい写真であった。


 それは・・・全て、皇帝ラインハルトの写真だった。


 盗み撮りなのか、殆ど全裸に近いトランクス1枚の写真と、チェスに負けて悔しそうな表情を浮かべる写真と、書類を持ったまま大欠伸している写真だ。
 どれも普段余り目にする機会が無い物ばかり・・・。
 チェスの写真は左端に鮮やかな赤毛の頭が見える。
 どうやら今は亡きキルヒアイス元帥と対戦しているものだと見て取れる。
 
 「・・・一体どうされたのです、この写真は?」
 「凄い写真だろう?」
 「確かに凄い事は凄いですが、全く・・・何処からこんな怪しげな写真を手に入れられたのです?」
 「怪しげと言われても、正真正銘の写真でこいつは偽物では・・・」
 「そういう意味ではありません!場合によっては、これは明らかに不敬罪に相当しますが・・・そのお覚悟はありますか!」


 一気にまくしたてたキスリングの瞳は苛烈だ。
 彼は皇帝を守る親衛隊の隊長なのだ。
 こんな物が帝都中に出回ったとしたら・・・そんな事を考えると、首の辺りがヒヤリとする。


 「これはな、あれだ。フェルナーから買ったんだ」


 アントン・フェルナー准将。
 突然、軍務尚書の子飼いの部下の名前が出て、キスリングは耳を疑った。


 「フェルナー!?なんで彼がこんな物を!しかも買ったとはどういう事なのですか!?」
 「・・・しー!!声がでかい!」
 「う・・・」
 「これは、リップシュタット戦役・・・いや、盟約を行った頃にまで遡るんだ。あいつが、陛下の暗殺を企てようとしていたのは卿も知っているな?」
 「ええ、まぁ・・・それは有名な話ですからね」
 「ほら、あいつはその当時、諜報部の工作員だっただろう?それで、弱みを握るべくスパイ活動の一環でかなり前から盗み撮りをしたみたいなんだ」
 「そんな事をされていたのですか、あの人は・・・」
 「俺も最近まで、いや、これを手に入れるまでは知らなかったのだが。それはともかく、ヤツとしたら、弱みを狙っていたのだが、大したのが撮れなかったらしい」
 「陛下に弱みなど・・・全く」
 「それで、戦役が終わった後だな、あいつから持ちかけられたんだ。写真を買わないかと・・・ね」
 「何故・・・?」
 「さぁ、それは分からないが、既に無用の長物とした化した写真を大量に持っていても・・・と思ったのだろうな。俺は普段は金を使わないのだが、これを見た時に閃きを感じて・・・ヤツの言い値で全てを買い取ったんだ」
 「・・・それがこの写真という訳ですか?・・・ま、まさかこれをオークションに出すなんて事は・・・」


 ファーレンハイトがオークションマニアであるには、一部の人間の間では有名だった。
 それだけは阻止しなければ・・・と、キスリングは身構えた。
 だが、次の瞬間に、ファーレンハイトから出たのは拍子抜けする言葉であった。


 「いや、これは出さない。幾ら俺でもそこまでは・・・な。皇帝陛下を侮辱する事だけはしたくない。俺にだって分別はあるのだぞ?」


 それを聞いて、キスリングは「それは良かった・・・」と大きな息を吐いた。
 節操の無い人だと思っていたが、多少は理性があるらしい。
 だが、次の瞬間にその考えを捨てざるを得なかったが。


 「ただ・・・『ヘンゼルとグレーテル』ってビデオな、あれを出品するつもりだ」


 一瞬、キスリングは耳を疑った。
 今、この人は何と言ったのだ??


 『ヘンゼルとグレーテル』


 あの・・・恥ずかしいビデオをオークションに!!?


 ファーレンハイトは涼しい顔で、人の悪い笑みをキスリングに向ける。
 毒のある笑顔。
 キスリングは、ショックを受けて、声を上ずらせた。


 「う・・・!どこで見つけて来るんですか!?小官の子役時代のビデオなんか・・・」


 キスリングの身体が震える。
 若気の至りとは言え、あれほど恥ずかしいものはない。


 「まぁ、いつも行くビデオショップにな、ジャンク品を見に行ったら埃をかぶったビデオがあったんだよ。・・・かなりの掘り出し物だろ?調べたらちゃんと映像が映ったからな」
 「それで・・・儲けようと、また売る訳ですか。いい気なものですね」


 眉を引き上げるキスリング。
 声に険しい物があるが、ファーレンハイトは気にしていないのか、ずんずんと話を進める。


 「そう目くじらを立てるな。まぁ、前回、卿の出ているビデオディスクを売った事は卿にちゃんと正直に話して、売り上げの三分の一は支払ったぞ?卿だって損はしてないだろうが」
 「確かに損はしていませんが。それでは今回もまた、三分の一を支払うとでも?」
 「あぁ、そのつもりだ。それよりも、この写真の方だ。こんな写真、幾ら親衛隊長でも撮れないだろう?特に欠伸のなんかレアだろうが?・・・髪が短い頃のだからな。・・・卿が陛下にぞっこんなのは皆知っているし」
 「ちょっと!その言い方には語弊があります!それじゃぁ、小官が変態みたいに聞こえるじゃないですか!いいですか!小官は純粋に親衛隊長として陛下をお守りしているだけであって・・・」
 ファーレンハイトはキスリングを制するように手を振った。
 「分かっているって・・・。卿が命を掛けて陛下の恩為に尽くしている事は、誰もが認めている話だ。・・・それでな、ここからが本題。取引をしようではないか。・・・秘密の共有って言うの?」
 「秘密の共有って・・・。ファーレンハイト提督・・・あなたと言う人は・・・」
 いつも以上に優しげな笑みを浮かべている、目の前の大胆不敵な男を見つめて、キスリングは大きく息を吐いた。


 「・・・それはそうと、前にミュラー提督にも何やら高額な商品を売られたとか?」
 「高額・・・。あぁ、なんだ。レジーナグッズの事か?」
 「そうです。同僚からあんな大金を・・・」
 「確かに・・・大金だけどな。でも、あれは相場から言ったら妥当だったし、逆に考えたら安く売った感じだぞ?それにミュラーも喜んで支払った。無理やり売り付けた訳ではないぞ。いわゆる、同意の上での売買だな」


 ファーレンハイトは全く気にもかけていない。
 それに、本当に、レジーナのグッズは高値になる傾向にあるのだ。


 「・・・そうですか。それで今度は小官にこれですか?」
 「それは売り物じゃない。あげるんだよ、卿に」
 「は??」
 「売るなんて誰も言っていないだろうが。それは謝礼の1つだ。その代わり、今後は卿の出演しているビデオを売った場合は卿の許可は取らん・・・そういう事を提案したい。まぁ、同僚のよしみで、売上金の三分の一は支払うけれどな。・・・それは、事後承諾で。勝手に売って儲けたなんて思われたくないから、ちゃんと支払うつもりだ。そう、悪い話ではないと思うのだが・・・」
 「・・・提督!!」
 「・・・ただな、気分的に、それだけでは悪いと思うから、その都度、陛下のレアな写真を卿に渡そうかと考えている訳だ。考えてみたら、卿は陛下のファンだから、こういうのが好きそうだと思ってな。どうだ?」
 「・・・という事は、まだ・・・このような写真をお持ちなのですか?」
 「・・・まぁね。フェルナーの奴、大量に写しているんだ、これが。それで、ネガも含めて全て買い取った」
 「何と言うか・・・やり方が・・・」
 「最低・・・と言うつもりか?」
 「良く分かっておいでですね」
 「最低か。まぁ、それでも、そういう事だから・・・」
 「そういう事って・・・」
 「この写真が世に出る前に俺の所で止まっていた方が・・・卿だっていいのではないか?そうだろう?」
 そう笑いながら立ち去ろうとするファーレンハイト。


 「それはそうかもしれませんが、まだ話が終わって・・・」と言いかけるキスリング。
 だが、当のファーレンハイトはどこ吹く風。
 「俺は・・・無理な事を言っているつもりはない」
 ファーレンハイトは、最上級の笑みを見せた。
 「とにかく考えておいてくれ。お互いに利害が一致しているのだし」


 キスリングは、ファーレンハイトには歯が立たないのを自覚して悔しくて、ただ歯ぎしりをするしかない自分が情けなかった。


 「分かりました・・・あなたには負けました。先程の提案、全て飲まさせて頂きます」
 「了解。・・・お互いに有意義にやろうじゃないか」


 ヒラヒラと手を振って、背を向けてスタスタと歩き出すファーレンハイト。
 その後ろ姿を見送りながら、キスリングはクラフト封筒を手に、大きな息を吐き出した。


 「まぁ、俺が黙っていれば済む事か。しかし・・・俺が口が堅いってのをこういう風に利用されるとはな・・・」


 ファーレンハイトの方が一枚も二枚も上手<うわて>な事に、奇妙なおかしさを覚えるキスリングであった。


 多分・・・この写真の存在が、あのミュラーにでも知られたら、瞬く間に広まるだろう。
 そうなってからでは遅いのだ。
 ミュラー本人はあまり自覚していないが・・・彼は口が軽いのが玉に傷だった。


 士官学校時代に、子役をしていた事を口止めしたのに・・・いつの間にか、ファーレンハイトに知られてしまった。
 たまたま、ファーレンハイトがおおっぴろに言わなかったので、ごく一部の人間にしか知られなかったが、全く恥ずかしい話だ。


 「ミュラーは昔から口が軽かったからな・・・」


 ・・・今後も写真が欲しくば、ファーレンハイトと共謀して大人しく黙っていた方がいいかもしれない・・・と、キスリングは小さな笑みを漏らした。
 確かに、悪い話ではなかった。


 「それにしても・・・秘密の共有とは良く考えたものだ・・・はぁ~・・・」






Das Ende





 100のお題の『ビデオショップ』と微妙にリンクしています。
 それと、『Riskieren Sie Management』に、ファーレンハイトがミュラーに売った高額商品の事が出ています。
 キスリングが書きたくて書いたんですが・・・。
 
 ラインハルトの写真は、キスリングへの代償として使うだけのようです。
 ファーレンハイトでもこれを売るのは危険だと思われているようです。

 まぁ、多少は理性があるって事で・・・写真を売るほど節操が無い訳じゃない。


 そう言えば、菊の紋章入りの天皇家御用達の『恩寵の煙草』が数本オークションに出された事がかつてありましたっけ。
 これを知った宮内省がヤフオク側に文句を言って出品取り消しをさせたそうです。
 かなりの値段が付いたそうですが、私持っていますよ、この煙草。


 あ、オークションで買った訳ではありません。
 出品者がどのような経緯でタバコを出したのか分かりませんが、私の入手は母からで。
 母がボランティアで皇居のお掃除に行った時に、皇后陛下から直接頂いたそうです。
 3本だけ持ってます。


 うちの母って、自○党本部でもアルバイトをやった事があるのだけど、○民党総裁の椅子ってのに座って写真撮ってんの。(滝汗)
 何人かで撮らせてもらったんだって・・・凄いわぁ。


 ・・・因みに私も短期なら、ここでのバイト経験があります・・・。


 そして、その当時幹事長だった小◎一郎氏と握手した経験があります。(相当昔だね・・・◎沢さん今は民○党だから・・・アハハハハハ)