宇宙暦796年(帝国暦487年)6月・・・。
難攻不落と謳われていた、我が銀河帝国の要であり、最重要の前線基地であるイゼルローン要塞・・・。
何と、この堅固な要塞が叛乱軍の手に落ちてしまった。
帝都オーディン内では、帝国軍始まって以来の不祥事として、大貴族から平民達まで、その話題で持ちきりになっていた・・・。
「・・・おい。一緒に食事にでも行くか?」
突然声を掛けられ、僕は思わず固まった。
ペーペーである僕に声を掛けて下さった声の主は・・・我が艦隊の司令官のケンプ中将閣下だった。
かつて軍きっての撃墜王で、銀のワルキューレを巧みに駆っておられた閣下も、現在は艦隊司令官。
かなりの猛将なのだ。
僕は士官学校卒業後、閣下の幕僚の一員となる前は、オーディン宇宙港の整備課に勤務していた。
どちらかと言うと、閑職に近いイメージの職場だった。
だから、ケンプ閣下の幕僚になれたのは嬉しかったが、小柄で痩せっぽちの僕には荷が重かった。
物凄い経歴を持ち、長身でがっしりした閣下の花崗岩の風貌は、僕にとっては、威圧感があり過ぎたのだ・・・。
「あの・・・小官とですか?」
閣下が何故、僕に声を掛けたのか分らない。
僕は周りを見たが、他に人はおらず、少々戸惑って聞き返した。
「・・・ここに、俺と卿以外に誰がいるというのだ?・・・おい、行くのか、行かんのかはっきりしろ」
「・・・お供させて頂きますっ!」
僕に断れる訳はないし、第一、閣下の方は、僕に断られるなんて思っていないようだったし・・・。
既に歩き始められた閣下の後を僕は慌てて追った・・・。
一体どこに行くのだろう・・・。
そこそこの定食屋に閣下は入って行かれる。
閣下ほどの人なら、もっと良い店に行くと思っていたので、それが少しばかり意外だった。
席に付くと、閣下は僕にメニューを手渡された。
「ここは安いがかなり美味い。俺はいつものにするが、卿は遠慮しないで好きなモノを食え。今日は俺の奢りだ」
「え・・・いいんですか?でも、閣下。どうして小官と食事など・・・」
「・・・そう言えば、卿は確か士官学校を昨年卒業したんだったよな」
「あ・・・はい」
「・・・卿は俺の親友だった奴に良く似ているんだ。まぁ、そいつは戦死してしまったけどな」
そう言いながら閣下は料理を頬張った。
「卿が幕僚チームに入った時、奴にあまりにも似ていたんで、驚いた。・・・それが理由だな」
僕は咄嗟に言葉を出す事が出来なかった。
僕は士官学校卒業後、宇宙港整備課勤務になった為、前線経験はこれまでなくて。
つまり、閣下の幕僚になって初めて前線を経験する事になったのだ。
そして、僕よりも前に前線勤務になっていた友人の多くは既にヴァルハラの門をくぐっていたのである・・・。
そう、閣下のご友人だった人と同様に・・・。
「卿は小食だな・・・」
どちらかと言うと僕は食が細い・・・偏食をしている訳ではないが、そんなに量が食べられない。
反対に、閣下は昼間から凄い健啖振りを発揮している。
これだけ食べれば、この体格なのも分る気がする。
「閣下はいつもこのくらい召し上がるのですか?」
「まぁな。・・・大食いに見えるか?」
「はぁ・・・」
「これでも昔は小食で・・・と言うか、腹一杯食えなかったんだ」
「え?」
「なんだ・・・食うと仕事に差し支えて最悪だったからな。食事制限に余念がなかった」
「・・・・・・・・・?・・・・・・・・・」
僕は、閣下が言いたい事が分からずキョトンとしてしまった。
「まぁ・・・そういう事だ」
閣下は含み笑いを漏らされた。
結局、閣下は短時間の間に、優に3人前くらいはある物凄い量の料理を悠然と平らげられた。
僕が食べたのはシンプルな料理だが好物の、ブラート・カルトッフェンや、グーラッシュなど。
だが、突然の閣下との食事だったせいか、緊張の方が凄くて、あまり料理の味を覚えていない。
おまけに、ちゃんとした会話も出来なくて、内心、とても困っていた・・・。
僕は、閣下の「食えなかった」という言葉が引っかかっていた。
もしかしたら兄弟が多くて、満足な食事も出来ないような、貧しい家柄だったのかなぁ・・・と考えた。
翌日、その話を、士官学校の先輩で、旗艦の砲術士官のヴィーゼ中尉に話すと彼は大爆笑した。
「なるほどね・・・」
僕は訳が分らず、「そんなに笑わなくても・・・なにが、そんなに面白いですか?」と聞き返した。
「なぁ、俺は明後日非番なんだが、卿は?」
「・・・非番です」
「じゃぁ・・・俺にちょっと付き合わないか?卿に面白いモノを見せてやるよ。ビックリすると思う」
「・・・面白いものですか?」
「あぁ・・・。笑えるのを保証する」
僕は更に訳が訳が分らなかったが、彼の言う、「ビックリするほど面白いモノ」とか「笑える」に興味を惹かれた。
どこへ行くのか聞くと、どうやら、彼の従兄弟が社長をしている会社なのだと言う。
「オーディン市内にある会社なんだ。滅多に入れる所じゃないし、卿も見ておいて損ないと思う」
「何だか面白そうですね」
「ホント面白いぞ。それに、俺だけが知っていてもつまらないしな」
「・・・はぁ・・・」
「とにかく、損はしない。・・・保証する」
2日後、僕は同じ官舎に住む中尉と一緒に、彼の従兄弟の会社に向かった。
非番だったから、僕はラフなカッターシャツに黒いスラックスという出で立ちだ。
中尉はもっとラフで、黒いTシャツに黒いジーンズだった。
彼の話では、従兄弟は元軍人で、今は除隊して、家業の印刷会社を継いで、若社長になっているらしい。
「従兄弟は家業の印刷会社なんてつまならないと言って、家族が反対するのに士官学校入って念願の軍人になったんだ」
「はぁ・・・そうなんですか。でも、除隊されたんですよね」
「それが、跡取りの長男が交通事故で亡くなって。それが心労になって伯父も病死してしまうし、仕方なしに・・・だ」
「・・・そうなんですか・・・」
若い人が死ぬ原因は今は戦死がトップらしいけど、事故死もあるし、勿論、病死もあるのだ。
要は、そこまでの寿命だって事なのかな・・・と、僕は漠然と考えた。
「ここだよ」
中尉が指差したのは、重厚な7階建てのビルだった。
「結構大きな会社じゃないですか・・・」
「まぁ、新聞や雑誌も請け負っているし、印刷会社としては大手だよ」
中尉はドアを開けて中に入る。
受付には2名の妙齢の美女。
中尉が名乗ると、「はい、伺っております。3号エレベーターで7階へどうぞ」と微笑んだ。
7階は、エグゼクティブ・フロアのようだった。
「役員室、大会議室、大広間なんかは、全てこのフロアにあるんだ。勿論、社長室もだけど」
2人は秘書室のドアを開けた。
秘書室長のプレートを胸に付けた中年男性が現れた。
「マクシミリアン・ヴィーゼ様ですね。社長は奥にいらしゃいますよ」と愛想笑いを浮かべた。
秘書室の奥が社長室になっているようだ。
「・・・どうも」
中尉は親戚だったし、勝手知ったる何とやらで、悠々と社長室のドアを開ける。
でも、貴族のくせに、下級貴族の僕はこういう所はちょっと苦手だ。
それは、貴族と言っても、爵位も何にもない“名のみ”の貴族だったから・・・。
「よう、マックス。良く来たな・・・って、おい、随分ラフな格好をしているじゃないか・・・」
「あ~今日は非番だから。あぁ、アルノルト兄さん、紹介する。こちらは、リュッケ少尉。士官学校の1期後輩なんだ」
「あ・・・始めまして。テオドール・フォン・リュッケと申します」
「・・・貴族か」
「あ、でも、下級貴族です。偉そうなのは名前だけですからご心配なく・・・」
僕が答えると、「・・・面白い奴だな」と、社長は笑った。
「兄さん・・・頼んでたアレだけど・・・」
ヴィーゼ中尉が声を掛けると、社長は封筒を手にした。
「ほら、ここにちゃ~んと用意してあるよ。・・・でも、急にアレが見たいなんて一体どうしたんだ?」
「ついこの間、彼は閣下と食事に行ったらしくて。それで、閣下が大食いとか言うんで、アレを思い出したんだ。だって、アレ・・・かなり驚くし」
「ははぁ、なるほどね・・・」
「あの・・・。ヴィーゼ中尉、もしかして面白いモノって、もしかして閣下に関係している事なんですか?」
「・・・そう。閣下のヒ・ミ・ツ・・・」
「え!閣下の秘密・・・」
僕は俄かに興味が沸き上がって来るのを覚えていた。
僕の顔に浮かんだものを読み取った社長は、封筒から何かを取り出した。
「・・・まぁ、何だ。まずは、これを見てくれ」
社長から手渡されたのは古い写真だった。
ホログラフィではない、紙焼きの大きな写真で、5人の若者が写っている・・・皆、階級は少尉だ。
全員、良く日に焼けて精悍そうで・・・。
右端でVサインをしているのは、多分、ここの社長だろう。
え・・・?
僕の目は点になっていた。
・・・真ん中で腕組みしているのは、まさか・・・。
「どうだ、皆、若い。・・・そして、凄く痩せていないか?」
「・・・あの・・・真ん中で腕組んでいるのは・・・」
「ケンプだよ。俺は奴とは同期だったんだ」
ええっ!?
まさか!!?
嘘だろっ!!?
僕は信じられずに、もう一度写真を穴が開くほど見た。
5人の中で一際背が高くて、そして、一番痩せているのが、閣下!?
軍人は絶えず身体を鍛えているから、モヤシみたいなひ弱なガリガリ体型ではないだろうが・・・。
それにしても、これじゃぁ、まるで別人28号である。
「・・・随分、痩せてますねぇ。昔は食えなかったとおっしゃってましたけど、生活が苦しかったんですか?」
「え・・・?生活?そりゃ、思いっきり間違ってる」
社長は軽く手を振って大笑いをする。
「え・・・でも・・・」
「いいか。良~く写真を見てみろ。俺だって痩せている。痩せていないと、仕事にならなくてさ」
「あ・・・確か、閣下も同じ様な事を・・・」
「何故痩せているか?あのな・・・狭いんだ、コクピットが・・・」
「コクピットって、あ・・・ワルキューレ!?」
「・・・ピンポーン!!」
「あの中、そんな狭いんですか?軍にいながら知りませんでした・・・」
「もう、凄く狭い。狭過ぎるだろう!!と叫びたくなるほど狭い。・・・体重制限で100kgを超えると入らなくてさ。いや、80kgでも無理だな」
「え・・・本当ですか!?」
「機械は精密だからさ。それに奴はあの身長だろう?おまけに大食いだったから、必死にダイエットしたんだ」
「ダイエット・・・」
「そうさ。ワルキューレに乗りたい一心で。そういや、ビタミン剤やサプリメントばっかり食ってたよ」
「サプリメントばかりなんて、味気ない食事だよな・・・」とヴィーゼ中尉。
「乗ってる間はずっとそうだった。何せ、奴は撃墜王だったし」
食事がサプリメントだけ・・・。
本当にワルキューレが好きだったんだろうな。
そう言えば社長は小柄だ。
僕も小柄だけど、多分、僕以下かも・・・。
聞いてみたら、170㎝との事だった。
「他にも士官学校時代のホログラフィもあるが、こっちも見るか?」
「え・・・いいんですか?」
僕は思わず声を上げ、「あ、それは俺も見た事ない。兄さん、見せて・・・」と、ヴィーゼ中尉も顔を輝かせた。
僕らは、士官学校時代の社長や閣下の映像等、ある意味、物凄く貴重なモノを見る事が出来た。
その中で、閣下の隣で笑っている、僕と似たレンガ色の髪の、小柄な青年に目を止めたのだった。
「あの、この人・・・」
「ん?あぁ、ロスナーだ。ハインリッヒ・ロスナー。俺やケンプの友人だ。いや、だった・・・と言うべきかな」
僕はハッとして社長を見た。
「パイロットとしての腕は良かったんだが、初陣で敵の艦砲で爆撃されてな・・・。そう言えば、面差しが君に似ているな・・・」
僕は、閣下が食事に誘ってくれた時の言葉を思い出していた。
僕は、楽しそうに友人達と笑い合う、かつて、若者だった閣下の映像を食い入るように見つめた。
そして、閣下にも若い頃があったのだと、少しだけ親近感を覚えた。
閣下と食事をする機会があったら、今度は萎縮しないで、もっと積極的に閣下と話をしよう・・・。
僕はそう心に決めた。
Das Ende
ある人の言葉がきっかけで書いた話です。
ある人とは、元自衛官。
航空自衛隊でパイロット養成の為の教官をされていた方なんですが、パイロットは目が良いのも条件だけど、体型にはかなり煩かったそうです。
因みに二等空佐だったそうなので、いわゆる、中佐って事で、かなりのエリートの方でした。
今は除隊されて、何故か、居酒屋をされているという・・・変わった経歴です。
最近になって、奥さんの実家のある栃木へ越されしまいました。
店内には何故かヘルメットやら、戦闘機の模型や写真が沢山あったので気になっていたら、教えて下さって。
因みに操縦していて好きだったのはファントムだそうで、F14よりも好きだったそうです。
ヘルメットは本当は返還しなきゃいけないらしいのですが、昔、「失くした」って事にして、ちゃっかり貰ったとか・・・勿論、失くしたと言う訳で、「亡失届け」なる始末書を1枚書いたそうですが、始末書を書いても欲しかったって・・・アハハハハ。
成層圏ギリギリまで上昇すると、空が急に真っ暗になって、そこから先は宇宙だって言っていました・・・勿論、酸素は殆ど無く・・・。
幻想的な景色が広がり、その、宇宙の一歩手前は、とても気持ち良かったって・・・パイロットならではの話ですが、物凄いGだそうですので、一般の人は耐えられないだろうとの事です。
私みたいにごく普通のブランコで酔ってて、旅客機の離着陸で半泣きになっているような人間には・・・その気持ち良さはサッパリ分りません・・・あう・・・T-T・・・。
そうそう、パイロットは、あまりにも背が高いのもダメだって言っていました。
その方もどちらかと言うと小柄な方ですが、いやぁ、ホントにワルキューレのコクピットに、あの体格・・・さぞかし大変です・・・誰だって疑問に思いませんか?
・・・だから、タイトルは、ホントは、「食いたいのに食えなかった男」とすべきだったかもしれません・・・「食えない」じゃ、意味がちがいますから。
・・・きっと提督は、昔食べられなかった分を、今、欠食児童並に食べているのね!
ただ・・・若くはないから、この分じゃ、この体型には中年太りも入ってそう・・・絶対に、アブナイですね・・・。←おっと、ゴメンネ、ケンプ提督!
それから、リュッケ君はアムリッツアまではケンプ艦隊なんです・・・。
リュッケ君は意外と美味しいキャラで、ケンプの魅力を引き出してくれるのです!
それから、一人称が「僕」なので違和感を持つ人もいると思いますが、これには理由があります。
OVA化されていないエピソードですが、アムリッツァ会戦で、ケンプ艦隊とヤン艦隊が激突した時に、リュッケはケンプから意見を求められた時に、「僕」って言いかけてしまい、「僕・・・いえ、小官は・・・」と言っているんですよ。
だから、普段は、「僕」何だろうな・・・と。
相手が軍人なら、「小官」で、友達同士だと、「俺」じゃなくて「僕」って感じ?
そして、それが似合うんだ。
・・・リュッケでここまで書いちゃいましたが、実はリュッケとケンプの話・・・まだあったりなんかして。