あそこにはあったのは、ごつごつした大きな岩山だけだった。
雨が殆ど降らないせいか草木が乏しい。
色が無いのではないかない?と思えるほどの灰色の世界。
本当に何も無い岩ばかりのざらついた荒野・・・。
岩と罪人の収容施設と監視塔だけが点在していた。
多少の草木は雨が降らないせいで立ち枯れて、まるで屍のようだ。
もう、見ているだけで気が滅入る光景だった・・・。
あそこは、生きた屍を作る工場のような場所・・・。
薄墨色の雲に覆われた重苦しい空はいつもどんよりしていて、空気は鼻を突く異臭を放っていた。
皆、喉を痛めていて、絶えず咳込んでいた。
健康な人間を気落ちさせ、廃人にさせるには十分過ぎるほどの環境の悪さ・・・。
・・・殆ど晴れる事が無い惨めな星。
もしかして、私があの地獄のような場所から抜け出す事が出来たのは偶然だったのかもしれない。
だって、他にも似たような境遇の一族の女達があそこにいたのだから・・・。
あそこには、月に1度だけ、色々な物資を積んだ定期船がやって来た。
物資の殆どは収容所の職員用。
そして、時々であったが、お情け程度に、牢獄にもほんの少しの食料が配給されるのだ。
私がここに収容されてから2カ月が経った。
ある日、女が、囚人の為の食料を運んで来た。
私はその配給物資を受け取りに外に出た。
外と言っても、敷地内の中庭だ。
いつもは無言で物資を置くと出て行く女だが、今回は様子が違っていた。
それにいつものガイコツみたいな細い女ではなかった。
「あんた、自分の一族の仇を取りたくないかい?」
いきなり女が私に声を掛けて来た・・・小声で。
「あなたおかしいんじゃないの?言っておくけど、私は馬鹿じゃないわよ?」
私は女を訝しく思った。
辺境に来たにしては派手な感じの女。
プラスチックとガラス玉でで出来ている安物のアクセサリーをジャラジャラと身に付けていた。
暗褐色の髪に浅黒い肌の中年女・・・それが私を見て、ニヤリと笑ったのだ。
「馬鹿じゃない・・・ね。気力あるようだね、いいわ。話をしてもいいかしら?」
「話って・・・あなた何者なの?」
警戒した私が何者か訪ねると女は含み笑いを漏らした。
「いやね・・・とある人に頼まれてね。誰か1人、ここから若い女を連れ出せば私はお金を貰えるのさ。連れ出すのは誰だって良いって言うし、だからあんたに声を掛けた訳だけど、それほど深い意味はないよ。誰でも良かったんだから。でもね・・・あんたもここを抜け出せるし、私もそれなりのお金が手に入る。決して悪い話では無いだろ。良く考えて今すぐに返事をしておくれ」
女は私を値踏みするような目つきで見たが、確かに私にとって、女の申し出は渡りに船だった。
「・・・ここから抜け出せるのなら構わないわ。私は何をすればいいの?」
私は即答した。
「何もしなくていいわ。黙って私に付いて来て。物資はこのまま中庭に置いておきなさい。その内に誰か別の人が取りに来るでしょ、あんたが戻って来るのがが遅かったらね」
私はそれを聞いて、物資を中庭に置いたまま、女に付いて行った。
不思議な事に、いつもは誰かしらがいる警備員の姿が一切無く、私は女と一緒に簡単に建物の外へ出る事が出来た。
「随分、すんなり出られるのね?どうして?」
「さあ?きっと、警備員と話が付いているんだろうよ。私は誰か女を連れて来るように言われているだけだから。さぁ、こっちだ。こっちにコンテナがあるんだ」
女は自分が運んで来て、岩場に隠してあった大きな黒いコンテナを指し示した。
「取りあえず、この中に入って。それからコレを飲んで」
私はコンテナに身を潜め、女に言われるままに差し出されたクスリを飲み込んだ。
どうやらそれは、即効性の睡眠薬であったらしい。
その後、どうなったのか分からないが、気が付いたら宇宙船の小さな個室の中に監禁されたいた。
「私を誘ったあの女はどうしたの?」
私は何処かへ売られるのだろうか・・・?
さすがに不安になった私は、食事を運んで来た男に尋ねたが、男は首を振った。
「この宇宙船に乗っている女性はあなただけですよ」
「そう・・・誰に頼まれたの?」
「私は依頼人の名前を知りません。ただ・・・オーディンにあなたを連れて行くように言われただけですから」
どうやら、この宇宙船の中には私以外の女はいないらしく、私はオーディンに戻れるという事だけが分かった。
男は、私を連れ出した女が、今何処にいるのか知らないようだったが、私の話を聞いて、「それならきっと、報酬を貰って国にでも帰ったんだろう」とだけ言って、そそくさと部屋から出て行ってしまった。
今となっては、あの女がどこの誰だったのか、私にはどうでもいい事だったが、私はあの何もない絶望的な荒野から抜け出せたのが嬉しかった。
帰りたい、帰りたい・・・と、ずっと心に念じ続けていた、あの懐かしい帝都オーディンに戻れるのだ。
私は母と妹と一緒にあの過酷な牢に収容されていた。
収容されたショックからか、母は拒食症になり、1か月足らずで痩せ衰えて死んでしまった。
あの気高く美しかった母が痩せ衰え、オーディンにいた頃とは見るからに変って行く様は、看病するこちらも気が狂いそうだった。
医者すら呼んでもらえない状況で、私が出来る事など殆ど無く、ただ見守り、励まし続ける事だけ・・・。
そして、母の死にショックを受けた2つ年下の妹も情緒不安定になり、元々精神的に弱い彼女は、衝動的に舌を噛み切って死んでしまったのだ・・・。
自分もあんな風になるのはイヤだと凄まじい金切り声を上げて・・・。
痩せ衰え死んだ母と舌を噛み切った妹・・・。
何故、私達がこんな目に遭わねばならないのだろう・・・。
私達が一体どんな悪い事をしたというのだろう?
考えても考えても、その理由を思いつかない・・・。
冷たい石の床に転がった2人の遺体を、私はお芝居でも見るような気分でじっと見つめていたが・・・多分、私も気が狂い掛けていたのだ。
涙の代わりに出たのは、渇ききった笑いだけだったのだから・・・。
父はリヒテンラーデ公の甥で母は姪だった。
貴族は家柄の結びつきや、政治的な政略結婚が多い。
そんな中で、従兄妹同士の恋愛から結婚に至った私の両親は、門閥系の貴族の婚姻としては珍しい部類に入る。
これまた珍しい事に、双方が浮気をする事も無い、実に仲の良い夫婦だった。
・・・と言うのも、大抵の貴族は女性はともかくとして、男性には数人の愛人がいる・・・なんてのは珍しくないのだ。
賢明なる父は、いち早くローエングラム陣営に与していた。
考えあぐねていた他の貴族達にも、ローエングラム陣営に付くようにと積極的に勧めていた立場であったので、伯父からも目をかけられていて、遇されるならともかく、処刑される事など全く考えていなかった・・・。
父は貴族ではあったがとても温厚で、趣味と言えば山や海へ出かけてキャンプをしたり・・・自然が大好きで、自分の家族を大切にする優しい人だった。
私や妹はそんな父を愛していたし、家族の誇りだった。
母もたおやかで、とても優しい人であった。
両親は、使用人達からも慕われていた・・・というのも、給金は一般の相場以上に弾んでいたからだ。
私付きの侍女には病気の母親がいて、それを聞いた父上は設備の整った病院へ入院させて費用を全額負担したので、「お嬢様。私はコールラウシュ家にお仕えする事が出来て本当に幸せ者でございます」と、涙を流しながら喜んでいた。
我が家は、使用人との関係は良好で、貴族にしては慎ましい生活だったし、何が起こったのか未だに分からない。
・・・我が一族を死へと追いやったのは、本当はローエングラムと言う名の悪魔だったのかも知れない。
だけど、直接手を下して、一族を逮捕拘禁したのはあの男だった。
10歳以上の男子は処刑され、私の父や、親戚のカルシュン男爵は服毒自殺を強いられたり、銃殺されたりしたらしい。
ここの看守が、「男は皆殺されたんだよ。お貴族様がみっともない事に泣き叫んでいたらしいねぇ・・・」と馬鹿にした笑いを浮かべた。
それで、ここに連れて来られた私達は、夫や父や兄弟達の処遇を知って計り知れないほどのショックを受けた。
それまで、女性と男性を分けて生かして収監しているものだとばかり思っていたので、一気に気力が萎えてしまったのだ。
カルシュン男爵の長男のヨセフは10歳になったばかりだったのに、毒ガスで処刑されたと言う・・・。
彼の12歳になる、彼の姉のユリアナは「あの子は何も悪い事をしていないのに・・・」といつまでもグズグズと泣いていたし、おば様は寝込んでしまわれた。
悪い事をしていないというのなら、私の両親だってそうだ。
・・・人の物を盗んでもいないし、人を殺してもいない善良なる人達なのだから。
あの男への復讐・・・惨めな死に方を見たい。
オーディンまで舞い戻って来て、あの男のみじめな死に様を見たいと思っているのに、未だに手を下せないでいるのは何故?
私は一族の復讐をしたいのに・・・。
そうよ、その為に、ここまで危険を承知で舞い戻って来たのに・・・。
復習に失敗したら、名門貴族として、その場で自害して果てようと思っていたのに。
覚悟はしていたのに、死ぬ勇気さえ無い私はどうしようもない人間なのか?
私なんか・・・私なんて・・・私なんか、私なんて・・・。
いいえ・・・死んではダメだわ。
死んだらそこで終わり。
惨めになるだけだわ。
生きていればチャンスは幾らでもある・・・。
そう、あの男をこの手で殺す事が出来るはずよね、生き続けていさえすれば。
いつか、あの男をあの寂しい荒野に追いやるわ。
そして、惨たらしい骸を鳥に啄ばみさせてやるわ。
一族が味わった孤独と恐怖を味あわせてやる。
どちらにせよ、私は生きなくてはいけないのだ・・・。
不当な扱いを受けて死んで行った我が一族の為にも・・・。
そして、いつか必ず・・・!
私の心が完全な荒野となる前に、気力が萎えぬ内に必ず仇を・・・!!
女はソファーから立ち上がり、鏡に自分の姿を映し出して薄く微笑んだ。
「・・・親から受け継いだこの美貌に感謝しなくてはね・・・」
Das Ende
100のお題より、「荒野」です。
名前は出しませんでしたが、主人公は・・・エルフリーデ・フォン・コールラウシュ。
そうだなぁ。
ロイさんの襲撃に失敗した直後ぐらいのエルちゃんだと思って下さい。
・・・でもって、家族を拘禁したのがロイさんだと知って、ますます憎悪が深まった頃かと・・・。
彼女の家族構成は、公の甥と姪を両親にって事だけですが、この際だから、勝手に妹をも作ってみました。
父親がキャンプ好きだった事はオリジナルです。
私は、ミッターマイヤーもロイエンタールも好きですが、100のお題に取り組んだ当初は、マイナーなキャラをテーマに書いていたので、この2人を主軸にした作品は・・・全く書いていませんでした。
しかも、ロイエンタールとエルフリーデは、私には書けないとすら思っていました。(何しろ、私自身に色気が全くないので・・・)
ところが、ある日、某サイトで、「ロイ&エル祭り」ってのをやる事になって、作品を募集したのですね。
そのサイトも、今はもう無くなったのですが、じゃぁ、思い切って投稿してみるかな?と思い、何作品か、100のお題で書いてみたんです。
この「荒野」は、エルフリーデだけの話ですが、他にも「誘蛾灯」とか、「ハイヒール」とか、そんなタイトルのお題で、ロイ&エルを書きました。
その内に、それらも少しずつ、UPしていきたいと思います。
いやぁ、この「荒野」は、何だかとっても暗いです。(T-T)
作中に登場したカルシュン男爵はオリキャラですが、彼等が拘禁される模様を『壊れた時計』に書いておりますので、そちらも宜しく。
あの話は本当に暗いので・・・。
でも、本伝には描かれていない、負の描写・・・実際に行われた悲しい物語ですから。
それから作中に登場した中年女は私の完全なオリキャラです。
もしかしたら、口封じの為に殺されちゃったんじゃないかしら?
私が今まで・・・ロイ&エルの小説のUPを躊躇っていたのは、何だかね、ロイエンタールがロイエンタールのイメージと違うと言うか。
ロイエンタールのファンって結構いるじゃない?
その人達に何だか違う・・・って言われるのが怖くって・・・小心者なので。
でも、ロイ&エル祭りの時は、概ね好評だったのを思い出し、思い切って封印を解いて・・・UPしようと思っています。
今後、ロイ&エル作品を見たら「これが封印されかけた話か・・・」と温かい目で見てやって下さいませ。