ギュンター・キスリング・・・。
 猫科の動物のような独特の・・・音を殆ど立てない歩き方をする男。


 それをどこで習得したのか不明だが、士官学校時代から、その歩き方は同期間で噂の的なのだった・・・。
まぁ、僕はその理由をキスリング本人から聞いていたが・・・これは固く口止めされているので誰にも話していない。




 士官学校に入学して半年あまり・・・。
 僕は、ギュンター・キスリングと寮が同室だった。
 士官学校の寮は2人部屋が基本だ。

 個室を希望する大貴族の子弟もたまにはいたが、これだけは規則なので彼等も不承不承、2人部屋を受け入れていた。


 僕は、キスリングが他人と一緒にいるところを殆ど見た事が無い。
 良く言えば一匹狼的孤高の存在。
 悪く言えば、人嫌いで無愛想と言うところか。
 まぁ・・・決して暗いって訳じゃないけど。

 とにかく彼は、教室の片隅で静かに本を読んでいるか、中庭の木陰で寝そべっているかのどちらかだった。
 まぁ、成績はかなり良かったから、教官達の受けはいいみたいだ。
 何となく近寄りがたいオーラを出しているので、貴族の師弟はキスリングの存在を無視しているようだ。
 誰とも馴れ合わず、独自の世界を築き上げているキスリング。
 僕達同期は彼を馬鹿にする事は無かったけど、何を考えているのか分からないので、どちらかと言うと、仲間内では敬遠されていた。
 いつだったか、同質のよしみで、どうしていつも1人でいるのか聞いてみたら、こんな答えが返ってきた。


 「仲良くなったとして・・・だ。どうせ任官しても死ぬ確立が高いなら、仲良くしている分、ショックも大きいはずだ。それならば、指し書から一定の距離を置いていた方が後々の為によくはないか?」


 なるほど・・・と思ったが、あまりの答えに僕は何も言い返せなかった。
 そんな僕の様子に、彼は苦笑しながら付け加えた。

 「・・・まぁ、俺は簡単に死ぬつもりはないんだけどね。・・・ミュラー、それは君だって同じだろう?」

 僕は大きく頷いた。
 「まあな。・・・任官してすぐに戦死するなんて、そんなのまっぴらごめんだし、第一、想像したくも無いや」
 「・・・なら、それでいいと思う。・・・死にさえしなけりゃ、自然と友誼も生まれるだろうさ」


 僕はその妙な論理に、ただただ・・・唖然とするばかりだった。
 そして、自分の周りにいる誰よりも大人びているキスリングを尊敬した。
 今になって思えば、キスリングは5歳から10歳まで、子役として芸能活動をしていて、大人達の世界を見知っている分・・・大人びたのだろうと理解している。
 実際、今、人気の子役達は、大人顔負けの言動をしていて、「うわ・・・子供らしくないなあ」と思う事が多々あるのだ。


 僕と仲が良くて、いつも集まって騒いでいるのは7人あまり。
 だが、その中にはキスリングは含まれていない。
 彼はどちらかと言うと、集団での行動が苦手なようだった。
 僕等は大抵、教室のどこかや、寮の誰かの部屋に集まっては、色々な話題で盛り上がっていた。
 全員、平民だから、気兼ねがいらないのがいい。


 「なぁ・・・ナイトハルト。お前、キスリングと同室だよな。あいつはいつも1人だし、凄い無口だし、息が詰まらないか?あいつ・・・部屋でいつも何してるんだ?・・・お前と話す事とかあるのか?」

 僕の席まで来てそう聞いてきたのは、グループのリーダー的存在のパウル・クリューガーだ。
 「キスリングか・・・。そうだなぁ・・・本読んだり、学科の予習と復習してる事が多いかな。まぁ、適当には話すよ。完全に無口って訳じゃないし、それに、喧嘩をしている訳でもないから」
 実際に、本を読んでいるところと、予習&復習をしているところしか見た事ないから、それしか言いようがない。
 「・・・そうなんだ。しっかし・・・予習と復習とはな。本当に変わった奴だ・・・」と肩を竦めるパウル。
 「でも・・・それが学生の本分じゃないか?キスリングは間違った事はやっていないと思うけど?」
 「・・・そりゃ、ナイトハルトのは正論だって分かっちゃいるけど。それにしても、ちょっと暗くないか?」


 その時だった。
 僕達と一緒にいた、セバスティアン・カッツェが、部屋のドアを開け、妙に辺りを見回しているので、僕は不思議に思った。
 「おい、さっきから何をキョロキョロしてるんだ?」  
 すると、「警戒だよ、警戒」という答えが返って来た。
 「警戒って?」
 「あ・・・そうか。ナイトハルトはあの時いなかったから分からないのか・・・」と言ったのはパウル。
 そして、少々声を顰<ひそ>める。
 「・・・あのな、ほら。キスリングって全く足音立てないで歩くだろ?」
 「あぁ、確かに」
 「・・・でさ、この間、奴の話をしていた時、どうも・・・俺達の背後にあいつがいたみたいで。・・・で、皆、ビックリして飛び上がったんだよ」
 「・・・背後に?」
 「そうなんだ。全く・・・いつからそこにいたんだよ!って感じで。もう、鳥肌もんだったぞ。凄く怖かったぞ・・・あれ」
 「ホントに心臓に悪かったよ・・・」と言ったのは、仲間内で一番長身のアクセル・コルフハウゼン。
 他の連中も、「・・・ホント、そうだよなぁ」と頷く。
 よほど、ドッキリしたんだろうな・・・。
 「・・・何か疚しい話でもしてたのか?」
 「してない、してない。・・・する訳ないだろ。まぁ、あの歩き方について話をしていただけだ。ただ、ちょっとタイミング悪すぎたんだな。あいつ・・・何を考えてるか分からないとこあるじゃないか。それに、普通は同室なんかだと親しみを込めてファーストネームで呼んだりするだろ?だけど、お前・・・あいつをなんて呼んでる?姓で呼び合うのは卒業してからでいいと思わないか?だから、変わり者だよな・・・って話をしていて・・・」


 確かに僕とキスリングは、姓で呼びあっている。
 僕は何とも言えなかった。
 僕だって、最初はキスリングを「ギュンター」と呼ぶつもりだった。
 だけど・・・キスリングが、「俺はミュラーと呼ぶから。だから、キスリングと呼んでくれ」なんて言うんで、そのまま、姓で呼び合っていたのだ。
 士官学校を卒業して任官すると、「卿」と言う二人称か、相手を姓で呼ぶ事が多くなってくる。
 だが、士官学校生は、パウルが言うように、特に親しい同期同士では、お互いのファーストネームで呼び合う事の方が多い。
 同室であるにもかかわらず、姓で呼び合う・・・というのは、パウルのような根っから明るい奴から見たら、「変わり者」に思えても仕方ないんだろうなぁ。 





 「なぁ・・・。皆がお前の事を変わり者だって言ってるぞ」


 欠伸を噛み殺しながらベッドに腰掛けていた僕は、読書に勤しむキスリングに声を掛ける。
 「変わり者ねぇ・・・。言いたい奴には言わせておけばいい。そんなのは、君にも俺にも関係ないだろ?」
 僕の方をチラリと見ただけでもマシだけど、相変わらずポーカー・フェイスのキスリング。
 それだけ言うと、また視線を本の方に向ける。


 「あのなぁ・・・」


 僕は呆れて、ベッドから立ち上がる。
 「さっきから何を読んでるのさ。真剣になるほど面白いのか?」と脇から覗き込む。
 嫌な顔をするのかと思っていたら、これが、あっさりと僕に本を差し出す。
 小難しい本だと思っていたら・・・。
 これが意外や意外、「昆虫の生態」という図鑑のような本だった。
 僕はパラパラとページをめくって、「・・・虫が好きなのか?」と聞くと、「・・・たまたま、図書室で見つけた。別に虫好きじゃないけど、読み始めたらハマった。・・・意外と面白い」との答え。

 キスリングは同期の間では、「愛想が無い」とか、「何を考えているのか分からない」とか言われているけれど、僕とはごく普通に会話している。
 ただ・・・その会話がちょっと妙なんだけどね。


 「あ・・・そうだ。ミュラーはタガメって虫を知っているか?」と、急にキスリングが言い出す。
 「は・・・タガメ?・・・もしかして、水中で生活しているアレか?」
 「そう・・・ゲンゴロウ、アメンボなんかも仲間だが、あの、タガメってのは凄いと思わないか?」
 「・・・凄いって・・・どこが?」と僕は首を傾げる。


 タガメなんて、田舎でないと見られない生物だ。
 そして、水棲生物であり、貴族のお坊ちゃんなんかだと見た事も触った事もないであろうマイナーな虫だ。
 僕は幼い頃に両親と死に別れて兄と一緒に田舎の祖母の元で育ったから、アメンボもタガメもゲンゴロウも知っているし、勿論・・・飼った事もある。


 「なんだ、ミュラーも飼った事があるのか。俺も昔・・・飼っていた事があるんだが、あいつらは凄いと思うんだ」
 「だから・・・何で凄いと思んだ?」
 「あいつら、タガメは空を飛べるだろ?水中も大丈夫で、泳ぎもかなり上手い。勿論、陸上だってお手のもので力だって相当強い。そうは思わないか、ミュラー?」
 「・・・はぁ・・・?」
 「・・・つまりね。陸、水中、果ては空までをも・・・あいつらは完全に制しているんだよ。その点で、俺はタガメを最強の生物だと思う訳だ。世間じゃ、虫の中ではカブト虫が一番だって言うけど、アレは、泳ぎは全くダメだろ?水中深く潜れないものな」
 「なるほどね・・・。僕もカブト虫が一番だと思っていたけど、確かに泳げないな。そういう意味では確かにタガメは強いかも・・・」


 兄と一緒に泥だらけになって、虫取り網やカゴを持って走り回っていた頃の懐かしい情景を思い出す。
 あの頃は自由で、怖いものとか何もなくて、毎日が本当に楽しかったよなぁ・・・。


 「そう・・・タガメは強いんだよ・・・」


 小さくと呟くキスリング。
 僕は、キスリングが何を言おうとしているのかサッパリ分からなかった。

 「タガメは強いのにさ、奴等は未だに天下が取れていないんだよ。・・・こんな理不尽な話があると思うか?」
 「天下を取るって、何だよ、それ・・・」

 ますます話が見えなくて、僕は途方に暮れた。
 一体・・・こいつは何が言いたいのだろう?


 「・・・だってさ、人間には絶対に真似出来ない素晴らしい能力があるのに、何故、タガメは天下を取れないのか?・・・どうしてだと思う?これだけ強ければ、奴等が世界を支配していてもおかしくないだろ?」


 はぁ・・・?
 タガメが世界を支配って何の話だよ・・・。
 僕は唖然としてしまった。
 ・・・ってか、意味が全く分からない。


 「・・・他人の説を曲げるつもりはないけど、タガメは人間に比べて体は小さい虫だし、第一・・・ハッキリ言って脳ミソが少ないから、世界を支配は無理なんじゃないのかな・・・」


 僕が怖々言うとキスリングはフッと笑った。


 「あ・・・やっぱり、そう思う?・・・大神オーディンも、そこまでの権限をタガメに与えなかったって訳か。身体の小ささと、これまた小さな脳ミソのせいで、あいつらは皇帝に成り損なったって訳だな」
 「お・・・おい!!」


 ・・・不敬罪極まりないセリフを、しれっと言ってのけるキスリング。
 僕は度肝を抜かれて・・・その場で固まった。
 もう、血の気が引いていく思いだ。
 もし、この部屋に盗聴器が仕掛けられていて・・・。
 あの悪名名高い治安維持局あたりが聞いていたら、間違いなく不敬罪になりかねない不穏な言動。
 だが・・・これは、「タガメ」の話だしなぁ。
 いや、奴等の事だから、「狂人」と言う名目でしょっ引くかも・・・と、僕の頭の中で何かがグルグルと回っていた。


 「何だ、随分と暗い顔をしているな、ミュラー?」
 「・・・なぁ、タガメが世界制服して皇帝になるって話は・・・冗談なんだよな?」
 「あぁ、冗談に決まってるだろ。・・・真に受けるなよ、ヘンな奴だな」


 真顔のキスリング。
 ・・・どうやら、おかしくなった訳ではないようだ。
 僕はホッと一息付く。
 キスリング・・・お前は普段、真面目くさってるから・・・冗談も冗談に聞こえないんだよ・・・。
 オマケに、その冗談は心臓に悪い。


 「さて・・・と。明日は機関工学だな。教官厳しいから、絶対に予習をしておいた方がいいぞ、ミュラー」


 キスリングは、僕にそう声を掛けて・・・。
 何事も無かったかのように、テキストとノートを開いた。
 彼の日課の予習をしようという訳だ。

 何を考えているのか、時々分からなくなるけれど、まぁ、そんなに悪い奴じゃないんだよな。
 ・・・ワガママで、いけ好かない貴族の馬鹿息子達に比べたら、遥かにイイ奴だと思う。
 黙々とテキストをめくり、何かをノートに書きとめているキスリング。


 それを見ながら、僕は、「能ある鷹は爪を隠す」ということわざを思い出していた。

 もしかして、こいつ・・・。
 他の連中なんかよりも、凄~い奴だったりして!?





Das Ende




 とあるサイトへ、かつて寄贈した作品です。
 ミュラーとキスリングの士官学校時代の話が読みたいと言われて書いたのですが・・・。
 でもねぇ・・・何だか、今読み返しても、不思議な作品だよなぁ・・・って。
 キスリングが妙なヤツにしか見えない。


 それにね・・・。
 勝手にミュラーの兄とか、祖母とか作ってしまったし。
 本伝では、ミュラーの家族構成とか分かりませんし・・・。
 いや、主要な将官で、家族とかが分かっていたりするのって・・・そんなにいないんだよね。
 話の本筋には関係ないから、描かれてないだけかもしれないけど、だからこそ、想像の余地があるのです。
 それで、キスリングに5歳年上の姉がいたりとか、ミュラーに兄が・・・とか、勝手に書いてしまいました。
 キスリングの姉は今のところ、私の小説の中には名前しか登場しませんが、ミュラーの兄については・・・。
 別の作品で登場する・・・とだけ書いておきます。


 さて・・・作中に登場した、


 「タガメは何故天下を取れないか」


 ・・・ですが。

 この話は・・・昔、聖飢魔Ⅱのやっていたラジオで、ベーシストのゼノン石川和尚が言っていたんですよ。
 空も陸も・・・水辺ですら制しているのに、「虫けら」故に、天下を取れない生き物。
 あ~ナルホド!!
 奥が深いよ・・・ゼノン和尚!と、当時感慨深く思ったものです。
 閣下も、この話を凄いって言っていたしな~!


 キスリングって、決して目立つ人ではないのだけど、随所随所で・・・凄い働きを見せていて、それがキラリと光ってる。

 キュンメル男爵邸の事件やら、ウルヴァシー事件やら、ポプランとの激闘やら・・・他にも色々。

 真面目な人柄なので、崩し甲斐がありまして。


 水島さんと、橋本さんの声で読んで下さい・・・。
 ただし、ちょっと、そう、心持ち若めな声で・・・だって、15、6歳だから^^@
 キャハハハハハ!!

 そうだなぁ。
 水島さんの場合は若い声を想像しやすいけど、橋本さんの場合は・・・あぁ、そうだ。
 この方、改名していましてね。
 今は「橋本晃一」って名前ですけど、本名は・・・あれです、「三橋洋一」って言うんですよね。
 「キャプテン翼」の天才ゴールキーパーの若林源三って言えばいいかな?
 そう・・・。
 若林君の声で読めばいいんですよ!!!(因みに若林君を橋本さんがやっていた時は本名だったし、最初の小学生編でした★)←小学生の声じゃない・・・けど^^@