中央司令室から自室へと戻られた閣下に私は熱いコーヒーを淹れて差し出した。
「閣下、どうぞ」
今日は朝から会議続きだった。
だから、閣下はいつも以上にお疲れだろうと思う。
ゆっくりとして頂きたくて、私は閣下のお好きなコーヒー豆を挽いてコーヒーを淹れたのだ。
「おお、すまんな・・・」
閣下はにこやかに微笑まれてカップを受け取られた。
「・・・ん、実にいい香りだ。そして美味いな」
香りを確かめられてから一口啜られた閣下は、急に思い出したように頷かれた。
「おお、そうだ。忘れるところだった。・・・今度、ピクニックをする話があるのだが」
「え、ピクニックですか?」
閣下の口から出た意外な言葉。
その言葉を聞いた時、私は耳を一瞬耳を疑った。
「あの・・・それは一体どういう・・・」
口に出しながら、私は自分でも何を言っているのか分からなかった。
「・・・日取りだが、来週の日曜日だそうだ」
「ら・・・来週ですか?」
私の頭は更に混乱した。
このイゼルローン要塞内のどこに、ピクニック等が出来る場所なんかあるのだろうか・・・と。
「まぁ、卿が怪訝に思うのも無理もない話だ。わしも初めは信じられなかったのだ・・・その発想自体がな。でもまぁ・・・ここでは今までとは思いも及ばぬ事が起きるようだな。・・・そう、帝国では決して考え付かないような愉快な事が」
閣下の思いのほか楽しそうな顔に私はほんのちょっと驚いた。
そして、閣下にそんな表情をさせてしまう、この自由惑星同盟の“自由さ”を快く思った。
「ピクニックの開催場所はヤン提督のお気に入りの場所だそうだ。そう言えば、卿にも分かるはずだが・・・」
「あ・・・なほるど。・・・自然公園ですか!」
手を叩いた私の様子に、閣下は笑顔を浮かべて頷かれ、私の疑問はすぐに解けた。
どうやら自然公園で、ガーデン・パーティーのようなものをやる計画があるとの事だった。
あの場所なら納得も出来る。
当日は、自然公園をヤン提督やごく親しい人達だけの貸切とするらしいが、この要塞は前線基地なのだ。
この非常時によくそんな発想が出来る・・・と、同盟の人間の頭の構造に私は呆れてしまった。
バーベキューにゲーム、カラオケなどをやったりして親睦をはかるのが目的なのだそうだ。
一応の主催者はヤン提督という事にはなっているが、最初にパーティーの話を言い出したのはポプラン中佐だと閣下は仰った。
私は「ははぁ・・・なるほど。彼ならあり得ますね」と頷いた。
ポプラン中佐は、行動も言動も、お祭り好きを地で行く人なのだ。
単座式の戦闘機のスパルタニアンのパイロットで、同盟軍きっての撃墜王。
常に武勲を挙げ続けている人だが、いつだって軽口を平気で叩く。
上官にもずけずけと物を言い、その上、いつでも女性との噂が絶えないプレイボーイだった。
彼が帝国軍人だったら・・・。
思想的や上官に対する態度でも、第一級の“危険人物”として治安維持局辺りにマークされて、真っ先に粛清対象になるかもしれない・・・と、見ていてこっちがハラハラする時がある。
同盟ではそれが許されてしまうのだから凄い。
・・・尤も、ヤン提督が責任者の、この要塞内の事だけかもしれないが。
とにかく、来る日も来る日も戦争ばかりしているのでは確かに気が滅入る・・・たまには息抜きも必要だった。
「発想はともかく、こういうのは確かに気分転換にはなるだろう。・・・誘いが来ているのだ。ここは参加しようではないか。勿論、卿も一緒に・・・」
「はい、承知しました」
留守居役の人には気の毒だったが、司令部はリフレッシュの一環として1日だけ休むこの案をヤン提督も快く承諾したらしいし、上層部がそれでいいなら、こちらがとやかく言う事でもない。
そして、ありがたい事に、その集まりの中に閣下や私も混ぜて頂ける・・・と言うのである。
願うなら、このささやかなひと時に、敵襲がない事・・・だけだった。
自然公園は人工の公園とは言え、小さな噴水まであって、針葉樹、広葉樹ともに木々は本物だったし、土も芝さえも本物だった。
温度が適温にコントロールされている為か、植物の生育状態は極めていい。
実はこの公園は、要塞完成時に駐留したとある公爵家の流れを汲む貴族の司令官が、自分のプライベートエリアとして作らせたと聞いた事がある。
その後は、司令官のプライベートエリアとなっていたので、利用出来る者は自ずと限られていた。
だが、同盟にあっては、ヤン提督を初めして、この要塞の全居住者の憩いの場となっているのだ。
この場所は大人も子供も・・・軍人も民間人も、自由に利用していた。
私は、帝国にいた頃、この要塞に何度か来た事があったが、このエリアは立ち入り禁止区域に指定されていたのを思い出した。
支配者が替わると、こうも変わるものか・・・不思議な気分になった。
「この場所が自由に利用出来るなんて・・・帝国にいた頃は思いもしませんでした」
「全くだ。わしとて・・・入った事はなかったな」
皆、思い思いに場所を確保し、バーベキューを楽しんだ。
歌の得意な人は美声を披露し、バトミントンに興じたり、それぞれに思いがけない休暇を楽しむ事になった。
ヤン提督も今日は好きなお酒を昼間から飲めるとあって嬉しそうだ。
シェーンコップ中将、アッテンボロー少将、キャゼルヌ中将を相手に数本のボトルを開けてしまっていた。
私や閣下は軍服のまま出席したが、他の人は私服姿だった。
シェーンコップ中将は私服だと、元帝国貴族だと言うのが分かるくらい品の良さが出ていていた。
アッテンボロー少将も、カジュアルなダブルのソフトスーツ姿で、こういう彼等の姿を見たのは初めてだった。
反対にヤン提督はラフな私服だった。
提督は軍服も似合っているとは言いがたいが、私服姿も微妙だった。
普通軍人だと私服でも軍人っぽさが残るのに、この人は本当に軍人には見えず、何だかそれが可笑しく思えた。
ヤン提督達の近くで、ユリアン君とポプラン中佐は古典的ボードゲームのオセロに興じていた。
オセロは帝国にもあったが、どちらかと言うとマイナーで、帝国でボードゲームと言うとやはりチェスだ。
コンピュータ制御の三次元チェスもあったが、オーソドックスなタイプをやる人の方が圧倒的に多い。
時々、「待った!あ~!!」と言うポプラン中佐の悲鳴にも似た声が聞こえていたから、ポプラン中佐の方が明らかに不利なようだ。
それを見ていたキャゼルヌ中将とシェーンコップ中将が呆れ果てていた。
特にシェーンコップ中将は、「こりゃ、話にならんぐらい弱いじゃないか。・・・お前さんはそれでも撃墜王か?その称号を返上しろ!」と、彼の横から、思いっきりからかっていた。
キャゼルヌ中将の2人の娘さん達はユリアン君を応援しているらしく、彼女達の可愛らしい歓声が響く度に、ポプラン中佐の「あ~!!」と「待った~!」言う声が聞こえ、彼が本当にオセロに弱いのだと知った。
反対方向に目を向けると、キャゼルヌ夫人とヤン夫人が料理を並べたりで、とても急がしそうだった。
ハムと胡瓜とチーズのサンドイッチはヤン夫人の手作りらしい。
ムライ少将とパトリチェフ少将が夫人達に借りたエプロンを付けて、彼女達を手伝って肉に串を刺したり、せっせとサラダを盛り付けている姿にはちょっと驚いた・・・これには、閣下も目を丸くされていた。
「何だか珍しい光景ですね・・・」
私が呟くと、閣下は「うむ・・・」と頷かれて困惑した表情を浮かべておられたが、「でも、何だか楽しそうだな・・・」と羨ましげに少将達を見ていらした。
「・・・どうだ、飲まんか?」
提督から差し出された赤ワインのグラス。
「・・・すみません」
私は恐縮しながら受け取った。
「将官も佐官も一緒に集まって楽しむなど帝国では考えられないが・・・これはこれで実に楽しいものだな」
閣下は四方を眺められてしみじみと呟かれた。
「本当にそうですね。こんな風にプライベートで、階級に関係なく過ごすと言うのは、体験した事がありません」
「それは・・・わしも同じだな。同じ階級ならともかく、下の者とは交流は無いに等しかった。公式のレセプションとは違い、こういう場はリラックス出来るのがいい。卿も楽しんだ方が良いぞ」
そう言って、大はしゃぎの出席者達の方を見ながら微笑まれ、ゆっくりとワインを口にされる。
自由気ままにお喋りをしたり、食べたり飲んだり・・・楽しいひと時はどんどん過ぎてゆく・・・。
人口の光とは言え、暖かな日差しの中、ここが最前線であり、今も戦争中である事を忘れてしまいそうな・・・心地良さ。
キャゼルヌ中将の下の娘さんが、「あのぉ・・・これどうぞ!」と言って、夫人が皮を剥いたリンゴのお皿を持って、私達のテーブルにやって来た。
赤い大きなリボンによそ行きのピンク色のワンピース、そして、真っ赤な頬が可愛らしい。
閣下は「フロイライン、ありがとう」と言って受け取られて、テーブルにあった一輪の赤い薔薇の花を少女に差し出した。
『フロイライン<お嬢さん>』という言葉が分からなかったのか、少しきょとんとしていた彼女だったが、自分の事だと分かると薔薇の花を受け取ってにっこりとほほ笑んだ。
「うわぁ、ありがとう!」
彼女は元気良く、「それじゃぁ!」と言うと、可愛らしく手を振りながら夫人の元へと走って行った。
「ふむ、可愛いものだな。何となく・・・娘達の子供の頃を思い出した。今頃どうしているのだろうか・・・」
ただそれだけであったが、私はオーディンに残ったままの閣下のご家族に思いを馳せ、急に閣下に申し訳ないような気がして下を向いてしまう。
閣下は不用意に発したその言葉で、私が気落ちしたとでも思い込まれたのか、「あぁ・・・すまなかった。卿も家族を向こうに残したままであったな。それぞれの家族が元気でいると思う事にしよう。・・・現に我々は、ここにこうして元気でいるのだから」と私の肩を軽く叩かれた。
私はそんな閣下のお優しさに感謝しきりだった。
不意に「お二人さん、こちらを向いて!写真を撮りますから!」の声。
慌てて視線を向けると、フィッシャー提督がカメラを向けてきた。
こういうスナップ写真を撮る経験が帝国にはないので、私と閣下は互いに顔を見合わせたが、少将はにこにこと笑った。
「こういう写真は撮った後で、写していて良かった良かったと思うものです。・・・記念になりますからね。・・・何事も自然なのが一番ですよ。はい、笑顔で!撮りますよ!」
そう言われて、私と閣下は手近にあったワイングラスを掲げてポーズを取った。
閣下とこういうごく自然な写真など撮った事がないから、私の気分はちょっぴり高揚していた。
「・・・出来たら後で届けますね」
少将は軽く頭を下げ、カメラと三脚を抱えて他のテーブルに向かった。
普段はごくおとなしい紳士的なフィッシャー少将に写真のご趣味があるとは・・・意外だった。
その後、私達は事あるごとに写真の被写体になった。
新年会で、ポプラン中佐と真剣な眼差しで、「あっち向いてホイ!」なる、帝国には無い遊びに興ずる閣下の写真もフィッシャー提督が写したものだったし、ムライ少将が持って来た、「福笑い」という絵合わせのような遊びをしている閣下の写真もある。
どれも、閣下のはにかんだ笑顔が自然で・・・そういう自然体の写真が私達の回りに増えていった。
「ふむ。自分でも気が付かないところで、卿もわしも色々な表情をしているものだな・・・」
閣下は、出来上がった写真を見る度にしみじみと呟かれていた。
「閣下、それだけ・・・ここがリラックスできる場所だからではないですか?笑顔になれるのは・・・良い事だと小官は思うのです。ここに来てから・・・閣下は本当に良い笑顔をされるようになったと・・・そう感じております」
「笑顔とリラックスか。誰もが自分のしたい事を言ったりやったり出来る・・・。それも自由な意思で・・・か。確かに、これは、向こうにはなかった物だな・・・」
閣下の言葉に私は頷いた。
「閣下、今になって言うのも変ですが、色々な事を知る事が出来て・・・ここに来られた事を良かったと思っています・・・」
「わしもだよ。・・・ここへ来る選択肢を与えてくれた卿には感謝している」
「勿体ない。こちらこそ、閣下には感謝してもし足りないほどです」
私は恐縮して肩を竦めた。
オーディンへの帰還を前に、私は空中にふわりと浮かび上がるホログラフィーを1枚1枚眺めて、銀製の小さなフォト・ケースしまい込んだ。
閣下のご家族はこの写真や遺品を受け取ってくれるのだろうか・・・。
たった1人・・・生きて帰った私に会って下さるかどうか・・・。
追い返される恐れだってある。
一抹の不安も過ぎったが、私は頭を振った・・・先の事を考えるのはよそう。
私に感謝していると言って下さった閣下の為にも、私は何としてでもオーディンに行かなくては・・・。
私は閣下の遺品一つ一つをアタッシュケースに入れて、パタンと閉じた。
これを、閣下のご家族に渡す事が出来たら・・・。
その時こそ、私の心の中で、もやもやとしたわだかまりとなっていた、あの“リップシュタット戦役”が漸く終わるのだ・・・。
Das Ende
タイトルの「Ein Schnappschuß」は「スナップ写真」という意味です。
そんな訳で、シュナイダーとメルカッツです。
作中にメルカッツの「メ」の字も出て来ませんが、多分、この2人だろうと分かってしまいますが・・・。
どうも、第3期のエンディングの映像で、フィッシャーがいない事を不思議に思っている人が多いようですが、不思議でもなんでもないです。
彼が写真を撮っていた・・・と見ればいい訳です。
エンディングではユリアンが写真を食い入るように見ていますが、シュナイダーもきっと同じような気持ちだろうと・・・。
オーディンに帰って、家族に遺品を手渡す・・・これを成し終えた時、シュナイダーの「リップシュタット戦役」は幕を閉じると思います。
ずっと・・・引きずっていたと思うんですよ、声に出してこそ言わないけれど。
亡命した事を後悔はしていなくても、やっぱり、家族の事とか、ふとした拍子に考えてしまったり・・・あると思うんですよ。
だから、オーディンに帰る事が決まった時、シュナイダーは心底ホッとしたと思います。
オーディンで、家族がどうなっているか、大変な事になっているかもしれないし、そうでないかもしれない。
でも、「帰還出来る」事に意味がある。
これで、胸のつかえが・・・ね。
この話・・・書けて、書けて本当に良かったです。
さて、エンディングに登場したカリンが出て来ないじゃないか!と思う人がいるだろうと思いますが、あえて出しませんでした・・・。
まぁ、カリンを出していなのにはちゃんとした理由があります。
あのカリンは・・・絶対にユリアンの妄想だと思います。
この場にカリンがいたらなぁ・・・とか、彼女がドレスを着たらこんな感じかなぁ・・・とかいう、妄想の類。←ヲイ
だって、ED見る限りでは、ユリアンはフェザーンに向かっている時だもん・・・と勝手に判断して、カリンはこの小説に入れませんでした・・・。(カリンが嫌いだからじゃありません・・・)
この、カリンの存在については、友人も同じ事を言っていました・・・同意見だったんです。
入れない方が自然なので・・・カリンファンの人、許してやって下さい。
それとこういう小説を書いていると、そのキャラクターをアテた声優さんの声が回るんですよね・・・。
人数が多ければ多いほど、アタマの中が騒がしくなります。
もう、納谷悟朗さんと目黒さんの声がしまくりでした!!(会話以外は殆ど目黒さん・・・が、ナレーションをしている感じかな?・・・笑)
ついでに、メルカッツの視点で、同じ物語を書いたら・・・納谷悟朗さんの声がしまくりなんだろうなぁ・・・核爆!
そう言えば、目黒さん、最近・・・舞台とか出られているのかな?
朗読を主体にした「語座<かたりざ>」の公演ではお見かけしますが、純粋にお芝居の舞台・・・数年前に岸野組で見た事があるのが最後ぐらいかしら?
「銀河英雄伝説」をやっていた頃、シュナイダーは、メルカッツと一緒のアフレコが多かったので、目黒さんの舞台を納谷さんが観に来てくれたりして・・・と、インタビューでおっしゃっていたのが印象的です。
そう言えば、私が初めて目黒さんを覚えたのって、アレだわ。
「超時空要塞マクロス」のカムジンだったなぁ・・・ゼントラーディ軍きっての猛将で、「味方殺しのカムジン」の異名を持つ・・・単なる戦争馬鹿^^@
それはさておき・・・。
シュナイダーは・・・メルカッツの家族に会って、何を思うんでしょうか?
実は、100のお題で、それとなく書いた作品がありますので、いずれ、お目に掛けたいと思います。