「しかしさぁ・・・キスリングって、何で足音立てないで歩くんだろう?俺、気になって仕方がないんだが・・・」
昼食時間、食堂で僕の隣の席に腰を下ろしたパウル・クリューガーが、疲れたように呟いた。
僕は驚いて彼を見る。
「どうしたんだよ、一体・・・」
「・・・聞いてくれ、ナイトハルト・・・」
「だから・・・本当にどうしたんだよ?」
「キスリングがさ・・・。この間、俺達、成績の話をしてたんだけど、気付いたら、あいつが俺達の背後にボーっと立っていたんだ」
「ふーん・・・それで?」
「もう、ビックリしたのなんのって・・・皆、飛び上がったんだ!」
1週間前、士官学校の前期の成績が発表された。
成績は全学年、上位から下位に至るまで一斉に掲示板に張り出され、名前と全てのテストの点が周知にさらされる・・・。
僕達は何とか全体の中間にいるけど、僕と同室のキスリングはいつも上位だった。
・・・特に群を抜いて凄いのは白兵戦だった。
キスリングは平民のくせに成績が良い。
それが憎たらしいと、最初の頃は貴族の馬鹿息子達もあれこれ嫌味を言っていた。
けれど・・・。
キスリングはそういうのを全く相手にしないのだ。
・・・って言うか、文句を言っても全く手応えがないらしく、最近では、貴族の連中もキスリングの事は無視していた。
パウルの話を聞きながら僕は紙コップのコーヒーを啜った。
「・・・で?」
「あいつって、いっつも上位だろ。・・・でさ、前にお前、あいつが予習と復習をしてるって言ってたろ?」
「あぁ、そうだね」
「この間、俺達・・・それを話してたんだ。そしたら、また、えらいタイミングで・・・」
「足音も立てずに後に立っていた・・・と?」
「うん、そう。そんでさ、『君達も予習と復習をしたら、もっと成績が上がると思うけど?』って言うんだ・・・」
「・・・え?キスリングがそんな事を言ったの?」
キスリングが自分から声を掛ける事は滅多にないから、僕は驚いて目を丸くする。
「うん・・・皆、唖然としちゃってさ・・・」
パウルが溜息をつく。
その時、僕の前の席で、缶のオレンジ・ジュースを飲んでいた、アクセル・コルフハウゼンが呟いた。
「別に成績なんかどうでもいいんだけどさ。あいつ・・・足音立てないから、皆、びびる訳だよ・・・」
「そうそう。足音がないから怖いんだ・・・」と、セバスティアン・カッツェも溜息を付いた。
「でもさぁ、どうやったら、あぁいう歩き方が出来る訳さ?」
そう言い出したのは、ロベルト・ローブナー。
「・・・本当にあれは凄過ぎだよ・・・」と、アクセルも頷く。
「謎だよな、あれは・・・」
パウルがまた溜息を付いたが、確かに、僕もあれは不思議に思っていた。
士官学校の1年生の間で、ギュンター・キスリングの、あの独特の歩き方・・・足音を全く立てない歩き方・・・は、噂の的だった。
聞くところによると、上級生の間でも噂になっているらしい。
上級生の間でも・・・というのが凄い。
大抵の奴は、あの歩き方でビックリさせられるが、ちゃんとした理由を聞いた者はいないらしい。
何を考えているのか、サッパリ分からない奴なので、どうも、声を掛けづらいと言うのだ。
僕は彼と同室だったから、あの歩き方には、最初はかなり驚いた。
だからって、びびる事はないけど、それでも不思議には思っている。
そうだなぁ、1度ちゃんと聞いてみるかな。
皆も聞いてくれって言ってたし・・・。
僕になら喋るんじゃないかって、言うんだよね・・・。
「なぁ・・・どうして足音立てないで歩けるんだ?」
「はぁ・・・?」
キスリングは突然僕に声を掛けられて、不満そうに振り向いた。
読書の邪魔をされて機嫌が悪そうだ。
うわ・・・こりゃ、タイミング悪かったみたい。
僕が押し黙ると、キスリングは溜息を付きながら本を閉じた。
「・・・で、何が聞きたいって?」
「足音を立てないで歩くコツ・・・」
「コツ・・・ね。ミュラー・・・君の趣味は?」
「僕の趣味?・・・観劇だけど?」
「・・・あぁ、そう言えば、確か・・・レジーナのファンだったっけ?」
「うん・・・そうだけど・・・」
そうだ、ちょっと前にそういう事を話したっけ・・・レジーナの大ファンだって・・・。
女優のレジーナ・レヴァルトフは、色々な賞を数多く取っている大女優で、何度も賞を取っていて、凄い美人だ。
今年で32歳なんだけど、それよりは10歳は若く見える。
僕が初めて彼女の芝居を見たのは10歳の時。
祖母が彼女の大ファンで、僕と兄を劇場に連れて行ってくれたのだ。
それ以来、僕は彼女のファンになって、芝居のビデオから、写真集、自叙伝まで持っている。
「・・・まぁ、いいか」
キスリングは苦笑した。
「隠してもしょうがないしな。実はな、レジーナが若い頃に在籍していた劇団に姉貴がいるんだ」
「・・・って、『劇団メーヴェ』にお姉さんが!?」
僕が大声を上げてしまったので、キスリングは目を白黒させる。
「・・・天地がひっくり返りそうなぐらいな声を出すんだな。ま、いいか。カタリナ・ナーエタールって知ってるか?」
「知ってるけど・・・って、もしかして・・・彼女がお姉さんとか?」
「・・・あぁ・・・」
「す・・・凄い!!むちゃくちゃサインが欲しい~!」
僕は思わず叫んでしまった。
カタリナ・ナーエタールと言ったら、今、最も人気のある女優だ。
最近、映画「花園」で、帝国アカデミー最優秀主演女優賞を取り、立体テレビ<ソリビジョン>のCMで彼女を見ない日はないほどだ。
彼女のCMでの一番人気は、老舗の香水メーカーの「エメレット・ローゼン」の人気ブランドの「女優<シャウシュピーレリン>」のヤツ。
街頭ポスターの盗難が多いらしいんだけど、実は・・・僕もちゃっかり1枚剥がして持っていたりする・・・。
あ、これはオフレコだ・・・。
「じゃぁ・・・今度の休暇の時、レジーナのは無理だけど、姉さんのサインは貰って来てやるよ」
「え、ホントに!?・・・うっわぁ、キスリング・・・お前って、実は凄~く良い奴だったんだなぁ!!」
僕は思わずキスリングに抱き付いた。
「・・・何だそりゃ。けど、そんなに嬉しいのか・・・ってか、離れろ。暑苦しい」
「あ・・・悪い!」
僕は苦笑いを浮かべた。
「凄いなぁ・・・カタリナは大人気だろ。お前って・・・凄い人の弟だったんだなぁ・・・」
「うん・・・姉貴は凄いね。俺が言うのもなんだけど」
「・・・でさ、それと、お前の歩き方がどう関係しているのか、僕は全然分からないんだけど・・・」
僕は急に冷静さを取り戻す。
「・・・あのな、姉貴が女優になったのは15歳の時で、俺はその当時5歳だったんだ。で・・・俺も姉貴みたいになりたくって、何度も親に頼み込んで、とある劇
団に入ったんだよ・・・」
「キスリング・・・お前が劇団に!?」
僕は驚いて、穴が開くほど彼を見た。
「・・・でも、プロになる気はなかったけど」
「どれぐらいやっていたんだ?」
「・・・5年くらいかな」
「じゃあ、10歳まで?」
「・・・そうだ」
「ふぅん。意外だなぁ。・・・で、歩き方とどう関係しているんだ?」
さっきから、こればっかり聞いている気がするけど。
中々核心に行き着かないんだよな・・・。
「・・・分からないかな。演劇ってさ、暗転の時に素早く立ち位置に立つんだよ。足音を一切に立てないで・・・だ」
「・・・あ~っ!!」
確かにそうだ!!!
今まで全然考えた事がなかったけど、舞台俳優って確かに足音を立てないし、聞こえないよなぁ・・・。
「鳴り物や音楽で誤魔化す事もあるけど、そういうのが無い場合の方が多いだろう?素早い行動と足音を立てないのは鉄則・・・」
「なるほどなぁ・・・」
「音の鳴るタップシューズを履いていても、音を立てちゃいけない時には絶対に立てないんだ。・・・それは軍靴だって同じだろ?」
「・・・うん、そうかな・・・」
「それが理由だよ。まぁ、俺の特技、得意技。何でもいいけどね」
「『おはこ』ってヤツ?」
「・・・ま、そういう事だな」
キスリングは面白そうに笑っているけど、僕は面白いというよりも、ただ、ただ、唖然としていた。
・・・凄いとしか言いようが無い。
「あ・・・そうだ。この歩き方の事と・・・俺が子役をやっていた事を絶対に口外するなよ。もし・・・口外したら・・・」
そう言って、凄い目で睨まれて僕は頷いた。
「分かった。・・・絶対に言うなと言われたら、口外はしないよ」
「ならいい。お前・・・ちょっと口が軽そうだからな」
「・・・え?」
「とにかく、絶対に言うなよな」
「・・・分かったよ。あれ、そう言えばさ、さっき言ってた、とある劇団って、どこだったんだ?」
「あぁ・・・隠す事も無いか。『劇団・ゾンネンブルーメ』って言うんだけど。結構有名かな」
「すご・・・それって、有名な児童劇団だよな」
「そう・・・実は、立体テレビ<ソリビジョン>とかに出てたんだ。『帝国教育テレビ』の道徳番組とか。他にもドラマの子役もやったよ」
「うそ・・・」
「うそじゃない。こんな事をうそ付いてどうする。道徳番組の『明るいなかよし』に出ていたんだ、これでも・・・」
「ええっ!本当か・・・!?その番組は学校で見せられたぞ・・・。ビデオとか残ってないのか!?」
「さぁな・・・」
キスリングはただ笑っているだけだった・・・。
キスリングは誤魔化しているけど、僕は多分・・・ビデオはあると思った。
僕は士官学校の休暇の度に、帝国教育テレビのライブラリーに通い詰めて・・・そして、とうとう見つけ出したのだった・・・。
特徴あるトパーズの瞳・・・。
7歳のギュンター・キスリングが、レギュラー陣の弟役で出演していた「明るいなかよし」のビデオを・・・。
その他にもドラマのビデオも発見した。
「帝国総合テレビ」のドラマらしい。
9歳のキスリングが、有名女優のイセリナ・アルティンハイムの子役をやっていたのだ。
キスリングが真っ赤なシャツにオレンジ色の半ズボンに黄色い蝶ネクタイなんかしちゃってる。
更には水色の靴下に、白いエナメルの靴・・・どういうセンスなのかサッパリ分からないド派手な衣装。
髪の毛なんかツンツンと立っているし、ほっぺたが、リンゴみたいに真っ赤だし。
これだけでも抱腹絶倒なのだけど、このドラマ・・・内容がこれまたぶっ飛んでいた・・・。
タイトルは、「好きな鳥はカモとサギ」で、美人の泥棒一家を描いた全3話の三流ドラマで、馬鹿馬鹿しい事この上無い。
でも、イセリナとの共演とは!
彼女はこの頃、落ち目とか言われていたけど、それでも競演なんて凄いよ・・・。
『将来、僕は世界一のお金持ちになるのさ』
そのドラマの中で、キスリングが、こ~んなクサいセリフを言うんだけど、これが妙にカッコつけてて、凄くおかしいったら・・・!
このビデオ・・・ここの会員になれば、1週間は借りられるみたいだから、絶対に見なくちゃ。
ただ・・・口外しないと約束したから、他の奴に言えないのがつまらないけどな。
でも、僕が話さなくても・・・いつかばれるんじゃないかな?
Das Ende
凄~く・・・くだらない話でスミマセン。
昔、あるサイトの管理人さんと話をしている時に、声優さんって元子役って人が多いよね・・・って話になって、ミュラーの水島さんもそうだよねって。
でも、それじゃぁ、ミュラーが昔子役をやっていた事にしようか?なんて盛り上がっていたのですが、キスリングだったら面白いよね・・・って。
何だかそういう感じで盛り上がった事がありました。
それに、士官学校時代は、「卿」じゃなくて、「君」とか「僕」でいいんじゃない?って事で。
「その方が少年っぽいよね」って話もした記憶があります。
まぁ、そんな話の中から生まれたのが、この話という訳です。
砂色君が握るキスリングの秘密・・・かつて子役だったという。←原作にはこんなの無いですよ。
これが、フォ-カス・ミュラーのデビューか!?←アハハハハ。
さて、あるミュージカル劇団にいた、知り合いの女優さんから聞いたのですが・・・。(その方はその劇団を退団されました。あ・・・四季とか宝塚ではないです)
舞台で足音を立てないというのは慣れもあるそうですが、意識をしていないとやっぱり足音が出てしまうので、暗転の時が一番大変だそうです。
薄暗い舞台での立ち居地確認は大変なので、舞台の初日がやはり一番緊張するみたいです。
そして、私もその劇団の舞台にエキストラとして立った事がありまして、確かに初日の緊張は・・・凄かったですね。
因みに私が立った事があるホールは、赤坂ACTシアターと、東京芸術劇場中ホール、練馬文化センターとか・・・^^@
あ~坂戸市のホールにも立ったっけ。
どこも1000人は入るホールだったりします。
今考えたら、あんなデカイ所でセリフを言っちゃったりなんかして・・・信じられないわぁ・・・と。(私に、エキストラをやらせてくれた某劇団の方には感謝です)
さて、黄色い蝶ネクタイをした、妙にカッコつけの「ちびキスリング」って、どんなのだろう?
見てみたくなりました。
あ・・・そうそう、「劇団・ゾンネンブルーメ」を日本語で言うと、「劇団ひまわり」って事で・・・有名な児童劇団ですよね。
「明るいなかよし」って、「明るいなかま」、「みんななかよし」の合成・・・うわ、ヒジョーに安易この上なしです。
タイトルは、ドイツ語で「得意技」と言う意味です。
ミュラー役の水島さんが子役出身というのは上記に書きましたが、ミッターマイヤーの森さんもそうだし、ケスラーの池田さんもそうですね。
古谷徹さんや、三ツ矢雄二さん、中尾隆聖さんなんかも子役出身です。
結構、子役から芸能界にいた・・・という人は多いんですよね。
そして、その当時のビデオとか見ると、うわぁ~!ってなるんだろうなぁ。
旧ドラえもんでのび太の声をやっていた、小原乃梨子さんの自叙伝を読んでいたら、子役時代の中尾さんと仕事をした話が書いてあって、当時の一緒に写った写真が載ってました。
あと、銀でキュンメル男爵をやっていた三ツ矢雄二さんが、16歳ぐらいの時に出ていた時代劇のビデオを持っています。
たまたま親に頼まれて、ケーブルテレビを録画していたら出演してたのです。
70年代の大奥物で、「徳川女絵巻」っていう作品で、ある女性にスポットを当てて、前後篇で描いたもので。
三ツ矢さんが出たのは、浅丘ルリ子、緒形拳主演の回ので、引っ越し大名の話でした。
何度も何度も領地を変えられ、引っ越しをしなければならない若殿様がいて、それに仕えているのが、浅丘さんで。
・・・で、その若様が三ツ矢さんなんです!!
クレジット見た時は、「え・・・三ツ矢雄二って、あの三ツ矢さん?」って思って見ていたら・・・ホンモノでした。
いやぁ、顔が妙に若いの・・・そりゃ、そうだ・・・16歳なんだから。
だけど、声は今と殆ど変わらず。
いや・・・16歳だから、ナマ「たっちゃん」って感じかな?<三ツ矢さん、「タッチ」のたっちゃんだもんね!!
池田さんだって、「次郎物語」の次郎君だ。
昔は「シャアの池田さん」じゃなくて、「次郎君」って呼ばれていたみたいで。
うちの親も、池田秀一=次郎君だったみたいです。
まぁ、それはいいとして・・・。
キスリングは、とりあえず5歳から10歳まで子役をやって、その後は・・・帝国軍なんですが、この設定・・・ある意味面白かったです。
そして、これによって・・・更に面白い話が後年書けましてね。
ファーレンハイトとキスリングの話なんですけどね。
その内にUPします。
あ・・・ミュラーが、レジーナ・レヴァルトフのファンというのは、私の勝手なオリジナル設定ですが、これからもこの設定・・・何度か登場します。
「好きな鳥はカモとサギ」ですが、「カモとサギ」についてはちょっとしたネタがありまして・・・。
カード会社の「DCカード」のCMって、カッパとタヌキが出て来るでしょ?
最初ね・・・CM制作会社がプレゼンした時、ふざけ過ぎてて、「カモ」と「サギ」をキャラクターに使おうと考えていたみたいです。
でも、クライアント(この場合は、DCカード)が、怒ってしまったらしいです。
やっぱ・・・「カモにされる」とか、「詐欺」のニオイがプンプンしますからね。
それで、キツネもちょっと・・・って事になって、カッパとタヌキになったとか^^@
・・・私は結構、あのCM好きです^^@