「う・・・痛い!もっと優しく出来ないのか・・・」


 あまりの痛さに思わず呻く。
 打ち身なので、身体の中から鈍痛が疼くのだ・・・。
 幸い、酷い痣にはなっていなかったが、不意打ちを食らって尻餅をついたものだから、受け身も取れず、腰を痛めてしまったのだ。
 我ながら、尻餅など・・・恥ずかしくて仕方がない。


 「もう!これしきの事で声を出すなんて、セバスティアン兄様、情けなくてよ」


 私の腰に湿布薬を貼っているのはのユージニア。
 彼女は大きめの湿布薬を手にふくれっ面をした。
 「これのにおいって・・・病院のにおいと一緒で嫌いだわ」
 彼女は明らかに不機嫌だった。


 「大体・・・私に湿布を貼らすなんて・・・。他の人に頼めばいいでしょう?侍女だって下男だっているのだから」


 妹の言い分は尤もだ。
 だが、昨日の事を知っている者は侍女達にはいない。
 いや・・・たまたま、あの事件が起きた時、近くに使用人達はおらず、だからこそ、 彼等に頼みにくかったのだ・・・あまりの恥ずかしさに。
 そして、傍にいたのが妹のユージニア。
 彼女は私を心底心配してくれたので、事情を知っている彼女に、こっそりと手当てを頼んだのだった。


 「なぁ、ユージニア。兄の事を少しでも気の毒に思うのなら・・・頼むよ。このとおりだ」
 私は手を合わせる。
 「もう・・・分かったわよ」
 ユージニアは、剥離紙をめくって、私の腰にもう1枚湿布を貼った。
 「もう・・・大丈夫よ、兄様。そうだわ。これ、明日・・・また取り換えるの?」
 「あぁ、出来ればまたやってほしいんだが」
 「・・・もう。私は兄様の小間使いじゃなくってよ!」
 「悪いな・・・この埋め合わせはキチンとするから。私で出来る事ならね」
 「本当?じゃぁ、今度、ランズベルク伯のパーティーに行きたいわ。伯爵のお書きになった詩のファンなの、私」


 アルフレット・フォン・ランズベルク伯爵。
 彼とは宮廷で顔を合わせる機会が多い。
 ランズベルク伯は、詩や小説等を書くのがご趣味で、若手の貴族の集まるサロンでは人気が高い。
 伯爵は、ご自分のパーティーやお茶会等で、新作を披露なさる事が多いのだ。
 私も友人の1人だから・・・伯爵のパーティー等に招待されている。
 妹のユージニアは、数ヶ月前に社交界にデビューしたばかり。
 だから、1度、ランズベルク伯のパーティーに行ってみたいのだろう。
 もしかしたら・・・ユージニアは、伯爵の事が好きなのだろうか?
 社交界デビューの際も、思いがけず・・・伯爵と踊れた事を屋敷に帰り着くなり、嬉しそうに話していたから・・・。


 「それにしても、子供相手にセバスティアン兄様のあの格好ったら無かったわよ。派手に尻餅なんか付いちゃって」


 ユージニアに言われて、私は渋面を作った。
 その時の事を思い出したのか・・・ユージニアは可愛い顔を微妙に歪めた。


 「あぁ・・・思い出しても笑えるわ」
 「そんなに笑うなよ。お前はおかしかったと言うけれどな。あれは玩具じゃなくて本物だったんだ。まさか、子供が本物を持ち歩くなんて思わないものだよ。驚くのも無理はないだろう?お前だって本物の銃で狙われてみろ。生きた心地がしなかった私の気持ちが分かるはずだ」
 「まぁ・・・確かにそうだけど。銃なんて向けられたら・・・卒倒するわね、きっと。それにしても、あの子達、一体何処から入り込んだのかしら?」
 ユージニアは首を傾げた。
 「ふん、何処からなのか・・・そんなの知るか!」
 「もう!兄様ったら、大声出さないでよ。ホント・・・屋敷の警護に問題があるなんて困った事だわ。お父様は怒って、警備担当者を昨日付けでクビにしたらしいけど、絶対にセキュリティー強化が必要だわね」
 ユージニアは溜息をついた。
 「・・・全くだ。そうか・・・父上は警備担当者をクビにしたのだな。私に怪我をさせたのだから、クビになるの当たり前だ。それより・・・母上はどうされている?」
 「我が家のパーティーに賊が入り込んで兄様に銃を突きつけた訳でしょ?それで兄様が怪我をしたというので、寝込まれてしまったわ。兄様が痛められたのは腰だけだったと申し上げたけど、お母様にとっては、嫡男が害された訳だから、それはそれは恐ろしい事だったのよ・・・もう、真っ青になられていたから。声も出せないほどだったのよ」
 「・・・そうか」
 「せっかくのお父様の還暦のお祝いのパーティーだったのに、こんな事になってしまって・・・我が家には呪いでもかかっているのかしら?あの子達、あの後、あっと言う間に去ってしまって、警察も見つけ出せなかったって言うけど、本当に何者だったのかしらね?もう、気味が悪いったらないわ」
 「お前はあの子供達の顔を覚えているか?」
 「気が動転していたから・・・それが、殆ど覚えていないのよ。金髪と赤毛の少年だったのをうっすらと覚えているだけ。でも、そんな子・・・帝国内には大勢いるわ」
 ユージニアは肩を竦めた。
 「覚えていれば、あの子達を捕まえて突き出して、これ以上無いほどの重い罰を受けさせる事も出来るのに・・・本当に情けない話だわ。あの場にいた多くの人達が思い出せないんだもの・・・」


 そうか・・・覚えていないのか。
 子供達の顔を覚えているのは私だけのようだったが、私は警察には話していない。
 子供にしてやられたのが恥ずかしかったのと、子供を捕まえて罰を与えるのも大人気なく思ったからだ。
 それに、尻餅をついて腰を痛めただけだし、事を大きくしたくなかったからだ。


 事件が起きたのは昨晩の事だった。
 我がフリュールフト男爵家は、それほど大きな家柄ではないが、曽祖父の代からの織物事業での成功もあって、資産だけはかなりあった。
 屋敷もかなりの大きさで、爵位は「男爵」でしかないが、貴族社会ではそれなりの地位も築いている。
 そして、ちょうど5日前に父は60歳になり、昨日が日が良いという事で、還暦祝いのパーティーが饗されたのだ。
 列席者は凡そ400人ほど。
 内訳は、うちの親戚や、会社の重役達、そして、殆どが父と同じ男爵位の方々やその友人などであった。
 貴族のパーティーの中では中規模であり、それほど大きなものではない。
 この日は・・・大広間ではなく、庭で催されたガーデン・パーティーだった。
 ワルツの曲流れる中、ダンスパーティーも佳境になった頃・・・。


 急に走り出した1人の少年が私の視界に入った。
 そして、エックバウアー男爵と一緒に踊っておられた、彼の婚約者であるリンクライン男爵令嬢に「姉さん!」と声を掛けたのだった。
 金髪で見目麗しい男爵令嬢は、突然の事で驚いて振り向かれ、困惑した表情を浮かべられておられた。
 リンクライン男爵令嬢には2歳年上の兄上はいたが、弟などいないから戸惑われたのだ。
 そして、人間違いに気付いた少年も、気まずそうにその場に立ち尽くしていた。


 こう言ってはなんだが、このような華美な場所には似つかわしくない、みすぼらしい格好の少年で、明らかに招待客ではなかった。

 何処から入り込んだのか分らなかったが、私は、主催者の息子として、この場を収めなくては・・・と思い、意を決して少年に声を掛けた。
 大人の賊ならばそのような事をしないが、明らかに10歳かそこらの少年だったので私も油断していた節があるが・・・。
 その少年はブラスターを所持していた。
 こういう年頃の子は玩具の銃などで遊ぶし、私も、子供の頃はそういった玩具を持っていた。
 だから、てっきり玩具だと思い込んだ。
 それでその銃をこちらに渡すように言ったところ、少年はいきなり上空に向けて発砲したのだ。
 そして・・・それが、玩具でない事を知った私は驚きのあまり派手に尻餅を付き、腰を痛めてしまったのだ。


 少年達は、招待客達が悲鳴を上げて逃げまどう中・・・。
 あっという間に姿を消してしまったのだ。
 それっきり・・・私は少年にまた会う事もなかった。
 警察も少年達を見つけられず、父も捜索を打ち切ってしまった。
 なお、私の強打した腰は・・・大した事はなく、痣も一週間ほどで回復したのであった。


 しかし、少年の印象は私の脳裏に強烈に焼きついていた。
 誰にも言わなかったが・・・私はあの2人の顔を忘れてはいなかった・・・。





 「我々は貴族だ。・・・ブラウンシュヴァイク公爵やリッテンハイム侯爵の貴族連合軍に与するのと、リヒテンラーデ公爵とローエングラム侯爵の陣営につくのと・・・どちらが良いと思うか?お前達の意見を聞きたい」
 
 ある日・・・。
 父は家族会議の際に、母や私や妹にそう宣言した。
 一応、私達の意見を聞こうとしているようだが、父の考えは既に決まっていると推察出来る。
 我々は・・・成り上がり者ではないのだ。

 私はあの時の屈辱を忘れてはいない。


 そして・・・。
 私はあの時の金髪の少年が、今は「ローエングラム侯」を名乗っているのを認識している・・・家族の誰にも話していないが。
 ローエングラム侯などと大きな顔をしているが、単なる「帝国騎士<ライヒス・リッター>」の称号を持たぬ貴族の息子でしかない事も知っている。
 そして、「ローエングラム」という名誉ある家門を継いだのは、彼の姉が皇帝陛下の寵妃だからだと言う事も・・・。
 成り上がり者の台頭によって、我々・・・血統正しい貴族達は矜持を傷つけられているのだ・・・。

 宮廷で、エックバウアー男爵夫妻に会う度に、「そう言えば・・・君は前にパーティーで尻餅をついていたな」等とからかわれた事があった。
 私が少年の向けた銃で、私が無様な格好で尻餅をついた事は有名な話となっていた。
 あぁ、恥ずかしい、穴があったら入りたくなるほどの屈辱だ。
 本当に・・・あの屈辱は忘れるものか・・・。


 「父上・・・私は、我がフリュールフト男爵家は・・・ブラウンシュヴァイク公の側に就くべきだと思います!貴族社会が・・・成り上がり者に牛耳られるなどあってはならぬ事です!多分、母上やユージニアも私と同意見だと思います」


 私がそう言うと、母上が「そうですわね。あなた・・・確かに、セバスティアンの言うとおりですわ」と答えて、扇をパチンと閉じた。
 ユージニアも、「お父様、お母様。私も兄様の意見に賛成です」と答えた。
 そして、「貴族は貴族であるべきで、由緒正しいのはブラウンシュヴァイク公の方だわ。そう言えば、ランズベルク伯も貴族連合軍なのでしょう、兄様?」と私の方に笑顔を向けた。

 私達の反応に、父は満足そうに頷かれた。
 やはり、父の考えは決まっていたのだ。


 「そうだな・・・我々は誇り高い帝国貴族である。・・・それをゆめゆめ忘れてはならぬ。故に・・・我々は公爵について行こう」

 


 こうして、フリュールフト男爵家は・・・選択を誤り・・・帝国を二分する内戦の渦に巻き込まれていく。
 男爵と、嫡男のセバスティアンは・・・参加した戦闘で命を落としてしまう。
 そして、敗戦後、潤沢だった資産を没収され、フリュールフト男爵夫人と娘のユージニアは、首都星オーディンに護送された。


 その後、オーディンにある本宅を手放し、隣の惑星のユグドラシルにある夫人の実家・・・ローシュタイン男爵家に身を寄せる事になった・・・。
 夫人の実家は、どちらに与する事も無く模様眺めを決め込んでいたのだが、これが却って良くて・・・資産没収だけは免れていた。
 現在は、弟のアルベルトが後を継いでいたのだ。


 資産の全てを失ったとはいえ、頼るべき縁戚が存在していた事は、フリュールフト男爵家にとっては・・・不幸中の幸いだった。






THE END





 アニメで・・・貴族のお兄さんが尻餅をついたエピソードは・・・原作にはありません。
 OVAだけのオリジナルのエピソードです。

 原作至上主義だった私は・・・。
 このシーンは、どうも違和感があるんですね。

 なので、ラインハルトとキルヒアイスが貴族のパーティーに潜り込んでるのか・・・どうも、むず痒く思えちゃって。


 この時の、貴族のお兄さん役の声優さんが、大倉正章さんでなかったら、完全に拒絶反応が出てると思う。
 そう・・・拒絶反応が出なかったのは、完全に大倉さんのお陰ですね。

 だって、見た瞬間に分かったもん。
 あ~これ、大倉さんだって・・・。


 大倉さんは、音響監督の明田川さんに、「名前の無い役しかあげられないけど出てみないか」と言われて、二つ返事で引き受けたそうですが、兵士1とか、貴族1とか・・・そんなキャラばかりだったとか。

 このお兄さんも、きっと「貴族1」とかそんな感じだったんだと思う。


 でも、このお兄さん・・・チョイ役にしては、結構カッコイイんですよ。
 印象がいいので、フリュールフト男爵のご子息って事で、名前を付けてしまいました・・・。
 しかも妹・・・も勝手に作ってしまいました。
 更に・・・その妹が憧れているのが、ランズベルク伯!
 もう・・・やりたい放題って感じ。 
 ランズベルク伯って、あんな感じだけど、詩とか・・・下手じゃないと思うんですよ・・・。
 だって、披露するぐらいなんだから^^@


 彼が克明に書いていた、エルウィンヨーゼフの話・・・読んでみたいですね。
 事実ではなかったらしかったけど、想像の産物だとしても凄い内容だったらしいので。

 ・・・アハハハハハ。
 妄想は・・・際限ないなぁ・・・。


 大倉さんの声が分かる方は、是非、大倉さんの声で小説を読んで頂ければ^^@
 OVAを持っている方は、第4話の「帝国の残照」を見てやって下さい。

 大倉さんは、「十二国記」で、斡由なんかをされていましたね。
 アニメ映画の「AKIRA」でも山形役だったり。


 「銀河英雄伝説」では、落ちぶれていくブラウンシュバイク公を見ながら嘆く数人の貴族の中にも・・・大倉さんはいました。
 因みにその時は・・・岸野幸正さんもいましたね。
 ただ・・・この人達は・・・カッコ良くもないので、食指は動かず・・・キャハハハハハ。
 やっぱり、あのお兄さんには負けるわぁ~★←チョイ役とは思えないぐらいです。
 
 うーん・・・wikiで大倉さんのところを見ても、OVAのところに、「銀河英雄伝説」の名前はありません・・・役名無しなので。
 いっそのこと、「役名無し」で、編集しちゃおうかなぁ??
 実は・・・「ふしぎ遊戯」のところで、「村人」って編集しちゃったのは、うさけ なんですよ・・・キャハハハハ^^@


 そんな訳で、OVAの役名の無い・・・貴族のお兄さんで書きあげた二次小説・・・宜しくお願いします。