「あぁ、全く・・・。今月も金欠だ。・・・どこが不味かったのだろう?」


 私が副官を務める、敬愛する上官、アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト少将。
 閣下は朝から、カタカタと端末を打ち込っておられる。
 そして、ノートに何やら書き込んではマーカーで色を塗る。
 それを見ながら、「もう1回やってみるか・・・」と計算しては溜め息をついておられた。


 イライラされているのか、いつもより召し上がるコーヒーの量も多い。
 今日は機嫌が特に悪そうだった。
 端末とノート・・・それらと格闘する閣下の眼差しは真剣そのもの。
 特に端末に向かう姿は、戦場で指揮を執っているのに匹敵するほどの迫力だった。
 私は閣下の様子がとても気になっていた。


 「・・・ん、悪いがザンデルス、コーヒーをもう1杯頼む」
 「はい・・・」


 私は、飲み過ぎだ・・・と思ったが、閣下の為に新しいコーヒーを淹れ直してデスクへお持ちする。

 「あの・・・どうかなさったのですか、閣下?」

 コーヒー・カップをデスクにそっと置きながら私が意を決して聞くと、閣下は急に真面目な顔をなさった。


 「気になるのか?」
 「あ・・・いえ・・・」
 私の小さな声を聞いて、閣下はフッと笑われた。
 「まぁ・・・これを見てみろ」
そう言われて閣下から差し出された物。


 それは、「みんなの明るい家計簿」と書かれいた。
 確か・・・帝国のご夫人方に人気の雑誌、「帝国主婦の友」の年末特別付録の真っ赤なノートだった。
 「あの雑誌を買われたのですか?」
 「いや・・・年末号だけは、毎年姉に買ってもらっている。さすがに自分で買うのは・・・な」
 「そう・・・ですよね」
 私は思わず苦笑い。
 「もしかして、俺が買ったと思ったのか?」
 「あ・・・いえ・・・」
 「まぁいい。見れ見れば分かるだろうが、困った事に・・・赤字スレスレだ・・・今月もな。まぁ、本当に赤字でないのが救いだがな」
 疲れたように呟かれる閣下。


 ・・・そこには、食べた物、飲んだ物、交際費、交通費・・・その他のこまごましたモノまで、項目別にキチンと分かりやすく記入してあった。
 多分・・・主婦も真っ青な細かさであり、日々の反省点までもが書き込まれていた。


 「す・・・凄く細かいんですね。これ・・・もしかして、毎日書いていらっしゃるんですか?」
 「あぁ。とにかく、どこかに無駄な経費がかかっているはずだ。それを倹約すれば、もう少し余裕が出そうなので計算を繰り返していたと言う訳だ」


 私はパラパラとページを捲っては、その細かさに目眩すら覚えた。
 私が更に驚いたのは、「今年の目標」なるページ。
 まるで殴り書きのように書き込まれた閣下の標語・・・。

 「閣下・・・この『今年の目標』って・・・」
 「あぁ・・・実は毎年同じなんだ。・・・と言うか、それ以上にいい言葉が見つからなくてな」
 「それは宜しいのですが、この『贅沢は敵だ!』と、『欲しがりません、勝つまでは』というのは・・・」
 「・・・凄く良い言葉だろうが?どうやら、大昔のスローガンらしい。俺の座右の銘にしている」
 「はぁ・・・それより、このノートは・・・」

 ・・・キチンと書かれたノート。
 私は酷い貧乏で、子供の頃からお金に煩かった両親に小遣い帳を付けるように言われていたが、どうも、計算や書くのが苦手で3日も続かなかった。
 ・・・だから、家計簿は付けた事がない。
 でも、その月に使うべ金額を紙に書き出して、その計画書に則って金を使っている。
 前もって、仕送りや生活費を取り置くので、何とかギリギリのラインで踏み止まっている。


 「・・・まぁ、これは俺の日記みたいなモノで、別名『節約倹約ノート』という訳だ。倹約の為の努力だけは惜しんでいないつもりだが、毎月、月末は大ピンチになる。計算しても計算してもな。・・・あぁ、給料日前はナーバスになっていかん」


 吐いている言葉とは裏腹に、軽く自分の額を小突いて、閣下は長い指で優雅に、サラサラしたプラチナ・ブロンドを掻き上げられた。
 閣下は見た目がカッコイイので、そういう仕草が実に決まるのだ。


 「・・・こんな事を申し上げて気を悪くなさらないで頂きたいのですが・・・閣下は貧乏はおイヤですか?」


 私はおずおずと切り出す。
 その瞬間に閣下は、何を言い出すんだ・・・とばかりに、目を剥いた。

 「・・・ん、そりゃぁ、貧乏はやっぱり楽しくはないな。・・・卿とて、楽しいとは思った事はないと思うが?」
 「ええ・・・まぁ・・・」
 私はぎこちなく頷いた。
 「・・・俺は、兄弟ばかりが多くて、腹いっぱいに食う事が出来なかったから、親父を恨んだ時期もあったんだが、それでも感謝している事が1つだけあるんだ。・・・そうだ、それは何だと思う?当ててみろ。・・・まぁ、当たったところで何にも出せないけどな」
 閣下の、いたずらを思いついた少年のような、妙なキラキラした目。
 「はぁ・・・感謝ですか?」
 サッパリ見当が付かない。
 私は首を傾げて、「・・・分かりません。降参します、閣下」と申し上げた。
 「・・・分からないか。それはだな。この顔なんだ」
 「顔・・・ですか」
 「・・・そうさ、この顔なんだ。ありがたい事に、親父似のこの顔は非常に役立つ。『クールですね』とか『ハンサムですね』と言われる事はあっても、『貧乏臭い』とか、『暗い』とか言われた事はないんだからな。・・・貧乏で醜男では話にならないとは思わないか?」
 「確かに・・・」
 私は頷いた。
 「女性にモテて嬉しい」と言わないところが硬派な閣下らいしい。
 だが、実際に閣下は、男の目から見ても惚れ惚れするほどの美丈夫振りで、醜男とは、両極端の位置にいた。
 「閣下は、ハンサムですからねぇ・・・。女性にもガンガン、おモテになるんでしょう?」
 私が笑いながら言うと、閣下は、「まぁな。でも・・・ガンガンって事はないぞ」と苦笑された。
 「でも、声を掛けたら、あっという間にご婦人が集まるでしょう?」
 「そうかもしれないが、女は面倒でな。だから自分から声を掛けたりしないな。あとでトラブルに巻き込まれても困る。まぁ、女嫌いではないがな」
 そう言って閣下は腕を組まれた。
 「あの・・・閣下のその、サラサラのプラチナ・ブロンド」
 「え・・・俺の髪か?」
 「はい。小官はこの通り・・・黒っぽい硬い髪なので、本当に憧れますよ。その澄んだ水色の瞳も。小官は目もダーク・ブラウンでありきたりですから・・・」
 閣下は無造作にご自分の髪を引っ張られる。
 「・・・おい・・・。これに憧れているって?卿はビックリするような事を言うんだな・・・」
 閣下は心底驚かれたご様子で、目を丸くされている。
 「・・・そんなに驚かなくてもいいじゃないですか・・・」
 私は思わず口を尖らす。
 「だいたいな・・・。野郎から憧れているだなんて言われたら、誰だって驚く・・・。それに、俺は今までそういう事を言われた事がなかったからな・・・」
 大爆笑の閣下。
 「・・・あのですね、閣下。黒髪よりも金髪の方が、生粋の帝国人だそうですよ。女性には人気が高い傾向にあると聞いた事があります。・・・この間、立体テレビ<ソリビジョン>の特集番組でそう言っていましたから」
 「ふーん・・・」
 「小官は子供の頃、両親にどうして金髪でないのか、しょっちゅう聞いていたそうです。本当に金髪の子が羨ましかったんです。因みにうちの父は、ライト・ブラウンで、母が暗褐色なんです」
 「・・・そうは言うけどな。卿だって、十分ハンサムだと思うが?ブクステフーデが、『ザンデルス中尉は女性にもてそうな顔をしていますね』と、前に言っていたぞ?」と苦笑された。
 「・・・閣下、それは参謀長閣下の冗談かお世辞でしょう?小官は今までモテた事など・・・」


 そう言いながら、ふとある事を思い出した。
 以前、士官学校時代に、仲が良かった爵位のある友人の家で催されたパーティーに出席した事がある。
 友人はハンサムで、社交界デビューをしている、同年代の貴族の少女達から、「甘いハンサムさん」などと呼ばれていた。
 彼は私のような貧乏貴族とも気さくに付き合ってくれ、そのおこぼれで、彼の家でのパーティーで、私自身もモテるという恩恵にあずかったのだ。
 それは貴重な体験であった。
 今思えば、おいしい思いをしたのは、後にも先にも、その時だけという体たらく振りなのだ、私は・・・。


 「まぁ、いいか。実は卿にだけこっそり明かすんだが、この髪な・・・元々の色と違うんだ・・・」
 「・・・と言うと、染めていらっしゃるので?」
 「いや・・・染めてはいないが・・・」
 閣下はそう言ったまま黙り込んでしまった。
 ・・・どうも、閣下にしては歯切れが悪い。
 言いにくい事だったら、言わなくてもいいのに・・・と思ったが、言い出す事が出来なかった。
 私が怪訝そうな顔をしたのをみられた閣下は、クスリと小さく笑われた。

 「実はな・・・俺は、元々はライト・ブラウンの髪だったんだ。・・・と言っても、あまりにも違うから信じられないかもしれないが。・・・まぁ、これは子供の頃の話なんだが・・・」
 そう言って切り出された閣下。
 「ライト・ブラウンですか・・・」
 私は思わず呟いた。
 プラチナ・ブロンドと全く違うではないか。
 子供の頃に髪の色素が薄くて、大人になってから濃い目になるというのは聞いた事があるが、その逆は全く聞いた事がない。


 「俺が6歳の時なんだが、俺と姉貴2人は、恥ずかしい話だが、極度の栄養失調になってしまってな。・・・まぁ、生死を彷徨ったという訳さ。その時、髪に影響が出たらしく、3人ともこの通り・・・プラチナに・・・」
 「え・・・!?栄養不足でなったんですか!?」

 あまりにも意外で、突拍子もない話・・・。
 私は思わず、「そんな話・・・聞いた事がありませんが・・・」と呟いた。
 「そう。卿が驚くのも無理からぬ話だ。どうも、その時に使った薬の副作用だとの事だった。両親ともに驚いていたからな。因みに、俺の下の兄弟達は、皆、親譲りのライト・ブラウンだったんだが、俺と姉貴達だけがこういう髪色になったのさ」 
「栄養失調って、そんな恐ろしい事になるんですか・・・」
 私は思わず身震いしてしまった。
 「これが・・・なるらしいんだ。尤も、こんな風になったのの大部分は薬が原因だが。・・・それに、俺があまり太れないのも、その時の影響らしいんだ。まぁ、俺的には、積極的に太る気はサラサラないのだが・・・」
 私はあんぐりと、馬鹿みたいに大口を開けていた。
 「俺は今まで、この話を他人に話した事は殆どない。・・・特に軍に入ってからはしていないな。・・・という事は、卿が一番最初と言う事になる訳か。どうも同じ貧乏って事で、妙な親しみを感じるんだな」

 「貧乏」のところを閣下は強調され、閣下はクスクス笑いを止めようとはなさらなかった。
 ・・・私は閣下に信頼されていると受け止めて良いのだろうか?


 「その辺りの事情を知らない人達は、姉貴達と俺をもらい子だと思うらしいんだ。実際に妹や弟達から、『本当の兄ちゃんなの?』と聞かれるくらいだったからな。・・・自分でも凄く気にしてたし、言われる度に情けなかった。・・・姉達も学校で苛めにあったらしいし・・・」
 「閣下も色々とご苦労があったのですね・・・」
 幸い、私は髪の色が変色するほどの栄養失調にはならなかったので、閣下には凄く同情した。
 「ん・・・まぁな。でも、家族に頼りにされているし・・・」
 そう言いながら、閣下は髪を掻き上げられた。
 「末っ子の妹が生まれた直後に、親父が交通事故で死んでしまって・・・・ただでさえ、苦しかった生活が、想像を絶する大ピンチだ。今では、一番の働き手が俺ぐらいだし・・・。男よりも女が多い兄弟は悲惨だよ。母も日々の生活の多少の足しにと思って、仕立ての内職なんかをしているが、これがあんまり芳しくないんだ。元々、貴族の生まれでは、生活能力が乏しいからな。・・・そうだ、卿の両親は健在か?」
 「はい・・・」


 私の両親は何だかんだ言っても、まだ健在であった。
 それに私達兄弟は、全員が軍人になり、運良く戦死を免れていた。
 姉や妹達も早々に結婚していたし、何とか生活にゆとりが出てきていた。
 貧乏生活から脱出した訳ではないが、それでも、「昔よりは楽になった」と、母も言っている。
 ・・・そういう点では、現在も閣下が抱えておられる苦労とは度合いが違うように思える。
 ・・・私は何とも言えない気分になっていた。


 「まぁ、母が働くと言っても、女性は家事をこなして、子供を育てるってのが、我が帝国の基本的な考え方だからな。女性はろくな仕事がないし、あってもお茶濁し程度だ。どうしたって、社会的地位が低くなる傾向にある。・・・仕送りで給料の大半が飛んでしまうのは痛いが、家族の皆が俺のお陰だと喜んでいるのを見ると、頑張る気になれるものだ・・・」


 閣下は、酷く苦労をされているワリには、実に楽しそうにニコニコしている。
 普段はクールにバシッと決めている閣下も、私と2人の時は・・・。
 自分が如何に貧乏だったか・・・の話をしだして、2人しか分からない異様な盛り上がりを見せるのである。


 「・・・そう言えば、閣下の事をあまり知らない人は、噂を額面通りに受け取って、閣下の事を『ケチ』だの、『必殺始末人』とか言って笑っています。・・・ここは1つ、ご家族の為だとおっしゃった方がいいのではありませんか?」
 「そんなのはだな・・・。良いカッコしいだと思われるのがオチじゃないか。それに、俺は自分から『ケチ』とか、『貧乏』って公言しているだろう?だから、逆に、『天晴れ』と言ってくれる奴もいる」
 「・・・そういうものなんですかねぇ・・・」
 私が首を捻ると、閣下は楽しそうに笑われた。
 「・・・そういうものさ。こんなのは・・・気にしたって始まらないものだ。実に些細な事だが。・・・人間、多少は開き直る事も必要だろう。まぁ・・・俺と卿は、『極貧主従』って感じだな。もう・・・貧乏を超越している」

 閣下は実に楽しそうだ。


 しっかし・・・「開き直れ」とか、「極貧主従」とか言う上官も珍しい。
 大体・・・貴族の上官は、性質<たち>が悪い人が多いのだが・・・。
 こういう人ならば、ずっと付いていきたいと思い始めていた。
 私の上官、ファーレンハイト少将は、知れば知るほど本当に不思議な人だったが、どうも憎めない人で、家族思いの優しい人である。



 ・・・という訳で、極貧主従に万歳!!!




Das Ende





 ファーレンハイトと、副官のザンデルスの物語です。
 ザンデルスが貴族出身という設定や、前任の副官のエルレンマイヤーってのは、私の勝手な設定に基づくものですので、エンクロとかで調べてもどうにもならないとだけ申し上げておきます。
 それから、ファーレンハイトの家族構成なんかも。
 ・・・特別出演、ブクステフーデ准将で。


 あまりにもコメディ過ぎるので、速水さんの声で・・・は、恐れ多いですが、速水さんの声を想像して読まれたら・・・面白さが倍増するかもしれません。
 そうだなぁ・・・速水さんは二枚目が多いけど、二枚目藩の役も時々あるから、それを思い浮かべて・・・読んでみて下さいませ。←難しい??

 ファーレンハイトの髪の毛ネタは、某サイトでのチャットの時に盛り上がったネタを元にしてあります。


 当時、ファーレンハイトのサイトをやっていた方・・・Yさんとは凄く仲が良くて、色々と連絡を取り合って、この物語を書きました。
 私が埼玉で、彼女が九州ですから直接会う事は出来なかったのですが、チャットは良くやりました^^@
 その方がトコトン貧乏なうちのファーレンハイトを気に入って下さいましてね。
 なお、その方が書いた物語もあります・・・そちらは公開できませんが、とにかく、うちのファーレンハイトは貧乏なんです。
 その上、どケチです。
 ただ、単なるどケチではなく、その生活を楽しんでいて、実に明るいケチ。
 
 私が今までに書いたファーレンハイト関連は・・・。
 趣味がオークションだったりして、買いではなく、売り専のオークションマニアです。
 あまりにも、正伝のファーレンハイトとかけ離れている為、公開するのを躊躇っていたのですが、まぁ、コメディだと腹を括って公開します。
 それから、飲み方も半端じゃないです。(大酒飲みと言う意味ではなく、その飲み方に問題が・・・。←え?)
 そう言うのも含めて、その内に公開します。


 今まで公開しなかったのは・・・あまりにも馬鹿馬鹿しい話なので、「なんじゃこれ・・・」と言われそうで躊躇していたのですが、他の友人に話したら、「公開すれば?アレ、面白いよ」って言われて。
 ファーレンハイトとレンネンカンプの話とか、ファーレンハイトとミュラーの話とか、ファーレンハイトとビッテンフェルトの話とか・・・色々あるんですが、凄いどケチなファーレンハイトなので、この「極貧主従」をUPしてからでないと、それらを公開するのは難しいかな・・・と思いまして。


 因みに貧乏なのに貧乏に見えないのがファーレンハイトでね。
 もう、正伝ではあり得ない話なので、楽しんで書いてしまいました・・・。


 さて・・・。


 それにしても、苦労をされたんですね、ファーレンハイト提督・・・。
 エルレンマイアー大尉は、ファー様でなくても、解任するでしょう。
 ビッテンフェルトあたりなら、ボッコボコに殴っているかも!?
 
 ・・・それにしても、ファーレンハイトの座右の銘って凄過ぎる~!!と、Yさんと盛り上がりましたね・・・。
 今考えても冷や汗モノですわ~!!


 そうそう・・・作中に登場した、ザンデルスの友人は・・・アレです、アレ・・・シュナイダーです。
 メルカッツの副官のベルンハルト・フォン・シュナイダーです。

 まぁ、「甘いハンサムさん」なんて呼ばれている訳ですから、分かる人には分かるか・・・。


 そんな訳で・・・これからも、うちのブログでは、すげ~・・・!!!ファーレンハイトが登場する!とだけ、大宣言しておきます。^^@