私の名はエミール・フォン・ザンデルス。
銀河帝国軍中尉で、アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト少将の副官を拝命している。
私の名には、辛うじて帝国貴族の証である『フォン』の称号が付いてはいるが、“名のみ”の貴族である。
故に、貴族である事で、何らかの「得をした」という記憶は殆ど無い。
・・・つまりは、『貧乏貴族』なのだった。
だが、世間一般的に見て、「貴族=金持ち」だと思われている節がある。
特に支配される側の平民階級はそう思う傾向にあるようで、その為・・・子供の頃から、かなりの苦労をしたものである。
「いいか、お前達良く聞くのだ。我々はいかなる生活をしようとも貴族なんだ。決して貧乏人だと悟られてはならん」
私の父は、私達兄弟に向かって「腐っても貴族」なのだと散々に説いた。
どうしてそこまでしなくてはいけないのか・・・。
子供である私達には・・・親の苦労が全く分からなかった。
両親は貧乏なくせに見栄だけは立派であった。
まるでコメディ映画のような、涙ぐましい努力をしていたのだ。
父は下っ端の軍官僚だったが、給料以上に子供が多かったので、生活の為に必死に働いていたと言っても過言ではない。
そして、貴族の体面を保つ為の「努力」を子供達にも平気で押し付けた。
・・・そう。
貧乏子沢山故に、私達は子供の頃から大変な苦労を強いられたのだ。
学校にはそこそこの物を着て行くが、それは、母が絹製を着るのは貴族の特権だと頑なに思い込んでいたからだ。
「汚れるから外で遊ばないように」
母はいつもそう言っていた。
私は学校で友人達と思いっきり遊んだという記憶が無い。
私は身体が弱いと、母は学校に説明していたようだった。
いや、私だけではない。
ザンデルス家の子供達は・・・全員、「強弱体質」と言う事になっている。
そのお陰で、体育の授業はいつも見学で、休み時間は、本当に身体の弱い子達と一緒に教室で静かに本を読んで過ごしていたのだ・・・。
「どうせ、あいつは貴族だからお高くとまっているのさ。それにひ弱ではな・・・」
クラスメートにはそんな嫌味を度々言われたが、ハッキリ言って、それはとんでもない誤解だ。
思いっきり外で遊びたくても、家庭の事情で無理だったのだ。
私は悔しくて歯噛みしたが、結局、一言も言い返せなかった。
とにかく、外出用の高価な服は出来るだけ汚さないように心がけた。
家の外では絹などの良い物を着させられた。
しかし、一たび家の中に入れば、膝にツギの当たったズボンだの、母の手編みのセーターだの、洗いざらしの綿のシャツを着回しさせられていたのだった。
そして、一番の苦労を強いられたのが日々の食事であった。
食事が満足に取れないのは、子供には最も酷な話である。
学校では毎度給食が出るのだが、実を言うと、これ以外にろくな食べ物を食べた記憶が無い。
朝食は良くて牛乳かコーヒーで、“水だけ”という時も多かった。
・・・勿論、夕食もしかりである。
ただ、最近は健康志向とかで、貴族の間で、独自の菜園作りが密かなブームになっており、幸いにも自宅には奥まった中庭があった為、我が家にも菜園が作ら
れ、家族で丹精込めた野菜が食卓にのぼった。
そんな訳で、偏食など以ての外であった。
食べられる物は、それこそ、貪欲なまでに食べた。
父が休日の時は家族旅行と称したキャンプに行き、郊外の山にキノコや山菜を採りに出かけた。
海での潮干狩りや釣りをした事もある。
・・・今考えれば、全く以って凄い家である。
そう言えば、母は買い物にしても、近所では面が割れるからと、平民の振りをして、わざわざ遠くまで買いにいっていたようだ。
安売りの情報を電子新聞の広告で探して、私達も行かされた。
お1人様1個限りの特売品を買う為だ。
子供だと店主は、「おや、お手伝いかい。偉いねぇ」と、更におまけをしてくれたり、別におやつをくれたりもするから、私達は喜んで買い物に行った。
3度の食事をまともに取れないのには理由もある。
おかしな話だが、貴族としての体面を保つ為だという。
その為には、食事を削るしかないのだと両親は言うのだ。
だから、育ち盛りにもかかわらず、いつだって、我が家の子供達は、腹を空かせた欠食児童であった・・・。
「いいか。外で食事をする時は、たとえ、どんなにおなかが空いていても、貴族は貴族らしく上品に食べなくてはいけない」
うちの両親は貴族らしくを口を酸っぱくして言うので、学校の給食でも極力上品に食べた。
確かにがっつけば、すぐになくなる量だ。
ゆっくり食べたのが幸いしたのか、一応の満足感を味わい、この時だけが幸せだったが、考えてみれば、何とも哀れな話である。
とにかく、兄弟は総勢7人。
私は上から4番目で、兄弟構成は、上に兄、兄、姉、そして私で、下に弟、妹、妹である。
うちでは、男児は10歳になると有無を言わさず、幼年学校への入学を父から言い渡される。
貴族だと、幼年学校への門戸は平民よりも広いが、「食う為には軍人になるしかない」と言うのが父の言い分であった。
軍人ならば、武勲の如何によって、高みを目指す事が可能なのも確かであった。
かく言う父も、やはり軍人だった祖父に同じ事を言われ、幼年学校、士官学校を経て、軍人になっていたのだ。
父の給金の殆どは、家の維持と貴族の体面を保つ為に使われてしまう為、2人の兄達は既に家を出て幼年学校と、士官学校に行っていた。
そして時々、近況報告を兼ねた簡単な手紙が来るだけである。
・・・休暇になっても、兄達は家に戻って来る気配がなかったのだ。
心配にならないのかと母に聞いたが、親であるのに、彼女はそれを気にする様子が全く無い。
「帰る帰らないのは当人の自由でしょう。食い扶持が減って、うちとしては助かっているのよ」
母はとんでもない事を言ってのけ、私は、「何と言う親だろうか・・・」と憤慨してしまった。
そして、私が幼年学校入学直前に母から言われたのは・・・。
「いい?休暇があっても、理由を付けてなるべく家に帰らない事。帰って来てもうちじゃ満足な食事が出せないんだから」
そんな事を言われて、私は、またしても「・・・全く、何と言う親だろうか!」と大憤慨してしまった。
しかし、私は暫くしてその怒りを静めた。
妹達から聞いた話では、母が、「子供達には、好きな事をさせてやりたいのに。本当は軍人なんかにさせたくないのに・・・」と、料理を作りながら泣いていたというのだ。
心を鬼にして、子供を突き放さねばならない母はさぞつらかっただろうと思う。
とにかく、私は幼年学校に入った時、生まれて初めて、1日3回の食事にありついた。
名の通った貴族の子弟や裕福な平民の子弟などは、食事が不味いと不平不満を並べ立て、料理の大半を残し、実家からもらった菓子を食べる者までいた。
だが、私にとっては、何もしなくても3度の食事が、「必ず」食べられる所は、天国と言っても良かった。
ただ・・・最初のうちは、食べたくても、思ったほどに腹に入らず、いつも青白い顔をして酷くやせていたので、幼年学校の医務室で診察を受けた事がある。
診察の結果、私は極度の栄養不足と診断された。
「偏食はいけないね」
医者にはそう言われた。
貴族の子弟が、食べていない訳が無いと言う先入観から、医者はそう言ったのだろうが、私は噴出しそうになるのを必死でこらえた。
今までろくに食べていなかったから、きっと・・・育ち盛りの子供としては、胃が小さかったのに違いない。
その証拠に、数ヶ月後には、他の生徒と大差ないまでに回復していたのである。
そして・・・。
母に言われるまでも無く、兄達が戻って来なかった理由も分かった。
幼年学校3年の2歳年上の兄も、家にいた時と打って変わって、丸みを帯びた優しい表情になっていたのだ・・・。
そう、ここにいれば食いっぱぐれる心配がない。
だが、家に帰れば・・・弟や妹の為の食べ物を自分達が食べてしまう事を心苦しく思っていたのだ。
実際、私も士官学校時代は、祖父の葬儀のた時だけしか帰宅しなかった・・・弟や妹達の為に。
「卿は何人兄弟だ?」
突然、上官のファーレンハイト少将に言われた私は、戸惑いながらも「7人です」と答えた。
「ふーん、7人か。・・・うちよりは少ないな」
「・・・それでは、閣下は何人なのですか?」
「うちは12人だ」
即答する閣下に私は目を丸くした・・・予想以上だったからだ。
「・・・多いですね」
「全くだな。無限大の貧乏だったくせに子供の数が多かったのだからな。・・・最悪というしかないな」
「はぁ・・・」
最悪と言われても、私には返事のしようが無い。
大体、自分自身の境遇も最悪だったので、「はい」と答えると、最悪なのを肯定しているようで、それが何ともイヤだったのだ。
閣下は常日頃、「食う為に軍人になった」と豪語され、物凄くケチケチしておられる。
無駄を排すあまり、使える物は壊れても容易に捨てず、直して徹底的に使われるのだ。
鉛筆などは、1センチまで小さくなっても万能キャップを付けて使われるほど。
だから・・・我が艦隊では、紙1枚も無駄には出来ない。
「俺は12人兄弟の3番目で長男なのだ。上に姉貴が2人いて、下にも弟や妹がごろごろいる。恥ずかしい話だが、強烈に貧乏な訳だ。・・・貴族の体面を保つ為には軍人になるしかなかったという訳だ」
・・・どうも、どこかで聞いたような話。
そう、閣下の置かれた境遇は、丸っきり私と重なるのだ。
そこで、私は閣下に、自分の馬鹿馬鹿しい境遇を話してみる事にした。
今までは、あまりの恥ずかしさから、人には殆ど話した事がない話である。
だが、閣下には理解してもらえそうだと思ったのである。
閣下は私の話を聞き終わると急ににこやかな笑顔を向けられた。
「卿とは上手くやれそうだと思ったが、結構似たような境遇だったのだな。話を聞いて良かったと思う。実は士官学校に入った時、俺も、皆が不味そうに食っている3度の食事に幸福感を味わったのだ。飯を美味いと思うのは幸福な事だ。・・・なるほど、卿と俺は・・・極貧主従と呼ぶに相応しいかもしれぬな」
閣下は苦笑されて、私の肩をポンポンと叩かれる。
私は赤面するほど恥ずかったが、だからと言って、悪い気はしなかった。
私が副官を拝命したのは、宇宙暦795年(帝国暦484年)の3月半ばである。
前任の副官、モーリッツ・フォン・エルレンマイアー大尉が解任されたのに伴う人事だったのだ。
大尉は何かのミスで解任されたらしいのだが、詳しい事は分からなかった。
私は事情を知る者から聞き出そうと試みたのだが、皆、口を閉ざして語ろうとしなかった。
ただ、エルレンマイアー大尉は、伯爵家の三男坊だったらしい事だけは分かった。
更には、やたら羽振りが良く、嫌みったらしい言動をする、むかつく奴であったらしい。
いつも高級なコロンの匂いをプンプンさせて、「今まさにここを通りました!」と言わんばかりの残り香をあちこちに漂わせていたとか・・・。
他の者達から聞き出したエルレンマイヤー大尉の話題は、全てが馬鹿らしく、ろくなものではなかった・・・。
私は、彼が犯したというミスがどういうものか凄く気になったものの、閣下に聞く訳にも行かず、黙って日々を過ごしていたのだが、ある日、ひょんな事からその真相を知る事となった。
「おい・・・卿は口は堅い方か?・・・そうでなくては困るのだが」
そう言って来たのは、参謀長のブクステフーデ准将だった。
「あの・・・それは、どういう事でしょうか?」
話がサッパリ見えない私は、慎重に聞き返す。
「うむ・・・実は、前の副官の事なのだが、一応、卿の耳には入れておいた方が良かろうと思ってな」
「はぁ・・・」
「実はな・・・エルレンマイヤー大尉は、閣下の事を、あれこれと他の者に吹聴して回ったらしいのだ。奴は貴族のボンボンで、配慮とか遠慮というものを理解していなかったのだ。どうやら、仲間内での酒席で、閣下の事を面白おかしく話していたらしいのだ。話された方はたまったものではない。どうでもいいような小さな話に尾ひれが付いて、話自体が変貌していてな・・・」
「はぁ・・・」
「・・・そこで卿に聞きたい。卿がここに来る前、閣下について何かを噂を聞いた事はあるか?」
「噂・・・ですか?そうですね・・・。『ホワイト・リカーの代わりに水を飲む』とか、『ウィスキーのボトルにアイスティーを詰めて持ち歩く』というのはを聞いた事がありますが・・・」
「それだ!」
突然、准将がいきなり大声を上げたので、私は驚いて飛び上がり、目を白黒させた。
「あぁ、驚かせてすまない。それなのだ・・・エルレンマイヤーが吹聴した噂は。閣下は、『ホワイト・リカーは見た目が水みたいだから、水をホワイト・リカーだと言って人の目を誤魔化せそうだ』とおっしゃっていただけなんだ。・・・ところが、いつの間にか卿が聞いたような話になっていた。・・・それで、その噂の出所を突き詰めたら・・・な」
「それでは・・・アイスティーの話もですか?」
「そうだ。あれも見た目がウィスキーに似ているからな。『アイスティーをウィスキーの水割りのように飲んで何人を騙せるか?』というゲームの話だったのだ。・・・元はな」
「確かにそれは腹が立ちますね・・・」
私は呆れ返った。
確かに副官にあるまじき行為。
ちゃんと伝えたのならまだしも、あまりにも歪曲し過ぎではないか。
「まぁ、彼の失態はそれだけではないんだ」
「・・・え、他にもまだあるんですか?」
「これが彼の解任の決定打になったのだ。閣下は、あまり小さな事にはこだわらない方だが、彼が副官になってからはしょっちゅう激怒されてな。一番、閣下を激怒させたのは、大事な会議をすっぽかした事なのだ」
「会議を・・・ですか!?」
私は息を飲んだ。
「さほど重要な会議ではなかったのだが、副官が一向に来ないので、皆、不審に思ってな。そこで連絡を取ってみたら、彼は実家で催されたパーティーに出席していた事が発覚したのだ。重要なパーティーなら休暇を願い出てから出席すれば良い。ところがそのパーティーは単なるホーム・パーティーだったのがいけなかった。その上、会議をすっかり忘れていた彼は、青い顔をして慌てふためいてやって来たのだが、我々が呆れ果てたのは、軍服ではなく、礼装のままやって来た事だった。軍人という自覚が無いにもほどがある。もう、ここまでくると、呆れてモノが言えなかったぞ。閣下は他の者に示しが付かないと、それは凄い怒りようでな・・・」
「要するに、大尉が解任されたのは身から出たサビ・・・という訳ですか」
私は溜息をついた。
「ここだけの話、閣下は『前線送りだ!』と言っておられたが、相手が門閥貴族の系譜では・・・な」
「じゃぁ・・・」
「今では、軍務省の軍官僚の秘書官だとさ。迷惑を被ったのはこちらだというのに栄転気取りだ。・・・いい気なものだ。どうせ、すぐにボロを出すだろうよ」
ブクステフーデ准将は吐き捨てた。
よほど腹立たしい人物だったのだろう。
「・・・卿は大丈夫だろうが、まぁ、言動には十分注意してくれ。それと・・・この話を私がした事は閣下にはオフレコにな。その話になると、未だに機嫌が悪くなられるからな」
「・・・はい」
私は神妙な顔で頷いた。
後編へ続く。