※この小説は原作終了後の世界を扱っております。その為、役職等が変化しておりますのでご理解下さいませ。




 妻のクレスタがそれを言い出した時、アイゼナッハはハッキリ言って面白くなかったので、思いっきり顔を顰<しか>めた。


 クレスタは子供の幼稚園の父母会役員だった。
 この幼稚園では、毎年、ハイネセン郊外の有名なキャンプ場に行くのが習わしで、父母会の役員は、保母さん達と一緒に子供の引率をする。
 行き先はフェザーンでも有名なキャンプ場で、近くには水族館と植物園があり、子供達には大人気だった。

 まぁ、キャンプに行く事は以前から決まっていた事だし、息子のユージィンも楽しみにしていたようなので、今更、キャンプ行きに反対する事でもない。
 むしろ、クレスタが人との付き合いを嫌がらない性格なのは、ありがたい事だと思うのだ。
 大体、役員なんてのは半分は雑用で非常に面倒臭いし、人に気を使うばかりで疲れるだけだ。
 だから、やりたがる人が少ないのをあえて引き受けた事は褒めてやるべきであり、アイゼナッハはその話を聞いた時は、彼女の為に花束とカードを贈り、彼女を喜ばせた。

 ・・・彼が面白く思っていないのは、妻と子が留守の間に、妻がアイゼナッハに頼んできた「お願い事」だったのである。


 クレスタは家事に長けていて、家での細々した雑務を、文句一つ言わずに1人で切り盛りしている。
 軍務で家を開ける事の多いアイゼナッハに代わり、家事だけではなく電気の配線等も自分でやってしまうほどだ。
 帝国ではこういった事を率先して行える女性は少なかったから、妻として、実に頼りになる女性なのだった。
 買物にしても自分で車で出かける。
 勿論、自動運転なのだが、アイゼナッハの貴重な休日に、無理やり荷物持ち用に買物に付き合わせる・・・なんて事もしない。
 それ故に、アイゼナッハは妻から、何か頼まれ事をされた事が殆ど無かった。
 ・・・なのに、彼女は「一生のお願いだから!」と言って、彼に急遽、「おつかい」を頼んだのだ。


 「キャンプに行っている間に、この間頼んだカーテンが届くの。あそこ、安いのはいいけれど配達まではしてくれないの・・・。私が11日に取りに行って欲しい理由は・・・この日を逃すとお店の定休日になってしまうの。しかも、2日間も休みになるの」


 アイゼナッハはカレンダーの14日を指差した。
 無言で、この日に取りに行けばいいではないかと抗議をしたのだ。
 だが、クレスタは譲らなかった。


 「きっと、14日に行けばいいと言いたいのでしょう?でも、それだと、カーテン付け替えるのがそれだけ遅くなってしまうの。私はキャンプから帰ったらすぐに付け替えたいの」


 アイゼナッハはどうしたらよいかと思案したが、彼女は一気にまくしたてた。


 「ねえ、お願いよ。あなた・・・11日は休暇だって言ってたでしょう?時間はそんなにかからないと思うから、お店に行ってカーテン貰って来て欲しいの。・・・店員さんにこのメモを見せたらすぐに用意してくれるわ。・・・支払いはクレジットになっているからお金を払う必要もないし・・・ね、いいでしょ?」


 彼女はアイゼナッハの手にメモを押し付けた。
 アイゼナッハが行く事を分かっているかのように、それはもう強引だった。
 アイゼナッハの顔色が曇る。
 これはいつぞや見せられた、ど派手な花柄生地のカーテン・・・と思うと、頭が痛くなってくる。
 ここまで強引に頼むと言う事は、それほどまで、このカーテンが気に入ったという事なのだろう。


 「私、あなたに無理な事を言っているつもりは無いわよ?・・・いつもは、こういうのを全部自分でやっているけど、今回はダメなの。だからお願い・・・初めてのおつかいやって欲しいの。・・・ね?」


 半分泣き落としの様相まで見せたクレスタ。


 「それにね、帰ってきたら、あなたのお好きなフリカッセを沢山作ろるつもりだから・・・ね、いいでしょ?」


 ・・・大好物を作ると言われては、アイゼナッハは降参するしかなかった。
 まぁ、強い口調のクレスタの気迫に圧倒されたのと、今まで自分がちゃんと家庭サービスをしているかと言ったら、子供を病院に連れて行く・・・ぐらいだから反論も出来なかった訳で。
 彼女の手書きのメモに視線を落として、溜息を付きながら頷いた。
 「・・・じゃぁ、行ってくれるのね?」
 クレスタが念を押すと、アイゼナッハは観念して大きく頷いた。
 それを見て、クレスタは満足そうに頷いた。
 「良かった・・・あなたはお願いを聞いて下さると思っていたわ」
 クレスタは、アイゼナッハに笑顔を向けた。
 アイゼナッハは一瞬、憮然としたものの、彼女のこの微笑みに自分が弱いのを自覚しているから、結局、自業自得なのだった。
 そして、クレスタの手書きのメモに視線を落として、溜め息をつきながら頷いたのだった。



 11日早朝。
 クレスタは自分と息子のユージィンのお弁当やら水筒、着替えなどを詰め込んだリュックを背負って、2人で慌しく家を後にした。
 アイゼナッハは思い切り朝寝坊をして新聞に目を通し、コーヒーを啜ってから時計を見た。


 午前8時20分。
 妻のメモによると、カーテン専門店の「夢のカーテン王国」が開店するのは午前11時であった。
 2時間以上も時間があるので、普段はあまり見ないのだが、立体テレビ<ソリ・ヴィジョン>を付けてみる。
 だが、やっていたのは古典バレエの舞台中継、フライング・ボールの中継と昔のドラマの再放送、料理番組・・・どれも面白く無い。
 唯一面白かったのは通販番組で、何が面白いのか、白い歯を見せた筋肉ムキムキの男が、「この機械を使えば画期的に痩せられます!」と言って、フィットネス・マシンの説明をしていた。


 (あんな物を使わなくても、軍事訓練を受ければすぐに痩せられるのに・・・)


 アイゼナッハは心の中で、過酷な士官学校時代の教練を思い出していた。
 重い荷物を持ったまま走らされたり、匍匐前進までやったのだ。
 あまりのキツさで食欲も無くなり、丸い体型で入学してきた者が、数ヶ月で筋肉マンになるのを何度も見た。


 そうこうしている内に9時半になり、アイゼナッハはテレビを消して、意味もなく、庭の水撒きをしてみたりする。 
 その後で掃除・・・と思ったが、クレスタがきれいに片付けていたのでする事がない。

 仕方なく、またテレビを付けて古いドラマを見る事にした。


 クレジットに、「子役・・・ギュンター・キスリング」という名前を見付け、一瞬、ドキリとする。
 ・・・が、どうせ、同姓同名だろう・・・という考えに落ち着いた。
 現在、幼帝アレクの親衛隊長を務めるあの男が、こんな陳腐なB級ドラマの俳優であろうはずがない。


 ドラマが終って時計を見ると、午前11時近くになっていた。

 アイゼナッハはテレビを消して、自家用車を引っ張り出した。
 電子走行のオート・カーだ。
 最近の車は、音声入力方式で車自身もベラベラと煩く喋る。
 しかし、アイゼナッハのは、キーを打ち込んで行き先を指示するタイプで、車は一言も喋らず、ディスプレイに表示されるだけの物だ。
 本来は聴覚障害者用らしいのだが、軍が気を利かせて、アイゼナッハにはこのタイプを支給したのだ。
 因みに、アイゼナッハが留守の時はこの車を使っているのはクレスタなのだが、さすがに軍からの支給品なので花柄の内装だけはアイゼナッハも断固拒否した。
 クレスタは抗議したが、首を何度も横に振られて、仕方なく、芳香剤を彼女の好きなローズアロマの香りにする事だけを同意した。
 無骨なデザインの車に、甘ったるいローズの香り。
 しかし、花柄のシートに変更させられる言葉なかっただけマシだった。
 
 車を走らせる事20分で、「夢のカーテン王国」に到着。
 店はかなり広かった。
  カーテンだけではなく、寝具等も扱っているらしく、なるほど、クレスタ好みの花柄が沢山見受けられた。
 品揃えはかなりいいようだ。
 しかも、値段は市価の7割、中には半値以上も安い品まであった。

 アイゼナッハは無言でカウンターの前に立つと、妻の手書きのメモを女性店員に手渡した。
 言葉を発さない上に表情も冷たい。
 若い女性店員は、ビクビクしながらメモを見た。


 「えっと・・・フラウ・アイゼナッハが頼まれたカーテンですね?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・」


 アイゼナッハは軽く頷いたのだが、店員には分からなかったようだ。
 「あの・・・カーテンを取りにいらしたんですよね?」
 アイゼナッハは今度は大きく頷いた・・・憮然とした表情を浮かべながら。
 「い・・・今、お持ちしますので、少々お待ち下さいませ・・・」
 店員は慌てて奥に引っ込んだ。


 10分少々待たされて、店員がカーテンを重そうに抱えてきた。
 リビングと子供部屋、ゲストルームのカーテンを全部取り替える事になっていたから、結構な量だった。
 「柄はこれで合っているか、ご確認下さいませ」
 店員に言われて、カウンターの上のカーテンを見る。
 クレスタが、「これがいいと思うの」と言っていた、淡いサーモンピンクに濃いピンクのバラと白百合がプリントされたカーテンで、ハッキリ言ってめちゃくちゃ少女趣味の代物だ。
 カタログで見るのと、実際に目にするのでは大違いだが、見れば見るほど、頭がクラクラする柄だった。
 さすがに、ユージィンは男の子だから、息子の子供部屋のカーテンだけは、淡い水色だが、それでも、色違いなだけ。
 男の子なのに薔薇と百合のカーテン・・・ユージィンが抗議して泣き出さない事を祈るアイゼナッハであった。
 
 アイゼナッハは頭痛を覚えながら、店員に促されて受け取り明細に流暢な筆致で、「エルンスト・フォン。・アイゼナッハ」と記入し、記入し終わったところで・・・。

 彼の背中に、聞き覚えのある声が突き刺さった。


 「あれ、本部長閣下・・・お買物ですか?」


 微笑みながら、ブルーのストライプ柄の枕カバーを手にキャッシュ・カウンターに現れたのはミュラーであった!
 現在、宇宙艦隊司令長官の職にある、最年少の元帥のナイトハルト・ミュラー。
 彼に見つかった事を、アイゼナッハは悪夢と感じていた。
 因みに、アイゼナッハも元帥で、統帥本部長の職にある。


 「ほら、明日からこの店は休みでしょう、だから今日は安いんですよ。それで昼休みを利用して枕カバーを買いに来たんですが、本部長閣下は何を・・・?」


 ミュラーはカウンターの上に置かれている少女趣味丸出しのカーテンに目をやって目を丸くした。
 彼は、困惑したアイゼナッハの表情を見てから、「これは・・・随分と可愛らしいデザインですね」と、無難な事を言った。


 「もしかして、奥様へのプレゼントですか?」


 そう聞かれて、プレゼントと言う事にしておいた方が無難だと思ったアイゼナッハは、頷こうとして失敗してしまった。
 彼は、正直だったので、大きく首をブンブンと横に振ってしまったのだ。


 「アレ・・・違うんですか?じゃぁ、奥様からの頼まれモノなんですか?」


 アイゼナッハは頭の中が真っ白になりかけたが、コクコクと頷き、ミュラーに出会った事を後悔した。
 プレゼントと言う事にしておいた方が無難だと思ったのに・・・大失態だった。


 (何でミュラーに出会うんだ!いい加減にしてくれ・・・)


 アイゼナッハは心の中でミュラーの存在を呪った。
 だが、彼に悪気がある訳ではないのを知っているから文句も言えないし、最初から言うつもりもない。


 「あ・・・。どうやら向こうのレジが空いたみたいですね。じゃぁ、小官はこれで失礼します」


 にこやかな表情を浮かべたミュラーが、早々に立ち去ったので、アイゼナッハはホッと一息ついた。
 アイゼナッハだけではないが、とにかく、ミュラーは同僚達ととんでもない場所で出くわす傾向があった。
 そして、何かの拍子にそれを話してしまう事がある。
 口が軽い訳でもないのだが、爆弾発言をする事があるのだ。


 今は亡き、オーベルシュタインが飼い犬の為に夜中に肉屋で鶏肉を買うのを目撃したのもミュラーだったし、とにかく、狙った訳ではないのだろうが、ミュラーは同僚のゴシップに出くわすのだった。


 既に支払はクレスタがクレジット払いで済ませているので、「カーテン買うなら夢のカーテン王国!」と、デカデカとコピーと店名が入った恥ずかし過ぎる紙袋を3つ分、大急ぎでトランクに詰め込み、アイゼナッハは半ば逃げるようにして家に帰って来た。


 翌日出勤すると、部下がそっと耳打ちした言葉で、アイゼナッハは氷の如く固まってしまった。
 それは・・・。


 「アイゼナッハ元帥は、花柄のカーテンを使っている」


 そう言う噂話で・・・。
 何処から流れて来たのか分からないが、かなりの速さで広まっているらしい・・・と、困惑の表情を浮かべて部下は言うのだ。


 (・・・絶対にミュラーだ!少なくとも・・・ミッターマイヤーではあるまい・・・)


 ミュラーに会うとろくな事がない・・・。
 アイゼナッハは頭痛を覚えたが、手をヒラヒラ振って、部下達にその話をやめさせた。
 1時間後、顔色の悪いミッターマイヤーから連絡が入る。


 「・・・この間の件だが、俺は誰にも話していないからな」


 つい最近、用事があってアイゼナッハ家を訪れた事があったミッターマイヤーは、彼の家が花柄のグッズで埋め尽くされているのを実際に見ていたのだ。
 そして、アイゼナッハの「噂」を部下の1人から聞いて、慌てて連絡を入れてきたようだった。


 「・・・俺は誰にも卿の家の事を話していない・・・信じて欲しいのだが」


 やや震えているミッターマイヤーに、アイゼナッハは、こくんと頷いた。


 「・・・なぁ、もしかして、卿はミュラーと遭遇したのか!?」


 アイゼナッハは一瞬、ピクンと身体を強張らせて無言で頷いた。


 「・・・あぁ、やっぱり!そうじゃないかと思ったんだが・・・。まぁ、いい。俺は絶対に口外しない。分かってくれるな?」


 アイゼナッハは大きく頷く。
 ミッターマイヤーからのヴィジホンが切れた後、ふうっ・・・と大きな息を吐いて、引き出しから頭痛薬と胃薬を取り出した・・・。
 本当に、ミュラーと出会うとろくな事がない。
 しかも、ミュラーに悪気がある訳ではないし、彼に全く自覚がないのを呪わずにいられなかった・・・。


 アイゼナッハは苦笑しながら、部下に用意させた水の入ったコップを持ち上げ、薬を飲み下したのだった。





Das Ende





 
 アイゼナッハの物語第2弾・・・。
 「初めてのおつかい」です。
 ・・・で、ゴシップミュラーの登場です。
 原作でも、同僚のゴシップ現場に居合わせる事が多い、ミュラー・・・。
 だから、「ゴシップ・ミュラー」とか、「フォーカス・ミュラー」とファンの間で呼ばれているのです。
 原作では「鉄壁ミュラー」なんてカッコ良さなのに・・・。
 でも、まぁ、これくらい良いよね?って事で・・・。


 「突撃!アイゼナッハ氏の優雅なティータイム」の続編のようなものなので、こちらを読んでから読まれると分かりやすいかもしれません。


 ・・・あ、キスリングについては、決して、同姓同名の別人・・・ではなく、彼なんですよ、子役は・・・。
 キスリングが子役とかやっていたら、面白いよね・・・って、友達と話していて、それで生まれた物語が別にあって・・・。
 まぁ、そのうちにそれもUPしますが・・・手直ししないととてもお見せできないので、いづれ・・・って事で。


 アイゼナッハ・・・とっつきにくそうだけど、書いていて結構楽しいです。


 あ・・・「カーテン王国」にはモデルがあります。
 そういう名前のお店・・・あります。
 「夢の」と付いているのは、そのままじゃね・・・と思ったからですが、アニメで「夢のクレヨン王国」ってのがあって、それをもじってみました。
 
 ミュラーは決して口が軽い訳じゃないけど、つい・・・話してしまう事がある、そんな感じかな?

 まぁ、コメディなんで、許して下さいませ。m(_ _)mペコリ・・・