ケンプが朝起きた時、隣で寝ていたはずの妻の姿がなかった。
一瞬、トイレかと思ったが、それにしては戻って来るのが遅い。
 不信感を覚えて慌てて時計を確認する。
 ・・・時刻は、午前5時半だ。


 「ふむ・・・起きる時間だな・・・」


 全く計ったようにこの時間に目覚めるのだから、軍人は規則正しいと言われても仕方ないな・・・と、ケンプは大あくびをした。
 その時、妻が部屋に入って来たが、どうも様子が変だった。


 「おい、お前、顔色が・・・」
 「ちょっと風邪をひいたみたいで・・・。少し気持ち悪くてトイレに行ったのだけど・・・」
 「そうだったのか・・・」
 「本当の事を言うと、昨日から少し変で、喉も痛かったの・・・」
 「・・・おい、熱はどうだ?」
 「ええ、少し熱っぽいわ・・・寒気もするし」
 大きな溜め息をついてベッドの端に腰掛けた妻の額に手を当てると、確かに尋常ではない熱さが、その手に伝わって来た。
 「おい、凄い熱だぞ・・・いいから寝てろ」
 「・・・そうは言っても、朝食の用意もやらないといけないし・・・」
 「そんなもの・・・今日は俺がする」
 「え!?」
 「・・・大体、お前は料理は上手いが、それに夢中になりすぎて無理をしかねん。特にこんな状態の日にそれをされたら、ますます悪化して後でひどい事になるぞ。悪い事は言わないから、今日は俺の言う事を聞いて寝てろ」
 「・・・何よ、私が料理馬鹿みたいな事を言わなくても・・・」
 そう言って、プイっと横を向くイレーネ。


 そんな妻に苦笑したケンプだったが、「・・・で、何を作ればいいんだ?」と、拗ねた妻をなだめるように言ってみる。

 「本当に何でも作って下さるの?」
 「・・・う。物にもよるけどな。・・・面倒くさいのはイヤだからな。俺だって、休みという訳じゃないのだから」
 「分かったわ・・・。それじゃぁ、あなたに頼むわ。あのね、今日はかぼちゃのスープ作る予定だったの」
 「カボチャのスープ!?」
 そんな物は作った事が無い。
 ケンプは、妻に朝食を作ると大見得をきって言い出してしまった事を、密かに後悔し始めていた。
 妻の方はそんな事は等に見抜いていた。


 「私の指示に従えば大丈夫だと思うわ」と、イレーネは、やや熱っぽい頬笑みを彼に向けた。

 「指示に従うか・・・それでは、司令官どの、俺は何をすればいい?」
 「あら・・・部下になって下さるの?」
 「料理に関してはな。・・・俺は全くの素人で、お前にはかなわんよ」
 「・・・ある程度の準備は終わっているから簡単だと思うわ。ええっと・・・冷蔵庫のガラス製のボールの中に、コンソメスープで煮たカボチャが入っているの」
 「・・・で?」
 「スープごとミキサーにかけてドロドロにしたら、それに牛乳を300cc・・・要するに、計量カップに1カップ半。それを加えて火にかけるの。火は弱火。底が焦げないように、ヘラでゆっくりとかき回すようにして下さいね。それで大丈夫・・・」


 聞くだけでは簡単そうに感じた。
 それに、既にカボチャは軟らかく煮てあるらしい。
 ある程度の段取りは既にイレーネは済ませているのが救いだった・・・。
 それさえも、自分がしなければならない場合は、多分、ケンプはスープ作りを断念していただろう。


 「・・・それだけでいいんだな?」
 「あ・・・。あとは、味付けね」
 「味付け・・・」
 「でも、塩を入れるだけでいいの。とにかく、味を調えないといけないわ・・・。あ・・・でも、くれぐれも入れすぎに注意して下さいね。塩味がきつ過ぎると味のバランスが崩れてしまうわ。塩は少しずつ・・・ね」
 「分かった」
 「仕上げは生クリームをとろ~っと回し入れて、パセリを散らせば・・・これでもう出来上がりね。刻んだパセリは冷蔵庫のピンク色の密閉容器に入っているわ。その隣に生クリームの入ったビンがあるから。それと、ブロートは昨日の残りがあるからスライスしてトーストすればいいし。あとは、ミルクとアプフェルがあるから・・・。あ・・・あなた、アプフェルの皮は剥けます?」
 「・・・皮くらい剥ける」
 ほんのちょっとムッとするケンプ。
 「それは良かったわ。それと・・・子供達は6時半には自分達で起きるわ。・・・で、7時に朝食って訳ね」
 イレーネはベッドに潜り込んだ状態で、ケンプにテキパキと指示を出した。
 「それでは、お料理大作戦の成功を祈るわ」
 イレーネはそう言って、ほんの少しの笑顔を見せたが、熱が高い為かやや笑顔がぎこちない。
 「了解。全く・・・俺に本来なら命令下せるのはローエングラム閣下くらいだぞ・・・」
 ケンプは、ユーモアのセンスとは程遠いセリフを残し、作り方を口の中でブツブツ呟きながら一階のキッチンに向かった。


 「冷蔵庫の中だったな・・・」


 妻の言う通り、冷蔵庫の中には、既に下ごしらえをしてあるカボチャの入ったボールが出てきた。


 「全く・・・コンソメで煮る事からやらされなくて良かった・・・」


 ミキサーは調理台の上にあった。
 多分、今日使うつもりで、昨日のうちに出しておいたのだろう。


 「・・・じゃぁ、入れるか・・・」


 ドボドボドボ・・・。
 良く煮てあるのか、煮崩れた柔らかくなった黄色いカボチャの塊とスープがミキサーに入った。
 蓋をきちんとしてしめてスイッチを押そうとして、ある事に気が付いた。


 「しまった!どのくらいミキサーにかけるのか聞いていなかったぞ・・・。あぁ、なんだ。ミキサーに表示が書かれている・・・助かった。なになに・・・3分か・・・」


 スイッチを押すと、軽くブーンという音がした。
 時間が進むにつれ、最初は見えていた塊が無くなっていくのが分かった。
 3分後、ステンレス製の両手鍋にドロドロになったカボチャを移す。
 冷蔵庫から取り出した牛乳を1カップ半入れてたところで、ケンプはアプフェルの事を思い出した。


 「先に剥いておこう・・・」


 皮をクルクルと剥いて四つ切りにしたあとで、変色を防ぐ為に、ボールに塩水を作って晒しておくのも忘れない。
 ボールは、さっきまでカボチャが入っていたヤツをキレイに洗って使った。


 「・・・じゃぁ、続きだな・・・」


 ケンプは電磁調理器の火加減モードを弱火に設定し、慎重に鍋を乗せる。
 「これがスープが焦げ付いたら、『役立たず』と怒られてしまうかもしれん・・・」
 へらでゆっくりかき回す。
 焦げ付かないように、何度も、底の方を持ち上げるようにしてかき回した。
 キッチンに良い匂いがたち込め始め、ケンプは慎重に火加減を見ながら、塩を入れて味見をする。
 少ない量を入れて味見をする・・・以前、大量に塩を入れて、妻に叱られた事があった・・・新婚当初の話だったが。
 それで、砂糖にしても塩にしても、少しずつ入れる事を学習したのだ。
 そして、納得のいく味になったところで、ブロートをスライスしてトースターへ放り込んだ。
 そうこうしていると、グスタス・イザークがキッチンに顔を出す。


 「おはよう、グスタフ・イザーク」
 「おはようございます、ファーター・・・。あれ、ムッターは??」
 怪訝そうな顔で室内を見渡す。
 「それがな・・・悪質な風邪をひいて寝込んでいる。だから、今日の朝ごはんはファーターがだな・・・」
 「ええ!?ファーターが朝ごはんを作っているの~!?」
 グスタフ・イザークは大きな声を出した。
 「ファーターもお料理が作れるんだ・・・」
 「驚いたか?」
 「うん、びっくりした・・・」
 「ところで、カール・フランツは?」
 「あ、うん。今、トイレに行ってる」
 「そうか。もうじき出来上がるぞ。ご飯は7時からだからな」
 「はい」
 「じゃぁ、カールを連れておいで」


 アプフェルを小皿に取り分け、ブロートも皿に乗せてバターを添えた。
 そしてミルクパンでミルクを温めながらケンプは笑顔を見せ、グスタフ・イザークは普段の父とは違う姿に驚きの表情をしていた。

 テーブルについたカール・フランツも、エプロン姿でスープ皿にスープをよそったり、マグカップに温めたミルクを注いでくれたりする父親に唖然としていた。


 「ファーター・・・何だかムッターみたい!それ、ムッターの?」


 カール・フランツが言うと、ケンプはにこにこ笑った。


 「似合うか?」


 そう言って、エプロンを引っ張って見せた。
 子供達は一瞬、顔を見合わせていたが、「うん、似合う」と答えた。
 だが、本当の事を言えば、長身でガタイの大きいケンプには、妻のピンクの花柄エプロンは小さめで、腰辺りの紐が切れてしまうのではないかと思えるほど、かなりキツそうに見えた・・・。


 朝食が終って、すぐにグスタフ・イザークは学校へ行き、その途中で、カール・フランツを幼稚園に送って行く事になった。
 イレーネが寝込んでいるなら、そうするしかなかったし、帰りも彼が迎えに行く事になった。
 お兄ちゃんに幼稚園に連れて行ってもらえて、帰りのお迎えもお兄ちゃんだと聞いて、カール・フランツは単純に喜んでいた。
 「カール・フランツ!ムッターが風邪で寝込んでいるのに、嬉しそうにはしゃいでいたらダメだよ」
 兄に注意され、半べそをかくカール・フランツ。
 「お兄ちゃん、ごめんなさい」
 「分ればいいんだよ」

 そう言って、グスタフ・イザークは弟の頭を撫で、カール・フランツは漸く笑顔を見せた。


 2人が出かけた後、散らかったテーブルを見たケンプは、「後で片付ければいいか・・・」と呟いて、温めなおしたスープと風邪薬。そして水の入ったグラスを持って2階へ上がった。


 「おい、大丈夫か?」
 「あ、ええ。・・・少し寝ていれば大丈夫だと思うわ」
 「起きて・・・これを食えそうか?」
 ケンプがトレーに乗せたモノを見せると、イレーネはにっこりと笑った。
 「ちゃんと作れたのね」
 「・・・下ごしらえしてなかったらキレていたかもしれないが、材料も機械も用意してあったから何とかな・・・」
 「そう。良かったわ。・・・子供達は?」
 「・・・出かけた。グスタフ・イザークが、今日はカール・フランツの送り迎えをやるって」
 「あの子はね、弟の面倒を本当に良く見てくれるのよ」
 「みたいだな。・・・2人とも良い子だよ」
 「私の教育が良いから?・・・なんてね」
 「ほら・・・くだらない事言ってないで食え」
 ケンプはベッド脇の椅子に腰掛け、スプーンにスープを掬う。
 そして、ベッドに半身起こした妻の口元に持っていった。
 「・・・あら、食べさせてくれるの?」
 「いいから!」
 照れ隠しなのか、やけににつっけんどんなケンプ。
 「ありがと・・・」
 イレーネはスープを飲んだ。
 「どうだ?」
 「美味しいわよ。ふふふ・・・」
 「何を含み笑いをしているんだ・・・」
 「人に料理を作ってもらって、しかも、食べさせてもらうなんて、子供の時以外は殆ど無いもの・・・何だか不思議な感じ」
 「・・・何を言っているんだか」
 「でも、そういう経験って、自分では何も出来ない子供の時くらいでしょ?」
 「・・・まぁ、そうかもな」
 そう言いながら、イレーネの顎に手をかけるケンプ。
 「なに?」
 「・・・おはようのキスしてなかった」
 「もう!今更いいわよ。それに・・・私の風邪があなたに移りでもしたら、お仕事に差し支えて大変だわ」
 「あのな・・・俺は日頃鍛えているからいいんだ。・・・そんな風邪ぐらいどうって事は無い」
 ケンプは妻に軽く口付けをすると、「じゃぁ、俺は、キッチンを片付けたら出かけるから。それ、全部食っておけよ。せっかく俺が作ったんだからな。それと薬もちゃんと飲むんだぞ。・・・それと、今日はなるべく早く帰って夕食作るの手伝うから・・・」と付け足した。
 「あら、夕食も??」
 「あぁ、手伝う。・・・たまにはな」
 そう言い残して、トレーを置いたまま出て行った。
 「あ~あ・・・。自分でキスしといて照れちゃって。おかしな人ねぇ・・・」
 でもイレーネは嬉しそうだった。


「ふふ・・・でも・・・たまには病気もいいかもしれないわね」






Das Ende





 一応、コメディです。
 私の勝手な設定では、「ケンプは食べる事が好き」・・・と言う事になってます。
 原作にはこんな設定はないのですが、アニメのあの絵を見たら、「食うのが好きだろ、こいつ・・・」とか思ってしまいまして。


 実は、お料理関係の話はファーレンハイトでも書いていたのですが、友達が「ケンプでも書いてみたら?」と言ったのがきっかけで、この話は生まれました。
 ファーレンハイトの話もそのうちにUPします。


 料理をするケンプなんて、原作には出てきませんが、幸いな事に、ケンプには愛妻と、2人の子供がいる・・・。
 彼の手料理を食べてくれる人がいる訳で・・・。
 設定さえ整えば、ケンプに料理をさせるのはたやすい事です。


 だって、奥さんが病気になったら、やっぱり、ここはお父さんが頑張るしかない・・・って事になるでしょ?

 うちも母が寝込んしまった時、父がカレーだの、味噌汁だのを作ってくれて、子供心に、お父さんも料理が出来るんだ!って感心したんですよね。
 この父親の手料理・・・まさに、お父さんの株が上がった瞬間でした。
 男の人が料理を作る事が信じられなくて、それを母に言ったら、「コックさんはだいたい男の人だよ」って言われて、確かに~!!と思ったものです。
 ・・・8歳ぐらいの時の出来事です。

 そんな訳で、一生懸命に家族サービスをするケンプなのでした!!
 彼のエプロン姿を想像すると笑えます!!


 コレを書いている時、やっぱり玄田哲章さんと吉田里保子さんのお声がしました。
 吉田さんは1998年に第一線を退かれてしまいましたが、ケンプの妻役は、まさに引退ギリギリの時代に演じられた貴重な物と言えます。
 因みにイレーネって名前は私が付けた名前・・・原作では名前がなかったんですよね。
 そこで1つの妄想が・・・。

 子供2人のお母さんになった彼女の声(話し方)は、ちょっと低めなのですが、吉田さんの演じるキャラクターに通じているのは、「芯の強い女性」です。
 少女を演じた場合は、そこにおきゃんとか、お転婆とかの要素が加わります。
 なので、私の妄想するところのイレーネさんは、少女時代はかなり気の強い女の子って訳でして、その声を妄想しながら、ケンプとの出会いの話なんかを書いた事もありました。
 でも、結婚後の彼女は、良き妻になっていく・・・話し方も落ち着いて、落ち着いた大人の女性になっていくという訳です。
 ケンプと奥さんの出会いを描いた話もそのうちにUPしたいと思います。


 最後に、ケンプが作っていたカボチャのスープは、この通りに作れば・・・多分、誰にでも作れるはずです。
 カボチャは煮る場合、生のまま煮るよりは、ゴロゴロと切った物を、前もって冷凍しておいた方がいいです。
 冷凍すると、素材の組織が壊れて早く煮えるんです。
 きっとね、イレーネさんは冷凍カボチャを煮ていたと思いますよ・・・。


 うちの場合、私が熱を出して寝込んでも、ダンナは全く料理が出来ないので何かを作ってくれる事はありません。
 ただ、枕元にポカリだのアクエリアスを置いといてくれて、プリンやヨーグルト、お粥のレトルトパックなど、コンビニで買って来たと思われる物が冷蔵庫に入っていて、メモに「食べて下さい」と書かれていたりします。

 因みに私が寝込むのは・・・38度後半以上で、38度前半までは寝込みませんね・・・わりと熱には強いみたいです。
 ・・・で、ダンナの場合、平熱が35度ピッタリ・・・と、かなり体温が低い為、36度でヘロヘロ、37度になると息も絶え絶え・・・。
 なので、去年・・・38度になった時は死にそうになってました。
 39度は未知の数字だそうです・・・ダンナには。

 因みに私の最高体温は、40.2度。


 独身の頃の話ですが、家族が広島に言っている最中に風邪が悪化しましてね。
 弟が結婚するので、広島の祖母のところに挨拶に行ったんですね、私以外の家族。
 ・・・この時は、やや幻覚を見てしまい・・・眠れなくて、結局・・・入院となってしまいました★
 インフルエンザの上に、別の病院で出された漢方系の薬が合わなくて副作用が出て・・・。
 フラフラしながらも何とか行った総合病院の待合室でぶっ倒れて、血圧を測ったら・・・最高血圧が87ぐらいになってて、熱は40度を超えてて・・・医者もビックリ。
 浣腸と点滴したら39度にまで熱が下がったのでそのまま帰って・・・翌日から入院ですよ。
 熱が下がったら身体が軽くなったのですが、39度で身体が軽いって・・・どれだけ、凄かったんだか・・・40度^^@
 半月も点滴をされて大変でした・・・。


 そうそう、入院するって連絡したら、家族は大慌てで広島から埼玉まで帰って来ましたが、とにかく大変でした・・・。
 これが原因で、ハワイでの弟の結婚式に出られず、病院のベッドで悶々としてましたねぇ~・・・。


 いやぁ、風邪を甘く見てはいけない・・・と思いましたね。