私は不思議と、今まで自分の人生に悲観的になった事がない。
1度も無いとは言えないが、他人よりはずっと少ないだろうと自負は出来る。
人に比べて深刻な悩み事が少なかったのではなく、かなり前向きな性格をしていた・・・ただ、それだけの事だ。
「悩みの無い人生なんて、そんなのある訳がないぞ」
友人達はそう言って笑ったが、あれこれとくだらない事で悩むのは時間の無駄でもある。
「くよくよ思い悩んでいても何の問題解決にもならない」
そう親から叩き込まれたこの処世術のお陰で、今までも困難にぶつかる度に「まぁ・・・何とかなるさ」で乗り切ってきたのだ。
人はそれを「楽天的」と言うが・・・時には役立つ。
少なくとも、後ろ向きな人間より数倍はいいはずだ。
そんな私も・・・リップシュタット戦役では気苦労が絶えなかった。
結構図太いと自負している神経は極限まで磨り減った。
初めて自分の人生に悲観的になったものだ。
前向きな性格でなかったら、とっくにこの世からおさらばしていてもおかしくない状況だった。
私が付いた上官・・・。
彼は今までに無いほどの無能で最悪な上官だった。
その上官は名のある大貴族の甥だった。
彼等にとって我々平民などは取るに足らぬ虫けらのような存在で、事あるごとにそれをひけらかす。
時には、平民を虫けら以下の扱いをし、それを恥とも思っていないのだ。。
貴族も平民も同じ人間なのに、自分達の方が数倍も優れていると頑なに思い込んでいる、ある意味、悲しい病人だった・・・。
滅びの美学に酔いしれた哀れな病人・・・。。
それが、貴族連合軍の盟主であるブラウンシュヴァイク公の甥のフレーゲル男爵という人だった。
私は右の耳から聞いたものは左に、反対に左から右にさっさと逃がし、くよくよしないのが信条だったのに。
だが・・・今度ばかりはそうもいかなかった。
とうとう、頭痛薬と胃薬の世話になってしまった。
私は、食あたりや風邪以外で医務室に行くのは初めてだった。
しかも、精神的苦痛からくる胃痛とは・・・。
何度も頭に血が上ったし、まるで、己の性格が捻じ曲がったのではないか・・・と、唾棄したくなるほど、身体中に厭な感覚がまとわり付いていた。
頭も痛いと言う私に軍医は、「それならば、頭痛薬と精神安定剤も出しましょうか?」と言ったが、私は「いや、精神安定剤はいい。胃薬と頭痛薬だけくれ」と言って断った。
今まで飲んだ事もない薬など飲みたくなかったのだ。
あの時の私は平常心を聊か失っていたようだ。
「金髪の孺子<こぞう>め!!」
フレーゲル男爵は子供のように地団太を踏み、口汚く罵り続けていた。
手には高級ワインのボトル。
酔いも手伝ってか、挙句の果ては滅びの美学がどうとか、訳の分からない事を罵りだす始末。
・・・とうとう私はフレーゲル男爵に愛想を尽かした。
このような状況下で、酒に溺れる神経がまず分からない。
滅びたいなら、自分1人で勝手に滅ぶがいい。
それに否応なく巻き込まれる人間の事など、狭量な頭しか持たぬこの男は全く考えてはいないのだ。
貴族達によるこんな茶番劇は早く終わらせなければならない。
皆、心底・・・疲れ切っていたのだ。
私は冷たく光るブラスターをホルダーから抜いて握ると、ゆっくりと銃口を男爵に向けた。
やっと悪夢の日々から開放される・・・と、狙いを定めつつ、不思議と快感さえ覚えていた。
今から人を殺そうとしていたというのに・・・だ。
尤も、直接手を下したのは私より階級が下の兵士達であり、彼等の神経の方が私よりも早く切れてしまったようだ。
兵士達は、狂気の淵に足をかけて高笑いをしていた哀れな男爵に、あの世への片道切符を切ってやったのだ。
生気を失い、床の上に無様に転がった男爵の遺体。
周りには男爵の身体から流れ出したどす黒い血が飛び散っていた。
「ふう・・・呆気ないものだ」
既に物と化した哀れな男爵を見下ろして、私は溜め息をついた。
平民に撃たれた事が信じられなかったのか、カッと見開いた目。
さすがにこれは気持ちの良いもではないので、私は屈みこんで、サッとそれを閉じてやった。
それは死者に対するせめてもの礼だった。
私のこの動作に呼応するかのように、そばにいた下級兵士達は一斉に我に返ったようだった。
「ど・・・どうしましょうか?」
自分達のした事とは言え、動揺してガタガタと小刻みに震えている兵士達。
皆、顔面蒼白で、中には過呼吸に陥っている者までいる。
彼等にとって・・・手を掛けてしまった相手は、雲の上の存在であり、本来なら不可侵の対象となる類の人間だ。
その、門閥系の貴族に引導を渡してしまったのだ。
まさに・・・狂気のなせる技だ。
彼等も平常心を失い、後先考えずに行動したのだろう。
「運び出せ」
私がそう言うと、部下達は無言のまま遺体を外に運び出した。
そして、そのままカプセルに収容し、無人のシャトルに乗せてさっさと宇宙空間に放出してしまったのだ。
私は彼等の行動には驚いたが、確かに遺体をそのままにしておく事も出来なかったし、遺体を急いで放り出した彼等を責める資格は私には無い。
要するに、フレーゲル男爵の存在を排除したかったのだろう。
もし仮に自分が手を下していたとしても、多分・・・彼等と似た行動を取ったに違いないのだ・・・。
・・・それにしても、人をここまで憎いと苛立ったのは、この戦いが最初で最後かもしれない。
それまでの叛乱軍との戦いは、主義主張の違いもあったし、憎いから殺す・・・と言うよりも、自分自身の生活と環境を守る為のやむを得ない戦いだった。
『仕事』だと割り切っていた節もある。
しかし今度の戦いは・・・自分自身の何かを犠牲にしなければ、とても乗り切れそうに無かったのだ。
フレーゲル男爵が斃れ、その瞬間に戦艦『ヴィルヘルミナ』は主を失った。
元々この艦は、先年退役されたミュッケンベルガー元帥の乗艦だった戦艦で、名前の由来は元帥の母の名から来ているらしい。
元帥は退役に際して、この艦を欲しがっていた男爵に移譲したのだ。
他の元帥と違って、さっさと退役してしまったミュッケンベルガー元帥は、この内戦に巻き込まれる事無く、首都星オーディンの隣にある惑星ユグドラシルにある、小さな自分の領地に引き籠ってしまわれたらしい。
ブラウンシュヴァイク公が現役復帰を頼みこまれたそうだが、体調不良を理由に断られたそうで、その代わりに、宇宙港に係留されていたご自分の旗艦の『ヴィルヘルミナ』をフレーゲル男爵が望んだので移譲したのだという。
この『ヴィルヘルミナ』を欲しがっている将校は沢山おり、オフレッサー上級大将なども名乗り上げていたらしい。
それを、断ってでもフレーゲル男爵に明け渡す事で、貴族連合軍に形だけでも礼を尽くした格好となったのである。
この艦には、盾艦こそは付いてはいないが、フレーゲル男爵の伯父のブラウンシュヴァイク公の旗艦である、『ベルリン』とは同型艦だ。
それに、贅を尽くした内装は貴族趣味であり、フレーゲル男爵は満足気であった。
さて・・・この無意味な戦いに終止符を打つべく白旗を揚げるか?
だが、ローエングラム陣営に降伏するのを皆が躊躇っていた・・・。
上手く言えないが、負け犬のレッテルを貼られるようで、これまた惨めな気持ちになる。
かと言って、ガイエスブルク要塞にも戻れない。
戻れば、全員、死の制裁が待っている。
甥を殺されて、ブラウンシュヴァイク公が平常心でいられる訳がない。
多分・・・我々は凄惨極まる方法でなぶり殺しにされるだろう。
そうかと言って、かつての敵・・・叛乱軍に下るつもりも毛頭ない。
・・・そうすると。
生き残る為に我々に残された“選択肢”はただ一つだ・・・あのフェザーン自治領しかなかった。
これ以外の選択はあり得なかった。
「こいつは、元々はミュケンベルガー元帥の旗艦だった。その大きさも他の戦艦を凌駕しているし、内装も申し分ない。これを売れば、我々が当面生きていくだけの資金源にはなりうるな」
亡命先で、『ヴィルヘルミナ』は間違いなく、高値で取引出来るだろう。
あちこち被弾して、動いているのが不思議なぐらいだったが、手を入れさえすれば、まだまだ現役でいられる艦なのだ。
何しろ、あのフレーゲル男爵が欲しがるほどだ。
・・・贅を凝らした豪華な内装。
大規模な武装を解除して、巨大な客船として改装されるかもしれない・・・それほどの艦なのだ。
私は、左手の拳で艦の壁を叩く・・・。
高級士官・・・特に大貴族の為に設えた戦艦の壁は豪華なビロード張りで・・・。
戦艦本来の甲高い金属質な音がする事もなく、サラリとした感触・・・。
部下達は狂気のフレーゲル男爵よりも自分を慕ってくれていた。
『大佐がどこに行かれようとも最後まで付いて行きます。どうか我々もお供させて下さい』
私がフェザーンに亡命する意思を伝えた時、最初はざわめいたが、乗員全員が即座に私に従うと言った。
ローエングラム陣営に下ろうと言い出した者もいなかったし、彼等の中にも叛乱軍に亡命する選択肢は入っていなかったようだ。
これが快挙なのかどうかは分からないが。
私は多くの部下の命を預かる事になった。
彼等の為にも・・・私は生きなければならない。
・・・きっと、この『ヴィルヘルミナ』も、我々と共にフェザーンに行ける事を喜んでくれるかもしれない。
フェザーンに行けば、もう軍艦としての役目を終え、この艦にも違う“生”が待っているのだから。
『ヴィルヘルミナ』には、もう少し頑張ってフェザーンに行ってもらわねばならない・・・そう、我々の未来の為に。
艦橋を出た私は通路の壁をそっと撫でる。
ビロードの感触は何故か、毛並みの良い動物を撫でているようで、その感触に私は思わず微笑む。
「なぁ、ヴィルヘルミナ・・・。今までの主の中で私が一番まともだと思わないか?だから、無事に行き着いてくれ。頼む・・・」
祈りにも似た呟き。
戦艦から返事はなかったが、通路に設置された通信機から部下の「大佐!!フェザーン回廊が見えてきました!艦橋にお戻り下さい!」の声を聞いて、私の中に失いかけていた精気が甦って来たような気がした。
「分かった・・・すぐに行く!」
Das Ende
名前をあえて出しませんでしたが、主人公はレオポルド・シューマッハ。
・・・って、銀河英雄伝説のファンなら、これが誰だか、すぐに分かるでしょうけど。
駄作の部類に入ってしまうのだろうけど、この人物が書けて良かったと思います。
彼は海賊になったという噂がありますが、真相はどうなんだろう?<原作にありました・・・創作してみるか?
『宇宙海賊キャプテン・シューマッハ』・・・うーん・・カッコイイんだか悪いんだか、ちょっとビミョ~・・・アハハハハハ。
今、ふと思ったのだけど、『ヴィルヘルミナ』も『ベルリン』も『オストマルク』も沈んでいないんだって事に気付いたわ・・・。
私的には、ミュッケンベルガー元帥には、退役後に、何らかの形で原作に登場してもらいたかった。
リップシュタット戦役が始まる前にさっさと引退しちゃって、この人って、物凄い“先見の明”があったんだなぁ・・・と、他の元帥たちに比べて、その退き際の良さに感服したんです。
OVAには、ラインハルトと敬礼してすれ違うシーンがあるのですが、去る者と進む者の違いが明確に分かる絵で、あれ・・・すっごく好きです。
映像ならではの手法で、感激したもんです。
そして、シューマッハですが、ラインハルトも彼を登用しなかった事を悔いていましたが、もし登用していたら・・・。
シューマッハには輝かしい未来が待っていたんでしょうか?
因みに、シューマッハと行動を共にして皇帝誘拐を謀ったランズベルク伯。
伯の声をされた塩屋翼さんと、パトリチェフ役の塩屋浩三さんはご兄弟です。(翼さんが弟です。読み方を“つばささん”と思っている人が多いみたいだけど“よく”さんなんですよね。でも、間違ってはいないか・・・だって“つばさ”は本名ですし・・・)
あと、シューマッハの声の中田さんは、声質はファ-レンハイトの速水さんに近い物があるかも。
尤も、中田さんの方が若干低めですから、私は間違えはしないのだけど。(友人が間違ったと言っていたので、声質が似ている説はあると思いました・・・)
そうそう、似た声質だと、ラインハルトの父のミューゼル氏の声は矢田耕司さんですが、声質は、キャゼルヌのキートン山田さんにちょっと近いかも。(これまた私は間違わないのだけど、うちの夫は間違えていた・・・)
そしてこの小説・・・。
実を言うと、シューマッハが亡命に使った艦は、私は『ベルリン』だと思い込んでて、最初は『ベルリン』で書いてました。
作中に“壁”という文字が2箇所ほど出てきますが、それはその名残です。
でも、銀の戦艦名鑑を見ていて、自分の大きな間違いに気付いて大慌て・・・ありゃりゃ・・・思いっきりウソを書いているよ、私!!ってなもんですよ。
それで、結局別に、『ベルリンの壁』というタイトルで1作を別に書き上げる事になったのでした・・・。
シューマッハの話は完全にボツにするのは気が引けるので、『ヴィルヘルミナ』に置き換えて内容も若干変えました。
・・・で、タイトルも新たに『選択』としました。
いやぁ、間違いを発見した時は、マジに慌てましたです・・・。