定時連絡の為にFTLを入れたら、我が僚友は何やら書き込んだり、コンピュータ打ち込んだりしている最中だった。


 「今忙しいんだが・・・何か用か?」


 (用がないのにFTLで連絡などするか!)


そう言いたいのを私はグッとこらえる。


 「・・・定時連絡だ」
 「あぁ、そうか」
 「まずは明日の会議についてだが・・・」


 一通りの業務連絡の後で、私は「ところで・・・さっきは何をしていたのだ?」と問いかける。
 彼は一瞬、戸惑いの表情を浮かべる。


 「言わなきゃダメなのか?」
 「言いたくないなら言わなくてもいい」


 彼は数瞬の空白の後、「・・・急に思い出して補足を書いていた」と面白く無さそうに返して来た。
 何が何だか分からない。
 私は思わず「え、補足?何のだ?」と声を出す。
 すると、「まぁ・・・その、今書いている論文のだ」と、そっけない答えが帰って来た。
 「論文の補足・・・」
 私は益々訳が分からなくて、首を傾げてしまった。




 我が僚友の名は、アルフレット・グリルパルツァー。
 彼は博学な男で頭がいい。
 俺にはサッパリ分からないが、勉強熱心で、『帝国地理博物学協会』の会員になっているらしい。
 彼が言うには、この協会の会員の殆どは学者肌の貴族達なのだそうだ。
 平民の会員が全くいない訳では無いが、10人程度しかいないそうで、僚友はその数少ない平民会員の1人なのだった。

 彼曰く、お金があったら士官学校に行かずに大学へ進学していた・・・のだそうで、意に反して軍人になった今でも趣味で研究だけはやっていたようだ。
 やがてそれは成果を生んだ。


 様々な研究機関に投稿した論文が認められ、平民にしては珍しく協会の方から会員へ招致がなされたのだ。
 彼の論文が秀逸だった事もあって、他の平民の会員と待遇が若干違うというのが、僚友の自慢である。
 ただ、彼は多少の謙虚さを兼ね備えているので、その事についてはあまり多くを語らない。
 それでも、いつだったか、貴族会員のパーティーに呼ばれた事もあって、滅多に着る機会の無い軍の礼服に身を包んで出かけたのを思い出す。
 その頃は、軍の官舎の隣同士に住んでいたのだ。
 私は彼の研究についてはさっぱり分からないが、貴族のパーティーに招待されるとは大したものだと思ったものだ。
 貴族と対等に渡り合うなど・・・とても凡庸な私には到底真似が出来ない事だからだ。


 「論文を書いているのか。またどこかで発表でもするのか?」 
 「あぁ。実は、今度出す論文には結構力を入れているんだ。軍務の合間を縫っての執筆になるから、それなりの時間はかかっているのだが」
 「・・・どんな論文なのだ?」
 「どんなのって・・・。多分、卿は聞いても分からんと思うが」
 『分からない』と言われると、さすがの私もちょっとムッとしてムキになった。
 「分からないかどうか・・・まぁ、いいから言ってみろ」
 「・・・なんだ、急にどうした?卿もおかしな奴だな」
 「いいから。どんなタイトルなのだ?」
 「今回の論文のタイトルは、『アルメントフーベル星系第二惑星における造山活動および大陸移動の相互関係を証明する極地性植物分布に関しての一考察』だ」
 「・・・う。舌を噛みそうなタイトルだな・・・」
 私が顔を顰<しか>めると、彼は大笑いをした。
 「舌を噛みそう・・・そうだろうな。大体、書いている本人ですら時々タイトルが思い出せなくなるからな。・・・だが、力作だと自負している」
 「もう1度聞いてもタイトルを覚えられそうに無いぞ」
 私は、最初の『アルメントフーベル』しか覚えられなかった。
 「タイトルは覚えなくてもいい。それに卿は興味が無かろうが。ただな・・・この星系の第二惑星には『グランドキャニオン』と呼ばれる地形があって、これが実に興味深い。見る価値のるモノだ。景観が凄くてな」
 「へぇ・・・?」


 『グランドキャニオン』


 何だか気になる名前だ。

 「『グランドキャニオン』か・・・どこかで聞いた事があるような・・・無いような?」

 私がそれを言うと、「やっと・・・興味を持ってくれたか!」と、彼は先程までの仏頂面とは正反対に嬉しそうに説明を始めた。


 興味を持った・・・と、私は一言だって言っていないのだが・・・。
 嬉しそうに話し始めたから、まぁ、いいか・・・と、私は彼の話を聞く事にした。
 饒舌になる僚友に合わせて取り合えず相槌だけは打つ。
 だが、実を言うと話の半分も分からない・・・。


 チンプンカンプンだったが、そんな事を言ったら馬鹿にされそうなので、「凄いな・・・」とだけ言っておいた。
 何が凄いのかサッパリ分からなかったが・・・。 

 「大昔の資料なんかにも目を通したりしたんだが、あの悪妙名高い人類発祥の地・・・地球にも似たようなヤツがあって、それが『グランドニャニオン』という大渓谷なのだ」
 「大渓谷・・・あれ、『グランドキャニオン』という事は・・・」
 「あぁ、そうだ。アルメントフーベルの第二惑星の大渓谷は、その地球の大渓谷と似ているので命名されたそうだ。確かに、地球のその大渓谷の画と付き合わせても、これが実に良く似ていて、興味深くてね。植生は若干異なるが、似通った部分もあって、研究対象にもってこい・・・という訳だ。なんなら、地球のと、第二惑星の画像を見るか?」
 「え・・・見るかって。・・・ここに論文用のデータを持ち込んでるのか?」
 「卿もおかしな事を言うな。持ち込んでなかったら論文など書けないだろうが」
 「あ・・・そうか。けれど、軍務の最中に論文執筆など、レンネンカンプ提督が聞いたら怒られはしまいか・・・?」
 私は小声になる。
 「あぁ、それならば怒られないと思う。・・・もうこの論文の話を閣下には話をしてあるからな。何事も要領良くやらねば・・・な」
 私は目を丸くした。
 「本当に要領がいいな、卿は・・・」
 
 彼がいつ論文を書いているのか気になっていたが、まさか本当に職場にまで持ち込んでいたとは。
 しかも、レンネンカンプ提督にまで許可をもらっていたとは驚きだ。
 いや・・・驚くというか、呆れて物が言えないというのが正しい。


 「思うに・・・生真面目なのもいいけどな。物事は何でも、もうちょっと要領良くやった方がいいと思うぞ、クナップシュタイン。卿は何だかいつも損をしていそうな感じがする」


 急に言われて、私は言葉に詰まる。
 彼からだけではなく、昔から私は要領が良くないと言われているのだ。

 「・・・分かった、忠告ありがとう。・・・心に留めておくよ。・・・で、その画像って?」
 「あぁ・・・今、そっちに送る」

 すぐに送られて来た画像・・・目を見張るほど、雄大な景観だった。
 
 「凄い大渓谷だな。これは・・・」

 送られて来たデータに私は釘付けになった。
 複雑に入組んだ赤茶けた大地。
 どちらの画像も巨大な岩山が連なっていた・・・いや、これは渓谷と呼べるレベルを超えているように思える。
 空気や空までもが茶色に染まっているのではないか・・・思えるほどの壮大な風景の画像であった。


 「小さい画像の方が地球の大渓谷らしい。アメリカ大陸と呼ばれる所にあったらしい。ただし、こいつは現存しないそうだ。画像は地球の13日戦争前のモノでな。今はこの大渓谷は、その戦争の影響をもろに受けて崩れてしまって半分も残っていないそうだ。昔から乾燥した風土だったらしいが、今では更に砂漠化が進んでいて、人が住むには過酷な風土となっているらしい」
 「へぇ・・・」
 「比べてみるとどちらも良く似ているだろう?面白い事に、どちらの植物体系も驚くほど似ているんだ。巨大な岩々は数百万年の昔に、この地が海だった頃の海底の堆積物が1マイルの厚さに積もったものだ。それで、何となく研究を始めたのだが、大型休暇の時にアルメントフーベルの第二惑星の方に貯金を切り崩して実際に行ってみたんだ」
 「第二惑星にか?凄い力の入れようだな・・・」
 私は驚いた。
 貴重な休暇を、わざわざ辺境行きに当てていたとは物好きな奴だ。


 「あぁ。北半球はこの画像にあるような岩山ばかりなんだが、南半球はそれなりに人が住んでいるし、あの惑星は辺境だが貴重な鉱物資源が取れる。だからそれなりに定期便もあるんだ」
 「・・・定期便があるのか」 
 「地球の方の渓谷も崩れていなければ観に行ったのだろうが、今では映像で見る事しか出来ないからな」
 彼の言葉に、私は息を飲んだ。
 本当に地球にまで行きそうな勢いがあったから。


 「さて・・・と。今日は論文は書けないな。あと1時間もしたらタンクベッドで仮眠を取って・・・そうしたら、論文なんか書いている暇は無くなるだろうし」
 「・・・そうだな」

 「・・・ところで話は変わって・・・タンクベッドって夢も見ないだろう?」
 「夢・・・?なんだ、卿は夢を見たいのか?」

 突然話題を変えた僚友に私は眉根を寄せる。


 「たった1時間で疲れが取れて熟睡出来るのはいいけれど、夢も見ないなんてつまらないと思ってな。ほら・・・絶世の美女が幾人も出てきたりしたらいいと思わないか?」
 「この非常時に馬鹿じゃないのか・・・呆れた奴だな」
 私はますます眉間に皺を寄せた。
 「全く卿ときたら、冗談も通じんのか。くそ真面目なのも良いが、もう少し肩の力を抜いたらどうだ?」
 彼はお気楽に大笑いをしたが、私が無言のまま睨むと、ほんの少し真顔になった。
 「そう睨むな。俺は本当に冗談のつもりだったのだがな。・・・本当に卿は真面目な奴だな。からかい甲斐あるよな・・・」とごく小さく呟いた。
 「分かった、分かった・・・冗談なんだな?・・・無駄話をしていも仕方がないから通信切るぞ」
 そう言い置いて私は通信を切った。 
 

 「・・・ふう。あいつと話すと妙に疲れるのは何でだろう・・・」


 私はゴキゴキと肩の凝りをほぐした。
 そして、彼が送って来た壮大な風景の画像をまた眺めた。


 「グランドキャニオンか・・・どういう渓谷だったのだろう・・・実際に見てみたかったな」




Das Ende




 

 100のお題より「グランドキャニオン」です。
 このお題も・・・私には悩みの種でした。
 だって、思いっきり地球だし。


 地球教絡みで書くか、とにかく、色々と考えたりしたのですが、グリルパルツァーとクナップシュタインに頑張ってもらう事にしまっした。
 特にクナップシュタインに頑張ってもらいました・・・彼の目線で書いていますから。

 だって、あの論文・・・タイトル見ただけで読みたくなくなりますよ・・・。
 本当に舌を噛みそうなんだもん。


 ・・・そんな訳で、一応、レンネンカンプの部下だった頃の2人という設定です。
 レンネンカンプは意外と部下には寛容であるとの描写から、グリルパルツァーも仕事中に論文を書いちゃったりしてます。←いいのか、それで?
 レンネンカンプって、あれはあれで部下には慕われていましたのだけど、これって意外な感じがします。
 まぁ、ラインハルトの上官だった男の中で彼だけが、かつての部下を上官として仰いでいた事を思うと、レンネンは柔軟性があったって事なんだろうけど。


 さて・・・。
 グリルパルツァーとクナップシュタイン。
 ロイエンタールの部下になった後の2人の顛末は・・・ううう・・・なのですが、レンネンカンプ時代はまだ、人の道を踏み外してませんね・・・グリちゃん。
 あの論文のタイトル、私も最初の「アルメントフーベル」しか覚えていません。
 その論文を一生懸命に書いていた頃のグリルパルツァーだと思って下さい。

 あんな訳の分からない、舌を噛みそうなタイトルの論文を真面目に読みそうなのは・・・文人提督と名高いメックリンガーぐらいなんじゃ・・・って思います。
 
 私が思うに、グリは要領が良くてクナは要領が悪かった・・・と思います。
 ただ、クナの場合、戦死した事で背信者とならずに済んで、少なくとも名誉だけは守られましたけどね。
 まぁ、どっちにしても不幸だよねぇ・・・。


 そう言えば、檜山さん(クナップシュタイン)のDVD(エンサイクロペディ・DVD)のインタビューが面白かったなぁ。
 檜山さんがアフレコに行った時に、先に来ていたロイエンタールの若本さんが「来たか、裏切り者~」とか言ったそうです。
 それで、慌てて、「え~!あれはグリルパルツァーのせいなんです~!」って言ったとか。
 そりゃ、そうだ・・・クナップシュタインは、グリルパルツァーの口車に乗せられて、結果的に裏切ってしまったのだしね。(それでも裏切りには変わりないんだけど・・・要は気持ちの問題か?)

 やっぱり、クナは要領悪いわ・・・爆!<いや、檜山さんは全く悪くないんだけどね・・・^^@


 そして、グリの不幸は驕ったが為の自業自得ですが・・・。
 あの裏切り行為(二重の裏切りは良くありません!)のせいで、彼はそれまで培ってきた全ての物を失う事になりました。
 才能があった人だけに、地道にやっていれば、メックリンガーとまではいかないまでも、意外な趣味を持った提督として、歴史に名を残した事だろうと思います・・・まぁ、裏切り者として名前を残してしまいましたがね。


 あれ、この2人の名前・・・何かに似ている!!
 あ・・・アレだ!
 『ぐりとぐら』だ。
 10代の子も・・・もっと上の世代も知っている名作絵本のタイトル。
 世の子供達に大人気の永遠のベストセラーの『ぐりとぐら』・・・似ている・・・『ぐりとくな』だ・・・アハハハハ。
 何だか巨大なホットケーキでも出てきそうです・・・爆!