「・・・ったく。いつになったらガイエスブルク要塞に辿り着けるのやら。やってられないぞ・・・こんなの!」


 ハンス・アルベルト・ツェルマット大尉は、このところ機嫌が良くない。
コンソールの操作をしながら不機嫌そうに毒づいてばかりいる。
不機嫌色の衣を幾重にも身にまとって着膨れいている・・・そんな感じであった。


 「なんだ、ツェルマット・・・今日もまた機嫌が悪そうだな」


 同僚のリヒャルト・シュテルン大尉は苦笑しながら声を掛ける。
 ツェルマットは昔から短気ですぐに不機嫌になるが、このところ更に磨きがかかった感じである。
 「そういう卿はどうなんだ?まさか、毎日楽しいというつもりか?」
 ツェルマットは、シュテルンに言い返す。
 「楽しいか?と聞かれて、さすがに楽しい・・・とは答えにくいな」
 シュテルンは肩を竦めた。
実際、毎日憂鬱で・・・楽しい事なんて、全く考えられない。

 

 「確かに、俺は、昔から艦隊勤務には憧れていたよ。ずっと後方勤務だったから、戦艦に乗りたいって上申書に書いた事だってある」
 ツェルマットは大きく息を吐き出した。
 「あぁ、ずっとそう言ってたな。・・・大昔から」とシュテルンも同意する。
 2人は士官学校の同期ではあるが、実はよちよち歩きの時代からの幼なじみだった。
 ツェルマットは小学校の卒業文集にも、「将来は軍人になって宇宙艦隊で戦艦に乗りたい」と書いていたし、持っている玩具も戦艦の模型等だった。
 「卿は本当に戦艦に乗りたがっていたよな」
 「・・・ふん。艦隊勤務に憧れていたのは卿だって同じだったろう?」
 そう問われて、シュテルンは「まぁな」と答えた。
 子供の頃、夏休みの絵日記に、宇宙港に行って戦艦を見た時の事を書いた事がある。
 そして・・・。
 「戦艦は大きくて凄かったです。僕もあれに乗って宇宙に行きたいと思いました」
 シュテルンはそう書いていたのだ。
 軍人になった以上、1度は宇宙に出て戦艦に乗る・・・2人にとっては憧れだったのだ。


 「前線勤務は危険だが、宇宙に出れば軍功を挙げられる機会も増えるし、家族への仕送りも今まで以上に増やせる」
 「確かに・・・手当は地上勤務の者に比べたら多いからな」
 「やっと戦艦勤務になれたから・・・俺は単純に喜んだよ。ところがどうだ?・・・せっかく戦艦に乗艦出来ても、俺はこんな勤務を望んでいた訳じゃいない!」
 「・・・おい、声が大きい!」
 ツェルマットの言葉にシュテルンンは慌てたが、ツェルマットは意に介さない。
 「・・・人から甘いと言われるかもしれないが、こんなのはあまりにも理不尽だ・・・そうだろう?」
 ツェルマットの愚痴に、シュテルンは眉を潜<ひそ>める。
 「そうは言っても、俺達自身で勤務先を選べる訳じゃない。この人事の采配は軍務省なのだからな」
 「分かっているよ。だけどな・・・」
 「俺達みたいな平民出身の士官は諦めるしかないのさ。俺だって、まさかここに配属になると思っていなかったのだから」
 シュテルンはそれだけ言うのがやっとだった。
 そして周りを見渡す。
 皆、無言でコンソール操作を行っているが、きっと気持ちは同じに違いない。
 誰も、「煩い」だの「静かにしろ」だの言わない・・・。
 ・・・それは、ツェルマットの言葉は自分達の気持ちを代弁していたからだ。
 

 士官学校を出て5年。
 出世の早い奴は既に少佐や中佐ぐらいになっているが、後方勤務が長く、武勲を立てる機会に恵まれなかった2人は未だに大尉のままだ。
 勿論、予てから艦隊勤務、特に戦艦への乗艦を希望していた。
 それがやっと聞き入れられた矢先に決まった人事は、戦艦『ベルリン』への乗艦であった。
 しかも、ローエングラム侯の陣営ではなく、貴族連合軍に組み込まれてしまった・・・悪夢である。


 戦艦には昔から憧れもある・・・。
 だが、この戦艦は、戦艦の中でも、あまりにも“特殊”過ぎた。
 辞令を交付したブレゲンツ大佐は、「卿等は運がいい。ブラウンシュヴァイク公の旗艦に乗艦するのだ。実に名誉な事である」と言ったが、ちっとも名誉な事だとは思えない。
 何故なら・・・。
 『ベルリン』の艦橋や本体の機関室などの勤務ならまだいいのだが、2人の配属先は『ベルリン』の“盾艦”だったからである。


 “盾艦”というのは、早い話・・・中心部の艦橋を守る為の盾の役目の艦である。


 『ベルリン』はミュッケンベルガー元帥の乗艦である『ヴィルヘルミナ』とは同型の戦艦であるが、その違いは左右に盾艦を持つ事だった。
その為、同型艦と言っても、盾艦が左右に付いている関係から、『ベルリン』は『ヴィルヘルミナ』を凌駕するほど巨大な艦だ。
 そして、2人が乗艦しているのは2つの盾艦のうちの、右側の艦であった。
 いや、右だろうが左だろうが、そんなのは大して差はない。
 因みに、多くの戦艦には、盾艦なんて物は付いていない。
 今のところ、盾艦が付いている戦艦は、ブラウンシュヴァイク公の旗艦である『ベルリン』と、リッテンハイム侯の旗艦の『オストマルク』だけである。
 言わば・・・特別誂えの戦艦なのだ。


 「・・・全く貴族って奴は鼻持ちならん!」
 
 ツェルマットは怒りに任せてコンソールを叩く。
 2人の前にはコンピュータ制御の砲塔のコンソールがあり、中央部の“ベルリン本艦”にある艦橋からの指示で艦砲を撃つのだ。
 現在、オーディンを脱して宇宙に逃れ出たこの『ベルリン』には、ローエングラム候の陣営の提督達の戦艦が迫っている。
 何としてでもこれを振り切って、貴族連合軍の本拠地となるガイエスブルク要塞に行き着かなくてはならない。
 その為、盾艦の2人は、敵に向けて必死にレールキャノンを撃っていた。


 「仕方が無いさ。この艦は貴族連合軍の盟主のブラウンシュヴァイク公の旗艦だ。公に何か起こっては不味いのだろう。だからこその盾艦という訳さ。俺達は自分自身の身をを守る為にも、撃って撃って撃ちまくる・・・それしかない!」


 シュテルンも必死になっていた。
 『ベルリン』の両側に付いている盾艦は、中央部の艦と繋がっている。
 だから、中央部から、左右それぞれの盾艦へと行き来が出来ると思われているが、実際には、全く行き来は出来ない構造になっているのだ。
 くっ付いているにも拘らず、盾艦自体は独立した艦だった。
 いや、厳密には独立しているとは言い難い艦だった。
 この盾がは、その名のとおり、盾となって中央部を守る為の艦。
 万が一、盾艦が被弾して足手まといになると、中央部からの切り離しが可能となる。
 盾艦には盾の役目しか与えられておらず、独立駆動の為のエンジンを搭載していない。
 だから、切り離されたら最後、広い宇宙空間で、誰かが救ってくれるまで、“難民”となるしかないのだ。
 それこそ、“死と隣り合わせ”の艦だった。
 盾となって沈む運命の戦艦・・・。
 それこそが、配属されたツェルマットやシュテルン達を憤慨させていたのだ。
 いや、2人だけではない。
 左右の盾艦の乗員全員が、理不尽さに憤りを覚えていた。
 ツェルマットの愚痴に毎日付き合うシュテルンも災難だが、こうして声高に文句を言っていられるのも、この盾艦の中にいるのは平民ばかりだからだった。


 「ふん!俺達に壁になって守れというつもりか?まるで・・・俺達に死んでくれって言っている様なものじゃないか!」


 あまりにも過激なツェルマットの発言。


 「おい、おい・・・。もう少し落ち着いてくれ・・・どこかで盗聴されているとも限らんのだぞ・・・」


 シュテルンは冷や冷やしながら言うが、本当の事を言うと彼自身もかなり不安であった。
 自分達を守ってくれる“壁”の中にも、尊い人命が多数いる事を、中央部にいるブラウンシュヴァイク公以下の人達は分かっているのだろうか?
 それとも平民はあくまで平民・・・取るに足らぬ者として、家畜や虫けら同様に、使い捨てされるしかないのだろうか?


 「盟主は盟主として、ガイエスブルク要塞内で指揮を執ってもらいたい。要塞に着いたら、自ら戦場に出ようなんて言わない事を俺は祈りたいね。また、この艦に乗るなんて俺はごめんだ!!」


 ツェルマットは、力任せにコンソールを操作した。
 自分達がこれ以上“壁”とならないように・・・。
 遥かな宇宙<そら>の何処かにいるのであろう、“大神オーディン”に祈りたい気分であった。
 それはシュテルンも同じ考えだった。


 「あぁ、本当にひたすら祈るしかないだろうな・・・。俺はまだ若い。天上<ヴァルハラ>に行くのは、うんと年を取ってからと決めているからな」


 シュテルンはそっと小声で呟いた。




 そして・・・。
 2人は運が良かった。
 何とか『ベルリン』はガイエスブルク要塞に辿り着き、彼等は要塞内の部署に一時的に配属されたのだった。
 その結局、『ベルリン』は撃沈を免れて、ガイエスブルク要塞内の港に係留されたまま、リップシュタット戦役を終える事になった。
 リップシュタット戦役を乗り切った、ツェルマット、シュテルンの両名は、その後、ラインハルトに許されたファーレンハイト提督の残存部隊に組み込まれ、以後を迎える事になったのである。





Das Ende






 『ベルリンの壁』だなんて・・・。
 100のお題でこのタイトルを見た時、“ベルリン”はともかく、“壁”に手こずりました。


 だって、この壁・・・普通に考えたら、東西のドイツを分断していた“あの壁”の事だって分かりますから。


 うーん・・・どうしよう?って事で、考え出した小説があるのですが、戦艦名を思いっきり間違えて書いました。

 戦艦『ベルリン』だと思って、ある戦艦の事を書いたら、その戦艦は何と、『ヴィルヘルミナ』だって後で分かって。
 それで、駄目じゃん・・・と、止む無く書き直しになった訳で、これがこの話となる訳です。
 因みに間違えた話の方は、戦艦名を『ヴィルヘルミナ』に変更して、タイトルを『選択』に変えました。
 捨てるには惜しいキャラの話なので・・・生かしてみた感じです。
 この「選択」もその内にUPします。


 ベルリンの壁・・・。
 余談ですが、あの壁が壊れたところを目の当たりにした時は興奮しましたね。
 永遠に分断されると思っていましたから。
壁を越えて、西ドイツに逃げようとして射殺されたり・・・なんて、今は東西ドイツが統合されましたけど、ホント・・・恐ろしかったです。
 あの頃はソ連が崩壊したり、ルーマニアのチャウシェスク政権の事とか・・・色々ありましたよね。
 
 第2次世界大戦後、もう戦争はないだろうと思っていたけど、ベトナム戦争は起こるし、80年代初めにはフォークランド紛争というのもあったし、そして、今もって凄いのは中東情勢・・・もう、戦争ばっかり。
 最近は、その殆どが民族問題やら、宗教絡みのものが多い。

 そして思うんだけど。
 アメリカって、やられたらやり返すよね・・・かなり手ひどく。


 自分の国が他の国に焼かれた経験があまりないので、やられた時の報復は凄まじいです。
 真珠湾をやられたから、原爆落としたり・・・広島と長崎は本当に悲惨です・・・今もって皆苦しんでる。(因みに、うさけの両親は広島出身です)
 N.Y.をやられたからイラクを攻撃・・・その大義名分がおかしくても、正義の為に!!とばかりに空爆・・・アメリカはそんなに偉いのか?と思う事が多々あるんだよなぁ・・・。
 まぁ、イラクに核爆弾を落とさなかっただけマシなのかもしれませんが・・・。


 銀河英雄伝説は遥か未来の宇宙が舞台の小説ですが、きっと、本当の未来も戦争ばかりしてそう・・・。


 そう言えば、90年代半ばに、宝塚歌劇で「国境の無い地図」という作品をかつて上演したのですが、ベルリンの壁が崩壊するまでを描いていて、「宝塚ってあまりにも近過ぎる歴史は描かないのに珍しいな。海外の話だからいいのかな?」と驚いた記憶があります。
 麻路さき&白城あやかのトップコンビだったんですけど、もう1度観たい作品です。


 さて、今回、小説を書くにあたって、壁、壁・・・城壁・・・う~ん・・・と悩んでいました。
 色々な事を考えていたら、壁って一概に言っても色々あって、“守り”と言う意味もあるなぁ・・・って。
 鉄壁ミュラーの鉄壁も、壁であり、守り。
 スポーツでの“ディフェンス”ですね。
 サッカーやホッケーなんかにある、ディフェンスです。
 これは、使えるかな・・・と。
 ミュラーの事を書くつもりは最初からありませんでしたが、守りとしての壁・・・を考えてみました。

 盾艦は敵の攻撃から、文字通り、中央部分を守る為にある訳です。
 護衛艦とは違いますが、文字通り、盾となって本体の艦を守る訳で、ディフェンス。
 頭の中では、サッカーやラグビーなんかで、身体を張って壁を作る選手達を思い浮かべていました。
 今年はW杯の南アフリカ大会なんてやっていましたからね。

 本当に短い話ですが、書けて良かった。


 だけど、この2人の配属先はファーレンハイト艦隊かぁ・・・。
 2人とも、この話の為に考え出したオリジナルのキャラなんですが、『回廊の戦い』で戦死しなきゃいいけど・・・。
 いや・・・司令官のファーレンハイトですら戦死しちゃったから、彼等も戦死しちゃうんだろうなぁ・・・。
 そして、仮に生き残っていたとしたら、ホフマイスターなんかと一緒に、黒色槍騎兵<シュワルツ・ランツェンレイター>艦隊に転属なんだろうね。
 オリキャラに対してここまで考えてるなんて、ワタシってヘンなオンナ・・・。
 あ・・・辞令を交付したブレゲンツ大佐も、オリキャラです。


 ・・・オリキャラばかりですが、まぁ、許して下さいませ。