その日は休暇だった。
午前中から、溜まっていた歴史の本を読み始めて・・・。
夕方には読破してしまい、かなり暇になったので、夕方からの立体テレビ<ソリビジョン>をつける。
この時間にテレビを見る事なんて滅多にないので、普段の平日はどんな番組をやっているかあまり知らなくて、とりあえず・・・スイッチを押した。
そのチャンネルで5時から始まったのは、現代人の健康に関する内容を著名人達が議論する番組だった。
「・・・うーん・・・。他にはどんなのをやっているんだ?」
違うチャンネルのボタンを押し、「この番組か・・・懐かしいんだけど、ちょっとなぁ・・・」と溜め息をついて、また次のボタンを押す。
押してから、「う・・・」と呟いて顔を顰<しか>ると、慌てて最初のチャンネルにして、ボーっとしながら見る事にした。
イゼルローン要塞では、ハイネセンの番組の全てを中継出来る訳ではない。
ハイネセンのテレビ局が制作したドラマなどの娯楽番組を編集したモノや、バラエティ系の情報番組などが殆どだ。
これらは要塞内のテレビ局の「イゼルローン・ネットワーク」(略称:INW)で放送している。
チャンネルの名称は「INW1」、「INW2」、「INW3」で、ドラマやアニメ、歌番組やお笑い番組など、娯楽性の高いモノが1で放映され、政治色が強いモノや経済系の番組等が3で放映されている。
2はその中間と言ったところで、オペラやバレエなどの舞台中継や、討論系の番組、園芸講座や絵画講座などの教育文化系の番組が2で放映されている。
ヤンが見始めたこの番組は、「INW2」の放送である。
なお、ニュース番組はタイムラグがあるせいか、要塞内のテレビ局ではなく、軍の『緊急放送用』の枠を使って放送されていた。
この方が、より新鮮度が高かったからだ。
さて・・・。
ヤンが今日、特に見たくも無いのに、この健康番組を見ているのには理由がある。
他のチャンネルでやっていたのは、子供向けの勧善懲悪物のアニメと、「報道特別番組」と銘打ったドキュメンタリー番組である。
アニメの方はキャラクターを猿や犬にして描いているのだが、いくら子供でも胸やけを起こしそうな内容でヤンは大嫌いだった。
何故内容を知っているかと言うと、幼い頃に見ていたからで、つまり・・・再放送だったのである。
もう一方の番組は・・・映像を見た途端に「見なきゃ良かった・・・」と舌打ちをして、即チャンネルを変えてしまった。
見たくもないあの男・・・ヨブ・トリューニヒト。
彼が、偽善的な爽やかな笑顔を貼り付けて、ハイネセンのホールで演説をしていたからだ。
彼の密着取材したドキュメンタリー番組らしいのだが、何を好き好んで、このイゼルローン要塞でもこの男の顔を拝まなければならないのか・・・。
嘘くさいトリューニヒトの笑顔なんぞを拝むくらいなら、この番組を見ている方が余程マシだった。
更に付け加えるなら、一見すると害が無さそうなアニメを見ないのも、トリューニヒトが好きな番組だと何かの雑誌で読んだ事があったからだ。
ヤンはそれまでこの番組が好きだったのだが、それを知ってから大嫌いになった。
『・・・ですから、ここ最近の傾向としては、鬱病患者の増加が著しく、若手が不足した企業などの社員にその傾向があるとの・・・』
「職場での平均年齢が35歳と言ったところで、ふたを開けてみたら、社員が20歳と50歳じゃ、悲観的にもなるだろうなぁ・・・」
ヤンは番組を見ながら、ユリアンの淹れてくれたシロン星産の紅茶を一口啜って、小声でブツブツと呟く。
「・・・あの、ヤン提督?」
ユリアンに声を掛けられて、ヤンは「何でもないよ・・・」と答える。
社会に出たての若者と、これから引退間近の者しかいない社会。
最近、一番働き盛りの者達が一般的な職場にいないのだそうだ。
・・・働き盛りの人間は、戦争をさせられていて、そして・・・墓場に直行なのだ。
そして自分もその働き盛りに含まれるのかな・・・と思いながら、紅茶が半分ほど残っているカップの中にブランデーをトポトポ・・・と入れる。
(全く・・・やっていられない・・・)
ヤンは溜め息をついた。
(戦争が長引いて、30代、40代が・・・戦争に駆り出されている為だと、はっきり言えばいいのに・・・)
『・・・要因は幾つかありますが、世論調査によりますと、長期戦争による政局、経済に対する不安が最も大きいようです。特に軍人の家庭では、ここ最近では、夫人が不安によるストレスからキッチンドランカーになるケースも目立っており、これは由々しき問題と言わねばなりません・・・』
「・・・飲まないとやっていられない・・・か」
ヤンは苦笑しながらまた“紅茶入りのブランデー”を啜る。
女性だって、ストレスは溜まるだろう・・・息抜きの為に、飲みたくもなるだろう。
経済だけが原因じゃない。
ダンナが戦争に行ったまま、いつ帰って来るか分からなければ不安にもなるだろうし。
戦死したら、子供を抱えて生きていかねばならない女性も増えるだろう・・・。
皆、ストレスが溜まっているのだ。
飲まなきゃ・・・やりきれないだろうと、ヤンは「キッチンドランカー」になっている女性に同情を覚えた。
『精神科、または心療内科を備えた病院が盛況なのも・・・』
司会の女性アナウンサーのキンキンした声が響く。
このアナウンサーは大人気らしいが、このキンキンした声だけは何とかしてもらいたい。
・・・こういう討論番組には不向きな感じだが、彼女のおかげで視聴率が稼げるから、テレビ局も使わざるを得ないのだろう。
精神科の医師、弁護士、経済評論家、作家だの、有識者達が、あぁでもない、こうでもない・・・と議論を交わしている。
互いに相手の意見など聞いている風がないので根本的解決には至らないし、殆ど文句の言い合いでうるさいだけだった。
相手がまだ意見を述べているのに、それに覆い被せるように意見を言っているから、なにが何だか分からないのだ。
「・・・いっそのこと、この戦争を「や~めた!』のひとことでやめりゃいいのさ。実に簡単な事なんだけどね」
ヤンは頭を掻きながら呟いた。
『・・・それから、このグラフをご覧下さい。ここ数週間でもこれだけの自殺者が出ております・・・。この傾向は・・・』
「いやぁ・・・実に怖いねぇ、ユリアン。でも、自殺したくなる気持ちも分からなくないけど・・・」
ドポドポドボドボ・・・。
すっかり空になったティーカップにヤンはブランデ-を注ぎ入れる。
もはや、紅茶入りブランデーではなく、生<き>のブランデーである。
「あの・・・ヤン提督、ブランデーもいいですけど、おかわりの紅茶を淹れましょうか?」
グラスをクロスで磨いていたユリアンはヤンに声を掛けた。
「うん、もらおうかな」
ヤンは、カップの中のブランデーを一気に飲み干してユリアンに差し出した。
ユリアンが新しく淹れてくれたシロン星産の茶葉の紅茶の芳しい香りを吸い込む。
満足そうに微笑んで一口啜ったヤン。
「うん、やっぱり、ユリアンの紅茶は最高だね」
そうは言ったものの、またすぐに、カップの中にブランデーを数滴たらした。
そして、半分ほど減ったところで、またしてもブランデーを継ぎ足した、今度はそれこそ大量に。
「また・・・ブランデーですか」
心配そうに言うユリアンに、ヤンは「・・・分かっているんだけどね」と頭を掻いた。
自分でも飲み過ぎていると分かっているのだ。
けれど、酒をやめるつもりは全く考えていない。
ヤンが紅茶の中にブランデーを落とし込むのは、色目が似ている事からのカモフラージュなのか?
これもある意味、“精神安定剤”の一種かもしれないな・・・とユリアンは思う。
だとしても、提督に身体を壊わされたりしたら何にもならない。
健康の為には、少しは量は減らしてもらわないと・・・。
ユリアンは半分以上中身の減ってしまったブランデーのボトルを見つめて小さな溜め息をついたいた。
THE END
100のお題より、「トランキライザー」です。
私はお世話になった事がないのでサッパリ分からなかったのですが、『トランキライザー』は、坑鬱剤とか、精神安定剤の事だそうで・・・。
こんなタイトル・・・をどうしろと?
薬を飲んでいる人物はいたかなぁ・・・と考えましたが、精神安定剤。
全然思い浮かびません。
それで、色々考えた末にヤンで書く事になりました。
元々、原作で1番好きなのはヤン提督だし・・・。
ヤン提督にとってはお酒は一種の“精神安定剤”だろうと思います。
仕事の量が増える事によって、ヤンの酒量も増えていったと原作には書いてありましたし。
変な薬物に走らなかっただけマシですが(サイオキシン麻薬とか)、本当にヤンにとってはお酒は・・・薬だったのかも^^@
あ・・・精神安定剤は、以前・・・1回だけお世話になった事がありました。
クーラーのかけ過ぎによって体調を崩した際、不眠に悩まされ、肩こりや頭痛も凄くて。
その時に病院で処方されたのが「精神安定剤」で。
取りあえず・・・私が飲んだ事があるのはそれ1回だけですね・・・。
でも、鬱の経験は・・・あります。
ストレスから来る、「円形脱毛症」とかも経験しているし。
ただ、病院に行かなかったけど、ストレスの原因が分かったら、事態が好転して、治ってしまったので病院には行きませんでしたが長引いていたら、行っていたかもしれません。
まぁ・・・今は、この小説を書いたりする事がストレス解消になっているっぽいです^^@