この家に引っ越して来て・・・。
弟に生まれて初めて出来た友達は・・・。
お隣の家に住む少年だった。
ルビーを溶かして作ったみたいに鮮やかな赤毛の少年は、笑顔の優しい、とても感じの良い子だった。
お隣の子のお父様は司法省の下級官吏だそうで。
毎日、午前8時過ぎには家を出て・・・規則正しく出勤されているのを拝見している。
とても真面目そうで、お隣の子に良く似た赤い髪で背が物凄く高い・・・。
1度だけ、見せて頂いたのだけれど、お隣の家のお庭には小さな温室があって。
沢山の蘭の花があって、その殆どがバルドラ星系産の蘭だと、お隣の子は説明してくれた。
お隣の子の話では、お父様は、蘭の栽培を唯一の趣味にしているらしい。
私がお庭を見せてもらったのには理由があって・・・。
1度だけ、この子から、綺麗な蘭の切り花を頂いたのだけど、お父様が丹精込めて育てた蘭を切ってしまったらしい。
私はそれを知って恐縮してしまって・・・。
それで、手作りのケーキを持ってご挨拶にお伺いして、ご家族の方に温室を見せて頂いたのだ。
色とりどりの蘭は本当に美しくて・・・。
「美しいですね・・・素晴らしいわ」と感激していたら、「これをどうぞ」と、お隣のおじ様に小さな鉢植えを頂いてしまった。
お隣の子は、弟とは偶然にも同じ歳だった。
それまで友達らしい友達が1人もいなかった弟はとても喜んで、すぐに友人になったようだった。
ご近所に遊び友達がいると言うのは本当にいい環境。
隣同士だった事もあって学校にも一緒に出かけて、帰りもいつも一緒だった・・・勿論、毎日の遊びも一緒。
泥だらけで帰って来る時もあるし・・・。
いつだったかは、遊んでいてハメを外して噴水に落ちたとか言って、仲良く、ずぶ濡れで帰って来た事もあった・・・。
どちらかと言うと、弟は短気な方で、癇癪を起こすと手が付けらない。
それにちょっとわがままだった。
弟の性格がそうであったから、今までは友達らしい友達も出来なかったのだけれど・・・。
お隣の子はわがままな弟の性格を丸ごと売れ入れてくれて、いつも一緒に遊んでくれた。
弟よりちょっぴり背が高くて、弟の話では、勉強もスポーツも得意で、クラスでも人気者なんだとか。
弟が、楽しそうな笑顔で遊ぶ姿を見ると、ここに越して来て良かった・・・と思う。
やっぱり・・・人間、環境が大事だと思う。
私達が以前に住んでいた家は、もっと大きな家だった。
父は、母が交通事故で亡くなってからは気落ちしたのか、殆ど仕事をしなくなった。
そして、父はあちらこちらから借金を繰り繰り返すようになった。
その借金返済の為に帝室から下賜された高金利の債券まで手放して・・・。
けれど、膨大な額の借金返済の為には、債券を売っても足りなくて・・・。
とうとう、先祖代々受け継がれて来た屋敷をも手放す事になったのだった。
平民が多い地区の古い家に越さなければならないと聞いた時弟は大憤慨していた。
「いったい何をしたらそんなに借金が増えるんだよ!どんどん落ちぶれて・・・最低だ!」
弟は父を睨みつ、大声で怒鳴っていた。
我が家は、爵位も無く落ちぶれた貴族とは言え、「帝国騎士<ライヒス・リッター>」の称号を持つ。
だが、それすらも、今の自分達には重みとなった・・・弟には恥ずかしかったのだ。
このしゃ称号がない方がまだましだったかもしれない。
名前のみの貴族は多い。
なまじ称号がある為に、世間体を気にしなければならない。
なのに・・・ミューゼル家には土地も、資産も・・・何もないのだ。
それに、平民達が住む一角に越せば、本当に惨めな貴族になる気がしていたのだろう。
ラインハルトの様子があまりにも悔しげで、私は胸を締め付けられた。
母の死後、生活が向上する事はなく、どんどん悪くなっていっている。
私もそうだけど、弟には何かおもちゃを買ってもらったりなどの・・・良い思い出が全くないからだった。
それに、父は弟をあまり叱ろうとはしないし、反対に褒める事もない。
・・・悲しい事に、父は私達に無関心なのだ。
だから、父子の会話があまりないし、父は、弟に怒鳴られても無言で彼を見るだけだった。
この時も・・・父は無言だった。
もう少し・・・私達に気を掛けてくれてもいいのに。
そう思いつつ、私も父とは殆ど会話らしい会話がない。
そして、弟は私といる時間が長い。
父に顧みられない分、私は弟にはつい優しくしてしまって・・・。
それで、結果的に弟をわがままにさせてしまっていたのだ。
引っ越して来る前日、私は弟にこう言った。
「大丈夫よ、ラインハルト。きっと、学校に行けば仲の良いお友達だって出来るわ」
私に弟の頭を撫でながら、それだけしか言う事が出来ない。
弟は私の顔を見て「そうだね、姉さん・・・」と笑い返してくれた。
きっと、あの時は・・・弟もそう言うしかなかったのだろう。
弟は私には素直で、私は幼い弟を守らなければ・・・と真剣に思っていた。
でも、本当にお隣にあんな感じの良い子が住んでいたなんて・・・。
弟の為にも、お隣の子があの子で本当に良かった・・・。
「ただいま、姉さん!」
元気の良いラインハルトの声に私は微笑んだ。
その隣に、お隣の家のジークも立っている。
「あら、ラインハルト、ジーク、お帰りなさい。今日はとても早いのね」
いつもなら、午後3時頃に帰宅するのに、今日の帰宅はお昼前だったからだ。
「うん。2時間だけの授業だったんだ。姉さんはこれから洗濯物を干すの?」
「ええ、今日はこんなに天気がいいんだもの。昨日までの雨が嘘みたい・・・本当に洗濯物日和だわ。溜まっていた洗濯を大急ぎでしなくてはね」
「ふーん・・・。あのね、これからキルヒアイスと一緒に遊ぶんだ」
「・・・そう。良かったわね。・・・1時にはお昼ご飯にするからそれまでに戻っていらっしゃい」
「うん、じゃぁ、行って来ます!」
ラインハルトが勢い良く駆け出した途端に、バサッと大きな音がした。
何の音かと思って私が振り向くと、これから干そうとしていシャツやシーツの入った大きなカゴが転がって、中身が地面の上にバラバラになっていた。
ラインハルトの足が、カゴにぶつかったのだ。
「あ・・・ラインハルト、シャツが地面に・・・。あ・・・泥が・・・!」
驚いて声を上げたのは一緒にいたジークの方。
驚いてうろたえているラインハルトよりも早く、彼は洗濯物に駆け寄った。
「わぁ・・・大変。シャツだけじゃなくて、シーツにも泥が付いているよ。ラインハルトどうするの?」
ジークは、汚れてしまった洗濯物を前にして、困惑したようにラインハルトの方を見た。
ラインハルトはジークに言われてからハッとしていた。
自分の不注意が招いた事なので、ばつが悪そうに、「姉さん、ごめんなさい・・・」と、しゅんとして肩を落す。
その気落ちした様子が何とも言えず可愛かったから、本当は叱ればいいのだけれど、私は怒る気にはなれなかった。
「仕方がないわね・・・もう1度洗うわ。今日は洗濯物日和ですもの。・・・今から洗って干しても十分に乾くと思うから」
「・・・ごめんなさい。僕・・・手伝うから」
弟が急に言い出して私は驚いた。
「あら、これから2人で遊びに行くのでしょう?」
「うん、その予定だったけど、今日は・・・行かない。キルヒアイス、悪いけど、今日は姉さんの手伝いをする事にするよ」
「・・・それじゃぁ、僕も一緒にお手伝いします」
神妙な面持ちでジークも言い出す。
「まぁ、2人とも・・・。手伝うと言っても、洗濯機に放り込んで・・・干すだけよ?」
「それでも・・・な?」
弟はジークの方を見る。
ジークも大真面目に頷いていた。
「はい、僕も一緒にやります」
2人とも真剣な表情だった。
「そう・・・じゃぁ、今日は3人でお洗濯をしましょう。まずはそっちの無事な洗濯カゴを干場に持って行って・・・」
「うん、それで?」とラインハルト。
「洗濯物をパンパン!って叩いてシワを伸ばしてね。それから広げて物干しざおに干すの。・・・出来るわね?」
「はい。母もいつもそうしてますから。たまに手伝いをしますし」とジーク。
どうやら、彼は母親の手伝いをしているようだ。
(ラインハルトは・・・洗濯の手伝いなんてしてくれた事はないわね・・・。ジークは本当に感心ね)
「私は・・・この落ちたシーツとシャツを洗濯機に放り込んでから、そっちに行くわね」
私が言うと、2人とも「はい!」と元気良く返事をした。
「洗い直したのを含めて、全部を干し終わったら、今日はツヴィーベルクーヘンを焼いたから、それをお昼ご飯に頂きましょうね。・・・そうだわ。ジークも一緒にどうかしら?それにね、今日はフランクフルタークランツもあるのよ。ジークはあとでお母様に断ってらっしゃいね」
私がそう言うと、ラインハルトもジークも顔を輝かした。
「それがいいよ、キルヒアイス。許可を貰っておいでよ」
「うん、そうする。・・・ありがとうございます」
「お礼は後でいいわ。さぁ、2人もお洗濯物を干してちょうだい」
「そうだった。・・・だけど、早く食べたいな。両方とも姉さんのは美味しいんだ。・・・よ~し、急いでやろう!・・・来い、キルヒアイス!」
「うん、早く干そう、ラインハルト!」
ラインハルトが無事な洗濯カゴを抱えて駆け出し、ジークも慌てて駆け出した。
「2人とも元気ね・・・」
2人の様子を見ていた私は心が軽くなるほど嬉しくなり、鮮やかな青空を仰いで、ゆっくりと洗濯場へと向かった。
雲ひとつ無く、抜けるような真っ青な空・・・。
天から零れ落ちる眩しい日差しと、頬を撫でる風が心地良かった、とある日のお話・・・。
Das Ende
100のお題より、「洗濯物日和」です。
ライ&キル&アンネローゼ・・・幸せいっぱいだったあの当時の話です。
洗濯物と聞いて思い浮かぶキャラは3人。
今回のアンネローゼと、エヴァ、オルタンスさん。
その中で、アンネローゼを中心にして話を書いてみたのには、特に意味がある訳ではないありません。
ただ、キルヒアイスに「ラインハルト」と、様付けでない呼び方をさせたかった。
なので、こういう形にしてしまいました。
彼は3回も「ラインハルト」って言っていますね。(本当はもっと言わせたかったのだけど・・・)
実はこれ、「雨垂れ<ライ&キル&姉上編>」の翌日の話です。
まぁ、どっちを先に読んでもいいんですけどね。
殊勝にお手伝いをするラインハルト。
こういう話があってもいいかな・・・って思いました。
だって、原作の少年時代って本当に短いし、実際、こういう事はあったんじゃないかな・・・って思うし。
ツヴィーベルクーヘンは、玉ねぎ入りのパイとかキッシュのようなモノを想像して下さい。
惣菜系の軽食って感じです。
因みに、うさけも玉ねぎ入りのパンとか好きです・・・。
「成城石井」で売られている「オニオンロール」がお気に入りだったりします。
あぁ、ツィーベルクーヘンのレシピや画像を見ていたら食べたくなって来たよ・・・ぎゅるぎゅる・・・ぐぅ~・・・。
あと、フランクフルタークランツも美味しいお菓子です。
私は辛党なんですが、フランクフルタークランツや、バウムクーヘンなどのドイツ菓子は結構好きかも。
ユーハイムのフランクフルタークランツを頂いたりした時は・・・嬉しいです^^@
それからね、お手伝いをやりきった後に食べる食事はきっと美味しいと思う。
勤労の報酬^^@
ただ、無邪気だった、3人の笑顔を思い浮かべると・・・切なくなってしまうけれど。
原作にはこういうシーンが殆どないから、以前、友達に見せた時に「外伝とかであったらいいかも」と言っていました。
無いから自分で書いてみた・・・って感じなんですけどね。
ラインハルトは子供時代をあまり経験しないままに、あっと言う間に大人の仲間入りをして生き急いだ感じがします。
25年の人生ですが、それは100年に匹敵するほどの激動の人生。
アンネローゼにあんな事が起こらなければ、もうちょっと時代は停滞し、ゴールデンバウム王朝は長く続いたでしょう。
そして、十分に大人になってから・・・事を起こしていたかもしれません。
もしかしたら、自分のいる陣営を変えていたかもしれないし。←どことは言わないけど。
・・・けど、まさかラインハルトが病死するなんて、原作を読み始めたころは思いもしませんでした。
まぁ、ヤンの暗殺よりは驚かなかったけどね・・・。
あぁ、銀河英雄伝説の舞台・・・。
アンネローゼ役が、となみちゃん(白羽ゆりさん)で本当に良かった。
となみちゃんは、美しく可憐で、それでいて、ユーモアのセンスもあって、大好きな娘役さんでした。
多分、彼女の前に雪組の娘役のトップだった、舞風りらさんよりも、となみちゃんの方が好きだったんですよ。
「この2番手の娘役さんの方が好きだ~!」ってね。
トップ娘役就任後、フランス王妃マリー・アントワネットを演じ、オーストリア皇妃エリザベートも演じて、ベルばらの外伝では、ヒロインのソフィア(ソフィアは、フェルゼンの妹です)も演じた彼女だから、きっと、アンネローゼも可憐に美しく・・・そして、ドレス姿は美しいんだろうなぁ^^@
去年の退団後、1度は舞台に出たけれど、今年は舞台は無くて。
そして、来年・・・銀ですか。
退団後、初のドレスを着る舞台なんだわ・・・。
私ね、アンネローゼはね、元ヅカの人がいいなぁ・・・って思っていましたが、元男役さんではイヤだったんですよ。(・・・背が高いしね)
それから、少しでも自分が観た事がある人が良かったんで、観た事がある娘役さんだったらいいんだけどなぁ・・・って思っていました。
なので、もう嬉しくって!
はぁ~・・・今から楽しみです。