私の名前はドミニク・サンピエール。
 ついこの間・・・12歳の誕生日を迎えたばかり。
 でも、もう、子供じゃない・・・と思う。
 学校はとうに行くのをやめていて・・・。
 いわゆる家庭の事情で行かなくなったのだけど、行かなくなったのは9歳の時。
 でも、教師も「学校に出て来い」と言って来た事も無い。
 きっと、言っても無駄だろうと思ったんだろう・・・。
 
 ここ最近の私は、毎晩のように・・・場末の飲み屋で酔っ払いを相手に、子供らしくない・・・妖艶な歌を披露している。
 酔っ払い達は私を“場末の美少女歌手”と呼んで可愛がってくれていた。
 ・・・だから、少しは稼げる。
 ただ、その稼ぎの大半は母に吸い上げられて、自分の手元には一銭も無い。


 私の母も歌手だ。
 でも・・・あまり売れているようには見えない。 
 表通りの小洒落た店や、名のある店で歌える身分ではないからだ。
 やや治安の悪い裏通りの店でも、専属歌手と言うならば聞こえはいいのだけど、母は時々しか歌えなかった。
 週3回でもお呼びがかかればいい方で。
 ・・・つまり、母も・・・いわゆる場末の歌手なのだった。


 場末の歌手だけれど、売れてはいないけれど、母は娘の私から見ても、かなりの美人だった。
 そして、歌も決して下手ではない・・・と思う。
 でも、たとえ実力があっても美人でも・・・売れてなければ意味がない。

 それでも母はまだましな方だ。
 週に3回ぐらいしか店に出なくても、母目当てに店にやって来る常連客はいた。
 それに、母に何かしらの物を貢いでくれる人もいるようだった。
 大体・・・歌が下手なら店からお呼びはかからないはずだし、週3回でも・・・切り詰めれば母娘でやっていける。
 ・・・何とか飢えはしのげたのだ。


 しかし、私達の生活は苦しかった。
 贅沢などが出来ないのは子供の私にも分かっていた。
 母は安物の香料がキツイ化粧品や香水のニオイをプンプンさせて、金が入り次第、衣装代に化粧代、そして、飲み代につぎ込んでしまう。
 それで、うちにはいつもお金がなかったのだ。
 
 私は父親が誰だか分からない。
 父親が欲しいと思った事はないが、7歳ぐらいの時だったか、以前それとなく母に聞いた事がある。


 「あの頃は・・・男をとっかえひっかえだったからね」

 母は気だるそうに言い、疎ましそうに私を見た。
 「だから・・・早い話、あんたは避妊しそこなって生まれたんだよ。それにさ、同時に5人ぐらいと付き合っていたからね・・・。あんたの父親が誰だか調べるのも
面倒でね。第一、5人とも妻子持ちだし、訴えるにしてもこっちも色々あるから不利だろ。・・・正気言って、あの当時はあんたを生むかどうか悩んだわ」
 「ふーん・・・」
 要するに愛されて・・・望まれて生まれた訳じゃないって事か。
 「・・・ったく、ろくでもありゃしないよ」
 母は卑屈な笑みをを浮かべる。
 「とにかくね・・・あんたはそういう子だって事なんだよ」
 私を見て母は眼を眇め、そして・・・意味深な笑顔を向けた。
 「だけどね、感謝しておくれよ。・・・あんたは私に似て美少女なんだからね。いわゆる、上玉って奴さ。本当にそれが救いさ」


 そう・・・私は昔から『美少女』と呼ばれていたのだ。
 けれど、母の言う、「上玉」の意味は全く分からなかった。
 私が「“上玉”ってどういう意味?」と聞いたら、母は安物のワインのボトルを手に大笑いをした。
 「分からないかい・・・。まぁ、そんな事はどうだっていいんだよ。ほんの少し大人になったら、否が応でもあんたも分かるだろうからね」
 「ほんの少しっていつ??」
 「ほんの少しだよ。その内さ」
 母はそう言って、ボトルから直接ワインを飲んで、「あんたはそんな事を気にしなくていいのさ」と笑って言った。
 
 母は美しく、幾人かの愛人がいたが、長続きしたためしがなかった。
 見栄っ張りで派手好きで、しかも浪費癖のある母に男達は閉口して、いつの間にか相手は母を置いて出て行ってしまうのだ・・・。
 私は母に、もう少し浪費をやめれば男の稼ぎで何とかなるのではないかと言ってみたが、母は爪をヤスリで磨きながら鼻で笑った。

 「父親なんかいなくてもいいじゃないか。・・・ちゃんと母親がいればさ。私はあんたを捨てたって良かったけどそうしなかった。・・・ちゃんと食べさせているんだから、世間的に見たらいい母親だわよ」
 
 確かにそうだろう。
 私は食べ物が無くて飢えたという記憶は無い・・・。
 だが、子供らしい生活を送っているとはとても思えなかった。
 お金が底を付き始めると、母は「あんたも稼ぐのよ!」と言っては私を無理やり店で歌わせて、食事や金を得ていたからだ。
 

 私が始めて店に出て歌ったのはちょうど1年前・・・11歳の時だ。
 それまでも、9歳ぐらいから店で給仕らしき事をさせられたりはしていたが、正式に舞台に立ったのが11歳だったのだ。
 子供には不似合いな胸の開いた派手な化粧と衣装・・・。
 母は手先は器用だったから、自分でドレスを縫って私に着せたのだ。
 私は「なに、このドレス。こんなのいらない」と言ったのだが、母は首を振った。


 「じゃあ何かい?普段着で歌うってのかい?そんなの興ざめだ。店に飲み来る連中はね、日頃のうさ晴らしをしに来るんだよ。現実のしがらみを忘れたいんだ。そこへ、美少女と評判の名高いお前が裏通りの店で華やかなドレスで歌うんだ。皆、大喜びさ」


 「・・・それ、本当に喜ばれるの?」
 私は納得がいかない。
 このドレスはあまりにも派手で、少女向けではなかったからだ。
 だが、母は「お客さんはね、こう言うのを着ている方がいいって喜ぶんだよ。美少女が歌うのを皆して見たがっているんだからね。あんたはそれだけの玉なん
だよ。我慢をおし」と私を宥めすかす。 
 「それにね。ドレスを縫ったのは縫うのは私だけどね、ドレスの材料費は何とか店の店長に出して貰ったんだ。材料費を返す為にも稼いでもらわないとね」
 「なんだ、やっぱり借金してたんだ」
 私は呆れ果てた・・・どうせそんな事だろうと思っていたから。
 「いいんだよ、お前は気にしなくて。それよりね、常連さんの中にはお前みたいな子供が大好きだっていう、ちょいと金のある中年親父もいるんだよ。お前は私に似て
美人なんだから。・・・私に似たのを感謝しておくれよ。とにかく愛想良くおし。・・・店にいらしてくれた、どのお客様にも優しく微笑みかけるんだ。そうすれば万事上手くいくのだからね」
 「愛想をね。・・・それ、子供好きの変態にもしなきゃいけないの?」
 「・・・ったく。この子は何を言っているんだい。変態でも何でもいい金づるじゃないか。それに店の中には私や他の者だっている。自ら進んでお縄になるような
馬鹿な事をするものかね」
 「ふーん・・・店以外での相手はさせないんだね?」
 「当たり前だろ・・・何を言い出すのかと思ったら。私らは歌手なんだよ。・・・娼婦じゃない。とにかくね、笑顔を絶やさないで愛想良くおしよ。私が夜なべ仕事
で縫ってやったんだから、無様な舞台にするんじゃないよ!」

 ヒステリック気味な母に私は怖々と頷いた。
 ドレス代を気にするなって言われても・・・結局その借金を棒引きするには私には歌うしかなかった。
 髪を高く結い上げ、安物の生地だが派手な衣装を身にまとう。
 あとはイミテーションの宝石や貴金属を付ける。


 こうして・・・。
 私は子供のくせに艶めかしい大人の歌を歌った・・・場末のバーのちゃちなスポットライトを浴びて。


 そして母が胸の開いたドレスを着せた理由はすぐに分かった。
 それは、私の胸がほんの少しだけ・・・膨らみかけていたからだ。
 まだまだ子供の体型ではあったけれど、私は胸に痛みを感じて、病気か何かだろうとかと母に相談した事があった。
 すると母は私の胸に手を置いて、「あぁ、そういう年頃になった訳だ。ここまで育てた甲斐があったという訳さ」と微笑んだ。
 その微笑みの意味を、その時は理解出来なかったけれど、今なら・・・どういう事か分かる。


 酔っ払った変態オヤジ達は、私のドレスの胸元に手垢の付いたヨレヨレの紙幣を入る。
 そして入れる直前に下卑た笑いを浮かべて胸元を覗き込んむ。
 覗き込むだけではなく、殆どの人が・・・すっと中に手を入れてくるのだ。
 そしてごくりと舌なめずりをする。
 つばを飲み込む嫌な音もする。
 彼等は、「・・・こりゃ、たまらねぇ。うへへへへ・・・」と、何が楽しいのかニヤニヤ笑いを浮かべるのだ。
 やがて、膨らみかけてはいたが、まだ薄っぺらい私の胸をザラザラした手で揉み始めるのだった・・・。
 私はまだ子供だったから、ブラジャーなどの下着をつけていなかった。
 ゴツゴツした男達の遠慮のない手。
 私は言いようのない恐怖に耐えていた。
 中には、ドレスの裾をまくり上げて、太ももやそれ以外の所を触ろうとした酔っ払いもいた。
 さすがにこの時は血相を変えたウェイターが飛んで来て、「お客様・・・それだけはおやめ下さい」と男を制してくれた。
 
 こんな事ばかりだったから、物凄い屈辱を感じていたが、愛想良くするのは母の言いつけでもあったし、私は笑顔で耐え忍んでいたのだ・・・。



 
 外で雷鳴が鳴って、吹きすさぶ風が、ガタガタと薄いガラス窓を揺らす。
 今日は激しい雷雨で、私と母は家の中でじっとしていた。


 「あぁ、いやだ、いやだ・・・今夜は大嵐だ。2人して仕事もないし、なんて退屈なんだろうねぇ・・・気が滅入るったらありゃしない」


 半分以上空いた安物のワインのボトルを見つめて飲んだくれる母。
 「あぁ、これが終わっちまったらどうしよう・・・本当に最悪だったらありゃしないよ」
 ボトルとテーブルにドン!と置く。
 私はそんな母を尻目にゆっくりと窓を開けて、遠くで光る青白い稲妻を眺めて、竜が蠢くような轟音を聞いていた。


 「ドミニク・・・何してんだい!!雨が入るだろ!早く窓をお閉め!遠くで雷が鳴っているのが分からないのかい!」

 母の怒鳴り声を聞いて、私は、「・・・母さんは雷が嫌いなの?」と聞いてみる。
 「イヤだね、あの音!怒鳴られているようじゃないか!」
 母は身震いをした。 
 「そうかな。私はそうは思わないけどな・・・。だって、激しいドラムの音みたいだし、ピカって光る時、ちょっとスポットライトみたいでキレイなんだもの。そ
れに・・・雨の音も嫌いじゃないよ」

 母は私の顔を見て鼻で笑った。
 「なるほど・・・スポットライトかい、こりゃぁいいねぇ・・・アハハハハ。あんたは詩人になれるね。どうだい、自分で作詞でもして歌ってみるかい?きっと大人
気になるだろうねぇ・・・」
 「・・・母さん、笑わなくたっていいじゃない」
 「ごめんねぇ・・・。あぁ、あんた・・・そのうちに大物になるかもしれないねぇ・・・。それに私に似てあんたは美人だし、いい身体もしているしね。母さん、あんたには・・・
期待しているからねぇ」
 グラスに空けた最後のワインを一気にあおった母は、「ふん、もうお終いかい!」と、空になったボトルを床に転がした。
 娘を商売道具として見ている母に私は憤りを感じたが、確かに母に似て美人なのはありがたかった。


 ・・・美人の歌手だけどさっぱり売れなくて、男に捨てられてばかりで酒をあおって、子供まで働かせて平気な女。
 お金が無くて荒んだ生活をする女。

 私はそんな惨めな生活はしたくない・・・。


 母の言うように大物になって、自分を生かして、いつか本物のスポトライトを浴びて、いい暮らしをして見せるわ。
 ありがたい事に、私は外見の美しさと、美しい歌声を持っている・・・これはこれから武器になるだろう。
だから私は・・・これから、自分の外見と内面に磨きをかける事にするわ。
 武器ならば・・・いつも磨いておかなければ。


 でも、無駄な期待はしないでね・・・。
 今後のあんたの生活を、私が見なきゃならないなんて義理はないんだから・・・。





Das Ende





 100のお題より、「かみなり」です。


 最初は、ミッターマイヤーとロイエンタールで書こうかなう・・・とか、いろいろと考えたんですけどね。
 原作に『かみなり』に関する記述がありましたからね・・・。<双璧


 結局、落ち着いた先は・・・。
 フェザーンの黒狐・・・ルビンスキーの情人だった、ドミニク・サン・ピエールさんです。

 平野文さんの気だるそうな喋り方・・・これが非常に良かったです。


 何しろ平野さんと言えば『うる星やつら』のラムちゃん!!ってイメージで固まってましたので凄く意外でした。
 でも、ナイスな人選だと思いました。
 少女時代のドミニクの声も平野文さんで読んだら臨場感があるかもしれないです。
 ほら、「うる星やつら」のラムちゃんの子供時代の声、あれで読んだらいいのかも。 
 
 とにかく、ドミニクの話は書きたかったんです。
 でも、どうやって書くかな・・・と悩んで、彼女の子供の頃を描いたこんな話になりました。
 歌手ではないけど、ある意味大物になったですよね<彼女


 私も小さい頃かみなりが大好きで、雨が降る中、わざわざ外に出て母を怒らせていました・・・。 
 怖いんだけど見てしまう。
 今も、うちの中から眺める雷は・・・好きだったりします。
 たまや~!!って感じかな?

 ただ最近は、ゲリラ豪雨とかあるので、雷が鳴ると、パソコンの電源を即行で落とします。
 以前のゲリラ豪雨の時、ラン回線が焼き切れてしまい、大変な事になりました・・・ネットに繋がらず。


 なので、皆さんも・・・かみなりには、十分ご注意下さいませ。