この惑星で“学校”と言えるのは小学校の1校だけだった。


 3階建ての古い建物で、計算や読み書きの基礎知識だけを教育している。
 ここでは、小学校より上級の学校は存在しない。
 就学年齢の5歳に達すると親元を離れてこの学校の寄宿生活に入り、11歳の卒業と同時に働き手として親元に帰る。
 何故5歳で就学かと言うと、働き手の親が子供にかかわる時間を減らす為と、子供をより早く社会に送り込む為の手段であった。


 学校でかかる費用については、全額領主側の負担となっていた。
 “善意”だと言われれば、厳しい労働に明け暮れていた平民達もあからさまに文句等は言えなかった。


 なお、ここの領主は帝国随一の大貴族のブラウンシュヴァイク公であり、代理領主を務めるシャイド男爵は公の親戚に当たる。

 この地で生まれた者は、この小学校のみで勉強する。
 士官学校にも行けない辺境である為、軍人になるには18歳で有無を言わさず行われる徴兵で・・・だった。
 因みに、この徴兵で初めて外の世界を知る者が多い。 
 そして、無事に兵役を終えると彼等は律儀に故郷へ帰る・・・彼等は先祖代々、そういう生き方をしてきたのだった。
 なお、この地に学校を作ったのは、現在のシャイド男爵の父親だった。


 ここの領主は、元々はブラウンシュヴァイク公だったが、今までの代理領主は搾取するばかりで、農夫達の暮らし向きは決して良くなかった。
 シャイド男爵家が代理領主となったのには訳があった。
 現在のブラウンシュヴァイク公オットーの妹がシャイド男爵に嫁ぎ、その為、大した資産を持っていなかったシャイド男爵はここの代理領主となったのである。


 しかし、シャイド男爵が代理領主となってからは、惑星の土壌に合った産業に力を入れて、土壌改革を行ったりした為、良質の葡萄が収穫出来るようになり、更には、質の良いワインも醸造出来るほどになった。
 シャイド男爵は、教育にも熱心であった為、学校が全く無かったこの地に、私財を投じて学校を設立したのだ。
 
 それまで、学問を学ぶ機会が一切与えられていなかった領民達にとっては、シャイド男爵は素晴らしい代理領主だったのだ。
 タダで子供達に教育を受けさせて頂けるなど、これほどありがたい事はないと、農夫達は素直に子供達を寄宿舎に送り出していた。
 学校が出来るまでは、この地は、帝国の領土の中でも識字率は最低レベルであった。


 後を継いだ、現在の若い代理ご領主様は、教育にはあまり熱心な方ではないようだが、父親亡き後も学校経営は続けられているので、文句を言う者は少なかった。
 ただ・・・現在のシャイド男爵は・・・先の男爵とは少し違うようだった。




 「お父さん、もう夏休みだし、リヒャルトが戻って来るね」


 葡萄の葉に付いた害虫を駆除しながら、ヨハンは傍らで農薬を調合している父親のグレゴールに声をかけた。


 「あぁ、そうだな・・・」


 昨年小学校を卒業したヨハンは、今では立派な働き手である。
 身長も170㎝を超えており、身体は大人顔負けだった。
 そして、2つ下のリヒャルトは、来年の7月には小学校を卒業する。
 そうすれば、我が家には、もう1人、働き手が増えるのだ。


 妻は、生まれたばかりの長女マリアと次女カタリナの世話で畑仕事に出られない。
 何しろ、3か月前に生まれたのが双子だったから、きっと来年も子育てで大変だろう。
 リヒャルトが帰って来てくれたら、妻が畑に出られない分を十分に取り戻せる。
 多分・・・今までよりは少しは生活が楽になるはずだ。


 グレゴ-ルは農薬をタンクに詰めながら、葡萄畑をじっと見つめた。


 いくら丹精込めて葡萄の世話をして、美味しいと評判のワインを造っても、自分達の口に入る事は殆どないと言ってもいい。
 収穫祭の時に、僅か1本だけ・・・ボトルを手に出来るのだが、1年で飲めるのはこのワインだけだった。
 普段・・・農夫達が、自分用に飲める酒類は全て合成酒で、ホンモノのワインは、帝都オーディンの門閥貴族だと、農夫仲間が話していた。

 大体・・・この広大な葡萄畑だって自分達の土地ではなく、全てご領主様のものなのだ。


 グレゴールは葡萄の葉を1枚毟り取った。
 少しでも自分達の土地があれば・・・と、小作農の農夫に生まれた事の理不尽さに腹を立てたが、考えてもせん無い事・・・。
 グレゴールは考えるう事を諦めて、また仕事を再開した。


 泣き言を言っていても、10月の収穫迄にやるベき事は山のようにある。
 そして、日々成長する葡萄達は、農夫達の悩みを聞いてくれる訳でもなく、成長を止めない。
 本当に、やるべき事は山積みなのだ。


 ここ最近、代理ご領主様のお屋敷の周りが騒がしかった。
 屋敷の外にあるシャトルが見えないから、どうやらお留守のようだったが、一体何があったのだろう?
 何かあったらしいのは感じ取れるが、自分達のような小作の農民には、代理ご領主様の行動は関係ない事だし・・・。
 そう言えば、隣の家のハンスが集会を開くとか何とか言っていたが、触らぬ神に祟りなし・・・。
 下手に首を突っ込まぬ方が得策だ・・・と、グレゴールは農夫仲間の集会には一切加わらず、その外側で成り行きを見ている事にした。
 今は忙しいし、自分達は葡萄の事だけ考えていればいいのだ・・・。



 遠く西に陽が翳り始める。
 山が鮮やかな色合いに染まっていく。
 毎日見ていても飽きない自然の造形美である。


 「日が落ちるな。そろそろ仕事を終いにしようか、ヨハン」
 「分かった・・・すぐに片付けるよ」


 ヨハンは頷いて、すぐ、帰り支度を始める。
 大きな籠の中に、農薬のタンクを入れて、グレゴールに手渡し、グレゴールは籠を肩に担いだ。


 「父さん<ファーター>、明日は出かけるの?」


 ヨハンに聞かれて、グレゴールは頷いた。
 1時間ほど前に、お隣に住むハンスが訪ねて来たのだ。

 どうやら、集会への誘いであった。
 グレゴールは傍観者をきめていたから、本当は仕事を優先したかったのだが、ハンスに、「コロニーの全員が出席する大事な集会なんだ。だから、今回は絶対に
出てくれ」と言われてしまった。
 ご近所の手前、自分1人出ない訳には行かなかったのだ。
 それで、「分かった。今回は行くよ」とグレゴールは渋々約束したのだ。


 「・・・集会って・・・何をするの?」


 家路に急ぎながら、ヨハンが聞いてきたが、グレゴールは今までに集会に出た事がないので、何をやるのか、皆目見当もつかない。
 「さあな・・・俺は今まで集会に出た事がなかったからな。・・・何をするかなんて分からないよ」

 グレゴールはそう答えながら、何やら嫌な予感を覚えていた。


 今回の集会は昼間だという。
 いつも、集会は夜に行われていたはずなので、ハンスは首を捻った。
 畑仕事を放り出して集会をやるなんて、命知らずだ。
 代理領主様に知れたら、ただでは済むまい。
 だが・・・今回は、行くしかないようだ。
 
 「僕も行ってもいいかな、集会に・・・」
 「・・・いいんじゃないかな」
 「やった!僕も大人の仲間入りだ」


 ヨハンの嬉しそうな声にグレゴールは苦笑した。
 身体は大人顔負けだが、12歳になったばかり。
 まだまだ子供である。
 2人は、草原の中の1本道をゆっくりと歩いた。


 「明日も晴れるだろうな・・・」


 前方にあった燃えるような夕陽はすっかり落ちて、辺りは急に暗さを増していた。

 「いい天気になるといいね、父さん<ファーター>」
 「あぁ・・・そうだな」
 「マリアとカタリナはどうしてるかな。最近、夜泣きが凄いから母さん<ムッター>の身体が心配だよ」
 「・・・そうだな。夜泣きさえ治まればいいのだがな。・・・母さん<ムッター>の負担を考えると俺も気が滅入る。ヨハン・・・母さんの手伝いもしてやってくれ」
 「うん、分かった」
 ヨハンは頷いた。
 「明日から・・・これまで母さんがやっていた水汲みは僕がやるよ」
 「頼むな、ヨハン」
  
 
 グレゴールもヨハンも、まさか明日、自分達が永遠に消えて無くなる事など、この時は知るよしも無かった・・・。




Das Ende




 100のお題より、「葡萄の葉です。


 ご領主様はブラウンシュヴァイク公。
 領主代行は、その甥の、シャイド男爵・・・。
 舞台は、あのヴェスターラントです・・・。


 OVAの集会のシーンが印象深く、核攻撃を受ける直前の話を構築してみました。
 あの集会には子供も一緒にいたりしましたので。


 どうやら・・・私。
 原作の全10巻の内、どうも1巻~3巻に、かなりの思い入れがあるらしいです・・・。
 核攻撃を受けたヴェスターラントですが、そこに住んでいる人には何の罪もなかったのだし、きっと、善良な農夫達だったのだと思います・・・。


 グレゴール、ヨハン、リヒャルト、お隣のハンス・・・そういった人達は私のオリジナルですが、何だか哀れですね・・・。
 それと、グレゴールは集会には行ったけれど、それまでは首を突っ込まなかった分、シャイド男爵が暴徒に襲われて星を出たのを知らなかった・・・って事だけを
付け加えておきます。


 シャイド男爵については、別の100のお題で詳しく書いているので、その内にUPしたいと思います。


 ドイツにはヴェスターラントという地名があります。
 ブラウンシュヴァイクや、リップシュタットという地名もございます。
 アンスバッハもありますし。
 


 うさけの考えるドイツツアー。(地理に不案内なので、このままのツアーをリアルでやるのはキケンです)


 まずは、アンスバッハからブラウンシュヴァイクへ。

 ブラウンシュヴァイクでは、オプションで、ここで採れるホワイトアスパラの品種『ブラウンシュヴァイクの誉れ』を使用したランチを頂く。

 その次にリップシュタットへ。

 森を散策して頂きます。
 そこでは、絵画のオークションが開催されております。

 そして、最後がヴェスターラント。


 しかし、リアルのヴェスターラントの市民の方は、まさか、日本のアニメで、そんな扱い(ブラウンシュヴァイクの領地にされている&核攻撃を受ける)を知ったら、いい気分はしないかもしれませんね。


 なお、私が行ってみたい都市は・・・イゼルローン市(正式にはイザローン)かな。


 実際に行ってみた方の話では、凄く良かったそうです。
 イザローン駅もあるみたいで、比較的行きやすかったとの事です。