イゼルローン要塞の内部には広大なロッカールームがあった。
それぞれは小さなロッカーであるが、自分で任意に設定した3ケタの数字を入力するタイプのロッカーだ。
鍵は軍の発行の物で、無償で1ヶ月間は借りられる・・・。
大抵の者は、更新に継ぐ更新をしており、何ヶ月借りているのか分からない者が多かった。
・・・多分、皆、要塞に赴任してからずっと、このロッカーを借り、“貸し金庫”代わりにお世話になっている者が多い。
因みに、このロッカーを使っているのは主に駐留艦隊の将兵達である。
中に入っているのは大抵は日記であったり、恋人の写真であったり・・・。
中には高価な貴金属類を入れている者もいる。
絶えず要塞の外に出なくてはならない駐留艦隊勤務の将兵は、強固な要塞内部で勤務する要塞守備兵と比べて、危険と隣り合わせである。
それ故に、ロッカーの物は彼等の遺品となる確率が高い。
中には何度も書き直しながら、家族や恋人宛ての遺書を入れている者もいた。
マルティン・フーガー軍曹もそんな1人だった。
彼はゼークト大将の旗艦の砲塔要員で、毎日、毎日・・・生真面目に日記を付けては、このロッカーにしまっていたのである。
「おい・・・出撃だ」
「え?」
日記を書こうとしていたフーガーは、ペンを持った手を止めて、声のする方に顔を向けた。
難しい顔をした同僚のキップハルト軍曹が立っていた。
「出撃ってこれからか?俺達は非番のはずでは・・・」
「あぁ。だけど、駐留艦隊全員に非常招集だとさ。どうしてなのか・・・俺も何だか良く分からないんだが」
「何か・・・緊急事態があったのだな?」
「そういう事らしい。・・・今入った情報だと、オーディンから重要な情報を持った軽巡が1隻こっちに向かっているらしい」
「1隻だけか?妙だな・・・」
「・・・どうやら、この1隻を叛乱軍が執拗に追いかけているそうだ」
たった1隻でオーディンから?
それを敵が執拗に追いかけている?
これはよほどの重要事項に違いない・・・フーガー軍曹の目が厳しさを増す。
「それはどの辺りだ?」
「それが、かなり通信が妨害されているらしくて、ハッキリした事は分からないらしいんだ。なんか・・・そういう通信を何とか傍受したとかで。それで、はっきりさせる為に駐留艦隊が出る・・・という訳だ」
「なるほどな。だが、危なくなったらここに逃げ込んでしまえば・・・な。ここは何と言っても難攻不落で安泰なのだから」
「・・・そういう事だ。おい、日記なんてあとで書けばいいだろ。・・・すぐに出撃だ。急ごう!」
キップハルト軍曹に促されて、フーガーはとりあえず、『これから出撃だ』とだけ書いた。
そして、最終ページに挟みこんであった写真を引き出す。
オーディンに残して来た恋人のローザラインの写真にそっと口づけを落とす。
出撃前のまじない・・・半ば日課のようなものだ。
そして、写真を元に戻すと慌てて日記を閉じた。
誰にも見つからないように、日記をロッカーの奥の方にしまい込む。
鍵を回して、自分の誕生日と同じ番号の「217」を入力する。
そして、小さな銀色の鍵を無造作に軍服のスラックスのポケットにねじ込んだ。
「おーい、早くしろよ!」
大きな声で怒鳴るキップハルトを追って、フーガーは慌てて走り出したのだった・・・。
イゼルローン要塞の攻略に成功したヤンは、催眠ガスでだらしなく伸びている帝国軍の兵士達を見て溜め息をついた。
さて、彼等をどうしたものだろう?
まぁ、このままにしておける訳がない。
面倒くさいな・・・と思いながらも、ヤンはムライと相談して、帝国軍の兵士達を、辺境の捕虜収容惑星へ送る手続きを取った。
それから、何とか意識のある帝国軍人達に、面倒な面割りをさせた。
それは、薔薇の騎士<ローゼンリッター>連隊によって、気の毒にも死亡した帝国軍人達の身元を割り出す事だった。
そして、確認が済んだ遺体に宇宙葬を施し、辛うじて息のある者には治療を試みたが、致命傷を負った者ばかりだったので助かった者は数人だけであった。
そして、ざっとであったが、要塞内部の視察を行った結果、要塞内部に広大なコインロッカーを発見したのだった。
簡単な作りのコインロッカーであった為に、爆発物などの有無を検査してしまえば、明けるのは比較的に楽だった。
開けてみると、その中に入っていたのは、殆どが個人的な日記や、写真、遺書の類であった。
中には、戦争から返ったら恋人に贈る予定の指輪なのか、小ぶりな指輪や、2人分の指輪まであった。
「さて・・・と。・・・どうするかなぁ」
ヤンはベレーをクルクルと弄んだ。
ロッカーの中身は、その全てが危険が無い物だ。
それが確認されると、一切合切コンテナに詰め込まれた。
最初はヤンは、捕虜達と一緒に、これらも、辺境にある同盟軍の捕虜収容惑星へ送るつもりであった。
しかし、ムライが反対したのである。
理由を問うと、堅物の参謀長はこう主張した。
「日記や手紙などの中には、重要な事を記した物もあるかもしれませんな。とりあえず確認した方が良いと思われますが」
それを聞いたフレデリカは目を丸くしたが、「なるほど・・・そういう事もあるかもしれませんわね。提督、どうなさいますか?」とチラリとヤンを見る。
あくまで司令官はヤンであり、彼がハイネセンに送らないと言えばそのままになるのだが、ヤンは自分の考えを押し付けるのを良しとはせず、ムライの意見を呑んだのだった。
こうして、コインロッカーの中身は、帰還のついでに、ハイネセンの統合作戦本部へ送られる事になったのだった。
それから、兵士達のコンパートメントからも一斉に荷物が運び出された。
こちらも色々検査をされ、室内に残されていた物・・・衣類から生活必需品に至るまで、一切合財、情報分析の為にハイネセンに送られる事になったのだった。
その為・・・ハイネセンに送るコンテナは、コインロッカーの分を含めて、膨大な数にのぼった。
ヤンはまだ、まだ閉めていないコンテナの中から日記の1冊を手に取った。
赤茶色の革表紙には、「マルティン・フーガー」と刻印されていた。
パラパラとめくってみると・・・。
朝起きてから、寝るまでの事が克明に記された日記・・・。
形の整った几帳面な字からして、相当、生真面目な兵士であったのだろう・・・とヤンは推測した。
5月14日のページには、たったの一行だけ、『これから出撃だ』と書かれたままで終わっている。
・・・という事は、この人物は駐留艦隊の勤務で、出撃したまま要塞に戻って来なかった事を示唆していた。
生きているか死んでいるか・・・それは分からないが、主がいないまま、残されてしまった日記・・・。
日記の最終ページは白紙で、そのページには、恋人らしき女性のスチール写真も挟み込まれていた。
淡い金髪で緑灰色の瞳の優しげな女性で、かなりの美人である。
写真の裏にこれまた丁寧な文字で、『我が恋人 ローザライン・クラップシュレック』と入っていた。
ヤンは溜め息をついて、パタンと日記を閉じた。
こういう日記は・・・本当なら、帝国にいるであろう親族や、この女性に届けてやりたいものだ。
ヤンはな何とも言えぬ、不快な気分になっていた。
「あら、何をなさっていらっしゃるんですか、ヤン提督?」
不意にフレデリカに声を掛けられて、ヤンは手にしていた日記を慌ててコンテナの中にしまい込んだ。
「・・・あ、なんだ。凄く真面目な日記を付けていた人がいたみたいで・・・」
「真面目な・・・ですか?」
「うん。私はどうも日記というのが苦手でね。仕事をしていない時は、本を読んでいるか、紅茶を飲んでいるか、昼寝をしているか、はたまた酒を飲んでいる
か・・・。やっているのはこれだけだから、日記もかなり単調なものになりそうなんでね。そんなのじゃ、後で読み返してもつまらないだけ・・・そうだろう?」
「まぁ・・・」
フレデリカはクスクス笑った。
「ところで、提督。これ・・・全部、統合作戦本部の情報分析課に送るんですか?」
コインロッカーの中身が一切合財詰め込まれた、膨大なコンテナの山にフレデリカも大きな息を吐く。
「うん・・・さして重要な物は無さそうなんだけど、一応、念の為って事でね。まぁ、情報の分析やら解析やらは・・・ハイネセンのお偉方に任せるさ。どっちにしても、我々にはどうする事も出来ないしね」
ヤンは溜め息ついて、ずり落ちそうになったベレーを慌てて押さえた。
人に公開するのが目的の日記ならともかく、赤の他人に、ズカズカと土足で踏み込まれるプライベートな日記なんて、本当に最悪だ・・・。
仕事上の日誌は付けても、個人的な日記は・・・あんまり書きたくない・・・。
ヤンはベレーを取るとポリポリと頭を掻いた。
(私なら提督の日記ならば、たとえ単調な日記でも読んでみたい気がするのだけど・・・)
ヤンの横顔をチラリと見ながら、フレデリカはクスリと微笑んだ。
「・・・ん?どうかしたのかい?」
急にヤンに聞かれたフレデリカは、「・・・あ、いえ。・・・何でもありません」と慌てて答えて、輸送艦に積み込まれるコンテナの大群を眺めていた。
THE END
100のお題より、「コインロッカー」です。
コインロッカー・・・どう料理しようか?
お題を見て、また悩んでしまいました。
ハイネセンを舞台にしてもいいのだけど、それではあまりにも芸が無いので、結構悩んだ末に、イゼルローン攻略をテーマに、帝国の兵士(オリジナル)と、同盟側として、ヤンとフレデリカで構成してみました。
特別出演でムライ参謀長^^@
原作でもOVAでも、要塞の攻略については詳しく書かれていますが、その他の事は・・・細かくは描かれてはいません。
あえて描かれていなかった・・・帝国軍の亡くなった兵士や、怪我をした兵士、催眠ガスで眠り込んでしまった兵士の事、そして、彼等の遺品等について書いてみました。
面割りは、アレです、面通しと一緒。
刑事物などで良く出てきますよね、目撃者などの第三者が、容疑者かどうか小窓から確かめたりするヤツ。
遺体が誰であるか・・・可能な限り判断させたという訳です。
押収した書類等は、全部、軍と政府の管轄に置かれると思ったので。
ヤンは、きっと日記類を政府関係に送るのは渋々でしょう・・・。
けれど、ではお前が情報を解析しろと言われたら、超過勤務だと言ってぼやくのは目に見えているし、ここはハイネセンにいるお偉方に任せればいいんです。
それにしても、もうちょっとひねっても良かったかな、この話・・・。