自由惑星同盟軍が誇る英雄的集団“730年マフィア”の1人であった、ヴィットリオ・ディ・ベルティーニ・・・。


 常に最前線勤務に就いていたその男の破壊力は凄まじかった。
 その破壊力は、ブル-ス・アッシュビーにも勝ると言われたほどだ。
 後年、同盟軍きっての英雄と謳われたる同期の司令官のアッシュビーを補佐し、常に信頼された優秀な同僚でもあった。

 ベルティーニはその容姿から、粗野な猛将型の軍人と見られがちであったが、元々は気が優しかった。
 趣味はその容姿からは想像もつかないが、熱帯魚を飼う事であった。
 彼は自分自身の半分くらいしかないような小柄な女性と結婚して、同僚達にからかわれても、始終にこにこしているような男であった。


 その愛妻が、彼が演習に出ている間に不注意で熱帯魚を全滅させてしまう。
 日頃優しい彼も、熱帯魚の事になると人が変わってしまう。


 『激昂して妻を怒り飛ばして大喧嘩になってしまったが、彼はすぐに冷静になって反省した』


 このエピソードは、現在、学校での歴史の時間で子供達に教える有名な話である。
 彼は元々、気の良い人間なのだが、実際には、反省はしたのだが、妻に対して直接謝罪は行われていない。
 しなかったというよりは、出来なかった・・・が正しい。
 何故なら、この夫婦喧嘩直後に軍務に就いてしまい、結果的に妻には永遠に謝る事が叶わなかったのである・・・。
 彼が「反省した」というエピソードは、後年、生き残った将兵によって伝えられた話である。


 『妻と喧嘩したまま出征してしまった。帰ったら花でも買って機嫌でも取らないと』


 戦闘中、ベルティーニがこんな事を話していたのを聞いた者が、戦死の報告の際に、彼の妻に伝えたのである。
 これを聞いて、妻は号泣し、以降、彼のペットであった熱帯魚達は、妻によって飼われる事になったそうだ。
 


 そして、時は変わり、宇宙暦796年3月27日・・・。


 『730年マフィアの熱帯魚を発見!!』


 そんな見出しが電子新聞の社会面を飾っていた。
 三面記事があまり好きではないヤンも『730年マフィア』とのタイトルに、ついつい、興味を持つ。
 そして、目を通してしまった。


 かつて・・・。
 エル・ファシルから帰還して、少佐に昇進したヤンは一時期・・・。
 キャゼルヌの依頼で、ブルース・アッシュビー提督の謀殺説の真相を調べた事があった。
 当時はまだ存命中だった、アルフレッド・ローザス退役大将にも会って色々な昔話を聞いた事があった。
 だから、“730年マフィア”と聞くと、一昔前の話とは思えず、どうも身近に感じてしまうのだ。
 係わってしまった事で、どうも、他人事ではないような気がするのだった。


 新聞によると、ベルティーニ家では各種熱帯魚を飼っていたが、ある時期、グッピーが大量繁殖したのだそうだ。
 夫の死後も、夫の趣味の熱帯魚達を処分する事ができなかった夫人は飼い続けており、大量発生したグッピー達は、彼女の友人に譲られた。
 友人宅ではグッピーを飼うのがそれが初めてであったが、以来、他の家の同品種のグッピーとの交配を経て、ベルティーニ家のグッピーの子孫が、『家宝』と
なっているらしい。
 現在も当時と同じ種が生きているらしいのだ。


 グッピーを“家宝”にする方もする方だが、ヤンが呆れたのはそのグッピーの種名を『ベルティーニ』に改めたという、「ハイネセン・グッピー協会」の行動
の方だった。

 ハイネセン・グッピー協会は、ベルティーニ夫人から譲られたグッピーの種を絶やさないように協力する事になった・・・と記事は伝えていた。
 ヤンは、「ハイネセン・グッピー協会」などという団体があるのも知らなかった。
 まぁ、今年のグッピー・コンテストでは、目玉と言うか、特別にそのグッピーが出品されるらしい。
 その為、今度のコンテストはいつにもまして大掛かりなモノになる可能性が大だそうだ。

 ヤンが頭痛を覚えたのは、そのコンテストの為に同盟軍が資金面で協力すると、記事が伝えていたからだ。
 
 またその筋の関係者のコメントが載っていた。
 それによると、『ベルティーニのグッピーが優勝して、莫大な賞金を手にするのではないか』と書かれていた。

 この手の記事には「関係者」なる、本当にいるかどうかも怪しい人物のコメントが必ず載るのだが、1度としてその関係者がマスメディアに顔出しをしたところを見た事がない。
 
 先のアスターテ星域会戦での大敗(軍は“快勝”と言い張っていたが・・・)した軍としては、何としてでも、別の事に民衆の目を向けたがっているのだろう。
 こんなコンテストに資金協力とは。
 ・・・全く、姑息としか言いようが無い。


 「・・・ったく、飽きないなぁ」
 ヤンはユリアンが淹れてくれたシロン葉の香り高い紅茶を飲みながら呟いた。
 「どうかなさったんですか、ヤン提督?飽きないって、何が飽きないんですか?」
 「・・・いや、なに。この記事さ」
 ユリアンは、ヤンが指し示した電子新聞に目を通す。
 
 「『さすが730年マフィアの遺した熱帯魚。素晴らしい生命力、そして逞しい熱帯魚』何ですか、これ・・・」
 見出しの下のサブタイトルを声に出したユリアンは首を傾げた。
 ・・・意味が全く分からない。

 「どうやら、軍はまともな金の使い道というヤツを知らないらしい。こんなくだらないコンテストに金を使うぐらいなら、先のアスターテ会戦の傷病兵の医療の方に使えばいいのに。それに、そんなに凄い生命力で逞しいと謳うのなら、いっそのこと、グッピーを戦争に徴兵したらどうだろうねぇ・・・。名案だと思わないかい、ユリアン」
 「え・・・グッピーを徴兵するんですか?」
 おかわり用の紅茶の入ったポットを手にして、ユリアンは目を丸くした。
 「だって、コンテストで莫大な賞金を貰えるぐらいの優れたグッピーだ。・・・逞しいというぐらいなんだから、さぞかし強いんだろう?・・・それこそ、人知を超
えた特殊な能力があるのかもしれないし」
 「提督・・・」
 真顔のヤンにユリアンは困惑気味の表情を浮かべた。


 「もう一杯いいかな?」

 差し出された、ヤンの空になったカップに熱い紅茶を注ぐユリアン。


 ユリアンにはヤンの気持ちが分かる気がした。
 いくら生き残ったとはいえ、ヤンは親友のジャン・ロベール・ラップを亡くし、その彼には婚約者がいたからだ。
 戦死者も多かったが、負傷兵の数も天文学的数字だった・・・それだけ、動員された将兵が多かったのだ、アスターテ会戦は。
 だから、ヤンには色々と思う事があるのだろう・・・と、ユリアンは推察した。


 最近、シトレ元帥から辞令を受けて第13艦隊の初代司令官になり、少将へと昇進していたヤン。
 彼の艦隊は通常の半分の半個艦隊である。
 そして、この艦隊をもってして、帝国軍の“難攻不落”のイゼルローン要塞の攻略を命ぜられていた。
 
 (イゼルローン攻略か。あぁ、ジャン・ロベール・ラップでも生きていたら良かったのに・・・)


 ラップが生きていたら、ヤンは彼を幕僚に加えたかった。
 多分、上伸してでも、そうしていただろう。
 だが、それは・・・もう、叶わぬ夢である。
 
 (ふう。こんなコンテストに金を出すくらいなら、あの、アスターテ会戦の時にもう少し何とかならなかったのかな・・・)


 ヤンは髪をクシャクシャと掻きまわし、熱い紅茶を飲み干して、大欠伸をするとソファーに寝転んだ。


 「提督・・・さっき起きたばかりなのに、また寝るんですか?」
 「うん・・・あと30分だけ」


 言うなり寝息を立て始めたヤンにユリアンは、「はい、30分だけですよ」と苦笑して、カップをキッチンへと運んだ。




THE END




 100のお題からの作品です。


 熱帯魚と聞いて、真っ先に思い浮かんだのが、ベルティーニ提督です。

 730年マフィア・・・第2次ティアマト会戦ですね。
 この730年マフィアの面々って面白いです。
 飲めないのに、ドリンカーというミドルネームを持った、ジョン・ドリンカー・コープとか。
 ヤンは出てこないのに、この第2次ティアマト会戦って、個性溢れるキャラクターが華やかで、結構好きなんです。


 ブルース・アッシュビーの風間杜夫さんの声はいいですね~!<声で好感度がUPしました!!

 いや、風間さんは元々好きな俳優さんなんですが・・・だって、銀ちゃんだもん!


 あぁ、「蒲田行進曲」と言えば、原作者のつかこうへいさんが亡くなられるなんて、もう、ショックです・・・。

 お嬢さんも可哀相に・・・宝塚雪組の娘役のトップだから、休演無しで舞台に臨まれています。(因みに今年の9月で退団予定)


 そう言えば、何年か前に「奇蹟体験・アンビリーバボー」で見た『戦場の魔術師』という話に登場した、イギリス軍のジャスパー・マスケリンって、やることなすこと、まるでヤンみたいだったなぁ。(第二次世界大戦で軍功をあげた人ですが、本職は天才マジシャン!!マジシャンってのがいい!)
 顔を見た時、バロンの異名を持つ、ウォリス・ウォーリックに似ていたのと、名前がジャスパー・・・銀のファンには激ツボ・・・と思いました。
 イリュージョンを駆使して、戦車をトラックに見せかけたり、逆にジープを戦車に見せかけたり。←ご丁寧にキャタピラ跡まで偽装した・・・。
マスケリンの奇術に引っかかって騙されてるのがナチスドイツでね~。←ここがミソです。(笑)


 私ね~・・・「ダゴン星域会戦」もアニメ化してほしかったです。
 リン・パオと、ユースフ・トパロウルが喋っているところの絵が見たかったな・・・。
 いつか映像化してほしいけど、もう、無理なんですかね~・・・銀河英雄伝説と言っても、超過去の話ですから。


 それから、第13艦隊の人事で、ムライやパトリチェフを登用したり、シェーンコップ率いる薔薇の騎士<ローゼンリッター>連隊を自分の所に配属させていたヤン。
 もしも、ラップが第6艦隊の旗艦勤務ではなく、生き残っていたとしたら・・・絶対に幕僚の一員にしたのではないかと。
 第4艦隊の生き残りのエドウィン・フィッシャーがそうであったように。


 あぁ、私ね~・・・ラップの田中秀幸さん、好きな声優さんのお1人なのですが、この方・・・亡くなるキャラが多いのです。
 それか、亡くなりはしないけど、主人公(または同等のキャラ)に強烈な思い出を残すキャラとか。
 この傾向は、他の方から聞いたのですが、私も同じ事を考えてました。

 ラップの場合は、亡くなる上に、強烈な思い出を残す・・・キャラだったんだよなぁ・・・って。