昔々のそのまた昔・・・。

 あるところに、翼と足に怪我を負った1羽の白鷺がいました。
 傷ついて疲れきった身体を休めようと思いましたが、思うように身体が動きません。
 それでも白鷺は、何とか、傷ついた片翼と片足で、丘の上にある小さな泉まで辿り着きました。
 白鷺は、水を飲もうと前かがみになり、冷たい泉の水に両方の翼を浸しました。
 すると、折れて血で真っ赤に染まっていた翼が見る見るうちに白くなり、怪我が跡形もなく治ってしまいました。
 驚いた白鷺は折れた片足もそっと泉に中へ入れてみました。
 するとどうでしょう。
 折れて歩けなくなっていた片足も、あっと言う間に治ってしまったのです。
 元気になった白鷺は嬉しそうに羽ばたいて、夕暮れの真っ赤に染まった大空にく舞い上がりました・・・。





 
 フェザーン郊外・・・。
 中心部から1000㎞以上も離れた風光明美な丘陵地帯に、『奇蹟の泉』と呼ばれる、ほんの小さな泉がある。


 昔から僅かばかりの水が湧き出ていたが、水たまり程度の小さな泉である。
 なだらかな丘陵の中ほどにあるこの泉の周りだけはちょっとした岩場に囲まれていたが、フェザーンでは景勝地であり、人気の観光地だった。
 病気や怪我で苦しむ人々がタンクで汲んで行ったり、ハイキングがてらに水筒で持ち帰ったりしていた。
 効果のほどはどうか科学的根拠はないが、昔から、病気や怪我に良く効くと信じられていたのだ。
 水は軟水で、口に含むと軟らかく甘みがあり、とても美味しい水だった。
 味はフェザーンで随一と言っても良いほどの水なのだ。 
 
 フェザーンの名水100選になるほどの泉だったが、何しろ小さすぎるので、ここの水源からはミネラルウォーターとして売り出すほどの取水が出来ず、飲んだり、怪我の為に使おうと思ったら、直接汲みに行くしかなかった。
 科学的に似たような水を作りだす事は可能だった為、1度、大手メーカーが「奇跡の水」として合成水を売り出した事があった。
 だが、それは、単なる“水”でしかなかった。
 話題にはなったのだが、さほど人気商品にはならなかったので、今では売られていない。
 わざわざ、遠くまで汲みに行くから効能が得られるのだと力説する、霊能者などもいたが、何故、病気や怪我に効くのか、未だに解明されていなかった。
 小さな泉は、ごく最近も、科学雑誌で取り上げられたのだが、この水のどこにそんな効能があるかどうかも分からず、科学者を悩ませている。
 とにかく、何故そこまで人気があるのか分からない不思議な泉・・・それが、『奇跡の泉』なのであった。


 

 「陛下・・・お召し上がりにはならないのですか?」


 ・・・ベッドの上に設えられた白木のテーブルの上に置かれた朝食。
 全く手を付けられた形跡がない。


 (今日もまた・・・食べてはくれないのか・・・一体どうしたらいいのだろう?)


 朝食の食器を提げる為に、ラインハルトの私室に行ったエミールの顔は曇った。
 ここのところ、ラインハルトは、食欲が無いと言っては、食事に殆ど手を付けないのだ。
 少しでも召し上がって頂こうと、料理人達は工夫を凝らした料理を作っていたが、どの料理も・・・弱っているラインハルトの身体は受け付けなくなっていた。


 数種類の野菜をじっくりと煮込んであるスープは皿の中で冷え切っていたし、ポテトサラダも、ヨーグルトもホットミルクもカップにそのままだった。
 顔色も決して良いとは言えなかった。
 頬がうっすらと赤いので、知らない人が見たら血色が良いようにも見えなくもないのだが、これは今日も微熱があるのを示唆しており、そばで仕えるエミールの心を悲しくさせていた。


 食事を殆ど摂れない為、最近では。食事らしい食事は朝食のみであり、あとは点滴投与での栄養補給になったりしていた。
 エミールは、チュ-ブで繋がれた皇帝を見るのが耐えられず、出来れば、朝食だけでも食べて欲しいと願っていた。
 
 「悪いが・・・下げてくれ」


 ラインハルトはエミールにそう言うと、ゆっくりと身体を起した。
 前から細身ではあったが、最近・・・もっと痩せられたように見える。
 エミールはとても心配であった・・・この国の為に、早く良くなって欲しいと願った。


 (皇帝陛下は・・・宇宙での戦いが似合う方。こんなベッドに縛り付けられて病と闘う方ではないのに・・・)
 
 「あの・・・陛下。何かをお召し上がりにならないと、お薬を飲まれる際に差しさわりがございます」
 意を決してエミールが進言する。
 「・・・そうか。ならばスープとヨーグルトを食べるとしよう」
 ラインハルトはテーブルの上に視線を落とす。
 スープを二口ほどスプーンで掬って口に運ぶが、首を振ってスプーンを置いてしまった。
 
 ふと、エミールを見る。
 エミールの心配そうな顔を見て、ラインハルトは溜め息をついた。
 そして、何かを考えた後に小さなデザートスプーンを手にしてヨーグルトを食べ始めたのだが、やはり食は進まないようで、半分ほど食べたところで手が止ま
った。
 「済まぬ。これ以上は・・・とてもではないが食べられぬ」
 そう言って、ヨーグルトの入った小鉢を押しやった。
 けれど、半分はなくなっているので、何とか薬を服用出来そうで、エミールはホッと胸を撫で下ろした。


 侍医から渡されていた薬・・・。
 カプセルやら錠剤だの15種類にも及ぶ薬を小さな器に入れ、ラインハルトの前に出しだすエミール。


 「陛下・・・お薬とお水でございます」
 「あぁ、済まない」


 ラインハルトが頷いたので、エミールはホッとして水差しから慎重に水を注いだ。
 クルスタルのカットグラスに並々と注がれた水を受け取った時、ラインハルトはエミールの右手の甲、左手の掌に貼られた大きな絆創膏に驚きの表情を見せた


 「ん?手をどうかしたのか、エミール?・・・両手とも怪我をしているではないか」
 「ちょっと怪我をしまして・・・。でも大した事はございません。どうぞ、お気になさらず」
 「卿は、昨日は休暇だったと聞いていたが・・・」
 「はい・・・休暇を利用して出掛けたのですが、出先で切ってしまったようなのです・・・」
 「そうか・・・。早く良くなると良いな」
 「ご心配頂きまして、ありがとうございます」

 大量の薬を水で飲みこんで、全て飲みきったところで、ラインハルトは、おや?というような表情をした。

 「この水だが・・・。この間、メックリンガーが持って来た『奇蹟の水』とやらの味と似ているような気がするのだが・・・」


 それを聞いた途端、エミールの表情が俄かに強張った。
 彼のその様子から、ラインハルトは、「もしかして、この水は・・・」と問いかけた。
 
 「あ・・・はい。その・・・奇蹟の水でございます」
 ラインハルトは、エミールの顔をじっと見つめた。
 「もしかして、予の為に汲んで来たのか・・・怪我までして?」
 「はい。病気には良く効くと聞きましたので行って参りました。岩場が危ないと聞いていたのですが、不注意で少しばかり滑って転んでしまいまして。手をつ
いた時に、どうやら岩で切ってしまったのです。『奇跡の泉』は飲んで美味しいのは勿論の事なのですが、怪我にも良いとの評判になっておりますゆえ、恐れながら・・・水を汲み終わった後で、この手を泉に浸して参りました・・・」
 ラインハルトに昨日の事を説明しながら、エミールは恥ずかしさで真っ赤になり、最後の方は消え入るような小さな声になった。
 これを聞いて、ラインハルトは小さな笑い声を上げた。
 「そうか。思いがけずに怪我をしたのか。でも・・・怪我の治りが早ければ、卿は身をもって、奇跡を証明出来るという訳だ。そういう意味では、まさに“怪我の
功名”だな」
「お恥ずかしい話です・・・」
 「・・・それでどうなのだ?」
 「・・・怪我の治り具合ですか?」
 「あぁ。そうだ」
 「今朝、起きて絆創膏を張り替える際に見てみましたが、昨日よりも腫れは引いておりました」
 「そうか・・・良かったな」
 「はい、陛下」
 敬愛する皇帝ラインハルトから、優しい言葉を掛けられたエミールは赤面しながら俯いた。


 『奇跡の泉』は仮皇宮のあるこの場所からは恐ろしく離れているので、エミールは休暇を取った上で出かけたのだ。
 

 (自分の休暇を、皇帝の為に使おうとは・・・この子は・・・)


 エミールの優しさに触れて、ラインハルトは思わず言葉を発していた。


 「・・・お前はやさしいな、エミール」


 そう言いながら、ラインハルトは小さく笑った。
 そしてドキリとする。
 この言葉を発した瞬間、ラインハルトは数年前の事を思い出したからだ。
 さして遠くない昔・・・。
 いつも・・・これに似た言葉を言っていた気がする・・・。


 『・・・お前はやさしいな、キルヒアイス』


 いつも自分のそばに控えていた、赤毛の優しい笑みをたたえていた・・・親友。
 志半ばで、ヴァルハラに旅立った・・・かけがえのない“わが友”に。
 取り戻したくても取り戻せない、心苦しく切ない思いを呼び起こす、あの輝いていた少年の日々・・・。


 ラインハルトに声を掛けられたエミールは、水差しを持ったまま、緊張しながら立っている。
 その顔には、ラインハルトを心から気遣う優しさが感じられた。


 (あぁ・・・この子は、彼に何となく似ているのだ・・・)


 ラインハルトは、エミールとの他愛無い会話に、懐かしい風と心地良さを覚えていた。


 「笑ったら・・・何となく力が湧いてきた来たな。・・・その水をもう1杯もらおうか」
 「はい!」


 ほど良く冷えた『奇跡の水』をエミールがグラスに入れて手渡すと、ラインハルトはゆっくりと、本当に美味しそうに飲んだ。




Das Ende




 100のお題より、「白鷺」です。

 冒頭の白鷺の話は、私のオリジナルですが、下呂温泉の白鷺伝説を下敷きにしてあります。


 フェザーンに、そういう泉がある訳ないです・・・うわ、いい加減なヤツ。


 白鷺・・・白鷺・・・うわ言のように、呟きながらのネタ探しをしていました。。
 これだ!!と思うネタに中々辿り着きませんでした。 


 私の住んでいるところでは、池や川で白鷺をたまに見かけますが、警戒心が強いので、人間が近づくとすぐに逃げてしまいます。
 でも、ほっそりしてて、優美な姿は好きですね。
 同じ池に鴨なども渡ってくるのですが、鴨は・・・寄って来るんですよ、パンとか見せようものならば。
 でも、白鷺は・・・寄って来ません。
 この違いは何かなぁ・・・同じ野生なのにね。 


 ネタが見つからないまま、半分投げ出しかけてました。
 どうしよう・・・と、思っていた時に、何故かエミール君の夢を見ました。
 それで、そうだ!!
 エミール君と陛下の話にしよう!!って思い、こ~んな話が出来上がったんです。


 エミール君は本当にカワイイ・・・銀の中でも、彼は健気で好きですね。
 エンクロDVDのインタビューが良かったな。
 銀の夢を見て、寝言で「何とか艦隊がどうのこうの」と言ったらしく、それを聞いたお姉さんにからかわれたと言っていた置鮎さん。
 銀が好きだったので、エミール君になって本当に嬉しかったんでしょうねぇ・・・。
 インタビューの中で、他の人の3倍はテンションが高かったし、凄く長かった・・・でも、ファンとしては嬉しいですね、あぁいうのは。
 もう、銀河英雄伝説が大好き!!ってのが、全身から滲み出てました。


 声優ファンで、置鮎さんを良く知る方から聞いたのですが、彼があそこまで感情を入れて話す事は滅多にないそうで、ある意味貴重なインタビューだとの事です。
 エンクロDVDをお持ちの方は見直してみると良いかも?


 それにしても、私にしては珍しい・・・ラインハルトを書くなんて。(いや、何作品かは書いているのですけどね)


 『奇跡の水』を飲んだからと言って、ラインハルトの病が癒える訳ではありませんが、病が治っていたら、どういう歴史が待っていたのでしょうね。
 そんな事を考えながら書きました。

 エミールは、医大にでも進んで、医者になり、本当にラインハルトの侍医になったかもしれません。


 是非、堀川さんと置鮎さんのお声を想像して読んでみて下さいませ☆