新年が明けてすぐにアンネローゼの居城を訪ねたヴェストパーレ男爵夫人は、アンネローゼの姿を見るなり怪訝そうな顔をした。
 彼女の姿に何とも言えない違和感があったのだ。


「・・・何だか妙だわね。何かしら、この違和感・・・」

 アンネローゼは相変わらず、けぶるように美しい。

 その彼女が身にまとっているのは、今まで見た事も無いドレス。
 ・・・多分、多分それが違和感の原因だ。


 ドレス自体は真新しい物のようだったし、仕立てもデザインも決して悪くはない。
 生地の光沢からしても、それが最上のシルクを使用しての物だというのは、目の肥えた者ならすぐに分かる・・・。

 だが、如何ともしがたいその色合い。
 それは・・・鈍くくすんだ、まるでドブネズミのような色だったのだ。


 生地の色合いは怖ろしく地味。
 決して若い女性向きではなかった。
 ハッキリ言って若い女性にはあまりふさわしいとは言えない・・・なのに、何故こんなドレスを着ているのだろうか?
 どちらかと言うと、年配の人向け・・・それも、女性ではなく、むしろ、高齢の男性向きだったのだ。

 何故、こんなドレスを着ているのだろう・・・ヴェストパーレ男爵夫人は釈然としなかった。

 
 「ねえ?それ・・・新しいドレスよね、アンネローゼ?」
 「ええ、そうなの。・・・この間、陛下に頂いた生地で仕立てたの」
 「まぁ、そうだったの・・・」


 そう答えながら、ヴェストパーレ男爵夫人は驚きを禁じ得なかった。
 この怖ろしく地味な生地を下賜されたのが皇帝陛下?


 「そんな馬鹿な・・・こんな生地を陛下が下賜なさるなんてあり得ないわ。ねえ、いったいどういう事なの?」
 驚いた男爵夫人がアンネローゼに問い質すと、アンネローゼは戸惑いの表情を浮かべた。

 「男爵夫人・・・お話ししても良いのだけれど、どうか、公言だけはなさらないでね」
 「分かったわ・・・それでいったい・・・」


 アンネローゼはゆっくりと話し始めた。


 新年を迎えるに当たって、アンネローゼを含めて、皇帝であるフリードリヒ4世から、縁のある女性達にドレス用の生地が贈られる事になった。
 それは毎年の恒例行事。

 ゆかりの貴婦人達はその生地で、「新年の儀」の為の特別なドレスを仕立てるのだ。


 11月に入ってすぐに大広間に皆で集まり、縁の女性達は1人1人、宮廷御用達の生地屋が持って来た最高級の生地の中から、順番に好きな生地を選んでいったのだという。
 生地屋だけではなく、仕立て職人達や高名なデザイナー達も幾人かその場に伺候していた。
 勿論、ドレスに合わせた装身具も必要になる事から、靴屋や帽子屋、宝飾デザイナーまでもが集められる。
 ドレスの生地やデザインに合わせた小物類も選ばなくてはならないので、その日は一日中、広間から女性達の笑いさざめく声が絶えなかった。
 女性達はじっくり時間をかけて生地とデザイン、それに合った靴や帽子や扇を選んだのだ。
 そして、年末には件のドレスが出来上がり・・・そのドレスで新年の儀は滞りなく執り行われたのだった。



 アンネローゼは、「このドレス・・・確かに地味で目立たないけれど、それだからこそ普段使い出来るのよ」と小さく笑っていた。 

 

 アンネローゼは現在、皇帝フリードリヒ4世の一番のお気に入りの寵妃ではあったが、年若い新参者だったし、今でこそ『グリューネワルト伯爵夫人』の地位を得ているものの、出自は「帝国騎士<ライヒス・リッター>」の称号しか持っていない貴族の娘である。

 彼女は後々の事を考えて、生地やデザインを選ぶ順番を最後にしたのだという。


 実は、生地を持ってきた生地屋やデザイナー達は、皇帝陛下の覚えめでたい若き寵妃という事でアンネローゼに取り入ろうと、一番最初に声を掛けたらしい。
 だが、生地屋とデザイナー達は、その場に居並ぶ高貴な女性達に凄まれて、慌ててアンネローゼの元から離れた。

 高貴な女性達を敵に回しては、自分達の身が危ない。
 特にベーネミュンデ侯爵夫人が激しく扇をパチンと打ち鳴らし、生地屋は自分の身を守る為に、慌てて侯爵夫人の下に駆け寄ったそうだ。


 アンネローゼは、ベーネミュンデ侯爵爵夫人のギラギラ光る蛇のような視線や、やはり冷たい真冬の氷のような視線を投げかける皇帝の2人の娘・・・ブラウンシュヴァイク公爵夫人や、リッテンハイム侯爵夫人を出し抜く勇気は持ち合わせていなかった。
 そして2人の娘達を母に持つ孫娘達も、敵意剥き出しでアンネローゼを睨み付けていたのだった。
 他にも、亭室とゆかりの女性達が幾人かいたが、彼女達も自分達よりも上位の女性を慮り、アンネローゼとは視線を合わせようとはしなかった。


 元々穏かな性格のアンネローゼにとってこの場所は針の筵であったが、彼女は俯いたまま末席で自分の番を辛抱強く待っていた。
 それがうなだれた様に見えたのか、女性達はヒソヒソ話をしながらアンネローゼを完全に無視し、やっと夕刻になって彼女の晩が回って来た時に残っていたのは、地味過ぎて誰もが敬遠した、恐ろしく地味な色合いの生地だけだったのである。


 「ふぅん・・・なるほどね。それで、そのドレスと言う訳なのね?それにしても、あなたという人は本当に欲が無いわねぇ・・・。良く我慢していると感心してしまうわ」
 やや呆れて、ヴェストパーレ男爵夫人はゆっくりと扇を開いた。
 「でも・・・私は・・・」
 「ふう。そんな生地じゃ、デザインを考えるデザイナーも大変だったのではないかしら。まぁ、デザインは悪くはないけれど」
 「実はね、このデザイン・・・。デザイナーの方の弟子の方のデザインなのですって・・・」
 「まぁ!なんですって!?・・・デザイナーの弟子のデザイン・・・ねえ、それ、本当なの?」
 ヴストパーレ男爵夫人は扇を口を隠して目を丸くした。
 「でも、このデザインは気に入っているの」
 「確かにあなたに凄く似合うとは思うけれど・・・。まぁ、未来の巨匠の卵だと思えばいいわね。思わぬところで先行買いね。・・・そう思う事にしたらいいわ」
 芸術に明るい男爵夫人が言うと、アンネローゼも微笑んだ。
 「本当にそうね。その方が有名になるといいわね・・・」
 たおやかなアンネローゼに男爵夫人も相槌を打つ。


 「・・・あぁ、それにしてもあの人達には本当に困ったものだわ。何しろあの人達は自分達を神様のように思っているのだから。本当はね、私だってあの人達に面と向かってハッキリ言ってやりたいのだけれど相手が悪すぎるわ。・・・こればかりは仕方ないわね。でもね、何だかとっても悔しいわ!」


 ヴェストパーレ男爵夫人は、自分が苛められた訳ではないのに悔しげに唇を噛んだ。 

 相手が相手・・・本当に悪すぎる。
 口出しなんか出来ない・・・何しろ、相手は門閥貴族なのだ。
 いつもは強気のヴェストパーレ男爵夫人も、さすがに彼等には面と向かって言えないのが悔しいのだ。


 「コソコソ文句を言うだけなんて、本当に嫌だわ。悔しいったらないわね・・・」


 溜め息混じりに言って肩を竦める男爵夫人。
 アンネローゼは一瞬困ったような顔をしたが、男爵夫人の優しさに心が温まり、静かに微笑んだ。


 「・・・そうそう。・・・男爵夫人。立ち話もなんですから、そろそろお茶にしましょう。あなたが来るからさっきケーキを焼いたの」


 男爵夫人も頷いて、静かに扇を閉じた。


 「そうね。・・・そうしましょう。ところで・・・アンネローゼ、今日は何のケーキなのかしら?」
 「ふふふ・・・桃のケーキなの」 

 「美味しそう・・・あなたのケーキは絶品だから楽しみだわ」

 
 (多分・・・一番最初に生地を選ばなくてはならなかったとしても、彼女なら遠慮して、一番地味なこの生地を選び取ったに違いないわね。アンネローゼはそういう性格よね・・・)


 香気漂う熱いお茶を淹れ、手作りのケーキを切り分ける憂い顔の伯爵夫人を見つめながら、男爵夫人は小さな溜め息をついた。




Das Ende





 アンネローゼと、ヴェストパーレ男爵夫人です。
 このお題も、100のお題からの作品です。


 そして、何を書けばいいんだ、このお題・・・って思っていました。

 そこで、無いアタマを振り振り、色々考えた結果、男爵夫人のセリフとして使用して、完成・・・となりました。


 この生地を選ぶ話のヒントになったのが『源氏物語』です。
 記憶の底に残っていた話なので、どの帖にあった話かは覚えていませんが、光源氏が女達の新年の衣装の生地を選ぶというのがありまして。<確か、紫上と一緒に選んでいた気がしますが。
 尤も、ヒントと言うか、参考にしたのはそれだけです。
 「源氏物語」に鼠色の生地の話は出てきませんです。


アンネロ-ゼなら地味なのを着ても、元が美しいから何でも似合うんじゃないかと思います。


 私ね、原作を読んでいた時にイメージしていたアンネローゼの声は・・・池田昌子さんでした。


 池田さんは、外伝の「汚名」で登場してくれましたので嬉しかったのですが、何故、池田さんがアンネローゼのイメージだったかと言うと、高貴な香りがするんですよ。

 オードリー・ヘップバーンの吹き替えは池田さんだし、「銀河鉄道999」のメーテルや、「エースをねらえ!」のお蝶夫人とか、儚そうに見えるのに芯が強くて包み込んでくれるような・・・。

 池田さんの声には癒しが含まれている気がします。


 でも、藩恵子さんがアンネローゼに決まった時、あぁ、それもあるか!!と思いました。

 

 男爵夫人については、「声優さんに会いたい!?」で書きましたが、横尾さんで良かったと思います。