「う・・・痒い・・・」
左腕の感覚がおかしかった。
そのうちに、左手の手首と、手の甲が無性に痒くなり、その痒みに我慢が出来なくなった・・・。
「・・・うう・・・。なんでこんなに左腕が痒いのだ?それに・・・ここは一体どこなのだろう?」
ふうっと息を吐いて、私はうっすらと目を開けた。
白くもやがかかったような視界の中で、無意識に右手で左手をかこうとして・・・一瞬ぎくりとする。
自分の左腕の・・・二の腕から先が全く無かった。
私の上半身・・・肩から腕にかけて、白い包帯とゼリーパームでびっちりと覆われていたのだ・・・。
それなのに、手が痒いなんて・・・全くおかしな話だ。
どうして、こんなベッドの上にいるのだろう・・・あぁ、そうか。
私は今、人類発祥の地である地球にいたのだったな・・・。
だが・・・それを感慨深く思う事も、感傷に浸る事もない。
全く馬鹿げた話だ。
・・・話にならない。
いつの間にか、自分の艦隊の中にまで、あの忌々しい地球教徒が潜入していようとは!
人類発祥の地ではあるが、うら寂れたこんな辺境の地にまでやって来たのは、地球教の根絶が目的だった。
ところが、兵士の中にも地球教徒が潜んでいたとは、俺とした事が全く迂闊としか言いようがない。
危ういところで一命は取り留めたものの、彼等のテロによって左腕を永遠に失う事になろうとは・・・!!
まだ麻酔が効いているのか、痛みそのものは感じない。
ただ、本来なら有るべきところに、見なれたモノが存在しないという違和感に、奇妙な気分になって顔を歪める。
「閣下!痛みますか!?」
私の手術を終えたばかりで、経過を見る為に処置室に残っていた軍医が私の表情に気付いたのだろう、血相を変えた。
そして、慌てて駆け寄って来る。
「大丈夫だ・・・痛くは無い」
まだ麻酔は効いていたので痛みは感じなかった。
麻酔が効いているのにさっき腕に無性に痒みを感じたのは、きっと幻覚だったのに違いない。
私が痛みがない旨を伝えると、軍医は少しだけ安堵の表情を浮かべた。
「そうですか。他に痛み等はございませんか?腕の方は、解毒その他、処置は完璧に終わっておりますのでご安心下さい」
彼はそう言ったものの、私の左腕に視線を落とすと表情を硬くした。
「しかし左腕は・・・」
軍医は心苦しそうに答え、私は軍医に「なんだ、その事か。これは卿のせいではないから気にするな。・・・色々と済まなかったな」と労いの言葉を掛ける。
私は目覚める直前まで、混沌とした意識の深層で、様々な夢を見ていた。
何か黒い物にひたすら追いかけられたり、見なれたオーディンの風景や同僚達、果ては意味不明な幾何学模様が意識の中にいっぱい広がったりもしたが、私がハッキリと覚えている夢は、数年前の私の結婚式のシーンであった・・・。
緊張しながら、純白のドレスに身を包んだ彼女の・・・ヴィオレットの左手の薬指に指輪をはめ、彼女も私の左手の薬指に指輪を・・・。
そして、公衆の面前で・・・嘲笑の対象となりながらのキスがこんなに恥ずかしいものだとは・・・と思いながらの誓いのキス。
甘く、そして懐かしかった・・・。
彼女は息子を難産の末に産み落として・・・それで・・・。
あれで、2人の絆が永遠に途切れてしまったという苦い記憶までもが一気に呼び覚まされた・・・。
・・・指輪・・・そうだ!!
・・・結婚指輪!
私は、大事な事を思い出した。
「おい、私の左腕はどうなっているのだ?」
当然と言えば当然の質問。
軍医もを聞かれる事をある程度予測していたのだろう。
「・・・閣下の左腕は現在は冷凍保存してあります。使われた毒物の特定等、幾つか検証する必要がありますので。しかしながら、それが済み次第・・・閣下には大変申し訳ありませんが、処分する事になろうかと思います」
「ふむ・・・それはそうだろうな。私も自分の腕のホルマリン漬けを後生大事に鑑賞する趣味は持ち合わせていないからな」
私が真顔で答えると、軍医の顔が一瞬引きつった。
「それで、義手はいつ出来る?」
「早急に・・・と申し上げたいところですが、ここでは設備が整いませんので、仮の義手を着けさせて頂きます。なお、正式な義手製作につきましては、本国に戻り次第着工させて頂きます。その間・・・仮の義手で不自由をお掛けしますが、その点は我慢頂きたく・・・」
軍医は慎重に言葉を選びながらも、淀み無く答えた。
「分かった。まぁ、命が助かったのだ。多少の不自由は我慢するさ。・・・ところで・・・俺の切断した左手には指輪があったと思うのだが・・・置いてあるのだろうな?」
「はい、ございました。左手の薬指に。・・・あれは結婚指輪でございますね?」
「あぁ、その通りだ」
私がゆっくりと頷くと、「すぐにお持ち致します」と軍医はその場を離れ、数分後、銀色のトレーに乗せた指輪を持参した。
トレーに乗せられている、プラチナ製のシンプルな指輪。
あまりにも飾りっ気のないデザインにしてしまったので、妻に申し訳ないと思っていたが、妻は「あら、この方が実用的でいいわ。それに、私・・・指輪と結婚した訳じゃないもの」とはにかんだ笑顔を返してくれたのを思い出す。
彼女と結婚して良かった・・・と思っていたし、幸せにしてやりたかったのに、早々とヴァルハラに逝ってしまった妻。
「あぁ・・・妻が亡くなる前も後も、これは外した事が無かったんだ・・・」
・・・そう、人から何度再婚を勧められようとも、ずっと指輪を外さなかったのは私の固い意志の表れだ。
今でも彼女を愛しているから・・・再婚なんて考えた事も無い。
「・・・でな。義手が出来たら、この指輪をしたいんだが・・・」
そう切り出すと、軍医は一瞬、言葉に詰まる。
「それがですね、閣下・・・義手には規定のサイズというものがありまして・・・。指輪が合うかどうか・・・」
軍医の声のトーンがますます小さくなる。
「・・・すると何か?卿は私にずっと外したままでいろと言うつもりか?」
私は声を荒げた訳では無いが、自分でもひどく冷たく、きつい声を出していた。
その剣幕に圧倒されたのか、軍医は表情を引き締めた。
「・・・いえ、閣下。指輪のサイズに合わせるよう対処致します。多分、閣下からの依頼であれば、微調整は可能だと思います。ところで閣下・・・。この指輪ですが、サイズは何号でしょうか?」
私の手はかなり大きいので、指輪もそれなりに大きかった。
だが、サイズが何号だったかは覚えていない。
指輪を選んだのはヴィオレットだったし、指輪のサイズを測ったのは店の人で、その時に号数を言ってくれたはずだが、困った事に、自分の指輪のサイズなど覚えていなかった。
・・・私はそういうものには恥ずかしい話だが、かなり疎い。
「・・・悪いが、サイズを覚えていないのだ。この指輪を見て調べてくれ。悪いな」
「分かりました。早急にお調べします」
「・・・それと、ちゃんと義手に合うのだろうな?」
私が不安そうに聞くと、軍医は真面目な顔つきになって、「大丈夫です。どうかお任せ下さい」と言い切り、彼は義手製作の為のカルテに、私の指輪に関する事を事細かく書き添えた。
ワーレンの本物の左腕は永遠に失われてしまったが、特注で作られた彼の新たな左手の薬指には、彼が天に召されるその時まで、愛妻との思い出が刻み込まれた指輪がはめられていた・・・。
Das Ende
100のお題より、「欠けた左手」です。
『欠けた左手』と言ったら、この人、ワーレンしか思い浮かばないです。
いや・・・義手なら、キフォイザーで負傷したコンラート・リンザーもいますけどね。
ワーレンの奥さんの名前をこんなところで設定する事になろうとは・・・って事で、勝手に『ヴィオレット』と名付けてしまいました・・・。
息子の名前も設定済み。
知人のサイトでルッツの追悼企画があった時に、アルベルト・ザムエルって名前にしたんです。
ワーレンの結婚指輪・・・。
きっと指輪に、2人の名前とか彫ってあるんだろうな。
書いている時に岡部政明さんの声がしましたです。
岡部さん・・・シブイお声ですので、ワーレンは、ルッツよりも年下なのに年上に感じちゃいます。
だってさ、ルッツの堀さんの声・・・若いんだもん、何となく。
声優さんって凄いな・・・と思ったのは、外伝OVAの「奪還者」で若いワーレンが出て来たのだけど、あれを演じた時も、岡部さん、かなり高齢だったはずなのに、若く演じていたなぁ・・・って。
岡部さんは、アニメの「YAWARA!」で柔ちゃんのお父さんを演じてましたが、よくぞワーレンを演じて下さいました!!って感じ。
ワーレン・ルッツ・ケスラー・メックリンガー・・・この4人は本当にシブイ。
そして、シブさを感じさせるのは声によるところが大きくて、もうね、ワーレンが最高にね^^@
因みに、岡部さんは2010年現在、78歳です。
堀さんは来月69歳・・・なので、10歳違いなのね。
因みに池田さんが、今年61歳(今、60歳)で、土師さんが今年58歳(今、57歳)だったりします。
ビッテンフェルトの野田さんが今年67歳(現在66歳)で、ミッターマイヤーの森さんが、今年65歳(現在64歳)で。
アイゼナッハの津嘉山さんが66歳で、60代が圧倒的に多いんですよね。
最終的に生き残っていた、「獅子の泉の七元帥」ですが、物語と一緒で、一番若いのがミュラーの水島さんだったりします。
水島さんは今、54歳なので^^@
うーん・・・岡部さんと、24歳違いですか・・・二周り違うのかぁ・・・考えてみたば凄いわね。
岡部さん・・・お願いです。
いつまでもお元気でいてほしいです。
現在86歳で、現役バリバリの久米明さんとか、80歳を過ぎても現役って人はいっぱいいますので、岡部さんもどうか、お願いします★
因みに銀に出いていた声優さんの最高齢は、男性では1924年生まれの久米明さんで、女性ではビュコック夫人の沼波輝枝さん(1923年生まれ)だと思います。
沼波さんは現在、高齢を理由に芸能界から引退してしまわれましたが、久米さんの方はNHKの「鶴瓶の家族に乾杯」でナレをされていますので、これはホント凄いと思います!