親父が宇宙船の・・・不慮の事故で亡くなったのが運のつき。
それも、歴史を学ぶ為に、大学進学の許可を取り付けた直後の事故だっただけに、運が悪いとしか言いようがない。
これで自分の将来にケチが付いた。
・・・素晴らしい人生だと言ってくれる他人は多いが、果たして・・・そう言えるのだろうか??
小さな会社を経営していた親父だったけど、会社の実情はとんでもなく悪くて火の車だった。
だから、父の会社は抵当に入っていて、借金まみれだった。
少しでも借金を返したくて、親父のコレクションを換金しようと思ったが、頼みの綱の骨董品は、1つを除いてあとは真っ赤なニセモノ。
手元に何も残らなかったから、涙なんて出ようはずもなく、逆に笑いが止まらなかった。
もう、茫然自失・・・呆れてものが言えない。
本物が、大きな壺の「万歴赤絵」だけだったなんて・・・。
大学で歴史を学びたかったんだが、希望はあくまで希望。
金がなければ、大学なんか行ける訳がない。
いや、もし大学に行けていたとしても・・・金がなけば、退学を余儀なくされるだろう。
だから、タダで勉強が出来て、多少の給金も出る士官学校行きを決めたのだ・・・。
卒業したら、戦史の研究をするつもりで・・・。
なのに、在学中に、「戦史研究科」が廃止になるなんて思いもしなかった・・・。
子供の頃、母が歌ってくれた童謡に、魔法のポケットからビスケットが出てくる歌があった。
歌のタイトルはとうに忘れてしまったが、ポケットを叩くとビスケットが出てくる不思議なポケットの歌だ。
・・・士官学校の制服のポケットを叩いたら・・・お金が出てくればいいのになぁ。
そんな状態だから、貯蓄なんかある訳はないし。
実家があって士官学校に通っていたヤツみたいに、余裕資金なんてあるはずが無い。
だから、士官学校を卒業後も・・・やっぱり金欠で、懐がさみしかった。
絵に書いたような金欠生活なのでは、車を買う余裕もない訳で・・・。
一応、免許だけは取得しているけれど、モノがなければ、ただの紙切れ・・・いや、ただのプラスチックのカードだ。
それで、おのずと移動手段・・・通勤には電車を利用するしかなかった。
卒業してすぐに前線勤務となった同期生が多かったが、私の場合は幸いな事に、統合作戦本部記録統計室の勤務。
あてがわれた官舎から、電車を利用しての通勤が可能だったのだ。
毎朝、同じ時間に官舎を出て通勤する。
だから・・・同じ電車に乗り合わせる勤め人も多かった。
・・・と言えば、規則正しい生活をしている訳じゃない。
軍人は規則正しいと思われるかもしれないけれど、毎日、もう少し早く起きれば良かったのだ・・・と、慌てふためいて官舎を出るのだ。
目覚ましを時計を幾つ持っていても起きられないほど、寝起きが悪いのだから仕方がない・・・。
本当は、始発電車を待って座って、ゆっくり寝て通勤・・・なんてのをしてみたいとも思ったが、思うだけで終わってしまう。
いつも遅刻スレスレの電車だったので、座れた試しは1度も無い。
ただ、いつも少しだけは反省をしてみる・・・もうちょっと早く起きさえすれば座れるのだと。
それでも、乗る車両は何とか同じだったので、それだけは自慢出来る事で・・・まぁ、自慢にはならないか。
そんな訳で、車内で目にする光景はいつも一緒だった。
7時52分発の電車。
・・・前から4両目の一番後ろ。
黒いオーストリッチのバッグに、暗褐色の髪を結い上げて編みこんだOLがドア近くの席に座っていた。
私より年上で年の頃は20代後半・・・というところか。
紺やグレーのかっちりしたスーツを品良く着こなしている。
その女性が気になったのは彼女が美人だからとか、そんな事じゃなくて、火曜日の朝にいつも読んでいるのが歴史雑誌だったからだ。
・・・それも、毎週発行されているカラー・ビジュアルの雑誌だ。
その雑誌は、雑誌にしては高額だったので私の場合は古本でしか買えない。
女性が読んでいるのはいつも最新号だ。
だから・・・内容が気になって、悪いなぁ・・・と思いつつ、ついつい覗き込むような形になってしまう。
すると、視線を感じて彼女はムッとして本を閉じてしまう事もあった。
だが、彼女は頑なに席を変えない。
座って行く為に始発駅でかなり待ってから乗っていてると思われたし、きっとこの席が気に入っているのだろう。
ある時、よろけて、彼女の足を思いっきり踏んでしまった。
穏かそうな彼女がこの時ばかりはキッと睨んだので私は気まずくて、慌てて頭を下げたっけ・・・。
慌てて謝ったのが良かったのか、それ以上睨まれず、ホッと胸を撫で下ろした。
あれから1年・・・。
最初は少尉だった私も昇進して、中尉になると同時に惑星エル・ファシルでの勤務の為にハイネセンから離れた。
そして、その時の功績が認められて、ひょんな事から軍の最短記録の4時間大尉を経験して、あっと言う間に少佐になってしまった。
早い話が中尉から特進したという訳で。
生きている人間が二階級特進するなど、同盟軍の歴史上、かなり稀な事らしかった。
まぁ、私自身は偉くなったつもりなどないけれど。
そして、少佐になった私に与えられた今度の難題のテーマは、過去の英雄ブルース・アッシュビーを調べる事だ・・・。
実は、戦死ではなくて謀殺されたなんて説があるらしい。
まぁ、生きている間から色々と噂が絶えなかったというから、そんな説があってもおかしくない。
士官学校での先輩のキャゼルヌ中佐は、アッシュビー提督に関する匿名の手紙があったと言っていたけど、何故、これを調べるのが私なんだろう?
確かに“歴史が好き”ではあるけど、それだけの理由で白羽の矢が立てられるのはどうも納得がいかない。
どうもこういうのはなぁ・・・。
かと言って次の任務も決まっている訳でもないし、先輩の目には私が暇そうに見えたのだろう。
暇そうな後輩に優しい先輩が与えてくれた仕事なのだ。
前線に行く訳でもないから、これは・・・まぁ、ありがたい事ではあるけれど。
事の真相調べを任されて調べだしたのはいいけれど、官舎備え付けの端末だけではとても情報が足りなくて、結局こうして、図書館まで出向く事になった。
世間では読書の秋でもある。
ちょっと遠いが大きな図書館で調べるのも一興だ・・・。
ついでに歴史書も借りる予定。
そして、久し振りにあの通勤電車に乗った・・・時刻も偶然にも7時52分。
車内の様子は今までとは違っていたが、見覚えある顔が乗っていた。
あの、歴史の本を持ったOLだ。
たった1年前の事だが、懐かしいと思うのは何故だろう?
そんな事を考えている内に、またしてもよろけて彼女の足を踏んでしまった。
慌てて謝ると、彼女は少佐の階級章を見て目を丸くした。
「あら・・・確か去年は少尉でしたよね?もう少佐になったんですか?あなた・・・エリートでいらっしゃるのね」
私は思わず、「ええまぁ・・・」と曖昧に答える。
彼女は私の階級など知らないと思っていたから、彼女の言葉を意外に思って戸惑ってしまう。
でも、私自身はエリートだとは思っていないし、大体・・・軍の上層部にコネがある訳でもない。
「エリート・・・とは違うと思いますよ」
迷った挙句そう答えたら、彼女は自分の中で何か答えを見つけたらしく、「じゃぁ、きっと戦果を挙げられて出世なさったのね。・・・これからも頑張ってね」と、にっこり微笑んだ。
戦果・・・あれも戦果なんだろうか・・・エル・ファシル。.
私が、あの惑星での事を思い返した時、彼女は、私が乗った駅の次で軽やかに降りて行った。
・・・今までは、自分よりも先の駅まで行っていたはずなのに。
その時に初めて気が付いたのだが、彼女は去年までは無かった指輪をしていたのだ、左手の薬指に・・・。
たった1年なのに色々と変るものだな・・・と思う。
毎朝見かけていたOLは、今もOLのようだが結婚しているようだったし、自分もまた、不本意だったが、「エルファシルの英雄」と呼ばれるようになってしまった。
さて・・・と。
目的の駅では、アッテンボローが首を長くして自分を待っているはずだ。
今日は長丁場になりそうだし、食事でも奢らないといけないかなぁ・・・こんな面倒な事に巻き込んでしまった詫びに。
そんな事を考えて吊革をもう1度持ち直して、窓の外に目を向けて思いっきり大きな欠伸をした。
THE END
一応、外伝4巻のヤンです。
ブルース・アッシュビー忙殺疑惑を調べる為に図書館へ出向く・・・という設定にしてあります。
『螺旋迷宮』の外伝は、第二次ティアマト会戦が入っていて、730年マフィアが出て来るので、銀を2倍楽しめます。
ブルース役の風間杜夫さん・・・もっと声のお仕事なさればいいのに!!って思いました。
銀の中で通勤電車・・・凄く難しいテーマです。
100のお題は、凄くいいお題がある半面・・・うう!となるお題もある。
まぁ、元々、物書きさん用のお題であり、銀河英雄伝説で書くと決まっている訳ではないので、仕方ないのだけど。
さて、同盟軍でも、ある程度のステイタスの人は電車になんか乗らないし、士官学校とかは寮生活だから殆ど通勤電車に乗らないし。
いやぁ・・・本当に悩みましたよ・・・。
それで最初は、ヤン家から学校に通うユリアンだとか、色々と考えてみたんですけど、どれもシックリいきませんでした。
・・・で、結局、行きついた先はヤンだった訳です。
士官になりたての頃に見た光景(少尉時代)と、現在(少佐時代)の光景がリンクしています。
私の勝手なイメージかもしれないけど、ヤンって、通勤にマイカーではなく、電車を使っている感じがするんですもの。
OLというのも私の勝手な妄想・・・もとい、オリジナルですが、通勤の時、毎日見かける人っているものです。
そういや・・・昔、通勤中にむかついた事がありました。
私は背が低いですが、度、頭の上で雑誌や新聞を広げられて憤慨した事がありまして・・・私の頭は机かい!!?と憤慨したものです。
目の前でパラリパラリとめくられて顔に紙が触れるので腹が立ち、(だって、頭の上にあるんだもん・・・)思いっきり払いのけてやりました!!
そうしたら、そいつはさ・・・机は動くな!!って感じで、私の頭を押さえつけたんだよね~!!
もう、悔しかったなぁ・・・アレは。
同盟側では電車に似合うという事でヤンにしましたが、これはアッテンボローでも、ホワン・ルイでも、ビュコック爺さんでも・・・似合いそうです。
一方、帝国側で通勤電車が似合いそうな人は・・・うーむ・・・サッパリ思い浮かびません。(笑)
まぁ、同盟でも・・・ヨブ・トリューニヒトは、特急ならともかく、通勤電車には乗らないでしょうけどね。
まぁ、ハイネセンを舞台にした「電光掲示板」で、ベルゲングリューンを夕方の電車に乗せてしまいましたが、それ以外は・・・ちょっとね。
駄作でスミマセン。
それから、外伝の話は、OVAでは郷田ヤンなのですが、私は・・・富山ヤンの声に変換して書いていました・・・とだけ言っておきます。
郷田さんも好きなんだけど、ヤンはやっぱり・・・アレでしょ・・・。