「グスタフ・イザーク・・・ちょっと来てちょうだい・・・」
何だか母さん<ムッター>の声が弱々しい。
僕は読んでいた本を閉じて、慌てて母さん<ムッター>の元に行った。
「ねえ、母さん<ムッター>・・・大丈夫?」
ここ最近、母さん<ムッター>の顔色は悪い。
これで、母さん<ムッター>までどうにかなってしまったら、本当にどうしたらいいんだろう・・・?
僕は、それだけが心配だった。
先だって、カール・グスタフ・ケンプ上級大将・・・僕の父さん<ファーター>の葬儀が軍葬で行われたばかり。
葬儀当日は、気を張っていた為か、気丈に振舞っていた母さん<ムッター>だったけど、本当は具合はあまり良くない。
母さ<ムッター>の具合が悪くなったのは、メックリンガー大将が父さん<ファーター>の訃報を伝えに来てからだ。
明るくて優しい母さん<ムッター>だったのに、全く笑わないし、家から一歩も出ようとしないのだ。
そして、今にも泣きそうな悲しそうな顔で、ぼんやりと家族写真を見ては溜め息ばかり付いていた・・・。
「もう・・・ここをね、出て行かないといけないのよ」
悲しそうな母さん<ムッター>の声。
「ここって、このうちの事?」
僕は思わず室内を見渡す。
「そうよ・・・ここは官舎だから。これからも遺族年金とか色々と出るのだけれど、ここにはとどまれないの、分かるでしょ?」
「う・・・ん」
僕は曖昧に頷いた。
「あのね、ほら、ここはご近所も皆、軍人の家庭でしょ?お前達の父さん<ファーター>は昇進したからいいのだけど、この戦争で、戦死した人・・・本当に多いのよ。だからね、母さん<ムッター>の田舎に皆で行って、あそこで暮らした方がいいわ。・・・お祖母ちゃんもいるし・・・ね?」
母<ムッター>さんは弱々しく微笑んだ。
「母さん<ムッター>・・・僕は母さん<ムッター>がそうしたいならいいよ。そうなると、学校は・・・転校するんだね?」
「・・・そうね。あなた達には転校してもらわないといけないわね。だから、お友達とさようならしなくちゃね・・・ごめんなさいね」
「・・・友達と別れるのはさびしいけど、仕方がないよ。それに、僕もお祖母ちゃんの家なら行きたいし」
僕は泣きそうになっている母さん<ムッター>のそばに行って、手をギュッと握り締めた。
そうでもしなければ、今にも母さん<ムッター>は倒れてしまいそうに見えたから。
「あぁ、グスタフ・イザーク・・・。お前の手は温かいわね・・・」
母さん<ムッター>は僅かに微笑んでくれたけれど、肩が微かに震えていた。
「それでね、お願いがあるの」
「・・・何?」
「引越し用のガムテープ買って来てほしいの。大きな家具は・・・元々、ここの備え付けだったのだけど、洋服や食器とか、処分しないで持って行く物も沢山あるから・・・。ダンボールはね、今日の午後に業者が持って来てくれるのだけど、ガムテープは無いんですって。だから・・・ね」
「うん。じゃぁ、お店まで買いに行って来るよ。どのぐらい買えばいいのかな」
「そうね・・・取りあえず20個買って来てちょうだい」
「分かった。行って来るよ」
「お願いね」
母さん<ムッター>が僕にお金を渡し、ちょうど出かけようとした時に、公園に遊びに行っていたカール・フランツが泥だらけになって帰って来た。
しかも、頬には涙の痕が一筋・・・僕は不安を覚えて、弟を別室に呼んだ。
「カール・フランツ。凄い泥だらけじゃないか・・・いったい、何があったんだ??」
「何でも・・・ない」
カール・フランツは俯いている。
よく見たら、膝小僧が擦りむけて血が滲んでいた。
「何でもない訳ないだろう?膝だって怪我をしているじゃないか。それに、それ・・・涙の痕だろう?」
「お兄ちゃん・・・僕・・・転んだんだ・・・」
消え入りそうに小さな声。
カール・フランツは転んで怪我なんかをしてもすぐに泣く子じゃない。
それに、怪我をした日は帰って早々に母さん<ムッター>の所に行って、「痛いの、痛いの、飛んでいけ~」って言ってもらうのだ。
けれど、今日のカール・フランツは様子がおかしい。
帰って早々に、母<ムッター>の所へ行く気配がないから。
だから僕は、カール・フランツが転んだのではない事に気が付いたのだ・・・。
「カール・フランツ。転んだだけでこんなに泥だらけになる事はないだろう?いいかい。お兄ちゃんにはちゃんと正直に話して・・・ね?怒ったりしないから。それに、カール・フランツは強い子だろ?」
「お・・・お兄ちゃん・・・」
僕の声に安心したのか、カール・フランツは僕にしがみついて来た・・・そして、声を上げて泣き始めた。
遊びに行った公園で何があったんだ?
僕の心あった不安の種が大きく芽吹いように感じた。
「僕・・・いつものように、ユリウスと遊ぶ約束してたの。それで一緒に遊んでいたら・・・パウルとマクシミリアンが来て・・・ユリウスに、『これからは、カール・フランツと遊んだら僕達の仲間には入れてやらないぞ』って言ったの」
僕は、カール・フランツと仲の良い、その子達の顔を知っている。
そして、その子達の父さん<ファーター>が、父さん<ファーター>の艦隊にいる事も。
「それでね・・・パウルがね、僕に『お前の父さん<ファーター>は人殺しなんだぞ!』って・・・。マクシミリアンも、『僕の父<ファーター>が死んだのは、お前の父さん<ファーター>のせいだ!父さん<ファーター>を返せ!』って・・・うう・・・」
「人殺し・・・って、そんな事を言われたのか・・・」
僕は悲しくなるのと同時に、カール・フランツが可哀相で仕方がなかった。
「そしてね・・・パウルがユリウスに何か言ってて、何を言っているのかな・・・って思ったら、急に泥団子を作って3人で僕にぶつけてきたの・・・。公園にいた他の子も一緒になって僕を追いかけて来たんだ。僕・・・逃げようと思って走ったら転んじゃって。そうしたら、『こいつ、転んだぞ!もっと泥をぶつけるんだ!』って・・・。お兄ちゃん、僕・・・悪い事は何もしてないのに何でなのかな?僕・・・分からないんだよ、みんなに意地悪されるのが。それに、父さんは<ファーター>は立派な軍人だよね?人殺し・・・じゃないよね?僕・・・僕・・・うわぁ~ん・・・」
矢継ぎ早にそう言って、カール・フランツは堰を切ったように泣き始めた。
きっと、パウルとユリウス、マクシミリアンって子の父親も・・・僕達の父さん<ファーター>と同じ戦地で戦死したのだと悟った。
カール・フランツはすぐには泣きやみそうになかった。
このままだと、泣き声に感づいた母さん<ムッター>に知られそうで、僕はカール・フランツに「ねえ、母さん<ムッター>に頼まれた買い物があるんだけど、一緒に行こうよ」と切り出した。
「お兄ちゃんと一緒に?じゃぁ、行く・・・」
カール・フランツは僕の顔を見て、しゃくり上げながらも涙を手で拭いて、やっと笑ってくれた。
「じゃぁ、すぐに洋服を着替えておいで。いいか、母さん<ムッター>はちょっと具合が良くないんだから、自分で着替えるんだぞ。そして、汚れた服は、洗濯機に入れるんだ、いいね?」
「うん、分かった・・・」
カール・フランツは大きく頷いた。
「僕・・・これから絆創膏を持って来るから、消毒して・・・それを貼ったら買い物に行こうね」
「うん。じゃぁ、服を洗濯機に入れてくるね」
カール・フランツは漸く笑顔を見せた。
僕等は連れ立って近くにある雑貨店に行った。
その途中で、「ほら・・・あの子達、この間の戦争で・・・」とか、「軍葬だなんて凄いわよね・・・うちの主人の弟なんか、2階級特進しても中佐止まりだもの・・・」とか、ひそひそ話す声がする。
中にはあからさまに大声でこんな事を言う人がいた。
「うちの人はあの子達の父親の部下だったし、それに、うちの息子は上の子と同級生だったのよ。だから本当に気をつかったわ。うちの主人の葬儀も軍装にしてくれたら良かったのに。本当に、尉官なんて損なだけよね」
母さん<ムッター>がここのところ家から出ようとしないのは、こういう悪口のせいに違いない。
聞こえない所で言うんじゃなくて、わざと聞こえるように言うんだもの。
そして、自分達の子供に、家族が戦死した上に戦争に負けたのは、僕らの父さん<ファーター>のせいだって言っているんだろう・・・。
だから・・・カール・フランツは、今まで仲良かった友達に泥団子をぶつけられたんだ。
こういう事が起きるって分かってたから、母さん<ムッター>はお祖母ちゃんのいる田舎に行こうと思っているんだな・・・と、子供の僕でも理解した。
それに、カール・フランツには言えなかったけれど、僕の友達の中にも、父さん<ファーター>が亡くなってから、急によそよしくなった子や、急に意地悪を言うようになったり、反対に全く口をきかなくなった子が増えたのだ。
先生達ですら、冷たくなって・・・何故?って思っていたけど・・・。
そして、僕はやっと分かったんだ。
今まで、先生が優しくて、僕を特別扱いしてくれたりしてたのも・・・。
友達達が僕と仲良くしてくれていたのも・・・。
それは、僕の父さん<ファーター>が、銀河帝国軍の大将だったからなんだ・・・という事に。
カール・フランツはまだ小さいから分かってないんだろうけど、戦争に負けるという事は、人から非難されるのに耐えなきゃいけないって事なんだ・・・。
「お兄ちゃん・・・どうしたの?怖い顔してる・・・」
カール・フランツに言われて、僕は慌てて表情を和らげた。
「そんな事ないよ。ほら、笑っているだろう?」
「うん。ねぇ、僕も、それ持ちたいな」
「・・・じゃぁ、2個持つか?」
「うん!!」
僕はビニール袋に入っていたガムテープ20個のうち、2個はをカールフランツに手渡した。
父さん<ファーター>が戦死したのだから・・・この家での年長の男子は自分しかいないんだ・・・。
これからは、もっと母さん<ムッター>の手伝いをやって、カール・フランツの面倒を見て、父さん<ファーター>がいない分・・・僕がしっかりしないと。
ガムテープの入った、ちょっと重いビニール袋をよっこらせ・・・と、抱え直す。
「ねぇ、カール・フランツ・・・今度ね、お引越しするんだよ」
「え~お引越しするの??どこに行くの??」
「えっとね・・・もうちょっとしたら、お祖母ちゃんの所に行ってね、一緒に住む事になるんだって・・・」
「え~本当に?」
「うん・・・。だから早く帰って、母さん<ムッター>がお引越しの準備するのを一緒にお手伝いしような。僕らが、父さん<ファーター>の代わりをするんだよ。だって、僕達は男の子だもん」
「うん。そうだね。僕ね・・・一生懸命に母さん<ムッター>のお手伝いをするよ。僕・・・男の子だもん!!」
カール・フランツの屈託の無い笑顔に、僕は苦笑するしかなかった。
そして、僕は家族を守っていこうと誓った。
そう・・・これからは、勉強も、家の事も、もっともっと頑張って母さん<ムッター>を助けてあげなきゃ・・・。
僕は、ヴァルハラへ旅立って行った父さん<ファータ->のように強くなりたいと思った・・・。
Das Ende
100のお題として、「ガムテープ(ケンプ一家編)として書いた作品の改訂版です。
改訂版・・・実は、最初に書いていたのは、こちらの方なんですが、弟のイジメは、グスタフ・イザークにはつらすぎるかも・・・って、その部分を変えてUPしたのです。
だけど、よくよく考えてみたら、それはいけないかもしれない・・・と思い始め、カール・フランツのイジメ部分が入ったこちらもUPする事にしました。
まぁ、改稿前と改稿後の作品を読むと、違いが分かるし、ホント、読み比べると面白いかも。
よく、作家や漫画家さんが、過去の作品を見て「恥ずかしい」とか「もっと書けたのでは・・・」とインタビューとかで言っているのを見て、「え、そうなの?」って思っていた私ですが、自分で書いてみて分かりました。
書いても書いてもキリがない。
書き直したくなるんですよ。
そして、もっと良く書けるんじゃ??って思うんです。
カール・フランツは、今は自分が苛められたのが分からないだろうけど、グスタフ・イザークがいれば大丈夫かな・・・って。
前回の作品のコメントにもありましたが、この話は同盟軍にも置き換えられます。
たとえば、ウランフ提督の家族とかも、そんな感じじゃないのかな??。
考えたらキリがないので、ここで筆を置きますが、この一家に希望の光がありますように・・・と、祈りたくなります。