銃声と爆発音・・・。
 そして人々の怒号が漆黒の闇夜に響き渡った。
 重い鉄の門と重厚かつ豪奢な造りの玄関扉が瞬く間に破壊される。
 その異様な物音に重なる叫び声に、下男や侍女達・・・使用人は血相を変えて使用人部屋から飛び出した。


 「一体・・・こんな時間にここを何だと・・・!名門カルシュン男爵邸ですぞ!!誰の断りでこのような無体な・・・!」


 銀ぶちのモノクルを付けた、威厳が服を着たような老執事が乱入者である軍人達に叫ぶ。
 集団の先頭にいた軍人・・・少佐の階級少を付けた細身の男は執事の顔を一瞥し、口の端に笑みを浮かべた。
 「ええ、ここがカルシュン男爵家だという事は、我々は重々承知しております」
 「こんな夜更けに非常識な・・・」
 「申し訳ないが、たった今から、ここは銀河帝国軍によって拘束されます!何人も、無駄な抵抗はされませんように願います!」
 彼は手にしていた書類を高々と掲げた。
 「それは・・・」
 「男爵一家の逮捕状です。勿論、正式な・・・ね」
 少佐は、自分よりも背の低い老執事を馬鹿にしたように見下ろした。


 「突入開始!」


 少佐が声を発した瞬間、彼の後方に控えていた兵士がどっと邸内に踏み込む。
 「早く家人を探し出せ!」
 口々に叫び声を上げる。
 幾人もの軍靴の音。
 それが、深夜の邸内に異様に響き渡った。
 あまりの出来事に老執事は驚いて動けなくなり、その場で震えるばかりだった。


 他の使用人達も真夜中の乱入者達に怯えてその場に立ち尽くす。
 そして、一体、何が起こったのかと、その目に恐怖の色を浮かべる。
 中にはその場にへたり込んで、成り行きを茫然自失の体で見ている者もいる。
 老執事は震えていても始まらぬと腹に力を入れて背筋を伸ばすと、意を決してリーダーらしき少佐に声をかけた・・・これは一体何事なのかと。


 「・・・実は先ほどリヒテンラーデ公が拘禁されましてね。それで、一族であるこちらの男爵にも逮捕状が出たのですよ。あなた方は・・・1時間以内に荷物をまとめてここを出られた方が得策だと思いますよ。男爵に忠誠心を誓って残っても構いませんが、それはあまり利口とは言えないですよ。助かりたいのならすぐにここを出て行き

なさい」


 その言葉を聞いた瞬間に、使用人達は我先にと走り出した、この場から逃げ出す為に。
 老執事は迷いを見せたものの、我が身の可愛さから、彼もまた使用人達に続いて走り去った・・・。


 「ふん。忠誠心は無し・・・か」


 使用人達の滑稽な姿に少佐は苦笑した。


 やがて、大きなマントルピースのある豪奢な居間に、ここの主であるカルシュン男爵とその妻、2人の子供・・・娘と息子が集められた。
 事態を飲み込んでいないのか、それとも恐怖感からか、茫然自失の一家。
 自殺や大騒ぎを恐れて猿轡をかまされ、後ろ手に縛られた一家であったが、部下が使用人が屋敷から全員出て行った事を少佐に報告すると、伯爵と子息の猿轡

のみが外された。
 妻と娘は寝台から引きずり出された時に恐怖から気を失っていた。
 軍人達に乱暴に担がれて部屋に放り出されてぐったりと床に横たわり、息子は、怯えた目で、軍人達を見つめていた。


 「一体何が・・・」

 怒りを含んだ男爵の瞳・・・だが、軍人達は動じなかった。

 「リヒテンラーデ公が逮捕されたのですよ。お気の毒ですが」
 「伯父上が・・・まさか!?」

 リップシュタット戦役で、自分達は貴族連合軍には与しなかった。
 カルシュン男爵家ではどちらに付くか迷ったものの、宰相の地位にある伯父のリヒテンラーデ公の口利きで帝室側に付いた。
 自分達は正当なる皇孫を皇帝に戴く大義名分を要しているので、ローエングラム候の陣営に就く事は正しい判断だと思ったからだ。
 リヒテンラーデ公の血縁者は皆、ローエングラム候の陣営に与し、幼い皇帝陛下の御為にと私財を投げ出す者もいたほどだ。
 だからこそ大規模な粛清を免れて、戦役後が帝室によって領地も資産も護られて安泰だったはずだ。
 それなのに帝室側に付いた伯父上が逮捕拘禁など、何かの間違いではないのか?
 あり得ない話であった。
 カルシュン男爵の母親はリヒテンラーデ公の妹であったが、戦争の為に私財の一部を軍に拠出していた。
 それなのに逮捕とは・・・あり得ない!!


 「私は軍の為に金を出した。後ろ暗い事は何もしておらぬ。それに伯父上も・・・何かの間違いではないか?」
 「賢明なるあなたであれば説明などせずともお分かりでしょうが、現法においては、重い罪を犯した者の一族は、皆、悉く罪の償いをせねばなりません。・・・で
すから、あなた方も、すぐにここから出て頂きます」
 「こんな夜中に押しかけて・・・私達を脅すつもりか!そもそも・・・伯父上の罪とはなんなのだ!?伯父上は清廉潔白な方だぞ!そして私もだ!!」
 カルシュン男爵は叫んでいた・・・。
 いや、叫ばずにはいられなかったのだ。
 「・・・清廉潔白ですか。まぁ、罪状については何れ・・・お分かりになると思います。さて・・・と。あなたを含めたご家族の名前と年齢とをおっしゃって下さい」
 「・・・夜中に夜襲をかけるぐらいだ。そんな物はとっくに調べ上げてあるのだろう!いちいち・・・」
 「夜襲ですか。まぁ、確かにそうですな。我々としても手荒な真似はしたくなかったのですが、急を要するので仕方ない事だったのですよ。とにかく、あなた
方が、本物であるかを確かめるのもまた我々の仕事でして・・・さぁ、お名前を・・・」

 男爵は唇を噛んだ。
 ここは従った方が得策だと思い直し、うなだれたまま掠れた声を出した。


 「セバスチャン・フォン・カルシュン・・・39歳。妻のマグダレーナは37歳。娘のユリアナは12歳、息子のヨーゼフは9歳だ」
 「違うよ、お父様。僕・・・一昨日10歳になったんだよ。誕生パーティーを開いて下さったのに忘れてしまったの?僕、10歳になったのだから、幼年学校に行
くんだ。ねえ、入ってもいいでしょう?」
  それまで怯えて黙り込んでいた少年は年齢を間違えられたのを知ると、慌てて、父親の寝間着の袖を引っ張って抗議した。
 「あぁ、そうだったな。・・・ヨーゼフ・・・」
 男爵は息子の髪を撫でてやった。
 

 「ほう10歳ね・・・」

 微笑みながら書類に目を落とす少佐に対して、少年は「10歳は大人なんだぞ!子供扱いしないでよ。・・・10歳になったら幼年学校にも入れるんだから!」と、誇らしげに軍人達を眺め回した。
 「大人・・・確かにそうですな。10歳は大人ですなぁ・・・」
 少佐は人の悪い笑顔を浮かべて含み笑いを漏らす。
 そして、書類に何やら書き込んだ。
 少佐は書類を見て満足そうに頷くと、部下に命じて、倒れたままの妻と娘を連れ出すように命じた。
 気を失った2人は、少佐の部下達が無言で担ぎ上げても目を開ける気配がなかった。


 「・・・おい!2人をどこへ連れて行く気だ!」
 ただならぬ気配。
 軍人達に不審感を持った男爵が叫んだ。


 「そう、興奮なさらぬよう。奥方とお嬢さんは・・・辺境惑星の流刑地に行く事になります」
 「辺境の流刑地だと・・・」
 男爵の声が震えた。

 「ねぇ、お父様、僕達はどうなるの?お母様達やお姉様とは一緒に行けないの?そうだ・・・ねぇ、僕・・・幼年学校に入れなくなってしまうのかな・・・」
 父親とともに取り残された少年は怯えた表情を向ける。
 「・・・まことに残念ですが、幼年学校には永遠に入れますまい。あなた方の時間はこれより先・・・止まるのです、永遠にね」
 「何だと!?それはどういう・・・」
 男爵の鋭い叫び。


 「そもそも、私達は・・・一体どこに・・・連れて行かれるのだ?」
 「・・・第13号獄舎です」

 それを聞いた瞬間に男爵の顔からは色が消えた。
 そこは、悪名名高い治安維持局が使っている特殊な獄舎だった。
 今まで行った事も見た事もないが、いわゆる拷問などを行う目的の処刑場で・・・残酷な処刑道具が揃っている“地獄”だと聞いた事がある。
 そこに遅れたら最後、生きて帰れない・・・と。

 そこへ自分達が送られる??
 何も悪い事をしていないのに・・・何故だ?
 大人だけならまだしも、10歳になったばかりの・・・まだまだ子供の息子まで獄舎に入れるとは何と理不尽な!
 茫然自失の体で俯いたまま黙り込む男爵とは対照的に、息子は未だ事態を理解していないようだった。
 「そこ・・・ここから遠いの?ねぇ、教えてよ。それから時間が止まるってどういう意味なの?」
 貴族の子供にしては珍しく素直そうな少年は、顔面蒼白の父親や無表情な軍人達に屈託ない笑顔を向けた。



 後年、カルシュン男爵邸に踏み込んだ兵士の1人、ヨハン・ゲート(当時少尉)が当時を回顧した手記を出版。




 「幼年学校に入りたがっていた貴族の少年は、護送される間も私にしきりに幼年学校の事を聞いてきた。しかし、私が爵位のない平民で、士官学校へは行ったものの、幼年学校には行っていないのを知ると急に黙り込んでしまった。行った事のない者に聞いても無駄だと悟ったのだろう。少年が黙ってくれた事で私もホッとした。私達は一家を第13号獄舎まで護送したが、男爵を含めて各地から集められた一族の男達はほどなくして全員銃殺刑に処された。10歳から15歳までの少年達は銃殺だけは辛うじて免れたが、大人達が処刑された翌日に、全員が一か所に集められて、毒ガスで一瞬にして処刑された事を知った。その瞬間に私は何ともやりきれない気持ちにかられた。長い軍生活の中であの一件だけは忘れようにも忘れられず、何十年経った今でも、私におぞましい悪夢を見させるのだ・・・」




Das Ende




 100のお題より、「壊れた時計」です。


 このタイトルを使って、リップシュタット戦役直後の・・・闇の部分を描いてみました。
 エルフリーデの事は描かれているものの、他の親族はどうだったのか?
 原作で詳しく描かれていなかったので、物凄く気になりました。


 あえて、原作にはかかれていなかった部分を自分なりに補ってみた感じです。


 リヒテンラーデ一族は、どういう末路を辿ったのか?
 10歳以上の男子は処刑ですから、『壊れた時計』を“永遠に時が止まる”・・・としてみました。
 自分達は安泰だと思っていただけに、何とも哀れな末路です。
毒ガス・・・某国の悪しき歴史のようだ・・・。<しかも、帝国軍とダブるしなぁ・・・。
 自分で書いててイヤになりました・・・だって、暗すぎるんだもん。


 カルシュン男爵一家やゲート少尉はオリジナルです。
 ゲートって名前は・・・スティーブン・スピルバーグ監督の映画「シンドラ-のリスト」に出てきた第二次世界大戦下のドイツ軍の将校の名前を使わせて頂きまし

た。
 あの映画はホロコースト物だったのですが、3時間半ぐらいあったのに映画館で、6回は見ました・・・。
 ビデオで借りて見たり、とにかく沢山見ました。
 部分的に、パートカラーで取った箇所もありましたが、前編に渡ってモノクロという手法で撮られた映画。
 勿論、原作も持っていまして、何度も読み返しました。
 あ、その人はヨハンじゃなくて、アーモン・ゲートでしたけどね。(多分、ドイツ語読みだとアルマンになると思うなぁ・・・名前)
 スピルバーグ監督自身も、ユダヤ系なので、あの映画は本当に重かったです。