「私は殺していないわ!」


 聞かれる度に私は質問者に何度も告げた。
 けれど、質問者も、そのそばにいる人も・・・冷たい視線で私を見るだけで、誰も私の言う事なんか信じてはくれなかった。
 本当に、何度同じ事を聞けば気が済むのかしら。
 ・・・ここの人達はきっと相当頭が悪いのね、お気の毒に・・・。
 
 「あなた以外に誰がハルテンベルク伯を害するというのですか?さぁ、こちらを見てちゃんと答えなさい!!」

 目付きの悪い男がテーブルをバン!!と勢い良く叩いて私を睨みつける。
それまで丁寧な言葉を発していたとは思えない鋭い声。
 その男の剣幕に圧倒されて私はたじろいだ。
 私は男の脂ぎった顔を見たくなくて唇を噛んで横を向いた。


 「・・・ちゃんとこちらを向きなさいと言っているのが分からないのか!!」


 鋭いその声に危険な物を感じて、私は仕方なく正面を向いた。
 「さぁ、あなたがハルテンベルク伯を殺害した件について・・・」
 「もう、いい加減にして下さらないこと?私は何もやってないと言っているでしょう!本当に私は何も知らないし、第一、敬愛する兄を殺す動機も無いわ。・・・これ以上ふざけた事を言うつもりでしたら、しかるべきところに訴えますよ」
 私がきつく睨んでも男は動じなかった。


 「いいですか。この事件を目撃した侍女や下男達の話では・・・」


 私はそんな話を聞きたくないので目を瞑って両手で耳を塞ぐ。
 その瞬間、男は舌打ちをした。
 そして声が更に大きくなった。
 「こちらを見なさい!しらばっくれるのもいい加減にするんだ!!」


 その声にまたしても圧倒されて、私は仕方なしに男に向き合う。
 私が向き合った事に男は頷いて書類を片手に話を再開した。


 「目撃者・・・これはあなたの屋敷の使用人達ですが、彼等は大きな物音で飛び出したら、あなたが伯爵を階段から突き落とし、更にその上に鉢植えを落とし、伯爵にぶつけたと言っているのですが。それをハッキリ見たと・・・ね。つまり・・・あなたの軽率な行為によって伯爵は階段から落ち、更にあなたによって鉢植えが落とされた事によって、ご不幸にもそのまま亡くなられたのだ」


 この人・・・いったい、何を言っているのだろう?
 
 「使用人達からの通報を受けて憲兵隊がご遺体を調べた結果、伯爵の胃から、睡眠薬の成分が検出されました。あなたは医師から睡眠薬を処方されていたのでしたな。それと全く同じ成分の物でした。また、その夜、コーヒーを淹れて伯爵に出されたのはあなたご自身だったと使用人達から聞いています。コーヒーカップについていた指紋はあなたと伯爵以外は検出されていない。伯爵が自殺したのではない事を鑑みれば・・・。つまり、あなたはご自身が医師から処方された睡眠薬をコーヒーに混ぜて伯爵に供した訳で、これは計画性のある殺人と断定され・・・」


 「お待ちなさい。何を根拠にそのようなでたらめを言うのです・・・?」
 「・・・おや、困りましたな。私はいい加減な事を申してはおりませんよ。良いですか。あなたは、伯を階段から突き落として、更に鉢植えをぶつけて殺害してしまったのだ!その事実をいい加減にお認めなさい!証拠も揃っているのですよ?」
 「いいえ!私は殺してなんかいません!」
 私は頭に血が上ってしまい、思わず椅子から立ち上がった。

 「あなた方は何故下賎の者が言う事を真に受け、ハルテンベルクの高貴な血を引く私にこんなひどい仕打ちをなさるのですか・・・!」
 私が叫ぶと男は溜息を付いて、私の顔を撫で回すように見た。
 その目つきの厭らしさ。
 私は身の毛金を感じて、身震いして声を荒げてしまった。


 「本当にに嫌な目つきだこと!あなた方は・・・我が伯爵家に何か恨みでもございますの!?」
 「これは心外ですな。伯爵家に恨みなどはとんでもない。何度でも言いますが、目撃者がいるのですぞ。階上にいるあなたと、階下で不幸にも息絶えた伯爵とを目の当たりにした者が!証拠も十分。あなたは明らかに殺人を犯しているのです。お認め願いたいのですがね」
 「だから・・・殺してないと何度も申し上げているでしょう!」
 私の叫びに男は首を振った。


 「宜しいですかな。あなたの亡くなられた兄上は警察総局長官であり、あなたご自身も元伯爵令嬢であります」
 「ええ、そう・・・そうよ!兄は伯爵の地位に相応しい、それは立派な方ですのよ。そして私も栄誉あるハルテンベルク家の人間ですわ」
 「栄誉・・・ね。いいですか。あなたは温情で取調べを受けられる身であるのをもっと弁えるべきですね」
 「な・・・温情!?取り調べですって!?」
 「・・・さよう。これは温情なのですよ。あなたは・・・貴族であるがゆえに正式な取調べを受けられるという訳です。その点を我々に感謝して頂きたいものですな。あなたが名門貴族でなかったら、このような大罪を犯した罪人を・・・」
 「貴族でなかったらなんなのです!?それに罪人とはなんです!!」
 「いや・・・とにかくですな。亡くなられたあなたの兄上は・・・」
 「亡くなった・・・。あの兄が亡くなったとおっしゃいますの?まさか、兄上が・・・」
 「・・・はい。ご不幸にも亡くなられました。誰が犯人であれ、亡くなられたのは事実なのです。良いですかな。もう少し現実を把握して頂かないと・・・」


 私は取調官が何を言っているのか意味が全く分からなかった。
 罪人・・・この私が罪人とは、この男は何を寝ぼけた事を言うのだろう・・・。
 不愉快際なりない。
 私が部屋の中を見渡すと、そこにいた全員が絶望と哀れみの表情で私を見たのだ。
 何という目だろう・・・私は今までそんな目で人からじろじろと見られた事は無い。
 ・・・本当にこんなに屈辱的な事は無かった。


 「いったい、あなた方はなんですの?私をそんな目で見ないで下さいませんこと!大体・・・誰の断りで、私をこんな狭くて汚らしい所に押し込めるのです?こんなところには1分でもいたくありません!私に相応しい場所ではありませんわ!!」
 「いい加減になさい。・・・非協力的なのにも限界がありますぞ」
 「とにかく兄に連絡して下さい!!あぁ、そうそう!私の夫にも私を迎えに来るように伝えて下さい!もう!あなたでは本当に話にならないわ!!」

 もう我慢の限界だ・・・こんな扱いを受けるのは!


 「・・・困りましたな。わざと忘れた振りをしてもこちらは一向に構いませんが、あなたご自身で伯を害したのですぞ。忘れた訳ではありますまいな?」
 「あなた・・・私を脅すおつもりなの!?」
 「脅すも何も・・・事実ですからな。あなたは伯爵に薬を使い、階段から突き落としたに鉢植えを投げ付けたのだ」
 「そんな事をやる訳ないでしょう!」
 「あぁ、そうそう・・・ついでに言えば、あなたのご主人はここには来られませんよ」
 「どうして!」
 「・・・どうしてと聞かれても困りますが。・・・我が銀河帝国は叛乱分子と戦争中なんですがね。宇宙の果てにあるイゼルローン要塞から、このオーディンまで簡単に来られませんよ。魔法でも使わぬ限り・・・ね」
 「戦争・・・イゼルローン・・・」
 「あなたのご主人はイゼルローン要塞に赴任されているのでしょう?そして、申し上げにくいが、あなたのご主人は昨日の12月5日に戦死したそうですよ。その件については、あなたの元へも正式に帝国軍から通達が行ったと思いますが。・・・大変、お気の毒です」

  「・・・そう。あの人が戦死したの・・・ふふふふ・・・ほほほほ・・・」
 私は思わず笑ってしまった。
 ヘルマン・フォン・リューネブルクが戦死・・・あぁ、もう2度と戻って来ないのね。
 何故だか分からないけれど、笑いがおさまらなかった。


 私の笑いがおさまったのと同時に、男は傍らの若い男から何かを耳打ちされた。
 男はチラリと私を見て・・・そして、言葉を発した。
 「さて・・・と。今日はここまでにしましょう。さぁ、急いでこの部屋から出て下さい」と、私を促した。

 「兄が亡くなったなんて言うのはやめて下さい。ねぇ、今すぐに兄をここへ呼んで下さい!」
 私がそう言いながら部屋を出ると男は、漸く優しい言葉を掛けてくれた。
 目つきも先程よりは幾分か優しさを帯びていた。


 「大丈夫ですよ、今しがた、朗報が入りましてな。伯爵をここへ呼ぶ事は出来ませんが、あなたを伯爵の元へお連れする事が可能となったのですよ。たった今、当局で決まったそうです。・・・ですから、今日はこれからそこに参りましょう。私も同行致しますので安心なさって下さい」
 
 男の意外な言葉を聞いて、私は、「そう・・・やっと兄上に会えるのね」と嬉しくなった。


 「本当に殺してなどいないのよ、私は。・・・兄上が生きているなら、これからは嘘はつかないで、ちゃんと教えてちょうだいね」




 部屋の片づけを始めた憲兵隊の隊員達は、取調官と看守に腕を取られて出て行きながら、漸く笑顔を見せたエリザベートに溜め息をついた。
 「・・・あんなに美人なのに狂人とは勿体ない」
 「全くだ」
 彼等はエリザベートに対して僅かながらに同情したが、「・・・で、結局どうなるんだ?」と囁きあった。


 その日の夕刻に彼女の永遠の眠りの場として選出された刑場は、ハルテンベルク伯爵家が所有する古びた別邸の1つであった。


 兄が迎えに来てくれるのをひたすら待っていたエリザベート。
 そんな彼女に、アーモンド入りコーヒーだと偽り、青酸カリ入りのコーヒーが供された。

 結局、この事件は、一部の者を除き、単なる“妹による兄殺し”として片付けられる事になる。


 リューネブルク家の資産は、ハルテンベルク伯爵の14歳になる令嬢が相続する事となったが、験が悪いと、処刑に使われた別邸ともども早々に処分され、関係者は重く口を閉ざしたのだった・・・。




Das Ende




 
 100のお題より、「階段」です。


 階段で殺人事件が起きたので、このタイトルで書いてみました。
 外伝3巻に登場した仮面夫婦のリューネブルク夫妻。
 兄である伯爵を殺してしまったリューネブルク夫人のその後は描かれていません。
 うやむやになっているので、こういう結末を考えたのです。


 因みに、12月6日にラインハルト達もリューネブルクが2階級特進した事を知ります。
 でも、原作にはその後の事が書かれていないので、エリザベートがどうなった分からないのです。
 やっぱり、闇に葬りさられたとしか思えず・・・。
 それに、リューネブルク家の資産を親族が相続するとしたら、ハルテンベルク家の人間だろう・・・と考えました。
 リューネブルク自身は同盟からの逆亡命によって帝国へ戻った人。
 彼の資産はそれほどないだろうし、親戚もいないでしょう。
 資産の殆どはエリザベートの持参金だろうし、親戚はどう考えてもハルテンベルク伯側だろうと思います。
 そして、伯爵自身は独身とは思えず。
 なので、ハルテンベルク伯爵令嬢に相続させました。(伯爵令嬢は私のオリジナルです)

 それにしても、原作にあるエリザベートの過去の話は、憲兵隊、貴族、軍が絡み合った実にイヤな事件です。
 そして、事件の真相を知っている一部の者の中には、ライ&キルとケスラーが入ります。
 
 因みに、エリザベートのセル画と、リューネブルクのセル画は持ってます。
 銀の外伝は、第一期外伝まではセル画が存在しているのですが、第二期外伝以降はデジタル化された為、セル画がありません。
 オークションなんかでは、動画や原画が出品される事がたまにありますが、セル画がないのはその為です。

 私はセル画も少しだけコレクションしていますが、背景付きのセル画なんかもあります。
 ホント・・・背景画って芸術品ですね。

 出番がそんなになかった為か、アイゼナッハは持ってません。

 ルビンスキーがワイングラスを持っているセル画を従兄弟に見せたら、「ルビンスキーらしくてイイ!」って言われました。
 あと、ワーレンのセル画をあるショップから通販で購入した際、オマケだと言われて頂いたセル画が、地球教徒のセル画で。
 喜んでいいのか・・・悩みました。

 最終話のセル画で、ミッターマイヤーがフェリックスを抱いているヤツとか、今考えたらレアかも。