「たった1日だけだが・・・休みが取れた。たまには・・・どこかに一緒に出掛けないか?」
彼は、出征前に思いがけない休暇が取れた事を嬉しそうに私に告げた。
ただ、休暇と言っても、たったの1日だけの休みだったのだけれど。
たった1日では泊りがけの旅行も出来ないし、翌日の朝には宇宙へ出てしまうから、日帰りでも遠出は無理そうだった。
それでも、一緒に出かけるなんて久し振りだった。
だから、私も嬉しくて彼に頼み込んで、近くの海を見に出掛けたのだった。
「・・・それにしても、珍しいわね、外に出掛けようだなんて・・・」
「・・・たまにはいいだろう、こういうのも?」
「・・・ふふ。そうね・・・」
彼は軍人だ。
それも高級軍人で、軍務がかなり忙しくて滅多に会えない。
お付き合いを始めた頃は戦艦の艦長をしていて、今は自分の艦隊を率いる司令官。
彼の昇進に伴って、2人で合える時間はどんどん少なくなっていた。
それでも彼は何とか時間を作ろうと努力をしてくれていた。
会う時は、大抵が私の家を尋ねて来てくれて、私の手料理を食べたり、一緒に音楽を聴いたり・・・そして、時には泊まって行く。
彼の住んでいる所は官舎で、彼は私の身分を考えて人目を気にしていたので、私は滅多に彼のところへは行かなかった。
必ず、彼の方が私の家を訪ねてくれたのだ。
私は彼を訪ねても良かったのだけれど、「貴族のご令嬢が変な噂を立てられたら、困るのではないか?」と真顔で言っていた。
貴族と言っても、私の家はすでに両親も他界していたし、私は下級貴族で爵位もないのだけれど。
それでも、口汚い噂を広めたがる人はいたし、彼は私を気遣ってくれていた。
彼の方が私を訪ねる・・・そういう関係がもう5年も続いているのを知っている親しい友人達は、私達の関係に呆れ顔になる。
けれど、私は彼を信じていた・・・それは、彼を心から愛していたから。
『もう。いい加減に結婚しなさいよ。あなたは、もっと自分の気持ちを彼にちゃんと言うべきだわ。5年も付き合ってそういう話も出な
いの?』
『あぁもう!じれったいわねぇ。長すぎる春って良くないわよ。ねえ、彼って優柔不断なの?』
『あなたねぇ・・・気楽そうにしているけど、彼の所へは行っていないのでしょ?彼の浮気とか、そういうの・・・心配じゃないの?』
『私なら、そんな宙ぶらりんな関係はご免だわ』
皆、心配そうに色々言ってくれて、一様に私達の関係を不思議に感じているようであった。
でも、私は何故か焦ってはいなかった。
ううん・・・本当はこの関係をより良いものにしたいとは思っていたけれど、口に出来なかっただけ・・・。
だって、彼には彼の考えがあるのを知っていたし、彼は・・・付き合っている女性は私だけだと言っていたから、多分、大丈夫だわ。
「私・・・彼を信じているから」
皆、そんな事を言っている私を甘いと笑った。
まるで、夢見る少女か、子供だって・・・。
でも、多分大丈夫・・・私達は。
友人達は私のその妙な自信に呆れ返っている。
そんな事ばかり言っているといつか彼が離れて行ってしまうとか、あなたは人が良過ぎるとか、いい加減な事を面白おかしく言うのだけど、私が信じなければ。
彼を信じて待つ・・・それだけが、私に出来る事だから。
・・・そう、信じている。
いつか・・・彼の口から、いつかあの言葉が出るのを。
私はひたすら待っていようと。
彼が安心できる場所は・・・私の所なのだから。
「・・・気持ちがいいわね」
穏かな陽気・・・爽やかな潮風が頬を撫でる。
髪がふわりと揺れ、鼻をくすぐって、私は思わずくしゃみをした。
すると彼は着ていたジャケットを脱いで私にかけてくれた。
仄かに香る・・・彼のお気に入りのコロンの香り。
彼に抱かれているようで、何だか心地良さを感じる香り。
私は履いていたサンダルを脱いで砂浜にそっと素足を付け、サンダルをそれぞれの手に持って、ゆっくりと波打ち際を歩き出す。
寄せては返す波・・・規則正しいリズム波の音・・・。
足の上をサラサラと撫でる波・・・。
・・・水がちょっと冷たい。
まだ夏ではない・・・そう、今はまだ4月なのだ。
「・・・おい、水が冷たいんじゃないか?泳ぐにはまだ早いぞ・・・」
不意に抱きすくめられて、私は彼に身を任せて海を見つめた。
「そうね・・・でも、波打ち際で遊ぶのもいいでしょ?きれいな貝殻だって見付かるかもしれないわ」
「まるで・・・子供だな」
彼の押し殺したような笑い声に私はちょっとムッとした。
「・・・子供ですって?笑う事ないじゃない・・・もう!せめて、ロマンチックとか言えないのかしらね?」
私は身をひねって、彼の自慢の髭を思いっきり引っ張った。
「イテ・・・引っ張るな。・・・痛いだろ」
「ねぇ・・・今度・・・いつ会えるの?ううん・・・いつ帰って来られるの?必ず帰って来てね」
彼が出征して行く時はいつも不安に駆られる。
軍人は死と隣り合わせの職業だから、絶対に軍人を恋人にしないと言っている友人もいる。
いつ帰って来るのか・・・こういう事を聞くのをは、本当はいけないのかもしれないけれど、私はいつも聞いてしまうのだ。
その度に、彼は嫌な顔ひとつ見せずに私に笑顔を見せた。
「必ず戻るさ。そうだな・・・夏には戻れるだろう。その時は長期休暇でも取るか。そうすればもっと会える。・・・あぁ、そうだ。どこか行きたい所はあるか?」
「行きたい所・・・急に言われても思い浮かばないわ」
「そうか。どこでも連れて行くよ」
「あ、そうだわ。あのね・・・ここよりも遠いところの海で、遠浅の海がいいわ。だって、ここの砂浜って小さいんですもの」
「なるほど。遠浅のところ・・・か。じゃぁ、代わりに調べておいてくれ。それで・・・帰って来たらそこに行こう。・・・グレーチェン、約束だぞ」
彼は私をギュッと抱きしめた。
「苦労をかけるけど、待っていてくれ」
「・・・私・・・待つのは慣れているわ。・・・だから、ちゃんと帰って来てね、カール・ロベルト」
「あぁ・・・ちゃんと帰るさ、いつもそうしているだろう?」
「それはそうだけど・・・。ねぇ・・・愛してるって言って・・・」
本当はあの言葉を言って欲しい。
それが無理でも、私は彼に何か言って欲しかった・・・。
私を安心させて欲しかった。
彼は、少し驚いたようだった。
「何よ・・・ここには私達しかいないのよ?言ったって減るもんじゃないでしょ・・・。それから浮気はしないでね」
「そんな事をするものか。愛しているよ・・・グレーチェン・・・」
彼は耳元で小さく囁いてくれた。
柄にもなく照れているようで、それが何とも彼らしくて、私は思わず笑ってしまった。
あの時の約束は果たされていない・・・。
1人で海に佇んで、私は、「嘘つき・・・」と呟いて足元の砂を見つめた。
涙が頬を伝わって流れ・・・とめどなく溢れ出す・・・。
彼の戦死の報せを聞いた時は気丈に振る舞いもしたけれど、本当は心が壊れてしまいそうだった。
たった1人でやって来た遠浅の海・・・。
彼と一緒に来たかった夏の海・・・。
頭上でカモメが1羽、所在無げに舞っていた・・・それは、まるで私のようだった。
当分海は見たくなかったけれど、私がいつまでも落ち込んでいたら彼だって悲しむだろうし・・・。
桜色の小さな貝殻と大きな貝殻を拾って、私は手の中で転がしてみる。
彼の為にも強く生きなきゃね・・・。
そう思って頭上を見た時、カモメは力強く飛んでいるように見え、私は眩しい日差しに思わず目を細めた。
Das Ende
シュタインメッツとグレーチェンです。
またしてもマイナーな・・・ですが。
何となく、2人に似合いのシチュエーションかな・・・とか思いまして。
でも、安易と思う人もいるだろうし、上手く書けなかったので、あぁ、何だか自己嫌悪です・・・。<もっとひねらんかい!って感じ・・・。
原作読んだ時に、彼の最期の言葉が彼女の名前だったのがやけに印象的でした。
それで、100のお題に「遠浅」ってタイトルを見つけた時、グレーチェンだけを主人公に書こうと思ったのですが・・・。
でも、グレーチェンだけじゃなくて、シュタインメッツ提督まで出しちゃいました。
いや・・・彼女だけで書いていたのですが、彼氏もいた方が臨場感が出るなって思って。
ただ・・・私ってば艶っぽい話を書くのがかなり苦手なので、こんな感じじゃ恋人同士に見えませんね・・・あうあう・・・T-T・・・。
あ!!
グレーチェンって、フルネームだと、グレーチェン・フォン・エアフルト。
フォンの称号が付いているから、一応は貴族ですよね。
それでもって、シュタインメッツは丸っきりの平民です。
それで5年の付き合いですか・・・。
・・・って事は、彼女は貴族は貴族でも、下級貴族の出かもしれませんね・・・。
って事は、彼女と彼が付き合い始めたのはブリュンヒルトの艦長をやっていた頃からなんじゃないかな?
じゃぁ、いったいどこで出会ったのかなぁ?とか考えると楽しいですね。
余談ですが、エアフルトという地名がドイツにあります。
田中先生、本当に沢山の地名を使われたんですねぇ・・・って、私も使ったりしているけど。
話を元に戻して。
シュタインメッツと彼女の話は、一応、色々と考えてはいたんですけどね。
夜道で危ない目に遭っている彼女を助けたとか、そんな感じの話。
彼女を、ヴェストパーレ男爵夫人の知り合いに設定して、男爵夫人が自分のパーティーに、ブリュンヒルトの艦橋勤務の軍人達も招待したらどうかな??なんて。
「我が征くは星の大海」辺りだと、メックリンガーも艦橋勤務・・・しかも参謀です。
そう言えば、映画ではメックリンガーは、戸谷公次さんが演じていて、今、改めて見ると逆に新鮮かも。
メックさんは、男爵夫人とは付き合いがあります。(ヘンな意味ではなく)
そして、当時はシュタインメッツは、ブリュンヒルトの艦長だったし。
男爵夫人はアンネローゼの友人だから、勿論、パーティーには彼女も皇帝陛下の許しを得て参加してて、ライ&キルもいる。
そして、男爵夫人の知人って事で、シャフハウゼン子爵夫人やらいて、その中にグレーチェンもいたりして、思いがけず、彼女はシュタインメッツと再会する・・・。
こんな感じなんですね、大まかな設定は。
いつか、形にしたいですが。
彼女は、最終的にはシュタインメッツの遺産を相続したんですよね・・・だって、遺書があったし、恋人だったから。
でも、彼が亡くなったのでは、遺産を相続しても、とてもつらいだろうと思う。
こうして妄想・・・もとい、想像が深まってゆくのでありました・・・。