カタン・・・。


 淡いパステルピンクのコスメボックスをゆっくりと開いて中を確認し、私は小さく溜め息をついた。

 ローズ、チェリーピンク、サーモンピンク、ピーチ、ストロベリーピンク、コーラルピンク、パールピンク・・・。
 目の覚めるようなショッキングピンクは好きではないけれど、それ以外の、どれもピンク系の口紅とマニキュアばかりが並んでいる。
 
 ・・・うーん。
 これでは・・・ちょっと子供っぽいかしら・・・。
 年上の男性は、もっと赤みが強くて、色っぽく見える口紅やマニキュアの方がお好きなんじゃないだろうか・・・。
 本当のところ、どうなんだろう??
 
 私はまた溜め息をついて雨息溜息を付いて、パタン・・・とボックスを閉めた。


 翌日、職場で同僚のマルガレーテの颯爽とした姿を見かけた私は、ほう・・・と見とれてしまった。
 彼女は私よりも3歳年上なのだけど、物凄く大人びていている。
 今日は、艶のある栗色の髪を華麗に結い上げていた。
 象牙色の透き通る肌に、ブルーグリーンの瞳。
 元々の美貌の上に施されたお化粧もバッチリ決まっている。
 ドレスのセンスも凄く良くて、宮廷勤めの女官の間では、彼女はファッション・リーダー的存在なのだ。
 その上、彼女には匂い立つ色気もあった。
 私と似たような下級出身の貴族だけれど、彼女ぐらい美人なら男性が放っておかないだろうな・・・思う。
 だって、女性の私でも憧れを抱くのだから。
 最近、他の人から聞いた話によると、彼女には彼氏がいて、その人は彼女よりも10歳も上の工部省の官僚なのだそうだ。


 マルガレーテは仕事も良く出来た。
 何をやらせてもテキパキしてそつが無い。
 だが、それを鼻にかける事もなく、誰にでも優しいので、誰からも頼りにされていて、だからこそ、皇后様の信頼も篤かった。
 ・・・私の憧れの先輩。
 あぁ、私も彼女のような女性になりたいわ・・・。 


 侍女達の控え室で、周りに誰もいなかった時に、私は思い切って彼女に声を掛けた。


 「あのぅ・・・マルガレーテさん、男の人って、赤とピンク・・・どちらがお好きだと思いますか?」
 「え・・・何の話なの、マリーカ?」
 リルケの詩集を呼んでいた彼女は本を閉じて、私の顔をまじまじと見る。
 私は馬鹿な事を聞いてしまったのではないかとドキドキしてしまい、急に気恥ずかしくなって俯いた。
 「ねえ、どうしたの、マリーカ?」
 「え・・・っと。そのぅ・・・マニキュアとか口紅・・・の事なんです。ほら、今度の14日・・・私、知人をお食事に誘おうと思ったんですけど、
その相手の方は男性なんです・・・。私、そういうのに全然慣れていないし、マルガレーテさんの彼氏は年上の方だってお聞きしていたから・・・」 

 私は言いながら更に俯いてしまった・・・。
 ああ、穴があったら入りたい。
 きっと、顔は真っ赤に違いない・・・実際に顔は火照っているし、もう、何だか恥ずかしくなってしまう。


 本当に顔が上げられないわ・・・でも、俯いてばかりもいられないし、どうしよう?
 「マリーカ?」
 マルガレーテの言葉に私は慌てて顔を上げる。
 すると、マルガレーテが優しく微笑んでいた。
    
 「・・・何のお話なのかしら・・・って思っていたのだけど、なるほど、そういう事なのね。そうねぇ・・・私の彼氏は、大人びた女性が好きなんですって。私、誰からも、『年のわりには大人びているね』って言われるのね、私。だから、私は暗めの赤とか、大胆なバイオレットなんかを使ったりするわ・・・デートの時はね」


 私はやっぱり・・・と思った。
 年上の男性には、大人びている女性の方が合っているのだ・・・。
 私が憧れを抱いているあの方は、マルガレーテの彼氏よりも、更に10歳も年上なのだから・・・。


 「でもねぇ・・・年上の男性には2種類の人がいるのよ。まぁ、もっともこれは年は関係ないかもしれないけれど」
 「・・・2種類・・・ですか?」
 「そう・・・。男性の中には、年よりも大人びた女性が好みの人と、それこそ、可愛らしいタイプが好みだって人に分かれると思うわね。あ
ら・・・。もしかして、マリーカ。あなたの彼って年上なの?私の彼氏みたいに?」
 「え・・・まぁ・・・。あ・・・でも、彼氏というよりは、そのぉ・・・まだまだ私の一方的な片思いっぽいんです。だって、ほら。私って・・・とって
も子供っぽいから・・・」
 私が俯いたまま小さな声で言うと、マルガレーテはクスっと笑った。
 「それで、もうじきバレンタインデーでしょう?だから、私、思い切ってその方をお食事にお誘いしてみたんです。そうしたら、快く受
けて下さったのだけれど、急に自分がその方につりあっているかどうか悩んでしまって・・・」
 私はまた全身に火が点いたように真っ赤になっていた・・・あぁ、何でこんな事を話しているのだろう?
 「私が思うに・・・その人、後者でしょうね」
 「・・・え?」
 「だって、マリーカ・・・あなたを気に入って下さったからOKして下さったのでしょう、その方。・・・という事は、きっと可愛らしい人が
好みの男性なのじゃないかしら?だから、変に気張ったりせずに、いつものピンクでいいと思うわよ。私には似合わないけれど、あなたにはピンクはとても似合っているもの。だから、無理に背伸びをしなくてもいいのではなくて?あなた、本当に可愛いもの。いつもの感じで、十分いいと思うわ。自分にもっと自信をもたないと・・・ダメよ?」
 「・・・いつもの私・・・」
 「そう、普段通りのあなたよ。それにねぇ・・・下手に赤いマニキュアとか、真っ赤な口紅を付けたら、ハッキリ言って似合わない気がする
わ」


 似合わない・・・確かに。
 いつだったか友人から真っ赤な口紅を借りたら、凄くヘンだったもの。


 デートの当日。
 マルガレーテのアドバイスに従って、ピンク系のコスメを使う事に決めた。


 悩んだ末に選んだのは、チェリー・ピンクのマニキュアと、パール入りの淡いピンクの口紅。
 以前友達から誕生日のプレゼントにもらったもので、とっても気に入っていつも使っている口紅とマニキュアだった。


 洋服も悩んだ末に、明るいライトグリ-ンの地に白い水玉の・・・お気に入りのワンピースを着てみた。
 アクセサリーは付けすぎると嫌味になるとマルガレーテから言われたので、あの方からプレゼントされた、ラピスラズリの小さなペンダとお揃いのイヤリングだけにした。

 ラピスラズリは12月の誕生石で濃い青色の中に金色が点在していて、『砂漠の夜空』とか『星のきらめく天空の破片』と呼ばれている・・・。

 私が以前から持っていた誕生石のペンダントはターコイズだけだったので、プレゼントされた事が嬉しくて、今ではこのペンダントを愛用しているの。

 

 それに雪みたいに真っ白なコート。
 衿と袖にミンクが使ってあってとっても暖かい・・・最近買ったおろし立ての!
 靴は・・・白いエナメルで少し高めのヒール。
 そして靴の爪先とサイドに、さり気なくラインストーンの飾りが付いている、これまたお気に入りの靴。


 ・・・ふふ・・・気合だけは十分かしら?

 本当はあまり好きじゃない黒髪も、キッチリと細かい三つ編みをいくつもして寝たから・・・。
 朝になって、三つ編みをほどいてみたら、いい具合に、ふわふわのカールになっていたし・・・。


 「ふふ・・・。うん、良く出来ているじゃない!これならきっと大丈夫ね・・・」


 自分でもけっこう可愛く出来た事に大満足だった。

 私は鏡に向かって囁いてみた。

 あの方は私を見てどう言って下さるだろうか・・・。
 ありのままの私・・・。
 ねぇ、鏡さん・・・これでいいのよね?


 今日は、私とあの方がお付き合いを開始してから初めてのバレンタインデー。
 甘い物がちょっと苦手なあの方の為に苦心して焼いた、このハート型のチーズ風味のクッキーを気に入って下さるといいのだけど・・・。


 あ・・・!
 時計を見てビックリ!!
 ・・・私の方からお誘いしたのに、準備に手間取って・・・これじゃ、約束の時間に遅れてしまいそう!!
 テーブルの上に置いてある、白とピンクのビーズで作られたアクセサリーバッグと、クッキーの入った白い紙袋を慌てて取り上げた。

 
 こうして私は、彼が喜ぶ姿を想像しながら家を後にしたのだった。



Das Ende



 マリーカちゃんです。
 ケスラーとお付き合いを開始して、初めてのバレンタインデーという設定です。
 最初にコレを書いた時はバレンタインデーの設定ではなかったのですが、某サイト(今は無い)でのバレンタインデー企画に合わせて書
き直しました。


 ケスラーはOVAオリジナルのフィ-アでも露見しましたが、どうやら年下が好みのようですから、(あえてロ○●ンとは言わない・・・)


 一応補足して置くと、宇宙暦801年(新帝国歴3年)の5月にアレクが誕生してから、この2人は付き合っていて、原作だと2年後に



ホント、マリーカちゃんは、とっても可愛い・・・ケスラーが年甲斐も無く彼女に惚れ込んだのも分かりますって。



結婚すると書いてある。
 ・・・なので、多少はお付き合いの時間がある訳で、自由に想像が出来るんですね。
 そこで、宇宙暦802年(新帝国暦4年)の2月14日に、マリーカちゃんの方から、ケスラーを食事に誘った・・・という物語にしてみま
した。
 ただし、出てくるのはマリーカちゃんだけですけど。
 あ、いや、マルガレーテもいるけど、彼女はオリキャラですので・・・^^@
 その内に、ちゃんとケスラーとマリーカちゃんが一緒の話も書きますって・・・書けるのか?<ヲイ
 マルガレーテのアドバイスは決して間違ってはいないでしょう。
 私も、ケバいマリーカちゃんは見たくないし。