手のひらにすっぽりと収まる・・・1枚の薄っぺらな小さなカード。
 薄くて銀色に鈍く光るそのカードは、30秒程度のメッセージなら繰り返し録音可能なメモリーカード。
 しかも、ホログラフィ-機能も付いていた。
 ヴィジホンにホログラフィーが残されている場合、それもコピーが可能なカードだった。
 小さなカードを手に、私は溜め息をつく。
 このカードは表面に幾つもキズが入った使い古し・・・。
 本当に何度も録音を繰り返した、安価な量産型のカードだった。


 「もっと高い物か、新品の物に録音しておけば良かったわ・・・」


 繰り返し録音や録画が可能と言っても、やはりそれには限度がある。
 カードに傷が付けば、音が飛んだり、ホログラフィーにちらつきが出たりするのだ。
 
 結婚式や卒業式などの祝い事に使われるカードには、高価なプラチナ製の物や、小さなダイヤが埋め込まれた物などがあって、それなり
に値は張るけれど、若い女性の間は人気が高い。
 その手のカードに彼氏のメッセージを録音しておくと、恋が成就するという噂まであるぐらいだ。
 尤も、それはメーカー側が巧みに女性心理をターゲットにした、所謂売り文句に違いないのだろうけれど。

 彼からのメッセージを手持ちの安価なカードに録音してから、元々の留守番電話のメッセージを消去してしまった事を、私は再生する度に後悔していた・・・。
 あとになってから後悔しても、もう遅いのだけど・・・。


 彼が戦地へと旅立って、宇宙港までその見送りに行って・・・。
 家に戻ったら、彼からのメッセージがヴィジホンの留守録に吹き込まれていた。

 時間的に、もっと長く吹き込めるはずなのに、とても早口で短いメッセージが残されていた。
 けれど、心のこもった・・・彼らしい不器用さが窺える優しい言葉。
 ちょっとはにかみを含んだ笑顔が、彼の生真面目な敬礼と共に、カードの上にふわりと浮かび上がる。
 我が家のヴィジホンは最近買い換えたばかりで、留守録には、最新式のホログラフィーの機能が付いていた。
 静止画ではなく、動きのあるホログラフィーで映像がかなり鮮明なのだ。
 だから、メモリーカードにデータを移し変えた時も、わざわざホログラフィー機能の付いたカードを使ったのだ。
 ただその時、手元に新しいカードがなかったので、ついつい、何度も使い込んだ古いカードに録音してしまったのだ。
 古いカードだから、いくら最新式のホログラフィーでも、画像にちらつきが出ていた。



 『ジェシカ。今日は忙しい中、見送りに来てくれてありがとう。本当に嬉しかった。帰ったら即結婚式を挙げよう。そして2人で温かい家庭を築いていこう。そうそう、結婚式にはヤンもアッテンボローも来てくれるし、一世一代、カッコイイところをあいつらに見せないといけないな。ジェシカの気に入った、あの真っ白なウェディングドレス姿を見たら、あまりの美しさに、あいつらきっとびっくりするに違いない。じゃぁ、帰って来たら、また、連絡入れるから』



 宇宙港で別れ間際、何だかぎこちないキスをしてくれた彼。
 ヤン達の視線が気になったのかもしれない・・・。


 いつでもどこでも彼の声を聞いていたかった。
 留守番電話でメッセージを聞くだけでは物足りなさを感じた。
 だから、この古いカードをを絶えず持ち歩いた。
 言わば、私にとっての心の支え・・・お守りとして・・・。

 彼がこっちに帰って来たら、これからはもっと長いメッセージを入れてくれるように言わないと・・・。
 そう思いながら、私は毎日、このメッセージを聞いていた。

 そして・・・。
 彼の戦死の報を受けた後も、私は何度も何度もこのメモリーカードを再生して、彼の姿を見続けていた。


 真っ暗な部屋に、薄ぼんやりと浮かび上がる彼の姿。
 照れ笑いを浮かべて、だけど真面目に敬礼して、早口でメッセージを喋る彼。 
 画面は多少ちらつくけれど、優しい笑顔の彼の姿。
 それなのに、もうこの世のどこにも彼が存在していないなんて・・・とても信じられない。
 ・・・だって、ほらこうして・・・私の前ではいつも彼は笑ってくれている。
 帰ったら結婚しようって・・・。
 私達は式場も決めていたし、着るドレスの手配だって済ませて、友人達には招待状だって渡してある。
 あとは、彼が戻ってくれば、万事上手く行くはずだった。
 きっと・・・。
 彼だって、まさか自分が戦死してしまうなんて思っていなかったに違いない。


 ・・・今回の戦争は人員を増員しているという話だったし、軍機に触れるから、彼は私にはどんな作戦か細かい所までは教えてはくれなかったけれど、それでも、『作戦上、こちらの方が有利な勝ち戦さ』と言っていたのに。
 それなのに・・・何故、彼はこの世の何処にもいないのか?
 どうして、戦争を賛美知る人がニコニコと笑っていられるのか?
 私には彼等の精神構造が全く理解出来ない。
 私は微笑む彼の姿を直視する事が出来ずに、再生をストップすると、強くカードを握り締める。


 つい、力を入れすぎて強く握った為に、カードが曲がってしまいそうになった。
 涙がとめどもなく溢れ出る。
 政界に身を投じた私を『強い女』とか、『鉄の女』と呼ぶ人もいるけれど、決してそんな事はない。
 私は決して強い女ではない。
 彼を失った直後はカードを何度も何度も再生し、彼の遺体すらない冷たいお墓の前で、彼の名を呟いては、泣いて泣いて泣き続けて、何
度も眠れない夜を過ごした、ごく普通の弱い女なのだ・・・。

 あの蛇みたいな男の前に立った時も、私は会場に入る直前まで、メモリーカードの彼の声を聞いて、高鳴る鼓動と心を落ち着けようとしていた。
 私が大事だと思っている人は・・・たった1人の友人を除いて、皆、悲惨な運命に飲み込まれてしまった。


 もはや・・・黙って成り行きを見ているだけなんて、そんな後ろ向きな事を私は出来そうもなかった。
 ここは民主主義の・・・自由の国だったはずではないか。
 一部の・・・ほんの一握りの軍人達や政治家達が、自分自身の利益の為に国民を扇動して死地に向かわせていい訳がない。
 もっと私達国民は、真剣な気持ちで立ち上がらねばならないのだ・・・。
 権力に屈する事のない、自由の旗を掲げて!!
 ここには言論の自由があるのだから・・・。
 アーレ・ハイネセンが目指した理想を具現化した、“民主共和主義”を謳う国家なのだから・・・。

 自由惑星同盟・・・ここは自由の国だったはずなのに。
 何でこんな世の中になったのだろう?
 
 何かしたい・・・立ち上がろう!
 そう心に決めてからは、私はあのカードの再生をやめた。


 もう、過去を見るのはやめよう・・・。
 彼だって、自分の笑顔の先で涙を流し続ける女の姿なんて、絶対に見たくないはずだもの・・・。
 しっかりと前を、遥かなる未来を見据えて、今、やらなければならない事を探さなくては・・・。


 ・・・私は行く。

 もう、泣いたり、迷ったりしない。
 ジャン・ロベール・・・そして、ヤン。
 私は広い宇宙からすれば、本当に小さな存在でしかないから、果たして何が出来るか分からないけれど、それでも・・・何もしないよりは、
自分の出来る事を・・・やれるだけやってみたいと思う。
 だから、宇宙<そら>の彼方で見守っていて欲しいの・・・お願いね、ジャン・ロベール・・・。



 ・・・宇宙暦797年6月22日。
 真っ青な空が広がった絶好の天気・・・。

 ジェシカ・エドワーズは、ほんの少し迷った末に、メモリーカードの内容を全て消去して、1人、家を後にした・・・。




THE END



 
 もうじき、6月22日が来ます・・・架空の物語ですが、忘れてはならない、スタジアムの虐殺。
 ジェシカ・エドワーズ・・・アニメではちょっとコワイ感じがしましたが・・・。
 実際に、ジェシカの声が怖いと言う人がいますが、同じ声優さんで怖い感じがしたのは・・・ガンダムのキシリアでしょうか。
 まぁ、私的には、彼女の方が絶対に怖いよ・・・躊躇なく、実の兄のギレン・ザビを撃ち殺したし!
 アスターテ会戦が彼女の人生を狂わせたというか、あれはターニングポイント。
 彼女も、ラップが亡くなっていなければ、政治家になる事もなかったでしょうし、いい奥さんになったのではないかな・・・音楽教師を続け
ていたかもしれません。
 そう・・・あそこへ行って亡くなる・・・なんて事もなかったはず・・・。
 そう、宇宙暦797年6月22日は『スタジアムの虐殺』が起きた日です。
 ジェシカの追悼ですね、この作品は・・・T-T
 ガベさん(曽我部和恭さん)は好きだけど・・・クーデターを引き起こした救国軍事会議のクリスティアン大佐は許せません!
 そして、2006年9月にガベさんが58歳で亡くなられて・・・もう、大ショックでした!


 2006年はね、私には忘れられない年です・・・声優さんが沢山亡くなられたので。
 まず、2月にシュトライトの戸谷公次さんが57歳で急性心不全で亡くなられて、それが公表されずに、半年も「生きている」、「いや
亡くなったらしい」と噂のレベルで、2ちゃんねる辺りで議論されてて。
 結局、半年経って、古谷徹さんがブログ内で戸谷さんの事を書いて、やっと議論が沈静化したという・・・。
 そして、8月に入って、7月に検査入院された鈴置洋孝さんが、56歳で亡くなられて、もう、大ショック。
 55歳の誕生日の時にちょうど舞台をやっていたので、「ゴーゴーライブ」を終演後にやったんですけど、観に行っていた私はもうね
~・・・悲しかったです。
 還暦になったら、「還暦ライブをやります!」って宣言されていたのに。
 9月の半ばに、新宿のスペースゼロというホールでお別れ会を事務所主催でやって下さって、多くのファンや同業者の方々が集まりまし
た。
 主催は、ラオウやシドニー・シトレ元帥の内海賢二さん。
 鈴置さんは、賢プロダクションに所属されていましたからね。
 内海さん、最初は気丈にしておられましたけど、最後は涙、涙・・・とにかく涙。
 私も最初から泣きっぱなしでしたが、その後に、ガベさんの訃報・・・。
 その後も曽我町子さんやら、ラーナベルト(オーベルシュタインの執事役)役の野本礼三さんまで亡くなられて、2006年は呪われて
いる・・・って思いました。
 
 そうそう・・・大分前になりますが、とある舞台に出られていた小山茉美さんとお話が出来る機会がありました。
 銀の放映からは随分経つので今更ジェシカの事は言えないけど、「小山さんが担当されるようになってから、ニュースをしっかり見てま
す」って言ってみたんです。
 実際、バラエティよりもちゃんと見るようになったし<テレビ朝日系列の「報道ステーション」です。
 まぁ、「ニュースステーション」時代も、ナレがフレデリカだったのでシッカリ見ていましたが。
 小山さんは「そう言われると頑張らなきゃって思うわ!これからも宜しくね」っておっしゃって下さいましたが、本当にキレイでお優し
い方でした!
 因みにその舞台・・・青ニプロ主催の舞台だったのですが、小山さんのご主人役は何と、ジャン・ロベール・ラップの田中秀幸さんで、一緒
に行った友人も銀のファンだったので、「何だか、ジェシカとラップは結婚させてあげたかったよね」って・・・全くです。
 きっとあの世で再会して、ヤン達を見守っていてくれた・・・と思いたい。