「グスタフ・イザーク・・・ちょっと来てちょうだい・・・」
何だか母さん<ムッター>の声が弱々しい。
僕は読んでいた本を閉じて、慌てて母さん<ムッター>の元に行った。
「母さん<ムッター>・・・大丈夫?」
ここ最近、母さん<ムッター>の顔色は悪い。
母さん<ムッター>までどうにかなったらどうしよう・・・僕は、それだけが心配だった。
先だって、カール・グスタフ・ケンプ上級大将・・・僕の父さん<ファーター>の葬儀が軍葬で行われたばかり。
葬儀当日は、気を張っていた為か、気丈に振舞っていた母さん<ムッター>だったけど、本当は具合はあまり良くない。
母さん<ムッター>の具合が悪くなったのは、メックリンガー大将が父さん<ファーター>の訃報を伝えに来てからだ。
明るくて優しい母さん<ムッター>だったのに、全く笑わないし、家から一歩も出ようとしないのだ。
そして、今にも泣きそうな悲しそうな顔で、ぼんやりと家族写真を見ては溜息ばかり付いていた・・・。
「もう・・・ここをね、出て行かないといけないのよ」
「ここって、このうちの事?」
「そうよ・・・ここは官舎だから。これからも遺族年金とか色々と出るのだけれど、ここにはとどまれないの、分かるでしょ?」
「う・・・ん」
僕は曖昧に頷いた。
「あのね、ほら、ここはご近所も皆、軍人の家庭でしょ?お前達の父さん<ファーター>は昇進したからいいのだけど、この戦争で、戦死した人・・・本当に多いのよ。だからね、母さん<ムッター>の田舎に皆で行って、あそこで暮らした方がいいわ。・・・お祖母ちゃんもいるし・・・ね?」
「母さん<ムッター>・・・僕は母さん<ムッター>がそうしたいならいいよ。そうなると、学校は・・・転校するんだね?」
「・・・そうね。あなた達には転校してもらわないといけないわね。だから、お友達とさようならしなくちゃね・・・ごめんなさいね」
「・・・友達と別れるのはさびしいけど、仕方がないよ。それに、僕もお祖母ちゃんの家なら行きたいし」
僕は泣きそうになっている母さん<ムッター>のそばに行って、手をギュッと握り締めた。
「温かい手ね・・・」と、母さん<ムッター>は僅かに微笑んでくれたけれど、肩が微かに震えていた。
「それでね、お願いがあるの」
「・・・何?」
「引越し用のガムテープ買って来てほしいの。大きな家具は・・・元々、ここの備え付けだったのだけど、洋服や食器とか、処分しないで持って行く物も沢山あるから・・・。ダンボールはね、今日の午後に業者が持って来てくれるのだけど、ガムテープは無いんですって。だから・・・ね」
「うん。じゃぁ、お店まで買いに行って来るよ。どのぐらい買えばいいのかな」
「そうね・・・取りあえず20個買って来てちょうだい」
母さん<ムッター>が僕にお金を渡し、ちょうど出かけようとした時に、公園に遊びに行っていたカール・フランツが泥だらけになって帰って来た。
「ただいま~!あれ、お兄ちゃん、どこ行くの?」
「母さん<ムッター>に頼まれた買い物だよ」
「あ・・・僕も行きたい!!」
「じゃぁ、すぐに洋服を着替えておいで。いいか、母さん<ムッター>はちょっと具合が良くないんだから、自分で着替えるんだぞ。そして、汚れた服は、洗濯機に入れるんだ、いいね?」
「うん、分かった・・・」
カール・フランツは大きく頷いた。
僕等は連れ立って近くにある雑貨店に行った。
その途中で、「ほら・・・あの子達、この間の戦争で・・・」とか、「軍葬だなんて凄いわよね・・・うちの主人の弟なんか、2階級特進しても中佐止まりだもの・・・」とか、ひそひそ話す声がする。
中にはあからさまに大声でこんな事を言う人がいた。
「うちの人はあの子達の父親の部下だったし、それに、うちの息子は上の子と同級生だったのよ。だから本当に気を使っていたのよ。うちの主人の葬儀も軍葬にしてくれたら良かったのに。本当に尉官なんて損なだけよね」
母さん<ムッター>がここのところ家から出ようとしないのは、こういう悪口のせいに違いない。
聞こえない所で言うんじゃなくて、わざと聞こえるように言うんだもの。
だから、母さん<ムッター>は田舎に行こうと思っているんだな・・・と、子供の僕にだって分る。
それに、僕の友達の中にも、父さん<ファーター>が亡くなってから、急によそよしくなった子や、急に意地悪を言うようになったり、反対に全く口をきかなくなった子が増えたのだ。
そして、僕はやっと分かったんだ。
今まで、あの子達が僕と仲良くしてくれていたのは、僕の父さん<ファーター>が、帝国軍の大将だったからなんだ・・・という事に。
「お兄ちゃん・・・どうしたの?怖い顔してる・・・」
カール・フランツに言われて、僕は慌てて表情を和らげた。
「そんな事ないよ。ほら、笑っているだろう?」
「うん。ねぇ、僕も、それ持ちたいな」
「・・・じゃぁ、2個持つか?」
「うん!!」
僕はビニール袋に入っていたガムテープ20個のうち、2個はをカールフランツに手渡した。
父さん<ファーター>が戦死したのだから・・・この家での年長の男子は自分しかいないんだ・・・。
これからは、もっと母さん<ムッター>の手伝いをやって、カール・フランツの面倒を見て、父さん<ファーター>がいない分・・・僕がしっかりしないと。
ガムテープの入った、ちょっと重いビニール袋をよっこらせ・・・と、抱え直す。
「ねぇ、カール・フランツ・・・今度ね、お引越しするんだよ」
「え~お引越しするの??どこに行くの??」
「えっとね・・・もうちょっとしたら、お祖母ちゃんの所に行ってね、一緒に住む事になるんだって・・・」
「え~本当に?」
「うん・・・。だから早く帰って、母さん<ムッター>がお引越しの準備するのを一緒にお手伝いしような。僕らが、父さん<ファーター>の代わりをするんだよ。だって、僕達は男の子だもん」
「うん。そうだね。僕ね・・・一生懸命に母さん<ムッター>のお手伝いをするよ。僕・・・男の子だもん!!」
カール・フランツの屈託の無い笑顔に、僕は苦笑するしかなかった。
そう・・・これからは、勉強も、家の事も、もっともっと頑張って母さん<ムッター>を助けてあげなきゃ・・・。
僕は、ヴァルハラへ旅立って行った父さん<ファータ->のように強くなりたいと思った・・・。
Das Ende
この作品は、100のお題の「ガムテープ」を使って書いたケンプの追悼作品です。
ヤンとユリアンでも「ガムテープ」は書いたのですが、実はケンプでも書いていたんですよね。
同じタイトルで、両方とも「引越し」を扱っているのに全くの別作品。
一方は勝利してイゼルローン要塞へお引越し。
もう一方は、イゼルローン要塞を取り返そうとして失敗し、戦死。
そして、残された遺族が官舎を出て行かなくてはならないお引越し。
さて、グスタフ・イザークですが、彼はお母さんの為に強くならないと・・・と、絶対に思ったはず。
だって、弟はまだ小さいし。
「僕がヤンってやつをやっつけるから」・・・確か、泣き崩れる母親にこんなセリフを言っていたなぁ・・・グスタフ・イザーク。
健気だよなぁ・・・ホント。
それにしても、悲しいなぁ・・・追悼って。
お友達が急に冷たくなるのは、きっと、そうなると思う。
リアルでも、家族が事件を起こしたりしたら、急に冷たくされる・・・って、あると思うし。
戦いに負けたのはケンプのせいではないと思うけど、怒りの矛先は、やぱり、ケンプだろうと思う。
さすがに、ラインハルトに怒りはぶつけにくいでしょうからね。
あぁ、やだ、やだ・・・。
暗い話はホントは書きたくないんだよなぁ・・・。
私はケンプが好きだった為、ケンプ関連の小説が結構あったりします。
ただ、かなり前に書いた作品(10年以上も前)なので、あちこち手を入れないと外に出せないんです。
なので、折を見ながらUP出来たらな・・・と思ってます。