私立ハルシュタイン学園・・・。


 ここは子供好きのクレスタ・フォン・ハルシュタイン男爵夫人が、両親を戦争や病気、その他、何らかの理由で失った孤児達の為に私財を投じて作った孤児院であった。


 こういった慈善活動自体は珍しくもなかったが、孤児院経営をしている男爵夫人の行為は、爵位を持つ貴族としてはかなり珍しい部類に入る。
 大抵の貴族は自らの名前を出した上での寄付をして、それも下賎の者に恵んでやったと言わんばかりの偽善的態度丸出しなのだ。
 そう・・・貴族の慈善活動は、自己満足なモノが殆どであった。
 そんな中、男爵夫人は陰口を叩かれても、積極的に孤児院経営をしていたのだった。


 ここには幼児から15歳までの子供が30人ほどいる。
 中には運良く養子縁組をする子供もいたが、大多数の子供は、男子は15歳で士官学校に進学して軍人となり、女子は夫人の口利きで、
貴族の侍女になる事が多かった。
 しかし、1人立ちするまでの間、親を失って行き場を失った子供達にとっては、三食を満足に食べられて、飢える心配が全く無く、学校
にも行かせてもらえるここは天国だったのだ。


 この学園には、毎月20日に匿名で定期的に寄付があったが、ここ数ヶ月、寄付が滞っていた。
 その寄付は、この学園が出来て既に30年以上も続いていたが、寄付は金銭だけにとどまらなかった。
 時には本だの楽器だのの寄贈もあって、子供達はそれを心待ちにしていた。
 子供達は、この寄付をしてくれる人をいつしか「足長おじさん」と呼ぶようになっていた。
 だから、毎月必ずあった寄付が急に途切れた事で、子供達は、きっと、自分達の足長おじさんが病気になったのだと思った。


 「あのね、ウルスラ先生・・・。私、足長おじさんにお礼のお手紙を書きたいの」

 10歳になるアガーテは、銀色のハーモニカを手にしていた。
 これも足長オジサンからの寄贈品だ。
 昨年送られたこのハーモニカは1人1個ずつあった。
 自由に使って良いと言われて、子供達は自分の“宝物”が出来たと大はしゃぎだった。
 孤児院では、衣類以外の個人の持ち物など殆ど無かったので、嬉しさのあまり、ハーモニカを握り締めて眠る子供もいたのだ。
 今ここで子供たちの世話と教師をしている10人の『先生』も、元々はここの出身だ。
 ウルスラはその中でも一番の古株で、男爵夫人からかなりの部分を任されていた。


 「え?お手紙を書くの?」
 「そう・・・だって、足長おじさんは、毎年、沢山の贈り物や寄付を下さるんですもの。だからちゃんとお礼がしたかったの」
 アガーテはこの孤児院の中では、かなり積極的な子だった。
 「でもねぇ・・・足長おじさんは、本当にどこの誰だか分からないのよ。寄付の窓口になっている銀行に問い合わせても、どこの誰なのか教
えてもらえないんですって・・・。学園長の男爵夫人だって教えてもらえないそうなの」
 「え、それじゃぁ・・・お礼のお手紙を書いても、足長おじさんにはお手紙が届かないの?」
 アガーテはしゅんとして俯いてしまった。


 「・・・じゃぁ、こうしましょうか。1人ずつお手紙を書いて、銀行の人に、『どうか、足長おじさんに届けて下さい』ってお願いしてみるの」
 「お願い?」
 「そうよ。あなただけじゃなくて、皆で書くのよ。皆で一生懸命に頼んだら、銀行の人も、お手紙を渡すくらいはしてくれると思うわ。
だから・・・とりあえず、学園長に許可を取りましょう。お手紙を出しても良いか聞いてみましょうね」
 「本当?私・・・許可が出て欲しいわ!許可が出たら・・・皆に言って、一生懸命にお礼のお手紙を書くわ!」
 アガーテは瞳を輝かせた。


 ウルスラから話を聞いたハルシュタイン男爵夫人も、毎月のように匿名で寄付してくれる人には常日頃からお礼がしたかったようだった
 だが、「匿名」という事は、相手がそれを望んでいない可能性が高い。
 そして、いつの間にか寄付を受けるのが当たり前のようになっていて、お礼をするのが有耶無耶になっていたのだ。
 だから、ハルシュタイン男爵夫人も、子供達が手紙を書くのは良い事だと考えた。
 寄付人から名前を明かさないと約束していた銀行職員も、話を聞いた時は戸惑いを見せていたが、自分達の子供と大して違わない学園の
子供達に同情した。
 そう・・・手紙を渡すだけなら問題ないと思われたのだ。


 許可が下りた事を知ったアガーテは、他の子供達に足長おじさんへ手紙を書く話をし、他の子供達もそれはとてもいい事だと思った。
 皆、一生懸命に手紙を書いた。
 絵の得意な子は、手紙だけではなく、クレヨンでハーモニカを吹いている自分の絵も描いたり、お花が好きな子は、学園の花壇の薔薇の
絵を書いたりした。
 中には花壇の花を押し花にして手紙に添える子もいた。
 皆、足長おじさんが大好きだったのだ。


 ウルスラは子供達の様子に満足し、数日後、ハルシュタイン男爵夫人の手紙と、子供達の手紙の束を持って銀行へ出向いた。
 銀行員達も「必ずお渡しします」と、ウルスラから丁重に手紙を受け取った。

 学園に戻ったウルスラは、子供達に、「ちゃんと銀行の人が届けて下さいますよ」と報告し、子供達は大歓声を上げ、嬉しさから大きくジャンプした子もいた。


ハルシュタイン学園では毎年、5月の最終日曜日に「学園祭」を企画していた。
 この学園祭は、日頃から学園の為に支援して下さる篤志家の方へのお礼の為でもあり、子供達は様々な楽器で合奏するのだ。
 そして、この学園祭にやってきた篤志家の中には、学園の子供を気に入って養子縁組を交わす例も多々もあり、子供達にとっても「学園
祭」は晴れ舞台だったのである。


 「ねぇねぇ、先生!!私が今、考えている事が分かる?」
 「あら、何を考えているの、ヨハンナ?」
 「あのね・・・来月の5月30日に学園祭があるでしょう?是非、足長おじさんをお招きしてして、私達全員の合奏を聴いて頂きたいと思っ
てるの」
 アガーテと一番仲の良い11歳のヨハンナの提案だった。
 「私ね、おじさんは優しい人だと思うの」 
 「それはどうかしら?」
 「あら、先生!絶対に絶対にお優しい方だと思うわ。毎月きちんと寄付して下さる方なんて他にはいないってゾフィー先生も言っていた
もの!私もそういう大人の人になりたいって思うんです」
 「そうね・・・」
 ゾフィーはウルスラと同年代の保母で、いつも子供達に足長おじさんの話をして、「立派な方です。あなた方もそういう大人にならなけ
ればいけません」と言っている。
 「・・・皆、足長おじさんが大好きなのね」
 「私、足長おじさんが大好きなの!」
 アガーテとヨハンナが同時に言う。
 ウルスラは子供達が素直で優しく育っている事が嬉しかった。

 「足長おじさんはきっと優しくて奥ゆかしい紳士だと思いますよ。・・・でも、寄付して下さるおじさんは匿名なの。だから来て頂けるかどうか分からないわ。でも、皆が望むのなら招待状を銀行を通じて出してみましょうね」
 ウルスラが言うと、ヨハンナは「私・・・絶対に来て頂きたいわ。・・・だから毎日お祈りしてみる!」と真剣な眼差しを向けた。
 「それなら私もお祈りするわ!」とアガーテ。
 「あなた達がどうしても・・・とお願いをしたら、実現するかもしれないわね」とウルスラは微笑んだ。
 「きっと、来て頂けるような気がするの。それでね、私も優しくて奥ゆかしくてご立派な紳士だと思うわ。そしてね、『お嬢ちゃん達、
お招きありがとう』って、優しく頭を撫でて下さるのよ!」
 アガーテが胸を張って言ったので、ヨハンナとウルスラは吹き出してしまった。

 こうして子供達は、足長おじさんに学園祭の招待状を出し、おじさんがどんな人かを想像しながら眠りに付いた。


 だが、子供達が奥ゆかしくて立派な紳士だと想像している・・・ハイドリッヒ・ラングは、子供達が招待状を送った1ヵ月後の5月17日に処刑され、学園には永遠に寄付が届かなくなった。


 学園側には寄付が打ち切られた詳しい理由は知らされなかったが、25日に銀行からの代理人が学園を訪れ、寄付人が亡くなった事だけを知らせに来た。
 突然の事に驚くハルシュタイン男爵夫人に、銀行からの代理人は、寄付人の死亡は「不治の病が原因」だったと告げた。
 実際、ラングの死は「病死」と片付けられていたし、銀行もハルシュタイン男爵夫人も真相を知る事はなかった。


 ハルシュタイン男爵夫人も、先生も子供達も、おじさんの名を最後の最後まで知らなかった。
 やはり、ご重い病気をされていたのだと皆悲しみにくれた学園では、5月30日の学園祭で、亡き足長おじさんを偲んで、子供達は精一
杯の合奏をしたのだという。




Das Ende




 100のお題で、「ハーモニカ」というタイトルを見た時、子供達が合奏するイメージが頭の中に浮かび上がりました。
 でも、銀河英雄伝説には、殆ど子供は登場しません。
 そこで、ラングが寄付していた孤児院の子供達の話をでっちあげ・・・もとい、構築致しました。
 公人の顔は非常に悪どいラング氏ですが、私人としては家族思いで、福祉施設に多額の寄付をしていた一面があって
・・・。
 原作でも触れられている、この“善”の部分のラング氏を書いてみたいと常に思っていました。
 ここに出て来る学園もキャラクター達も全てオリキャラです。
 今回、ラングの話が実現した訳ですが、実はこの話には続きがあります。
 こちらはラング夫人が主人公で、タイトルは「MD」です。

 この作品も100のお題からの作品です。
 そして、「ハーモニカ」に登場したアガーテとヨハンナがまた登場します。
 ただ、2作品とも、ラング関連とは言いながら、ラングは既に死んじゃってて、セリフが全く無いのが笑えますけど。(苦笑)
 ラング不在のラングの物語。
 そうそう、ラングは声優さんが二名存在します。
 最初は高木均さんで、次は石田太郎さん。
 最初の高木さんは既に鬼籍に入られていますが、高木さんと言えば、「ムーミン」のムーミンパパや「銀河鉄道999」のナレーション
が有名です。
 まさか、高木さんがラングとは・・・って、最初はかなり驚いたなぁ。
 銀河英雄伝説は、この人がコレをやるのか!?っていう意外な人選もあって、本当に驚かされっぱなしでした。
 アンドリュー・フォークの古谷さんや、キュンメル男爵の三ツ矢さんとか・・・特に悪役に古谷さんを持ってくる音響監督の明田川さん・・・
凄いです。
 皆(銀のファン達)、「古谷さんの悪役にはビックリした!!」って言ってたよ・・・。
 だって、古谷さんには悪役っていうイメージがないもんなぁ・・・。<アムロ、飛雄馬、星矢・・・有名どころの役はみんなヒーロー!