帝国の貴族でも、門閥だの権門と呼ばれる貴族達は、本邸の他に、幾つもの別邸や山荘、荘園だのを所有し、色々な所に不動産があった。
そして、平民には想像もつかない趣味をもつ者も多い。
彼等が蒐集した美術品の取り扱いについては、芸術家提督として名高いメックリンガ-提督に一任されていた。
だが、貴族の各屋敷の調査については憲兵隊の管轄だった為、憲兵総監のケスラーの配下の者達は綿密に作られたリストに従って、主を失って空き家状態になっている屋敷の調査を行っていた。
フロイデン地方・・・。
ラインハルトの姉で、グリューネワルト伯爵夫人も住んでいるこの地方には、昔から貴族の主有する山荘が数多くある。
ただ、やや険しい感にある北側にある伯爵夫人の山荘とは逆に、殆どの山荘はなだらかな南側に集中していた。
南側の裾野は碧く輝く大きな湖に面しており、風光明媚な景勝地だったので、昔から貴族達は挙ってここに山荘を構えたのである。
そして・・・このフロイデンの南側の山荘で悲劇は起きたのである。
シュリッツェン伯爵の山荘は、フロイデンの南側の中腹部にあった。
門閥系ではなかったが、伯爵はかなりの資産家だった。
だが、資産家と言うだけでは、貴族社会での地位は低い。
貴族社会では、門閥系に属する事がステータスであり、それによって貴族の地位が左右される。
その為、この内戦を好機と捉えた伯爵は、リップシュタット戦役時にブラウンシュヴァイク公にいち早く忠誠を誓い、貴族連合軍の一員となったのだ。
だが、そんな伯爵の思いとは裏腹に、貴族連合軍はリヒテンラーデ&ローエングラム陣営の前に敗れ去り、戦争の終結を前に伯爵はガイエスブルグ要塞にて自害したらしい。
彼は自分の家族をガイエスブルク要塞に伴っており、その時に家族も後を追うように自害したそうだ。
伯爵の細かい資産は不明だったが、屋敷や荘園、山荘等の固定資産は、そのままの形でオーディン内に残されていたのである。
この日、この地方を調査したのは5小隊。
シュリッツェン伯爵の山荘の調査を行ったのは、アーフベルデ中佐の隊であった。
山荘の門は重厚な造りの硬い鉄であったが、ブラスターのエネルギーを最大にして焼き切った。
誰も手入れをしないと短期間でこうも荒れてしまうものなのか・・・。
ひっそりと静まり返った表庭、中庭ともに、元は上品な庭園であっただろう場所に、丈の高い雑草がびっしりと生い茂っていた。
重厚な樫材の扉を開けた時も埃っぽくて薄暗く、ちょっとしたっとした幽霊屋敷のようで、居並んだ隊員達もその荒れた様相に思わずごくりと唾を飲んだ。
だいぶ、誇りっぽかったが、玄関フロアは最高級の大理石が敷き詰められており、贅を尽くしたクリスタル製のシャンデリアや、古代の甲冑等が飾られていた。
探査の結果、爆発物などは無いようだったので、隊員達は、そのまま邸内の奥深くに入り込んだ。
山荘と言っても、下手な平民の家屋よりは豪華な造りで、溜め息が出るほどの贅沢振りである。
5分後、先陣として一番奥にまで入り込んでいたカーヴェル大尉の凄まじい金切り声が屋敷内に響き渡る。
そして、間髪入れずに銃声がそれに被った。
3つ隣の部屋で調度品を検分していたアーフベルデ中佐以下、他の隊員達は血相を変えて現場に急行したが、そこには信じられない光景が待ち受けていた。
ブラスターを握り締めたまま既に事切れているカーヴェル大尉。
喉を一気に噛み切られたのか、夥しい血が大尉の身体の下のペルシア風の絨毯を染め上げていた。
そして、暗闇の中で妖しく光る瞳。
狼でも犬でもない・・・低く震える唸り声。
そこには獣が2頭いた・・・コヨーテだった。
黄金の首輪を付けていたので、野生のコヨーテではなく、『ここで』飼われていたモノに違いない。
飢えているのか、瞳が異常にギラついている。
2頭の内、カーヴェルの喉を噛み切った1頭はブラスターで頭を打ち抜かれて既に死んでいた。
残るもう1頭は、死んだ仲間に寄り添いながら、後から入ってきた他の隊員達に威嚇の牙を向けて唸っていた。
だが、飢えている為なのか、コヨーテにしては身体は細くふらついていて、瞳のギラつきとは対照的に立っているのがやっと・・・という感じである。
「これは・・・コヨーテか?」
アーフベルデは、動物図鑑でしか見た事がないコヨーテが、こんな場所にいる事に驚きを隠せなかった。
「コヨーテですか・・・。貴族ってのは・・・ペットまで凄いんですね。隊長どうしましょう、射殺しますか?」
幾人もの隊員が獣を押さえ付け、隊長であるアーフベルデに確認を取る。
アーフベルデがコヨーテにブラスターの銃口を向けた途端、部下の1人が走り出てそれを制した。
「何事だ!!」
「それが中佐・・・」
部下のロックヴァイト大尉の説明を聞いて、アーフベルデは「ふん・・・」とだけ呟いて、ホルダーにブラスターを戻す。
「中佐。いいんですか?」
他の隊員達はロックヴァイトに非難めいた目を向けたが、アーフベルデは首を横に振った。
「カーヴェルの死の原因はこいつだから本当は殺してやりたい気分だが、コヨーテってのは貴重な野生動物だ。絶滅の危機にあるので一級保護の対象になっているとロックヴァイトが言うが、それは私も聞いた事がある。・・・貴重な種故に、勝手に殺してはならんそうだ。この1頭はしょうがないとしても、こっちの1頭は・・・一応は捕獲して、然るべき部署に引き渡した方が良さそうだ。おい、そのまま押さえ込んでおけ!」
「絶滅に瀕した種・・・。何だってそんな貴重な種をペットに・・・」
「そこが貴族の奢りなんだろうよ・・・。取り合えず捕獲する。・・・誰か、睡眠薬入りのエサを作ってくれ。こいつに食べさせる!」
麻酔銃で撃つ方法が望ましいのだが、あいにくと麻酔自体を用意していなかった。
アーフベルデは、軍用ジープに積んであった食料に睡眠薬を混ぜた物を持って来させて、もう1頭のコヨーテの目の前に置いた。
するとどうだろう。
先ほどまで警戒心の塊だったコヨーテが緊張を解き、穏かな表情でクンクンと鼻を鳴らして食べ始めたのだ。
「人に馴れていますね・・・」
野生のコヨーテなら、睡眠薬入りの危ないエサ等にすぐに食いつくはずが無い。
人に飼われていたからこそ、人から与えられたエサに対しての抵抗感が全くないのだ。
アーフベルデは「いい気なものだ・・・」と目の前のコヨーテを睨み付けた。
「野生を馴らしたんだな・・・しかし、こんな所で飼うなんてどうかしている。資料によると、シュリッツェン伯爵は絵画収集が趣味の大人しい人物とあるが・・・他にもこんなペットがいたら困るな」
「他とは?」
「熊とかライオン、毒蛇とか毒蜘蛛とか・・・要するに凶暴かつ、毒のあるヤツだ。あぁ、ここだけの話ではないから、別行動の他の隊にも至急連絡しろ!」
睡眠薬が効いて、すっかり眠り込んだコヨーテを横目にアーフベルデは命令した。
1時間後、屋敷内の全ての調査を終え、アーフベルデ隊はカーヴェル大尉の遺体を収容してフロイデンを後にした。
ジープの荷台に取り付けられた簡易檻にはコヨーテが入れられた。
やがて睡眠薬の切れたコヨーテは時おり折の中で低く啼いたが、暴れる事もなくしゃがんでおり、隊員たちはホッとしていた。
事件が起こった約5分後に最初の連絡を受けたブレンターノ中将は、事の重大さに血相をを変えてケスラーの元に走り、ケスラーも事件を重く受け止めた。
カーヴェルの死因は、コヨーテの不意打ちを受けて頚動脈を噛み切られた為の死であった。
そしてコヨーテよりも数秒遅く亡くなっていた事がその後の調べで分かった。
殆ど即死に近い死であったが、咄嗟にブラスターを抜き放って2頭の内の1頭を撃ち殺していたという事になる。
「慎重に進めていたのに・・・。とうとう死者が出てしまいましたな」
ブレンターノは苦虫を潰したような表情である。
「コヨーテか。予想外だ」
そう答えながら、貴族の馬鹿げた趣味の為に出た人的損害の大きさに、ケスラーは頭痛を覚えていた。
「それで、コヨーテはどうなったのだ。・・・生き残った方のだ」
「アーフベルデの話では、近隣の動物園に一旦運んだのだそうです。しかし、そこで殺処分とされました。いくら貴重な種であっても、これを生かしたままでは、カーヴェルの遺族も黙ってはいないでしょうし。ただ・・・貴重な種である為、動物園では骨格標本にするそうですが」
「・・・そうだろうな。それで、遺族へはどう説明を・・・」
「ありまのままを。ただ、他の兵士を守って亡くなった・・・と付け加えておきました。彼の名誉の為にも」
ブレンターノが報告書を置いて出て行った後、ケスラーは再び大きな息を吐いた。
実は1時間ほど前にも、クラップファレル地方の貴族の屋敷の調査に行った隊から、マリエンシェーダー男爵家の別邸で、毒蛇と毒蠍、毒蜘蛛を繁殖させていた秘密部屋を発見したとの報告も受けていたのだ。
そちらからは被害報告はなかったものの一抹の不安を覚え、爆発物探査機以外に万が一の為にも血清やドクターが必要になりそうだと頭痛を感じたケスラーであった。
Das Ende
変わった性癖を持った貴族・・・銀河英雄伝説の中では、ゴールデンバウム王朝第14代皇帝のアウグスト2世の話が有名でしょうか。
アウグスト2世は、「流血帝」という異名まであって、物凄い拷問や処刑をしていたと、原作には書かれています。
その際に使われた拷問道具の中にあったのが「アウグストの注射器」というシロモノ。
これは、ダイヤモンド製の微細な針を眼球に突き刺して、眼底から脳を損傷させて、拷問相手を狂死させる・・・と言うのだけど、想像しただけで目が痛くなる・・・いや、脳ミソが痛い・・・。
そして、現実に、貴族の中には変な趣味を持った人がいそうです。
例えば屋敷を忍者屋敷のように隠し扉とか、穴があったり・・・とか。
平民では考え付かない事を、金を湯水のように使ってやっていそうです。
実際、そういった話を聞きます。
若い女性を殺してその生き血を浴びたりしていたハンガリー貴族のエリザベート・バートリとか、本当に有名ですよね。
あまりにも残虐なので控えますが、本当に凄い人だったようです。
動物にしてもそう・・・怪しげなモノを飼っていても不思議じゃない気がして、この物語は生まれました・・・。
それからこの話は、「プラスチック爆弾」を先に読んでから読んで頂きたいです。
・・・2つの話は、別々にも読めますが、実は繋がっているので。
全く別のお題を繋げてしまう・・・他にも幾つかそういうのを試みてみましたが、まさか、「プラスチック爆弾」と「コヨーテ」が繋がるとは・・・。
きっと、お題の作成者もビックリ・・・じゃないかな??
なお、コルトマイヤー伯爵、シュリッツェン伯爵、マリエンシェーダー男爵、カーヴェル大尉、ロックヴァルト大尉、アーフベルデ中佐はオリジナルキャラです。
・・・オリジナルのキャラばかりで申し訳ありませんが、何となく、憲兵隊の仕事ぶりを取材するテレビクルーか、新聞記者にでもなった気分を味わいながら書かせて頂きました。<憲兵隊24時!みたいなヤツです・・・^^@