凄まじいまでに、派手派手しく飾り付けられた戦艦ユリシーズの艦内。
普段見慣れている筈の艦内だが、内装を変えるとここまで変化するのか!?と思えるほどの変貌振りである。
慣れ親しんだユリシ-ズが別の怪物になってしまったように思えて、艦長のニルソン中佐は何とも情けなく思った。
艦橋の自分の指揮シートに座っていても、どうも落ち着かず、言葉は悪いが「どうも、けつがこそばゆくてかなわない」状態である。
「まさかとは思うが・・・この艦橋まで女性好みの色で、派手な模様替えをしようなどとは思っとらんだろうな、副長?」
ニルソンは傍らのエダ大尉を見やる。
「・・・変えませんよ、艦長。そこまでしたら、我々の居場所はなくなってしまうじゃないですか。ここは我々の最後の砦、それこそ聖地みたいなものですから。ここは絶対に譲れません!」
ニルソンの気持ちを察して、エダ大尉は生真面目に答えた。
「あ・・・そうです、ここは砦ですよね。間違っても、艦橋の天井からピンクのウサギのぬいぐるみとか、グリーンのクマのぬいぐるみなんかを吊るすような真似はしませんから。どうか安心なさって下さい、艦長!」
逆にニルソンの神経を逆撫でするような事を言ったのは、航法士官のフィールズ中尉である。
「当たり前だ!!」
フィールズ中尉の能天気振りにニルソンは珍しく怒鳴ってしまい、艦橋にいた幕僚達は皆、互いに顔を見合わせてしまった。
副長のエダ大尉は苦笑しているが、ニルソンの頭の中には、未だ、艦橋に大量にはためく、数百ダースのオムツの幻想がちらついていたのである。
・・・勿論、ぬいぐるみだって、吊るされるのはごめんである。
エダ大尉同様に、『艦橋は聖地』である・・・と、彼は考えているのだ。
とにかく、艦橋だけは、派手に模様替えをされずに済みそうで、それだけでも救いであったかもしれない・・・。
さて、艦内の内装の中でも、皆をげっそりさせたのは、艦内の至る所に取り付けられた案内の為のプレートであった。
何だかんだ言っても、ユリシ-ズは、同盟軍が誇る「戦艦」である。
居住区間自体は大して問題にもならないが、艦首、艦底、艦尾には、色々と危険な場所がある。
勿論、それ以外にも危険な場所はごまんとあった。
万が一、子供や女性達が艦内で迷子にでもなって怪我でもしたら、それこそ大問題にもなりかねない。
万全を期す為にも、ちゃんとした案内板を設置した方が良い・・・というのが、副長の意見なのであった。
「・・・まぁ、尤もな意見だろうな」とニルソン。
「それで、艦長。小官の知り合いがその手のプレートを作れますから頼んでも宜しいでしょうか?きっと良い物が出来ると思いますが」
「大丈夫なのか?」
「そいつは、看板屋なんですが、このイゼルローンで仕事をしているんですよ。今ならまだ間に合うと思いますので。料金の方もタダとはいきませんが、知り合いですから格安にすると言っていますし、この際ですから・・・」
「なるほど・・・。では、プレートを作る事にするか。・・・副長、全て貴官に一任するから、万事上手くやってくれ」
そしてニルソンはろくに確認もしないで、副長の提出した書類にGOサインを出してしまった。
だが、2日後に出来上がったプレートを前に激しく後悔する事になった。
ただし、もう後の祭りであった。
「まぁ・・・派手ですが、これは、これで明るいですし・・・目立っていますから、まぁ、良いのではないですか、艦長?」
好意的な意見を述べたのはフィールズ中尉ただ1人で、あとは、あんぐりと口を開けたまま、プレートに見入るばかりであった。
いくら、乗るのが女性や乳児達が中心だと言っても・・・。
明るく目立つ方がいいにしても、何も金ラメ入りの、蛍光色のショッキング・ピンクなんて、いやらしい色にしなくてもいいだろうに・・・!
エダ大尉に一くさり文句を言ってやりたいニルソンであったが、書類をろくに確認もせず、「貴官に一任する」と言ってしまった手前、それを口にする事も出来ずに、自分の甘さを呪うしかなかった。
あまりの派手派手しさに胸焼け・・・もとい、多少の嫌気もさして、要塞内の士官クラブで息抜きとばかりにコーヒーを飲むニルソン中佐。
一時的にでも開放感を味わい、漸く、一息・・・というところである。
出来れば、官舎にでも戻って一眠りでもしたい心境だった。
このところ、艦内の簡易改装の為に要塞内にいるのに、ユリシーズに籠もりっぱなしだったのである。
本当はビールの一杯でも引っ掛ければ気も晴れるのだろうが、根が生真面目な彼は、勤務中だから・・・と、何とか思い留まっていた。
「やりきれんな・・・」と小さく呟いた。
「・・・どうしたんだ、中佐。いつものポーカー・フェィスはどこへやら・・・だな。・・・浮かない顔をしているじゃないか」
声のする方に振り向くと、別の哨戒グループを率いる戦艦ヒスパニオラのジェラルド・ギブスン大佐が立っていた。
手には同じくコーヒーの入った紙コップ。
どうやら彼も休憩のクチらしい。
「はぁ・・・そんなに浮かない顔をしていますか?まぁ、うちの艦の新しい内装を見たら、浮かない顔にもなりますよ」
自嘲気味に言うニルソン。
ギブスン大佐は大体の理由を知っているので、僅かに苦笑する。
「その新しい内装って、どんなのだ?」
「見れば分かりますよ、見ればね。・・・どうです、からかい半分にうちの艦を見学でもなさいますか?」
「・・・何だ、随分と棘がある言い方をするな。それより、そっちに乗るのは子供だと聞いたんだが・・・」
「子供じゃなくて、乳児です、乳児・・・」
間髪いれずに訂正するニルソンの反応に、ギブスン大佐はまたまた苦笑する。
「・・・あぁ、そうだ、乳児だったな。うちの艦は、一部の商店主と家族、従業員とその家族の1500人を運ぶ事になった。・・・どうやら、うちの哨戒部隊の艦は、そういった関係者だな」
イゼルローン要塞には軍事施設だが、学校や商店などの施設も充実しており、人工物だったが公園もあるのだ。
「そうですか・・・。うちの部隊の他の艦もそうですよ。特殊なのは我が艦だけです。うちの場合は、母親や妊婦、医者等を含めると、1200人くらいですね。数の上ではうちは少ないですが、何と言っても600人もの乳児がいる訳で、先が思いやられます。おまけに幼児もいますからね」
「乳児が600人か・・・。まるで大型の保育所並みだな」
「全くです。戦艦で乳児を運ぶなんて、同盟軍史上例を見ない事でしょうね。そんな訳でうちの炊事班は離乳食やら菓子を作らなくてはいけないので、今日は総出で料理研修に行ってます」
「なんと・・・離乳食の為に研修までしているのか。そりゃぁ大変だな」
炊事担当の兵士達は、普段は戦闘に持ちこたえられるだけのカロリーを計算して、成人用の調理しかした事がないのだ。
いきなり離乳食と言われても、作った事がなければ、艦内で腹を空かせた赤ん坊達が延々と泣く事になる・・・。
「超過勤務手当てを請求したいほどです。もう、ハイネセンまで無事に行ける事だけを願うばかりですよ、ホントに・・・」
「そうだな。ハイネセンまでは4週間もかかるしな。しかし、赤ん坊では泣き声とか煩そうだなぁ・・・。一斉に夜泣きとかされたらいっぺんに不眠症になるだろうな。ハイネセンに無事に着いたら美味い酒でも奢ってやるよ」
ギブスン大佐はそいつは気の毒に・・・という表情でニルソンを見ながら、手入れの行き届いた髭を撫でた。
「・・・本当ですか?じゃぁ、奢ってもらうのを楽しみにしておきます。まぁ、それに・・・うちの艦はラッキーな艦ですからね。子供の為に・・・と言われたら、文句を言うなんてとても出来ませんから」
一番嫌いで、最も言いたくない、「ラッキーな艦」というセリフを吐いている自分に矛盾を感じるニルソンだったが、これは結構便利な言葉だった。
ユリシーズのクルーが言うから効果的なのだが、実際のところは、他の者が面白おかしく言ったら、殴ってやりたい・・・と、ニルソンは思っている。
カップに僅かに残っていた冷め切ったコーヒーを飲み干した矢先、ポケットの携帯端末の呼び出しベルがけたたましく鳴り響く。
ニルソンは僅かに舌打ちした後で、乱暴にスイッチを押した。
「何だ、副長か。どうしたんだ?」
『どうしたもこうしたも・・・物資が足りなくなりまして・・・』と、画面上のエダ大尉は慌てふためいている。
「・・・え?物資が足りなくなったってどういう事だ・・・。調達したのはあれだけだから、その範囲でやるしかないだろう。いくら何でも追加で頼めないぞ」
前回頼んだ時のキャゼルヌの驚いた表情を思い出してニルソンは2度は頼めないと思っていたのだ。
「だから・・・そう。間が抜けていても仕方がないだろうな・・・。ある程度のところで妥協して諦めるしかないぞ」
『それが、画用紙なら頼めないだろうかと言いだしまして。絵を描けばいいのだから、クレヨンや絵の具も何とか頼んで欲しいと。壁にその絵を貼れば見栄えがすると言うのですが・・・』
「え?絵を描いて壁に貼るって・・・誰がやるんだ、そんな面倒臭い事を・・・」
『あ、フィールズ中尉です。彼が自分が書くと言い出したんです』
「・・・は?フィールズだと?ほ~う・・・奴にそんな特技があるとは知らなかったが・・・。あぁ、分かった、分かった・・・。すぐにそっちに戻るから・・・」
副長のエダ大尉の半泣き状態の苦情に、休憩の終わりを悟るニルソン。
何度目か分からなくなった溜め息を付きながら端末を切って席から立ち上がり、空になった紙コップを握りつぶす。
「・・・貴官も大変だな」
「ふう・・・落ち着いて休めないのが痛いですが、まぁ・・・これも仕事の内ですから、やるべき事だけはキチンとやらなければ・・・。だって、ギブスン大佐。・・・民間人を見捨てるのはやっぱり不味いでしょうからね」
(そりゃ、まぁ、そうだろうなぁ・・・。何たって、うちのヤン提督は、あのエル・ファシルの英雄だからなぁ・・・)
ギブスンは、ヤンのエル・ファシルでの伝説を思い出した。
そして、軽く手を振りながら休憩室から出て行くニルソンの後姿を見送りながら、「さて、俺も戻るか・・・」と呟いた。
会議室や娯楽室等の飾り付けはほぼ完成し、ジムの飾り付けをしている最中に、調達した物資が底を尽いたらしい。
元々折り紙等は学校の資材で、大量にあった訳ではない。
残り少なくなった物資や、元々ユリシーズにあった物で適当に飾り付けてはみたものの、隙間だらけで些か寂しい。
むしろ何の手も加えなかった方が良かったんじゃないか?と言うほど、間が抜けた感じになっていた。
「・・・で、フィールズ・・・貴官が絵を描くって?大丈夫なのか?」
ニルソンは目の前のフィールズに尋ねる。
「はい、描きます!大丈夫です。画用紙ならまだ備蓄のが要塞内にあるそうですから。1日もあればすぐにでも描き上げられますので。クレヨンや水彩絵の具は無理みたいですけど、ポスターカラーなら、軍の備蓄倉庫にあるそうですし」
何故か自信満々に答えるフィールズ。
「・・・で、何の絵を描くつもりなんだ?」
疲れを覚えたが、念の為に聞いてみるニルソン。
「子供相手ですから、動物の絵で行こうと思います」
「動物ねぇ・・・」
「はい、動物です!イヌやネコ、ブタでも何でも描けますよ。・・・あ、ウマとかウサギ、トリ、トラだって描けます。必要とあらば、怪獣の絵だって描きますので。とにかく、キャゼルヌ少将に頼んで下さいよ。画用紙と塗料さえ用意して頂ければ何とかなります。やらせて下さい、艦長!あ・・・艦長のお好きな動物もちゃんと描きますから、任せて下さい!」
「・・・私の好きな動物の絵なんかどうでもいい。それよりも出来ると断言するなら、すぐにでも手を打とう」
善は急げだ。
ニルソンは、フィールズの妙なやる気と元気の良さに、ますます疲れを覚えて溜め息を付く。
たが、自分には絵を描く才能がないのを自覚しているので、ここは彼の好きなようにやらせてみる事にしたのだった。
「・・・済みませんが、艦長、ちょっと宜しいでしょうか?」
フィールズへの許可を出した直後、副長のエダ大尉がジムに顔を出したが、フィールズの姿を見て、「艦長にちゃんと頼んだか?」と声を掛けた。
「はい、何とか頼みました。副長からも艦長に頼んで下さい。小官は中途半端なのは好きじゃないんです」
「艦長、フィールズの話をお聞きになりましたか?」
「あぁ・・・聞いた。たった今許可した。・・・で、何か用があるのだろう、副長?」と、ニルソンは話題をすりかえる。
「あ・・・そうでした。実はですね・・・」
エダ大尉は、乳児達に開放される娯楽室で最後のセッティングを行っていた。
娯楽室の設備の中には、戦略シミュレーションを兼ねた対戦型のゲーム機や、三次元チェス、映画などのディスク等も充実している。
だが、今回は乗り込むのが乳幼児だけに、幼児向けのビデオ・ディスクもあった方がいいのではないか・・・と言うのが、彼の意見であった。
人気のアニメーションや、名作童話等を揃えて置けば、必然的に母親達の受けもいいだろうと言うのである。
「なるほど・・・。人気のあるアニメを置いて、母親達の受けを狙う・・・か。そこまでは気が回らなかったな」
ニルソンはエダ大尉を見る。
「ええ、小官もさっき気が付いたんです。・・・アニメ以外では童謡等のディスクもあればいいと思います。これは子守唄になりますから・・・」と力説する大尉。
「あの・・・ビデオなら、小官が調達しましょうか?」
横から、フィールズ中尉が口を挟む。
ニコニコと微笑んでいるのが、かえって空恐ろしく見えたニルソンであった。
「何だと・・・?紙にブタの絵を書くだけじゃなくて、それすらもやろうと言のか、貴官は?」とニルソン。
「はい、お任せ下さい、艦長」
フィールズの微笑みにどっと疲れを覚えてしまう。
「全く、次から次へと良くもまぁ・・・。一体全体、どこから、そんなやる気が沸いて出てくるんだ、貴官は?」
エダ大尉も呆れ顔である。
「あ・・・それは大丈夫です。任せて頂ければちゃんとやりますから。・・・そういうのは、小官、自信があるんです」
「あぁ・・・分かった、分かった・・・。そこまで言い切るなら、ディスクの確保も貴官に全て任せる事にする・・・」
ニルソンは、再び溜め息を付いた。
こうして、1日の間に、フィールズ中尉は前衛画家もビックリな、ド派手な色使いで、模造紙に大胆なネコやブタの絵を驚異的な早さで描いていった。
その出来上がったばかりの絵を、キャメロン中尉が手伝って、ジムの壁にガムテープで丁寧に貼ってゆく。
戦艦ユリシーズの無骨な金属の壁が、フィールズ中尉の個展会場になったのは言うまでもない・・・。
その翌日は、自らが選んだという、数タイトルのアニメや人形劇、童謡等を収めたディスク持参したフィールズは、ニルソンにディスクを差し出した。
「これは凄くオススメです」
ディスクのタイトルは「MOMO-TAROU」で、「Masterpiece fairy tale<名作童話>」とあった。
表のジャケットには、変わった髪形と服装をした少年が、細身のサーベルを振りかざして、こん棒らしき物を持った真っ赤な顔の怪物にまたがっており、その脇に何故か擬人化された猿と雉と犬がいて万歳をしていた。
ジャケットを裏返すと、主人公のMOMO-TAROUが、猿と雉と犬に袋に入った菓子らしき物を配る絵であった。
こういうディスクは、子供の頃に結構見た記憶があるが、ニルソンには、見た事も聞いた事もないタイトルであった。
「・・・本当に有名なのか?特に面白そうにも見えないが・・・」
「そりゃ、もう、最高の話だと思います、艦長。・・・小官は昔からこの話が大好きでして。このタイトルは、桃から生まれた少年の名前なんですが、少年が民衆を苦しめる鬼を退治するって話なんです。これをですね、鬼が島に住んでいる怪物の鬼達を横暴な帝国軍と見立てまして、桃太郎を我々同盟軍として見ますと・・・」
「・・・もういい」
「でもですね・・・」
ニコニコと笑みを浮かべて説明を続けようとしたフィールズ。
だが、この分では、持って来た全てのディスクの説明を続けられそうだと感じたニルソンは、「悪いがこれから出かけなくてはならんのだ。支度があるから下がって良い」と嘘をついてフィールズをその場から下がらせた。
・・・そして、肩の凝りをほぐしながら、大きな息を吐いた。
「こんなので・・・ハイネセンまで大丈夫だろうか・・・」
出港前から眩暈を覚えるニルソンであった・・・。
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