宇宙暦796年(帝国暦487年)4月18日・・・。
 その日は早朝から、イゼルローン要塞の司令官のシュトックハウゼン大将は最大級に上機嫌だった。
 要塞中央司令室でも、それこそ、通路でも、部下達に必要以上に笑顔を振りまいていたのだ。
 普段はこんな笑顔を見る機会などないから実に不気味であった。
 
 「おい・・・今日の閣下って何だか変じゃないか?一体なにがあったのだろう?」
 ノイマン大尉は、シェーラー大尉にそっと声をかける。
 データ処理の為に端末と睨めっこをしているシェラー。
 「・・・さぁ。でも、確かに変だな。異様にニコニコしている点が不気味だ。・・・何であんなに笑っているんだろう?」
 端末から視線は外さないが、シェ-ラーは不安そうな声を出した。
 一般的に考えたら、司令官が機嫌が良いのは逆よりもありがたい話だ。
 だが、普段が普段だから、笑顔のバーゲン・セールみたいで、気味が悪いったらありゃしない。
 「閣下は皆に写真らしき物を見せているぞ」
 レンドルフ大尉がそう言いながらやって来て、2人の斜め後ろの席にゆっくりと腰を下ろした。
 コーヒーが入った紙コップを3つ持っていて、黙って2人に差し出す。
 「ダンケ!・・・で、写真だって?」
 意外な言葉に、ノイマンは受け取ったコーヒーを一口だけ啜って首を傾げた。
 「・・・それが、俺にも良く分からないんだが、家族のホログラフィーを見せているらしいんだ」
 データ処理に余念が無かったシェーラーは、家族写真と聞いて、漸く端末から視線を外した。
 「でも、なんで家族写真なんだ?」と、顔を顰<しか>めて小さな声で呟いたシェーラー。
 漸く紙コップを手にし、コーヒーを一口啜った。
 「・・・確かにな。何でそんな物を見せてるんだ?」
 ノイマンも怪訝そうだ。
 ・・・意味がサッパリ分からない。
 「それが・・・閣下は意外と愛妻家らしい・・・という噂で」とレンドルフ。
 「愛妻家ね・・・。一体誰から聞いたんだ、そんな話・・・」と、目を丸くするシェーラー。
 「いつだったかな・・・。前にシュレンハイム少将閣下が言ってたんだ。閣下はオーディンから家族写真が届くと、中央司令室勤務の部下達に必ず皆に見せているって・・・。それで見た者にその感想を聞くんだそうだ。俺達もここへの赴任は最近だから、その現場を見た事はないのだが・・・」
 レンドルフは苦笑しながら言った。
 レンドルフとシェーラーは、ノイマンよりも2か月前に、このイゼルローン要塞に赴任したばかりだったのだ。
 「なんで感想を聞くんだ・・・?そんなのを愛妻家って言うか?・・・単なる押し付けではないか・・・」
 厭そうな顔のシェーラーに、ノイマンは苦笑いを浮かべる。
 「まぁ、なんだ・・・。閣下が俺達に写真を見せてくれたら、『素晴らしいご家族ですね』とか言って、思いっきり褒めちぎるしかないだろうな」
 「・・・歯の浮くようなお世辞を言わねばならん訳か・・・」
 レンドルフは身震いした。
 本当に見目の良い家族ならいいが、不細工な集団だったらどうしよう・・・そんな事が頭をよぎる。
 「まぁ、どちらにせよ、褒めるしかないだろうな。俺的には、機嫌が良い閣下を怒らせる必要はないと思う訳だ。・・・そうだろう?」
 ノイマンがのんびりと言う。
 「・・・それはそうだが・・・」
 シェーラーが小声で呟いた時に、3人の近くにホログラフィー・カードを手にした最上級の笑顔を貼り付けたシュトックハウゼンが現れたのだった。
 3人は互いに顔を見合わせて、慌てて口を噤んだ。
 “噂”が“現実”になった瞬間であった。


 シュトックハウゼンの家族写真・・・。
 暖炉のある居間らしき場所で、安楽椅子に彼の妻のフローネが座り、その妻の右横に、妻に良く似た娘夫婦が立っている。
 左横には10歳前後と思われる男の子と女の子が立っていて、女の子は赤いリボンと鈴を付けた真っ白な猫を抱いていた。
 妻のフローネの膝には、3歳ぐらいの男の子が座っていた。
 シュトックハウゼンはやや貧相だが、彼の妻はふくよかで、年のわりには中々の美人であった。
 レンドルフ達は、不細工な家族でなかった事に心から安堵した。
 これならばお世辞ではなく、本当の事を言えばいいのだから。
 そして、『理想的なご家族ですね』とか、『とても可愛らしいお孫さんですね』、『奥様は美人ですね』などと、シュトックハウゼンが喜びそうな言葉を、次から次へと投げかけた。
 3人が褒めちぎる度に、シュトックハウゼンは、「そうだろう、そうだろう」と嬉しそうに笑って頬が緩みっぱなしだ。
 しかも、ノイマンが、「閣下、このような美しい方を娶られるとは素晴らしいです。閣下は若い頃から美男子であられたのでしょうね」などと褒めたのがよほど嬉しかったのか、シュトックハウゼンは、「ほう。卿は中々見所があるな」などと言いだし、急に神妙な顔つきになった。
 「卿らも早く結婚した方が良いぞ。・・・家族とは本当に良いものだ。何処かの誰かさんは、昔の記憶を後生大事に抱えているようだが、記憶というものは、年を取れば取るほど、薄れてゆく。その為、とかく美化される傾向にあるものだ。・・・どんなにひどいブスであっても、美しかったと思い込むようになってしまうのだ。それを、ロマンチストだと言う者もいるが、そんなものは、私に言わせれば、馬鹿者のたわごとでしかない。そうだとは思わんか?」
 何処かの誰かさん・・・。
 それは、シュトックハウゼンと同じ大将である、イゼルローン駐留艦隊司令官のゼークト大将の事を意味していた。
 彼の亡くなった夫人を「ひどいブス」呼ばわり・・・。
 3人はやや呆れたが顔には出さなかった。


 シュトックハウゼンが執務室に引き取ると、3人は互いの顔を見合わせ、大きく息を吐いた。
 勿論、他のオペレーターや警備兵達も同様だった。
 「俺達は要塞内の勤務だからシュトックハウゼン閣下を支持するけど・・・。いつもながら、シュトックハウゼン閣下は、ゼークト閣下には容赦がないな・・・。俺はいっぺんに肝が冷えた」
 レンドルフはそう言って、紙コップの中に半分ほど残っていたコーヒーを一気に流し込んだ。
 「そういや・・・どら息子の中に、妙に暗い感じの人がいたな。・・・確か、大佐だったと思うが」とノイマン。
 「あ・・・それって義眼の?」とシェーラー。
 「あぁ、どら息子の中では異色な存在だ。この間、急に瞳が赤く輝いて驚いたのなんのって・・・」
 その光を思い出したレンドルフは身震いする。 
 「義眼は・・・光コンピュータの寿命が短いんだ」
 「なに・・・あの大佐と知り合いなのか?」
 ノイマンは首を振る。
 「いや・・・そうじゃなくて。俺も従兄弟が戦傷を受けて、片目が義眼になったんだ。性能は凄く良いのにすぐ壊れて困るとこぼしていたんだ。まぁ、あの大佐の場合は両目とも義眼だからな・・・」
 「堅苦しそうだろう、あの大佐。・・・俺は苦手だな」
 シェーラーが言うと、他の2人も大きく頷いた。
 
 翌日・・・。
 駐留艦隊が小規模な演習を要塞付近で行う事になり、その計画書を持って、中央司令室にゼークト大将が現れた。
 彼の顔を見るのが大嫌いなシュトックハウゼン大将は、これを面白く思っているはずがない。
 「この時期に演習とは馬鹿馬鹿しいが、馬鹿な者ほど身体を動かしたがるものだからな。だが、実戦で駐留艦隊が使い物にならぬと困るもの事実だ。・・・ま、せいぜい、演習に励む事だな」
 そう言って、ゼークトを挑発する。
 「馬鹿とは何だ、馬鹿とは!!」
 シュトックハウゼンが、「馬鹿」をことさら強調して言った為、冷静を装おうとしていたゼークトは大失敗し、鐘馗様の如く怒り狂った。
 「あぁ、煩い!・・・大声で喚くなと前から言っているのに。状況判断をしろ、状況判断を!卿の怒鳴り声のお陰で、耳と頭が変になりそうだ。全く、卿には学習能力というものが備わっていないのか?」
 明らかに小馬鹿にした声を出すシュトックハウゼン。
 「ふん・・・余計なお世話だ。聞くところによると、また家族の写真を見せびらかしているらしいな。卿こそ馬鹿丸出しではないか・・・」
 鼻を鳴らしながら笑うゼークトが反撃を試みる。
 「別に卿には関係がなかろう?」
 家族の事を馬鹿にされるのが何よりも嫌いなシュトックハウゼンは、ゼークトを思いっきり睨<ね>めつけた。
 「確かに関係はないな・・・。だが、卿の家族の写真なんぞを喜んで見る部下がおろうはずがない。部下は卿の地位故に嫌でも文句一つ言えないのだぞ。あぁ・・・実に気の毒ではないか。毎回、家族写真を見せられる者の身になってみろ。卿こそ学習能力が欠如しているのではないのか?・・・あぁ、そうだ。もぐらの脳は確か、人間以下であったな・・・」
 シュトックハウゼンは更にゼークトを睨み付けたが、まだ幾分か理性が残っていたので、怒鳴りはしなかった。
 代わりにゼークトが怒りそうな言葉を一気にまくし立てた。
 「・・・そう言えば、卿には家族がいなかったな。亡くなった奥方が大事で、未だに再婚せず・・・か。自分に自信がないから再婚せんのだろう?・・・いや、卿のようながさつな男と結婚したがる女はいるはずもないか。・・・と言う事は、卿の亡くなった奥方はよほど目と頭が悪かったのだな。おまけにブスでは救いようがない。全く以って卿にはお似合いだった訳だ。更に気の毒なのは、卿が奥方の精気を吸い取った事だろうよ。新婚早々に亡くなるとは・・・ご愁傷様、チーン!!」
 「・・・何のつもりだ!!そのご愁傷様とか、チーンというのは!!それにマルガレーテがブスではないのは卿も知っているではないか!!」
 拳を振り上げて暴れるゼークトに、さすがに不味いと思った彼の部下が組み付いて慌てて止めに入る。
 だが運悪く、拳はその部下の右頬を直撃。
 「うげっ・・・」という情けない言葉を発すると、彼はそのまま床にうずくまってしまった。
 「やれやれ・・・」
 その光景を目の当たりにしたシュトックハウゼンは溜息を付いた。
 ゼークトと一緒に中央司令室に来ていたオーベルシュタイン大佐は、司令官よりも離れた場所にいた為に、全くとばっちりを受けなかった。
 彼はうずくまったままの同僚と、馬鹿騒ぎを起こしている2人の大将に絶対零度の冷たい視線を向けた。

 「とにかく・・・。家族の写真を見せびらかすなど、大馬鹿者のする事だ。ちゃんと学習するのだな」
 シュトックハウゼンの行為を、ゼークトは鼻を鳴らしながら笑った。
 「う・・・うちの孫はとても可愛いんだ!だから写真を見せた。それを愚弄する気か、卿は!!」
 呆れるほどの馬鹿振りを発揮するシュトックハウゼンに、ゼークトは大きな溜息を付いた。
 「・・・全く・・・まだ、分からんのか。呆れた奴だな。家族の写真?孫?あぁ、確かに可愛かろうよ。だがな、卿はその写真で笑いものになっている事に、もっと思いを馳せるべきなのだ。それに気付かんとは卿も哀れな男だな」
 「・・・どういう意味だ?」
 ゼークトの意味深な物言いに、一瞬怯むシュトックハウゼン。
 ・・・またしても分が悪そうだ。
 「やれやれ・・・。これだけ言ってもまだ分からんとは・・・」と、ゼークトは大袈裟に首を振った。
 そして、思いっきりせせら笑う。
 「いやはや・・・馬鹿につける薬は無いとは、よく言ったものだな・・・」
 「おい!!誰が馬鹿なのだ、誰が!!」と、やや大きめな声をあげるシュトックハウゼン。
 「・・・誰が馬鹿って、シュトックハウゼン・・・卿しかおるまいが。自覚が無いとは本当に気の毒で哀れそのものではないか・・・。さて・・・と、ここにいる皆さんは例の写真を見たのだろう?・・・ん、どうかな?」
 中央司令室にいた者が全員ゼークトを凝視していた。
 それは、いつもの言い争いとは様相が異なっていたからだった。
 皆、慌てて視線を逸らす。
 余計な事には関わりあいたくない。
 ゼークトはそんな事にはお構いなくオペレーター席にやって来て、いきなり、レンドルフに「・・・卿は奴の家族写真を見たか?」と声をかける。
 前の席にいたノイマンとシェーラーは息を飲んで振り返った。
 「は・・・はい、見ましたが・・・」
 レンドルフは、何で俺に聞くんだよぉ・・・と、内心腹立たしく思いながらも、正直に『見た』と答えた。
 正直に答えなければならないような異様な空気を、ゼークトがその身にまとっていたからだ。
 「そうか・・・。では聞くが、誰が写っていたのだ?」
 嘘を言っても仕方がない。
 ゼークトの質問の意図が分からないが、写真を思い出して語った。
 「ふむ・・・では、その写真には子供が3人写っていたのだな?」
 「はい、写っていましたが・・・。3人ともシュトックハウゼン閣下のお孫さんなのでしょう?」
 レンドルフが答えると、ゼークトは待ってました!!とばかりに、大きく手を叩いて豪快に笑い出した。
 「ブハハハハ!これは愉快!実に愉快ではないか!確かに1番小さい子はもぐらの孫だが、残りの2人は、そら、そこに立っているもぐらの子供なのだ。まぁ・・・普通は子供とは思わないがな」
 「そ・・・それは・・・」
 レンドルフは大口を開けたまま飛び上がってしまった・・・あの小さな子供達が閣下の子供だって~!?
 レンドルフは最悪な状況に置かれた自分を一瞬にして悟って、さぁ~っと顔が青ざめてゆくのを感じていた。
 “墓穴を掘る”とはまさにこの事・・・。
 そして、付近にいた者達も同様に顔面蒼白になってしまい、レンドルフに同情した・・・。
 シェーラーは端末を睨み付けたままゴクリと息を飲み、ノイマンはそっぽを向いて小さく舌を出した。
 不幸中の幸いだったのは、レンドルフ自身が、ゼークトが来るのと同時に遮音力場のスイッチを入れていた事だ。
 そのお陰で、その辺り一帯で繰り広げられた音声が、シュトックハウゼンの耳に届かずに済んだ。


 「全く・・・卿は、演習の件でここに来たのだろうが」と、苛立たしげなシュトックハウゼン。
 ゼークトは、「ふん、全く短気な奴だ・・・」と低く呟いて、漸くオペレーター席から離れた。
 「・・・卿は、あそこで何を話していたのだ!」
 「ほう・・・もぐらでも気にする事があるのか。いやなに・・・大した事ではない」とにこやかなゼークト。
 今回もシュトックハウゼンの馬鹿をギャフンと言わす事が出来そうだと、上機嫌になっていた。
 「・・・何をにやけているのだ?それに私はもぐらではない!余計な事を言っておらんだろうな?」
 ゼークトに疑り深い目を向けるシュトックハウゼン。
 「卿も疑り深い。・・・まぁ、何だ。卿の幕僚が勘違いをしていたから、キチンと正しい事を教えてやったのだ」
 「・・・正しい事だと・・・」
 表情が俄かに硬くなるシュトックハウゼン。
 「卿の娘はいいとして、長男と次女な。・・・どう見ても、偉く年が離れている。長男と次女はそれほど離れてはいないが、長女と長男・・・あれは、どう見ても15歳は離れている。間に子供がいれば違和感がないが、明らかに離れているから、卿の幕僚達はあの2人を卿の孫だと思っていたらしい。・・・オーディンに戻れた時に、卿は年甲斐もなく頑張ってしまった訳だ・・・」
 ゼークトは一気にまくしててから微笑んだが、シュトックハウゼンは目を剥いて激怒した。
 「が・・・頑張ってしまった・・・とは何だ~!!」
 恥ずかしさで真っ赤な茹ダコと化したシュトックハウゼンは、プルプルと小刻みに震えた。
 「い・・・いくらなんでも、言って良い事と悪い事があるぞ!卿は私を愚弄して楽しいのか!!」
 「楽しいかだと?楽しいに決まっているではないか。情けないもぐらの面を見るのは至上の喜びだからな」
 「な!!なんだと~!」
 「それにな・・・俺は卿がひた隠しにしている秘密も知っているのだがな・・・。そうそう、おとなげなく幕僚を責めたりするなよ。幕僚には非はない・・・全ては卿が悪いのだ。身から出た錆だな」
 「おい・・・秘密だと・・・!?卿は私の一体何を知っていると言うのだ~!!」
 明らかに動揺した様子のシュトックハウゼン。
 「さぁな・・・何の事だったかな?」
 ゼークトは、すっ呆けた事を言うと、ドスドスドスドス・・・と音を立てて中央司令室を後にした。
 呆然とゼークトの背を見つめるシュトックハウゼン。
 ブルブルとその身を震わせ、拳を握り締めていた。

 ゼークトがシュトックハウゼンの秘密を握っているらしい・・・。
 そういう噂話は、中央司令室にいた将兵達によって伝えられ、その日の内に、一気に要塞内を駆け巡った・・・。



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