ビッテンフェルトを含めた6人の内、昼担当のハルバーシュタット、グレーブナー、ディルクセンの3人はさほど問題にもならなかったのだが、ビッテンフェルト、オイゲン、ホフマイスターの3人は、非常に問題であった。


 毎日、オフィスを出てから公衆トイレで、持参していた私服に着替えて店の前に集まり、使い捨てカイロや酒で暖を取りながら、店の前で徹夜を繰り返した。

 ハイテンションでやたらと元気なのは・・・ビッテンフェルトただ1人。


道行く人が、あれは一体何の団体だ?と不振そうな冷たい視線を浴びせても、気にしない、気にしない・・・と、呪文のように心で唱えながら、グっと腹に力を入れてこらえるオイゲンとホフマイスター。


ただ、ホフマイスターは、元々、マイペースの性格で、周囲に溶け込むのが上手い。
 今回のこの状況でも、オイゲンほどへたってはいなかった。

 ところが、オイゲンの方は生真面目な性格が災いしてか、激ヤセしてしまい、常人とは思えないくらいの胃薬を使用していた。
 道行く人々の白い目・・・それは、彼等の私服が問題だらけだったのだ。


 ビッテンフェルトがネットで注文し、超特急で届いた私服・・・。
夜担当の、自分を含めた3人に用意したのは、黒地の胸にデカデカとブリュンヒルトの画像がプリントされたトレーナー。
 それから、目に痛い蛍光色のオレンジ色のウィンドブレーカー。
 胸面は無地だったが、背中に、白地に黒い縁取りされた『Ich liebe Brunhild!!<ブリュンヒルト大好き!!>』という大きな文字がデカデカと入っている。
 素材にラメが入っている為、非常に目立つ派手派手しさだった。

 この揃いの衣装は、ビッテンフェルトが自腹を切って用意したモノなので、事が終った後の「奢り」だけを胸に、泣く泣く袖を通した2人であった。


 異様な風体の3人に、親子連れの子供が驚きや、不思議そうな顔で見つめて立ち止まると、「ダメっ!!見るんじゃありません!!」と母親が慌てて子供を引っ張って連れて行く。


 「何だか・・・犯罪者になったような気分です・・・」


 その子供達の視線の痛い事、痛い事・・・悪い事などしていないのに、何故か後ろめたさを感じる痛さである。

 ブツブツと文句をぼやくホフマイスターに、ビッテンフェルトがすかさず渇を入れる!


 「おい、暗いぞ!!ほら、これを飲んで気を紛らわせろっ!!」


 そう言って、ビッテンフェルトはポットに入った、ホット・ウィスキーをカップに入れて手渡す。


 「あ・・・スミマセン」


 カップを受け取ると、その手に温かさが伝わって来て、少しだけ寒いのや恥ずかしさが緩和されるホフマイスター。


 「ところで・・・前から聞こうと思っていたのですが、閣下はどうしてアースグリムの模型を買われたのですか?」


 「アースグリム」は、故ファーレンハイト提督の乗艦だった。
 ウィスキーを一口啜ったところで、ホフマイスターはビッテンフェルトに問うた。
 今でこそ、黒色槍騎兵<シュワルツ・ランツェンレイター>艦隊に馴染んできたとは言え、回廊の戦い以前は、彼はファーレンハイト艦隊の一員だったのだ。
 ファーレンハイト艦隊からの転向者という事で、黒色槍騎兵<シュワルツ・ランツェンレイター>艦隊に配属直後は、何となく肩身が狭く居心地の悪さを感じていた。
 それに、配置換えになったファーレンハイト艦隊の将兵の多くは、ビッテンフェルトのせいでファーレンハイトが亡くなったという思いの方が強く、実は、自分の新しい上官に恨みを持った時期もあったのだ。
・・・勿論、今では、ビッテンフェルトの為人を知っている為、黒色槍騎兵<シュワルツ・ランツェンレイター>艦隊に馴染み、恨みなどはすっかり昇華されていたが。


 「・・・あぁ、アースグリムの話か・・・。バルバロッサとトリスタンも、アースグリムと同時に発売だったんだが、あの2つは買わなかったのだ。俺だって人間だし・・・やっぱりなぁ、ファーレンハイトには生きていて欲しかったんだな。半分は俺のとばっちりで戦死したようなものだったしな・・・。それで、せめてもの償いの意味で、模型を買ってせっせと組み立てたんだ・・・」
 「償い・・・」
 「あぁ、どこにいても、4月の最後は胸を締め付けられる。7月26日と同じくらい、俺にとっては悔しい1日だな」


 “つらい1日”というビッテンフェルトのそのひとことで、ホフマイスターは救われた気がした。
 自分は良い上官に、2度も恵まれたのだと・・・。




 発売当日・・・。
 午前7時に、交代要員のハルバーシュタット、グレーブナー、ディルクセンがやって来たので、オイゲンとホフマイスターは一旦引き上げる事になった。
・・・と言っても、家に帰れるのではなくて、眠さを噛み殺しながら出勤するのであるが。
 そして、ビッテンフェルトだけは、そのまま、交代要員の3人と残った。
 
 「発売は10:00<ヒトマルマルマル>からだ。場合によっては早まるかもしれん。俺は何としてでもゲットするぞ~っ!!」


 昼間担当の3人に、大声で吼えるビッテンフェルト。
 ビッテンフェルトの後に軍服姿の3人が張り付く。
 その後ろに並んでいたのは、如何にも模型好きそうな5人の男のグループ。
 髪はボサボサで、少々小太りで、見るからに不健康な軟弱な印象だったが、何を考えているか分からない怪しげな笑みを浮かべていたりする。
 ・・・多分、買った後で、何処に飾ろうかとか、妄想・・・もとい、想像しているのだろう。


 その後は、絹地の高級な服を着た・・・多分、貴族の子弟だと思われる少年達のグループだ。
 ・・・多分、金の出所は親だろう。


 その後には軍人ではなさそうだが、屈強そうなビジネスマンが数人、新聞を読みながら並んでいる。


孫や子供に頼まれた風のオジサンやオバサン、老人達もいたし、女性達もちらほら。
 まさに、模型を求めて、ありとあらゆるてところから、老若男女が集っている感じである。


かなり後方に、30人ほどの、うら若き乙女達のグループがいて、楽しそうに談笑していた。
何故こんなに沢山の女性の集団が・・・??
 やや下心も秘めて偵察に行ったハルバーシュタットは、30分もしない内に、困惑の表情で戻って来た。


「どうだ、美人だったか?」とビッテンフェルトが尋ねると、「はぁ・・・。でも小官は、あぁいうのはお断りです!」と強い口調で吐き捨てた。
「・・・ん?どうしたのだ?」

怪訝そうに眉根を寄せたビッテンフェルト。
 それに対して、今にも泣き出すのではないかと思うほど情けない情情のハルバーシュタット。


「・・・どうしたもこうしたもありませんよ・・・。来ていたのは、『ラインハルト様ファンクラブ』だそうです。彼女達は、暑苦しい軍人は嫌いなんだとか・・・。小官は所属を隠していて大正解でしたよ。彼女達が好きなのは白い戦艦で、ブリュンヒルト以外だと、パーツィバルが好きだそうです。思わず、『黒いのはだめですか?』と聞いてみたらば、『黒?全然ダメ。ほら、黒色槍騎兵<シュワルツ・ランツェンレイター>艦隊みたいな戦争馬鹿は全く魅力がないわね』などと言い出して・・・。黒いだけで、センスの欠片が無いと、もう、言いたい放題でした。挙句の果てに、『むさい男ばかりだから、“男色吹き溜まり艦隊”って感じよね』などと笑いながら言う始末でして・・・」
 「・・・なにぃ!?」


 聞き捨てならぬ事を聞いて、ビッテンフェルトの表情が急変した。
 相手は女性達だが、怒りに震えながら、拳を握り締めて腰を浮かせた。
 男から言われるのも嫌だが、女からそんな事を言われるとは何事か・・・!!


「・・・気にしてはいけませんよ、閣下。・・・我らは立派な大人なのですから」


連日の疲れが溜まっている副官のディルクセンは、事が済むまで体力を温存しておきたかった。
彼は、日の徹夜などものともしない、血の毛の多いビッテンフェルトに呆れたが、副官である手前、出来るだけ、やんわりと言ってみる。
ビッテンフェルトは、「ううう・・・」と呻いて、地面に腰を落とし、悔しそうに歯軋りをした。
 上官が落ち着きを取り戻したので、ハルバーシュタットとグレーブナーはホッとし、胸を撫で下ろした。

 その後も、数珠繋ぎに人が並び、列は何と数百メートル・・・ぐるりと店を取り囲む盛況振りだった。


 あまりの人の多さに、模型店の前は大混乱だったが、アルバイト君達が人員整理を行い、発売は予定通りに10時だと明言した。
 ・・・融通の利かなさが、この辺りにも現れている。
集まっていた者達全員の視線の先は模型店の小さなガラス扉であり、誰もが1番をゲットせん!!と、血走ったギンギラギンの瞳で凝視していた。

 
 発売開始・・・。
 店員の「では、これより開店で~す!!」ののほほんとした掛声とともに、小さなガラス扉に向かって、どどどどど~っ!!と、血走った目をした異様な雰囲気を漂わせている人々が、津波の如く押し寄せた。
 そして、お目当ての模型コーナーに人々が大突進!!


 だが、ビッテンフェルトはそれよりも早く、まさに元来の猪突猛進さで、一番先にカウンターに突進した。
 そして、バババンッ!!とお金を投げるように支払い、店員を脅して、もぎ取るように、シリアルナンバー1番のゲットに成功したのであった・・・。


 彼が1番を買えたのは、人の波が押し寄せないように、左翼を担当したハルバーシュタットがまるで火でも吹きそうな形相で、人々を睨み倒していたからだ。
鐘馗様か、怖ろしい伝説の怪物メデューサでも見たかの如く、左側の人々は硬直状態になった。
 右翼担当のグレーブナーも同様で、いつのまに用意していたのか、太いロープを張り巡らして、右側の人々の動きを完全に封じ込めていた。
後方には、広報ならぬディルクセンがいたが、彼もまた凄まじかった。


「我々は黒色槍騎兵<シュワルツ・ランツェンレイター>艦隊だ!貴様ら、我々の前に一歩でも出てみろ!!主砲という名の鉄拳をお見舞いしてやるからな!」


 彼は開き直って、訳の分からない事をメガホンでがなり立てていたが、さすがにこの名前は絶大な効果があったと見えて、震えこそすれ、前に出る命知らずな者はいなかった。


この3人が絶妙な連携プレーでビッテンフェルトを守ったればこそ、ビッテンフェルトはある意味、楽にカウンターまで辿り着けたのだ・・・。

 「泣く子も黙る」と言われる、帝国軍きっての猛将の団体(?)、黒色槍騎兵<シュワルツ・ランツェンレイター>艦隊の面々を相手に、真っ向から文句を言える者など何処にも存在しなかったが、これで更に人気が無くなりそうだ・・・という事に、悲しいかな、らは気付いてはいない。


 そして、リアルナンバー1番をすんなりゲットしたビッテンフェルトは、その凄まじい私服と一緒に、翌日の新聞の社会面をカラーで飾る事になったのだった・・・。



 翌朝・・・。
 朝忙しくて新聞を見る暇がなかったミッターマイヤーは、オフィスに着いてから、何気なく見た電子新聞で、ビッテンフェルトの行状を知る事になった。

 模型を両手に抱えて、凄まじくだらしない格好で微笑むビッテンフェルトの姿。

 しかも写真だけではなかった。


 『前から欲しかったので、まさに天にも昇る心地です!ジークカイザー・ラインハルト!!』


 声高に言う彼の恍惚の表情と、酔いしれた音声まで収録されていた。

 これを聞いて、ミッターマイヤーはオフィスの椅子から転げ落ちそうになった。

 まさに、血の気が引く思いをした。
それは、主席元帥で、現在国務尚書の重職にあるミッターマイヤーを激怒させるには十分であった。


 「全く・・・何がシリアルナンバー1番をゲットだ!!あいつは何を考えているのだ?権威ある元帥のやる事ではないっぞ!!クーリヒ!!すぐにビッテンフェルトの大馬鹿猪を呼び出せっ!!」


 ミッターマイヤーは、そばに控えていた副官のクーリヒに大声を張り上げて、彼を震え上がらせた。


 一方のビッテンフェルトは、官舎でブリュンヒルトの1番を散々眺め回した。
 何度見ても嬉しい。
 散々眺めた回した後で出勤し、オフィスの壁に、模型を大写しにしたパネル写真を飾り、恍惚の表情を浮かべてじっと眺めていた。


 「やっぱり・・・うん、この艦は偉大な艦だなぁ・・・」


 ウットリしてそう呟いた後で、丁寧にも、写真に向かって敬礼までする始末。
 高級副官のディルクセンは、(あぁ・・・また何処かトリップされているよ、この人は・・・)と思いながら、見て見ぬ振りをして、書類の整理に精を出す事に・・・。


 そこへ、緊張を貼り付けたオイゲンが物凄い勢いで、ドアをノックもせずに駆け込んで来たのだった。


 「か、閣下・・・!た・・・大変です!!た・・・たった今、ミッターマイヤー閣下からご連絡がぁっ・・・!どうやら・・・かなりご立腹のご様子ですっ!!」




Das Ende




 ビッテンフェルトが模型が好きだとか、そういった事は、昔からある私の勝手な設定です。
 あぁ見えて、彼は模型作りやジオラマなんての細かい作業なら、趣味として好きだそうだ・・・と、そういう設定をしていたんですね。
それで、ネタとしてストックしてあったのが、ブリュンヒルトの模型を小道具にした作品でした。


 その昔、この小説をネットで公開した時、背景画像としてブリュンヒルトが欲しいと思いました・・・それも模型の。
 けれど、悲しいかな・・・私は作れませんです。


 それで、銀河英雄伝説のガレージキットで有名な、「アルバクリエイツ」さんのHPの画像を見て、使わせてもらえないかなぁ??とダメ元でお願いしてみたのです。
 いやね、ここのガキージキットは美しくて・・・。
 模型屋さんの店頭に飾られているのを見て、凄いなぁ・・・と、ボーっと眺めた事もありました。


 それでメールを出してみたんです・・・
 HPの画像を使いたいと。
 そうしたら、いいですよ!!って返事が来ましてね。
 「画像提供 ■▼▲◆」と入れて下さいって事でしたので、その通りにやったんですよ。
 そんな風に許可されたら嬉しいですよね。


 もう時効だから白状しますが、当時、アルバさんは、とある会社に頼んでHPを代行で運営してもらっていたのですね。
 だから、その代行している会社から、アルバさんに「こういうメールが来ているよ」って連絡しなければいけなかったのですが、それをしないで、勝手に私に使用許可を出していたらしい・・・そんなの、私が知る由もない。


 実は私以外にも、画像の使用許可を勝手に出していたそうなのです、その会社。
 なので、アルバさんは、代行運営をやめ、自社でHPを管理する事になったと、代表のOさんに言われた時は、どうしようかと思いましたね・・・。
 まぁ、私のせいで・・・ではないですが、引き金となったのは確かなのです。


 その事実を知ったのは、ネットで公開後、暫くして行われた、ビッグサイトでのホビー関係の展示会でした。
 模型の事は詳しくない私だけど、アルバさんも出品されるから、アルバの代表のOさんにお会いした方が良いかも・・・と思ったんですね、私。
 だって、使用許可が出ているんだから。
 アルバさんは岡山が本社だから、普段、会いたくても会えないでしょ?


 それでお礼を言ってみたら、「あ~あれか~実はね~・・・」ってな訳で、上記の事が発覚しまして。
 「差し上げた画像は使っていいですよ」って言われましたけど、さすがにマズイ!!と思い、今はうちのパソコンのファイルの中でひっそりと眠ってます・・・。

 勝手に頂く事になってしまった問題の画像の中には、ヨーツンハイムや、ハイゲンハイム(エルラッハの旗艦!!)なんて、レアな画像もあるんだけど、これらは、戦艦の造形、つまり、監修した加藤さんやら、結局のところ、徳間さんやら、田中先生やらの著作権に絡んで来ますから。


 一時期、このブリュンヒルト騒動(ブログに公開したモノからは推敲されてます、かなり・・・)をアルバさんのカタログに載せるなんて話まで出ましたが・・・さすがにそれは・・・ボツりました・・・諸事情で。
 まぁ、ちょっとしたエッセイみたいなものは書かせて頂きました・・・代表のOさんの心遣いで。


 今だから語れる、そんな曰くがあるのが、この「ブリュンヒルト騒動!!」です。(リアルでも騒動でしたからね、上記の件で)


 ビッテンフェルトに巻き込まれた方々は不幸ですが、大好きな上官の為なら、彼等は何だってやるでしょう。
 人の道に外れていなければ・・・ね。


さて、怒り心頭のミッターマイヤーは、ビッテンフェルトに何を言うのでしょうか・・・?

そこまで書いちゃうと何となくつまらなくなるから、あとは皆様のご想像にお任せして私は早々に消えますね~!!(^。^;A







 
※この小説は原作終了後の世界を描いております。その為、役職や階級等に変化がございますので、その点をご了承下さいませ。




 宇宙暦809年(新帝国暦11年)3月14日・・・。


 崩御された先帝、ラインハルトの生誕を記念して、フェザーンで最も権威ある模型会社が“ある発表”を行った。
 それは、先帝の類稀なる功績を記念して、旗艦であった『ブリュンヒルト』の精密な完成模型を発売する事であった。
 大きさは2500分の1のスケール。
 模型としては結構な大きさである。


 帝国国内では、このような模型が発売される時は、その提督が生きている間は決して行われない。

 因みに、過去に発売された戦艦の模型では『ヴィルヘルミナ』や『ベルリン』がある。

 そしてここ数年の間に発売されて人気となった模型には、故キルヒアイス元帥の乗艦であった『バルバロッサ』が一番人気で、ついで人気が高い模型は、故ファーレンハイト元帥の乗艦であった『アースグリム』である。
 それから、一時期、品薄状態になった模型には、故ロイエンタール元帥の乗艦であった『トリスタン』等がある。
 マイナーなところでは、故ケンプの『ヨーツンハイム』がある。
 それ以上にマイナーな模型は、製造数が極端に少なかった故エルラッハ提督の旗艦の『ハイゲンハイム』で、模型マニアの間では高値で取引されていると言う。


 そんな中、『ブリュンヒルト』だけは何故か発売が見送られていた。
 皇太后のヒルダが難色を示したとも、皇帝の旗艦を模型等で造るなどなど恐れ多いと、製作を請け負う会社が見付からなかったとか、色々と噂だけが一人歩きをしていたが、本当のところは、ただ単に軍が難色を示していた・・・それだけだった。

 『ブリュンヒルト』は未だ現役の艦であり、今は第2代皇帝となったアレクサンデルの旗艦となっていたからだ。
 戦艦のデータ流出の危険を懼れて・・・が大きな理由だった。


 それが今回発売に至ったのは、模型ファン達による署名運動があった事が最も大きな原動力となっている。
 また、軍が新たに製造中の最新鋭の戦艦が、新たな皇帝の旗艦となる事が決定しており、その為、軍の規制が緩くなったのである。
 その為、『ブリュンヒルト』の模型化が決定し、それが大きく報道された。
 民衆はこのニュースに沸いた。
 かつては、このような一企業の新作発表等がメディアに取り上げられる事など皆無に等しかった。
 民衆に開かれた帝国・・・民衆は現在の帝国の政治体制を喜んで受け入れた。


早逝したラインハルトを民衆は、今までの皇帝とは一味も二味も違うと、それこそ末端の平民までもが受け入れて信頼し、ここに来て結実した・・・と言っても良いかもしれない。


ラインハルトは軍での功績は華々しかったが、それ以外に、何か著書を残しただとか、縁の地や生家が残っているとか、形として民衆に残したモノが殆ど無いと言っても過言ではない。
故に、彼の写真や彼の旗艦の写真を後生大事に額に入れて飾っている・・・そういう一般民衆の家庭が多かったのだ。
そこに、ブリュンヒルトの模型の話である。
ラインハルト関係のモノを欲しがり、ありがたがる民衆は多い。


彼らはこぞって署名運動を行い集会を開いたが、思想犯でも何でもないので、軍部もその運動を見て見ぬ振りをしていた。
ただ、その署名が10万人を超えたところで、軍部もさすがに無視は出来ないと考え始めた。
 やがて本格的に軍は動き出し、模型の件で御前会議まで開かれる事になった。
その結果の発売決定・・・さすがに世論には勝てなかったのである・・・。
 帝国にも同盟に似たリベラルな風潮が徐々に浸透しつつあるのかもしれない。


 今回の発売に関して、製作と発売の全権を請け負った会社は「ノイエ・アルバ」という小さな会社で、フェザーンでも老舗模型会社である。
 こだわりが強すぎて融通が利かないという噂もあったが、精密で確実な仕事を成し遂げるので、模型ファンの信頼度は高かった。
 今回の模型に関しては、キット販売ではなく、プロの最高技術で製作された「完成模型」の販売となった。


台座には合成素材ではなく、ホンモノの大理石を使用している。
 合成大理石が多い昨今としては、細部に至るまで極上の品が使われているという、細かいところまで高級感溢れる造りとなった。
 艦の本体とエンジン部分は、蛍光塗料とは違う特殊塗料でコーティングされていて、部屋の灯りを落とすと、まるで宇宙<そら>の海に浮かぶブリュンヒルトを再現したかのように美しく輝く。
 その様は、「美姫」の名を持つ艦として、実に繊細で幻想的な仕上がりとなった。


 その分、値段は通常の模型とは比べ物にならないほど高価なモノとなったが、前評判は上々で、皆、発売を心待ちにしていた。
 模型ファン以外も、この模型を心待ちにしていた。


更に、他の模型と差別化を図る為に、ラインハルトの信望者なら喉から手が出るほど欲しいであろう特典が付く事になった。
特典は2つ・・・。
それは、ラインハルトが皇太后ヒルダの求婚の祭に送ったバラと同品種のバラで作られたポプリで、それは薔薇香水で有名な老舗「エメレット・ローゼン」社製である。
更に、ラインハルトがブリュンヒルトの艦橋の指揮シートに座っているホログラフィと、立ち上がって腕を振っているホログラフィの2点が付く。
 在りし日の皇帝陛下のご尊顔を拝せる逸品である。
 しかも、腕を振っている方は音声付きで、『撃て<ファイエル>!!』と、当時の音声がそのまま入っているのだ。

因みにこの特典の発案は軍務省で、発案者は「文人提督」と名高い、軍務尚書のメックリンガー元帥だった。


 今回の模型は、プロによる塗装済みの完成模型で、細部までこだわった為に、1点ずつ、熟年の造形師達が関わっている為、大量生産は出来ないので、現定数500個のみの発売だった。
また、『ノイエ・アルバ』は発売前の商品を、関係者(この場合は皇帝一家や軍関係者)にも、一切配らない徹底振りで、欲しい人は、発売当日、本店に並ぶしかなかった。
 しかも、前もって整理券を配らない事で有名な会社であった。


 ただ、モノが物だけに発売当日に混乱が予想されたので、会社は場内整理と警備の為に学生アルバイトを募集した。
 賃金は支払われないものの、レア物の模型をプレゼント(早い話が現物支給)する手はずになっていて、模型好きの学生達がボランティアにこぞって応募してきたのだった。


 本店のガラス戸に、「『ブリュンヒルト』の模型は本店の店頭販売のみです。通販は行いません」と、古い月のカレンダーの裏に黒のマジックで書かれたモノが、直営店のドアに1枚貼ってあり、通販を行わない理由として担当者は、「発送しても構いませんが、何しろ細かい部品がありまして、破損の危険がある訳です。当社は責任を取れません。どうか並んで下さい」と言い切った。
 本店まで模型を運んだのでないか?
 それなら通販可能では?
 取材に行った帝国新聞の記者に対して、社員の男性は、「模型は本店の地下の工場で製作されており、壊れないように細心の注意を払っております」と胸を張ったそうで、記者もそれ以上突っ込んだ事を聞けなかった。
 「とにかく、皆さん、お並びになるので・・・」と社員は言うのだが、地方居住者に、本店まで来い!!と言っているようなモノ。
 横暴とも取れる発言だが、元来、模型は繊細な物・・・模型ファン達は納得しているらしい。


 さて・・・。
 あまり知られてはいないが、実は、模型の類が大好きな男がここに1人・・・。


 自分でもキットを組み上げ、その手の模型雑誌を毎月、数冊は愛読しておりているのは、黒色槍騎兵<シュワルツランツェンレイター艦隊>司令官で、一応、帝都防御指揮官(現在はこちらが主である)のビッテンフェルト元帥。
 彼は、自分の旗艦の「王虎<ケーニヒス・ティーゲル>」の精巧な模型を自作するほどだった。
ブリュンヒルトに関しては、1年ほど前から、そろそろ出るんじゃないか・・・と、ホビー仲間の間では囁かれていて、ある程度は予測していていたのだが、発売時期がはっきりとしたので、躍り上がって喜んだ。
しかも特典が凄い!!
薔薇のポプリの方は、会社が会社だけにさして嬉しくはないが、画像の方は欲しくてたまらない逸品なので、それが自分のモノになるかと思うと、顔がだらしなく緩んでしまうほどだ。
・・・ビッテンフェルトも艦隊司令官だったから、戦闘中のブリュンヒルト内のラインハルトの姿なんて、殆ど拝んだ事がなかったのだ・・・スクリーン越しに拝す事は多々あったが・・・。


 「お~しっ!!店頭発売の1個目は何としても俺がゲットしてやる!!シリアルナンバーも入っているなら尚更だな!・・・おお、そうだ!!こういう時こそ、我等が艦隊の力の見せどころではないか!よし!オイゲンにも連絡せねばなっ!!」


 発売の約1ヶ月前・・・雪の降る寒い日だった。


 「はぁ・・・ブリュンヒルトの模型ですか!?」


 そういや、ニュース速報でそんな事が話題になっていたな・・・と、殆ど気がない返事のオイゲン。
 また、くだらない事でも考えたのだろうか・・・と、やや頭痛を覚える。


 「そうだ・・・ここに書いてあるだろうが」


 ヴィジホンの向こう側のビッテンフェルトがニタニタしながら雑誌を指し示す。
 だが、画面が小さいのでハッキリとは分からないオイゲン。


 「・・・それで、店頭で買われるのですか?」
 「だ~か~ら~!!卿は俺の話をちゃんと聞いているのか?この模型はな、現定数しか出ないし、店の店頭のみで発売なのだ!だから、徹夜をして買わねばならんのだ・・・」
 「はぁ・・・徹夜ですか・・・」
 「卿らにも協力してもらうぞ」
 「え・・・卿らって・・・え!!協力ぅ~!?」


 オイゲンは目を丸くする。
 何やら雲行きが怪しくなってきたのを肌で感じ取る。


 「俺が欲しいのはだな、シリアルナンバーの1番なんだ!!こいつは500セットしか出ないし、特典が凄いから凄く貴重な模型なんだっ!!模型ファン以外もこれを欲しがっているのだ。なにしろ、あの陛下の旗艦だったんだからな。卿にはその重要性が分からんのか!?」


 上官の勢いにオイゲンは溜息を付いた。


 (・・・自分の興味のある事には、何にでも熱くなる人なんだよなぁ・・・この人は)


 だが、口には出さず、とにかく笑顔で提案してみる。


 「・・・どうでしょう?ここはひとつ、閣下のご身分を説明して、メーカーから先に買うという訳にはいかないのでしょうか?」
 「おい、オイゲン!!俺がそういう卑怯者が大嫌いなのを卿は忘れたのかっ!!」


 怒鳴られたオイゲンは肩を竦めた。
 ・・・忘れる訳がない。


 「・・・でしたね」
 「この会社も、そういう人間は嫌いだそうだ。だから、発売前にはモノを一切出さない。献上もせんそうだぞ?前もって整理券も配らないらしいしな。全く以って見上げた会社ではないか。さすが、フェザーン商人の底力を見たり・・・って感じだ」
 「・・・分かりました。・・・それで、いつ徹夜するので?」
 「・・・おう。俺もやるから、今日からだ!」
 「え、ちょっと・・・。きょ・・・今日からって・・・あの、申し訳ありませんが、模型の発売日はいつなのですか、閣下?」
 「今から一ヶ月後だ」
 「え・・・?」
 「え・・・じゃない。本当に一ヶ月後だ。とにかく、詳しい説明をするから、今から『ノイエ・アルバ』に来い。俺は先に行って待っている。そうだ、オイゲン。ハルバーシュタット、グレーブナー、ディルクセン、ホフマイスターにも連絡して1人も欠ける事無く、集合する事。いいな?」


 一方的にまくしたててビッテンフェルトはヴィジホンを切った。
 オイゲンはあんぐりと口を開けたまま、その場で硬直した。



 「よし・・・来たか。では、説明する・・・」


 ノイエ・アルバの正面ドアの外に、私服でやって来た部下は総勢5人。
 ハルバーシュタット、グレーブナー、オイゲン、ディルクセン、ホフマイスター・・・全員、黒色槍騎兵<シュワルツ・ランツェンレイター>艦隊の将官だ。
 しかも、黒色槍騎兵<シュワルツ・ランツェンレイター>艦隊きっての猛将達である。
 現在、黒色槍騎兵<シュワルツ・ランツェンレイター>艦隊の司令官はハルバーシュタット、副司令官はグレーブナー、総参謀長はホフマイスターである。


 ビッテンフェルト自身は、帝都防御指揮官で、黒色槍騎兵艦隊の半数近くが、ビッテンフェルトの指揮下にあり、オイゲンとディルクセンはビッテンフェルトの直属になっていた。
 ただし、有事の際は、ビッテンフェルト以下の将兵達は、黒色槍騎兵艦隊として宇宙に出る事が可能で、その時は、指揮権は横滑りで、元帥であるビッテンフェルトが最上位になる。


 何とも面倒なシステムだったが、ビッテンフェルトが最高司令官だとハルバーシュタットやグレーブナーが認識しているからこそ、混乱もなく艦隊はまとまるので、今のところは問題は無い。
 ハルバーシュタットは、ビッテンフェルトの留守を預かって艦隊司令官を代行しているという感覚であるらしい。


 「ふん!帝都防御指揮官と言ったところで、最近の帝都はおとなしいものだ。別に変事も起こらんしなぁ・・・。卿等も、演習以外はする事がなくて暇だと言っていたではないか。暇を持て余しているなら、ここは俺の為に一肌脱いでくれ。かつての上官をないがしろには出来んだろう?なぁ、ハルバーシュタット!」


 名指しされたハルバーシュタットは、一瞬、苦虫を潰したような表情をしたが、敬愛する上官には逆らえるはずもなかった。
 それに、ビッテンフェルトに頼られて、実はちょっと嬉しかったりもした。


 「取りあえず・・・。ハルバーシュタットとグレーブナー、ディルクセンの3人は毎日、07:00<マルナナマルマル>から19:00<ヒトキュウマルマル>までの12時間を受け持つ事!!3人で相談して、必ず誰かがここに座り込むんだ。交代時間とかは卿らに任せる。俺とオイゲン、ホフマイスターは残りの時間で並ぶ事にする。とにかくだな・・・シフトは3人で相談してくれ。これを・・・いいか。3月14日まで欠かさずに続けるんだぞ。必ず、誰かがいるようにしてな。それで1番をキープする為に、俺はこのノートを持って来た。今日の日付と来た時間・・・名前を明記して・・・っと。いいか!今日からこの6人のグループで徹夜をする。このノートがその証拠となるのだ」


 一ヶ月もの間、交代で並ぶと聞かされて、5人の部下は一瞬憮然としたが、さすがに文句を言う者はいなかった。
 相手がビッテンフェルトでなければ、とうに怒りだしているところだ。


 「・・・ノートですか。用意がいいですね、閣下・・・」


 差し出されたノートに目を落とすグレーブナー。
 疲れたようにグレーブナーは小さな呟きを漏らし、他の者は溜め息を付いただけ。


 「うん、まぁな。実は・・・前にアースグリムのキットが出た時に俺も買ったんだが、1週間前から徹夜していた男がこれと同じ事をしていてな。それを踏襲しようという訳だ。でもな、そいつは1週間前。俺は1ヶ月前だ。だから俺の方が上手<うわて>だろうな!ガハハハハハ!」


 部下を巻き込んでいるにもかかわらず、上手<うわて>だと豪語するのもどうだろう・・・とオイゲンは呆れ果てたが、「・・・となると、私と閣下、ホフマイスターが夜の泊り込み班・・・って訳ですか?それも、毎日・・・なのですよね?」と恐る恐る聞いてみる。


(あぁ、胃薬持って来れば良かったなぁ。・・・明日からは錠剤と顆粒を2箱くらい用意しないと・・・。あ、即効性のドリンクも必要だな・・・)


オイゲンは、久々に胃薬の必要性を感じた。
 キリキリと激しく痛みだした腹を宥めるように押さえた。


 「おうよ!!俺たち人はここで真面目に徹夜だ!19:00<ヒトキュウマルマル>から、翌朝の07:00<マルナナマルマル>まで、ここで1ヶ月間夜明かしとするからな!!いいか、野宿だぞ!!」


 雪が降っていようがお構いなしで、寒空の中、野宿せよとの命令だ。


 「え、野宿ですか?この寒いのに・・・」


 ホフマイスターが困惑の表情を浮かべて抗議をする。
 するとビッテンフェルトは彼を睨みつけたので、ホフマイスターは飛び上がった。


 「ス・・・スミマセン!!」
 「おい、ホフマイスター。そんな情けない顔をするな!あの極寒の惑星カプチュランカよりはマシだろうが。これも訓練だと思って、黙って俺について来い!!」


 他人の迷惑やら、困惑などに、全くお構いなしのビッテンフェルト。
 もう、やる気満々に野宿を大宣言である。


 5人は仕方がないと諦めて、モノをゲットしたら、その後の1週間は、タダで飲み食いさせてもらうという約束の下、ビッテンフェルトの壮大なる計画に付き合う事になったのだった・・・。




後編に続く。