グレート☆YAYOIが
キラリと光る鳥取県を
宇宙に向けて発信!!
みなさま、こんにちは!
お元気ですか!!
グレート☆YAYOIです!
12月も早半ばとなりました。
時間の経過が益々加速しているように感じますね。
さて。あたくしは、過去のブログ記事にて大国主命の辿った鳥取旅を取り上げてきました。
そのはじまりは‥‥
因幡の八上姫へ求婚するため、大国主命は兄弟神たちと出雲を出発しました。その道中で皮を剥かれた白うさぎに遭遇。兄たちはワザと間違った治療法を伝え怪我を悪化させましたが、後からやって来た大国主命は正しい治療法を教え、白うさぎの怪我は回復。大国主命は白うさぎから八上姫との結婚を予言されます。
その後、兄神たちは八上姫に求婚しても断られたが、大国主命は予言のとおり八上姫と結ばれました。
これが古事記に描かれている
『因幡の白うさぎ』という神話の概略でした。
この時の記事の内容は神話の紹介が中心であったので、神話の舞台とされる周辺の様子も改めてお伝えしたいと考えていました。
このところ、あたくしの頭の中で
因幡の白うさぎが、駆け回り、気になって仕方ないのです。
これは、何かお知らせが来ているのかな?と思ってみたりして。
という訳で、大国主命の鳥取旅。
もう一度スタート地点に戻って、神話の舞台の今の景色をお届け致します!
まずはこちら。
白兎(はくと)海岸
後ほど登場しますが、この白兎海岸の近くにある
白兎(はくと)神社の社務所内に掲示されていた説明文より。
神社の北方150メートルの海岸で、白兎神と和邇族(わにぞく)との古戦場である。
海岸は東は岩木の鼻、西は気多ノ前(けたのさき)で限られ小さな湾になっている。
海水は清く澄み、海底の砂が数えられる位である。
→神社の説明文では白うさぎの神話ではなく、いきなり白兎神と和邇族との戦いであったと紹介されています。


↓こちらは白兎海岸東側の岩木の鼻と言われる場所から撮影されたもの。画像はお借りしました。
つづきまして
淤岐ノ島(おきのしま)
気多ノ前から約150メートル沖合にある神話の島で、白兎神が流れて着いた島だと言われている。
☆補足:古事記の中では、白うさぎは大水で海に流されてしまい、『おきのしま』に流れ着いた。
そこから戻るために、“和邇“(わに=サメ)を利用し、一族の数比べを持ちかけた。和邇を一列に並ばせ数を数えるフリをして、背中の上を跳んで上陸を試みた。
『おきのしま』は、島根の隠岐島とする説もある。
公簿面積2アール。沖の平坦な所は千畳敷と言われ、東西に通ずる洞窟の奇勝もある。
最も高い所は10メートル余り。
頂上に黒松、緑草が育ち、四方の眺望は誠に美しい。
維新前、この島は池田藩主の遊覧地であった。
↓こちらは別の角度から。
尚、前述の気多ノ前という岬は、白兎神の上陸地とされている。
杖突峠(つえつきさか)
気多ノ前を上った高尾山の中腹にある坂で、大国主命がこの先には山坂がないからと坂を下りた所に杖を突き立ち去られた。
この杖の跡から清水が湧き出したという伝説が残されていて、今もなお、白砂の中から清水が湧き出し、枯れることがない。
恋島
杖突坂の下り口の砂浜に一部露頭を見せている小島であるが、大国主命がこの島で八上姫を恋給うたために名づけられた。
安政五年に地元の若衆によって一番高い神楽岩の上に石灯籠が建てられた。
ここまで、白兎海岸についてのご紹介でした。
冒頭で出てきましたが、白うさぎは白兎神。和邇(わに=サメ)は和邇族(わにぞく)。
そして白兎海岸は古戦場。
なんだか神話の表情が変わって見えますね。


ワクワクしてきたのは、あたくしだけ?
次回白兎神社⛩についてもご紹介していきます。
本日はここまで。
それではまたね!
ラブリー








