そう言うと、潤は顔を上げ俺の方を見た。
キズついてるとか、落ち込んでるとかそんな顔つきではない。
なんと言うか…無表情。
こいつかこの手の顔つきをするのは、自分の心を読まれなくない時が多い。
えーっと…それ以外だと、なんだったっけ?

「無理じゃない。最後の収録は無くなったから」

小さくもなく、聞き取りやすい声。
発言した後も潤の顔の表情は全く変わらない。

この感じは、あれだ。
何かを演じてる時に近い。
もしそうだとしたは、厄介だな。
何故なら言動でも仕草でもこいつの本意が読めないし推理が出来ない。
ため息をつきそうになったが、なんとか堪えた。


『収録がなくなる』か。

なるほどね。

あの番組のレギュラー陣とゲストは売れっ子だ。
そんな豪華なメンツが集まっての収録が、当日中止?
ありえないような気もするが、その可能性がない事もない。
学生の頃、デビュー前とはいえ多少はテレビ局に出入りしていたから、聞いたことはある。
可能性としてはかなり低いが、厄介な病が流行ってるこのご時世、何が起こっても不思議ではない。


「じゃあ、お前が言ってることが全部本当だとして、だ。風呂の中で謝ってたのは、その女優といい事したからって事?」

「そうだけど」

相変わらず読めない顔。
座ったまま動かない身体。


言葉とその態度に、急激に湧き上がる気持ち。
それをなんとか抑え込み、息を細く吐いた、

「じゃあその答えは、『許さないし、怒ってる』って事で。じゃあね」


リビングから出て自室に戻り、必要なものを鞄に入れた。
あっちの家で暮らせるものは揃ってるので、大した荷物はない。
あの家じゃなくても実家に帰ってもいいし、この際ホテル暮らしでもいいし。

その間も潤はこの部屋に姿を見せなかった。
止める気も、追いかける気も、なにんにもないって事なのだろう。
ドアを開け、走るように駐車場へ行き車へ乗り込んだ。

話し合えばいいと思うかもしれない。
だけど、今の俺には無理だ。


さっきまでの俺は、あいつから見れば冷静そうに見えたかもしれない。 
だけどそれは違う。
状況を分析して、沢山考えて。
理屈っぽく言葉を並び立てたのは、そうしないと自分の心が引き裂かれそうだったから。

あの浮気が本当だとしたら辛いし。
嘘だとしたら、許せない。
つまり、どちらでも受け付けられないって事だ。

車を発進し、道路は出る。
涙は絶対に流さない。
そう決めてアクセルを踏んだ。