顔を上げると、真顔。
からの、即瞬時に笑顔へ激変。


和やかな笑い顔。
だけど、俺にはわかる。
これは演技、つまり作り笑顔だ。


帰ってきたばっかりと思ったが、よく見たら違う。
サングラスも帽子も取ってるし、上着も脱いでいた。
ほのかに石鹸の香りがすると言う事は、既に洗面所に寄り手を洗った後なのだろう。


…もしかして。
もしかしたら。
もしかしなくても。
潤は慎との会話を聞いてたのかもしれない。

だとしたら、今すぐ説明しなければ。
俺に落ち度はない…はず。
とにかく、この件に関してだけは早く伝えなければ。

「潤、あのさ」

話しかけるも彼はくるっと方向を変え、ダイニングテーブルに置いてあった袋を手にキッチンへ向かった。
仕事帰りに買い物をして、きっとそこへ置いたのだろう。
買い物袋をテーブルに置いた音、それも聞こえなかったとは。
慎の会話に集中してたとは言え、鈍感過ぎる自分がほとほと嫌になる。

「あ、あの…」

「翔君、今日は何してたの?」

冷蔵庫を開けながら、質問する姿は至って普通だ。
だが、この『普通』が、実はマズイ。
とは言え、聞かれたことに答えないわけにはいかない。
「今日?休みも終わるから仕事の準備と、あとは…」

「あとは?…あ、掃除や洗濯もしてくれたんだね。ありがとう」

辺りを見渡しながら潤は貼り付けた笑顔で礼を言った。

共同で使う場所の掃除や洗濯。
2人で住んでいるのだから、時間が空いた方がするのは当たり前だ。

まあ、そんなに汚れてないから時間はかからなかったが。
潤の個室以外の部屋の掃除はしたし、洗濯なんて乾燥までノンストップですれば、そんなに手間もかからないし。

「お礼を言われるほどでは…」

「仕事の準備って何?」

「えっ?調べ物だよ。受け持ちの患者はいないけど、入院患者達の病状とか、今の外来の様子とかの資料を送ってもらったんだ。それに目を通してたりしてた」

十分すぎるほどの休みをもらった。

「家で?」

「うん」

「じゃあ、今日はどこにも出かけてないって事?」

「うん。そう。そうなるね」

さっきから。
帰ってきてから質問が矢継ぎで戸惑う。
こうなると、どう切り出すか迷うがなんて考えては場合じゃない。

「あのさ!さっき慎から電話があったんだけど」

いつもの飲料水を飲んでる潤。
グラスとそれを持つ手が邪魔で表情が見ない。
言うタイミングが悪かったなと、後悔したが切り出した以上、続けるしかない。

「それでね」

「翔君、着替えてるからその話ちょっと待って」

俺の顔は見返すこともなく、彼はリビングから即座に出ていった。
すぐにバタンと聞こえた音から、バスルームに入ったのが分かった。