不思議な事にそれ以降、松本は『思い出して』と言うことはなかった。
あれほど感じた視線も前ほどではない。
だからと言って接近してこなかったかと言えばそうでもなく、自宅にふらっと遊びに来ることは何度もあった。

松本は俺の部屋で何をするでもなく一緒にテレビを見たり、時に飯を作ってくれたりした。
外食一択の俺としてはこれはありがたかった。

一応受験生なので勉強をするからと断った時もあったが、邪魔しないからと入ってきて、その言葉通り大人なしくソファに座り本を読んでいることも多かった。

あの夜、松本がどうやって帰ったのかは聞いてない。
知らない方がいいと何故か思ったのだ。


そうして年末になり、自分も親の元へ帰った。
松本の事を知るチャンスだ。
アルバムを引っ張り出し確認すると、なるほど小さな俺と松本がいた。

母親に「こいつ覚えてる?」とアルバムの中の松本を指をさすも、怪訝な表情で覚えてないと返事をされた。
うちは共働きだったから俺の子どもの頃の行事は親よりも祖父母の方が関わっている。
だが残念ながら2人とも鬼籍に入っており、それは無理な相談だった。

湖の写真はもちろんない。
そもそも、その湖は何処にあるんだろうか。
その場所に行ったら思い出すかもしれない。
行事を忘れてる親に聞いてもラチがあかないだろうと、自分が昔使ってた部屋の押入れからあれこれ引っ張り出しヒントになるものはないか探った。
アルバムやプリントなど、床一面に広げたそれを見て母親がキーキー怒っていたが、それも耳に入らず夢中で探した俺に呆れていたと後で聞いた。



三学期が始まり、誕生日がもう間近に迫ってきた。
小さな俺が湖で起こした事。
おそらく全て明かされる日だと思われた。

松本は相変わらず俺の家に通ってくる。
この頃になるキスくらいは何度か許していた。
松本が相手だと男同士とかの嫌悪感も何故かない。
それどころか松本に対して違う感情が芽生えてきていたのだ。