そうしてあの日、翔君に悲しい出来事が起こってから数日後のこと。
翔君の両親の親族が対面し、残された孫をどちらが引き取るかの話し合いをした夜。
母親が亡くなった団地にたった一人残すのは忍びないのでこのまま一緒に帰ろうとの両家の申し出を丁寧に断って、約束どおり俺の部屋を訪れた。
「あー疲れた」
コートを脱ぎ、寒い寒いとヒーターに手をかざしている。
「…どうだったの?話し合い」
「うん。なんかさ、どっちも俺を引き取りたいんだって」
「どっちも?」
「孫が俺だけみたいなんだ」
「つまり翔君のご両親とも一人っ子だったってこと?」
「いや、父さんは一人っ子だけど母さんの方は弟、つまり俺にとっては年の離れたおじさんがいる。だけどまだ結婚してないんだ」
もう隠しても仕方ないと思ったのか、それから翔君の口から色々なことを教えてくれた。
両家とも都心に住んでいて、それなりの会社を経営していること。
母親側はともかく、父親側は跡取りがいない事。
未成年である翔君をこのまま団地に一人残しては置けない事。
父親側は出来れば会社を継いでほしいこと。
母親側はそれ抜きにしても自分側に来て欲しいと言ってること。
「…転校するの?」
ホットミルクを作り、こたつに入ってる翔君の前に置く。
「ありがと。どうやってもここからじゃ通えないんだ。気に入ってるし、変わりたくないんだけどね」
ふーっふーっとミルクに息を吹きかけ冷ます。
そして、一口飲み「美味しい!」と笑った。
そんな翔君が愛おしくてどうにかなりそうになる。
手に持ってるマグカップを取り上げて、すっかり細くなってしまった身体を優しく抱きしめた。
「…翔君行かないでよ」
「ごめんな。俺も行きたくないんだよ」
ぎゅっと抱き返してくれる彼の手が、もうすぐ身近ではなくなってしまうかと思うと辛い。
例えば俺が成人してて、ちゃんと仕事もしてたら翔君はここにいれたんだろうか?
…いや、無理か。
結局、他人だからどうしようもないんだ。
ポンポンと背中を慰めるように軽く叩かれた。
住まいも学校も変わってしまい不安に思うのは翔君の方なのに逆に気を遣わせてしまうなんて自分が情けない。
精神的にも肉体的にも大人になる。
そう誓ったばかりなのに、こんなにも脆いなんて。
「潤…」
「なに?」
「そんなに泣くなよ…」
言われて初めて気づいたが、どうやら俺は涙を流していたようだ。
抱きしめていた手を緩め、翔君の顔を見る。
だめだ。
溢れる感情をこれ以上抑えることができない。
「俺、翔君が好き」
ついに言ってしまった。
堪えきれずに出た言葉は、固く禁止されてたのに。
付き合う条件はただ一つ。
好きって言葉を言わない事だったのに。
『俺が潤を好きと言ってもいいけど、潤が俺に言ったら別れる』
もうダメなんだろうか?
このたった一言で、俺は翔君を永遠に失ってしまうのだろうか。