「…ここ、かな?」

俺はその日、相葉君を訪ねていた。
と言っても彼の家ではない。

相葉君は気になる人がいて、その子の親族に不幸があって一人で暮らしてるからその子を寂しがらせないために、転勤願いまで書いてその子の家に住み始めた、ということらしい。
昔の幼馴染と言ってたから、彼は思いの外一途だということになる。

俺とは高校時代に一緒になって、部活は違ったけれど大学も同じ。
社会人になった今でも交流があるが、思い返せば、高校・大学と、かれこれ何年もモテる割にあんまり女の子との付き合いを好んでいなかったようにも思う。

なんでもないことのように、
「来週引っ越すから」

「転勤願いが承認されたんだ」
と、軽く言うから驚いた。

前に居た支店では問題なく楽しく仕事をしてると言ってたのに、移動願いを出すなんて。
さすがに驚いて理由を聞くと、その「しょうちゃん」という子のためだと言う。

好きなの?と言うと「翔ちゃんは男だってば」と否定するが、俺はそんな言葉全く信用していない。
いや、男が好きだろうと思っていたわけではない。
転勤に引越しって大きいイベントだ。
それを誰かのためにするなんて、好き以外の理由があるなら逆に教えて欲しいくらいだ。


そんなこんなで共通の友人の結婚式の出し物の打ち合わせをすることになり、そういう時、決まって相葉君ちに集合していたから、今日もなんとなくそういう流れになってしまった。


「その、しょうちゃんて子もいるんだろ?俺、邪魔じゃない?」

「リビング広いからそこで振り付け練習しようよ。翔ちゃんもいいって言ってるし」との返事。
どうやら大らかな人らしい。


そうして訪れた『しょうちゃん』の自宅。
ほんの数秒『櫻井』と書かれた門の前で佇み、大きく深呼吸をしてチャイムを押した。

「はいはーい」と聞き慣れた声がして、現れたのは見知った顔。

「おーまつじゅーん、いらっしゃーい!ささ、あがってあがって!」

まるで自分の家であるかのような素振りに苦笑し、手土産に持ってきたベーコンを渡す。

「…松潤、おみやげはすげーありがたいんだけど、ここには料理できる人がいないんだよ…あ、でも塩胡椒振って焼くくらいは俺にも出来るけど」

少しは料理ができるはずの相葉君も転職したばかりで仕事が忙しいらしく、帰りはいつも深夜。
話に寄ると「しょうちゃん」以外にももう一人「おーちゃん」という人がここには住んでいるようだけど、その二人に至っては全く料理ができないしする気も更々ないらしく、毎晩コンビニ弁当を食べているらしい。
見た限りではかなり立派なキッチンがあるのに、勿体無い話だ。

室内には誰もいなくて、広々としたリビングを好きに使っていいということらしかったが、家の主でもない相葉君とその友だちの俺で占領しているようで申し訳なくなってしまう。
昼時になって昼食を作ろうかと提案してみた。
男の手料理なんて食べてもそう嬉しくはないかもしれないが、毎晩コンビニだと聞いて若干不憫になった。

「二階にいる二人に食べるか聞いてくるね!」

相葉君は俺の料理を何度か食べたことがあるから喜んでくれて、嬉しそうに二階に駆け上がっていく。
そしてまたすぐに駆け下りてきたと思ったら「ふたりとも食べるって!」とこれまたでっけー声で言った。

「キッチンにあるものなんでも使っていいってさ」と、言われて冷蔵庫を開けたものの、ビールとお茶しか入っていない。


「相葉君、おつかい頼んでもいい?」

「了解!近くにコンビニあるから行ってくる!」と元気よく出て行った。



パスタを茹でるお湯を沸かしていると、二階から足音がした。
後頭部に激しい寝ぐせのついた、トレーナーにジャージの男の人。
これが「しょうちゃん」?「おおちゃん」?
どっちだろ?

確かにかわいらしい顔立ちをしている。
ほんわかした雰囲気と、物静かな感じも相葉君が好みそうな感じだ。
彼はキッチンに居る俺を見て、にこっと笑い無言のままダイニングテーブルについた。

相葉君がほっとけないと思ったのもわかる。
この広い家にこのおっとりした彼がたったひとり。
俺はこの人が「しょうちゃん」だと確信を持った。
そして、以前相葉君が言った「松潤のタイプだと思う」発言を思い出す。、

残念ながらお前の大好きな「しょうちゃん」は俺のタイプじゃない。
安心してアタックしろと心の中で呟く。



しばらくすると二階からもう一人の足音がした。

「いらっしゃい。俺達の分までありがとうね」

色白で優しそうな顔立ちの彼は、俺を見てすまなそうにそう言った。



その瞬間。
俺の胸に何かが落ちてきた。